開業の相談(後編)
とにかくセルジュさんをどうにかしないと……
「すみません、時折1人でまくし立てるように喋る悪癖がありまして……ご気分を害してしまったなら、申し訳ない」
「いえいえいえ! とんでもございません! 私、少々驚いていたのです。リョウマ様は確か11歳だったはずですが、次々と有効と思える手段が出てきまして」
そっちか!? ……そういや俺今11歳児だった。簡単な物でも子供が商売の経営戦略とか考えてたら驚くわな……赤ん坊なら立ち上がっただけで狂喜乱舞する親だっているんだし、大人と同じ事を赤ん坊に求める人は普通いない。そういうレベルで評価が高くなってるのか?
考えたっつーか、現代の宣伝とか勝手に解釈して並べただけだけど……単純な計算で穴だらけだろうし。というか、割引とか無いのか?
「あの、割引とかも、無いのですか?」
「割引はございますが、常時割引をするという話は聞きませんな……大体は自らを少しでも良く思わせたい相手に今後の事を見込んで、もしくは早く売ってしまいたい物を売りつけるために行うのが基本でしょう。無闇に割り引けば損ばかり膨れ上がります。
他には厄介な客に早く帰って貰うため。……悪質な店であれば、最初に法外な値段を提示してから割引し、安く売った様に見せかけて相場より高い値段で売る商人も居ますが」
本気で言ってるみたいだな……?
「こうなるとリョウマ様は商業ギルドに登録をなさる事をお薦め致します」
「商業ギルド、ですか?」
「はい。この街にも支部はありますので、すぐにでも登録が可能です。商業ギルドは各国で異なり、その国の全ての商売を取り仕切っているため行商や露店、屋台まで。商売には必ずギルドを通す必要があります」
え!? じゃあ……
「では、僕がやろうとしていた事は違法でしたか?」
「いえいえ、ギルドは各国の商売を取り仕切っていますが、本当に全てを取り締まっている訳ではありません。辺境の村の間では互いの村の物を勝手に売り買いしていますし、旅の途中に自分で採取した薬草などを薬屋などに売ることも認められています。
同じく子供や冒険者が小遣い稼ぎに何らかの雑用をギルドを通さずに受け、報酬を得る事も問題はございません。よほどの高額報酬ではなく、違法行為も無く、両者の合意があればまず問題になりませんね。
しかし、今日リョウマ様のお話にあったように仕事をすれば、小遣い稼ぎとは言えない大金が転がり込む可能性があります。新たな金脈としてギルドに目をつけられてしまうかも知れませんね」
「危なかった……ありがとうございます、セルジュさん」
「いえ、私もまだリョウマ様を侮っていたようです。まさかここまで深く経営を考えておいでだったとは思わず。冒険者業で空いた時間の小遣い稼ぎと思い、登録の話を省いておりました」
いいえ、貴方が思ってた通りです。全然深く考えてないんだが……とりあえず乗っかっとこう。
「では洗濯屋をやるとすればギルドへの登録が必要ですね、既に冒険者ギルドとテイマーギルドに入っていますが、問題ありませんか?」
「ご心配なく、登録の際は私がリョウマ様を推薦致しますので、問題なく登録は可能です。他のギルドとの掛け持ちはより多くの情報が入りやすくなりますので、むしろ歓迎されています。よろしければ明日にでも登録をしに行きませんか? 私がついて行きますので」
「明日は……まだ冒険者としての依頼があるので、戻るのが今日と同じ時間帯になってしまいますが」
「大丈夫です。商業ギルドには必ず数名の職員が詰めており、何時でも全ての手続きが行えます。商人にとって情報は命。情報の鮮度が落ちる前に情報を届ける必要がありますからな」
24時間営業……?
「それでは、セルジュさんがよろしければ」
「勿論ですとも!」
うおっ!?
「リョウマ様の考案された洗濯屋、これは素晴らしいものです! まだどの商人も目をつけておらず大きな利益を生む可能性があり、この世界の商売のあり方に一石を投じる商売でございます! 私セルジュ・モーガン、微力ではありますが、お力にならせて頂きます!」
何か凄い大げさな事言い始めたー! こんなに大事になるなんて……小遣い稼ぎになるかな? 程度だったんだが……
「あ、ありがとうございます。心強いです」
「勿体無いお言葉です。こうなりますと、店を開く土地のことも考えなければなりませんな」
店!? そんな大規模にやる気はないぞ!
「ふむ……そのお顔を見ますに、リョウマ様はそこまで大きく手を広げるつもりは無かったのですな?」
「はい。精々最低限の生活費が稼げればと思っていました。ですから露店の様に街角でも良いですし、自分で各家庭を回っても良いです。店となると冒険者業の副業には出来ませんから」
「なるほど。しかし経営の事なら問題はございません。私の店の者を数人そちらにお貸し致します」
いや、それはダメだろう。
「店を持つにしても、人に全て任せてしまうのは……」
そう言うとセルジュさんは苦笑いをしてこう言った。
「ふむ……公爵家の方々の言っていた事も少し分かる気がしますな。……リョウマ様、経営を人に任せる事は何もおかしな事ではございませんよ?」
え?
「確かに初めて店を持った者は通常自分で店を切り盛りしますが、私程になると多くの支店を持つようになります。そうなると私1人では全ての店に目を届かせ、経営する事など出来ません。信用の出来る部下を選び、育て、そして支店の経営は任せているのです。それはおかしい事と思いますか?」
そう言われると、確かに……日本のチェーン店とかも店長は雇われでオーナーじゃない事なんてザラだよな……
「確かに、それはおかしい事ではないですね」
「そうです。それに、世間には経営者に向く者と向かない者が居ります。向かない者が無理をして経営するよりも向いた者を雇い経営を任せる方が店がよく回ります」
「それも、分かります」
「リョウマ様は……現時点では判断が付きません。アイデアとそれを実現する手段や経営方針を既にお持ちな所は経営者として向いていると言えますが、腹の探り合いなどはあまりお得意だとは思えませんな。心の内が表情に出ておりますから」
そんなにはっきりと出てるか!?
「リョウマ様の年齢を考えれば、普通よりは隠せているとも思いますが、海千山千の商人には通用致しませんよ」
「そうですか……」
前世ではポーカーフェイスにそれなりに自信あったと思うんだが……俺の気のせいだったのか?
「それに、私も完全な善意で人を貸すと言っているのではありません。ラインハルト様から紹介された際にリョウマ様の相談にのるように言われた事も1つ、そしてリョウマ様自身の将来性を見込んでの話でございます」
「将来性、ですか?」
「はい。その歳で防水布や糸、そしてあの鉄のインゴットと数々の品を生み出したリョウマ様には、ラインハルト様の紹介を抜きにしても注目しているのです。加えて本日のお話も今後の儲けが大変期待できる内容でした。これを無視するなど商人として出来ません。私もリョウマ様の店に袋を卸すだけでも良いので、一口乗らせて頂きたい。必要とあらば開業資金の投資も行いましょう」
……そこまで言うなら、良いか? でもな……
「資金を投資して、失敗したらどうするのですか?」
「失敗を恐れていては店を大きくする事など不可能、ある程度の大きい店を持つ商人であれば、すでに多かれ少なかれリスクを背負っているものですよ。
何より、リョウマ様の店は儲けを出せる公算が大きいと私は考えております。さらにもし失敗したとしても、その時は損失額分を賠償額としてリョウマ様に鉄のインゴットと防水布と糸を大量に作って頂けば良いのです。洗濯をスライムに任せるのであれば操業にかかる費用も抑えられるでしょうし、十分に損失は補えるかと。
成功の可能性が高く、損失を取り返せるあてまである。美味い話でありがちな罠を仕掛けているとも思えませんし、ここで話に乗らない商人は商人とは言えませんな」
なるほど、確かに鉄のインゴットを作れば稼げるか…………
「分かりました。ご協力をお願いします」
「その気になって頂けましたか?」
「はい。ですが金銭面の投資はまだ遠慮させて頂きます。幸いお金は昔、盗賊を討伐した際の賞金がだいぶありますので」
「では人手を?」
「お願いします。あと、袋を始めとした店で使う雑貨はこちらで買える物はこちらで買わせて頂きます。インゴットはこの話とは別に、時間ができれば持ち込みましょう。元々廃坑の管理を任されてから作る予定でしたから」
「ありがとうございます。これから、互いに良い商売が出来そうですな」
こうして話は纏まり、その後上機嫌のセルジュさんから袋を購入して店を出た。
暗くなった道を歩いて宿に帰ると、怒りのオーラを吹き出したお嬢様が待ち構えていた。
「お嬢様……?」
「リョウマさん、こんな時間まで何をしてたんですの? 心配したんですよ……」
お嬢様は怒りのオーラを収め、そのまま泣き出してしまった。どうやら昨日ゴブリンキングが出たばかりとあって、物凄く心配をかけたようだ。
悪かった。
そう思ったためお嬢様の泣きながらのお叱りは黙って受け止める。するとやがて泣いて怒り疲れたお嬢様はもう寝ると言い、俺はメイドさん達に連れられていくお嬢様を見送った。
「ご心配お掛けして、申し訳ありません」
「もういいわ、エリアにたっぷり叱られたみたいだしね」
「心配したのは事実だけどね」
「次からは気をつけるんじゃぞ」
「はい、肝に銘じます」
「で? リョウマ君はこんな時間までどこに行ってたの?」
馬車が故障し、通りかかったセルジュさんの店に寄ったことを説明した。
「セルジュの所に居たのか。それにもう新しい仕事を考えていたとはね」
「明日も帰りが少し遅くなると思います、今日怒られたばかりですみませんが……」
「事前に連絡してくれれば良いわよ、別に。それで明日何かあるの?」
「セルジュさんと商業ギルドに登録に行きます。話している内に話が大きくなり、洗濯屋をやるためにはギルドに登録が必要になったんです」
「何? 生活費の足しにする程度の報酬で行う雑用ではなかったのか?」
「僕も初めはそう思っていたのですが、セルジュさんと話している間に店を構える事が出来るまで話を詰めてしまいまして」
「店とな? そこまで話が進んでおるのか」
「セルジュさん曰く、“繁盛する未来が見えるよう”だそうです。店番などの人員は数人ならセルジュさんの店から出して頂けるそうで」
「セルジュがそこまで言うとはね、それでオープンは何時だい?」
ナチュラルにオープンの日を聞いてきた!? 驚かれると思ってたのに。
「まだ店舗の事など色々ありますので未定ですが……皆さん驚かないのですね? こんな、11歳の子供が店を開くと言っても」
「別に年齢制限は無いからね。露店ならリョウマ君ぐらいの子が開いている事もあるし、普通の店でも店番をしている事もあるよ」
「流石にちゃんとした店を開く11歳児は居らんが、君じゃからな」
「リョウマ君は普通の子と違うみたいだからね。セルジュから太鼓判を押されたなら大丈夫でしょう。でも、何かあったら頼るのよ? 定期連絡を忘れないようにね?」
それでいいのか?
「分かりました」
その後なんとなくモヤっとしたまま部屋に帰り、昨日やり残したスライムの分裂と契約をした。
今のスライムの数はこうなる。
スティッキースライム×907
ポイズンスライム×666
アシッドスライム×666
クリーナースライム×22
スカベンジャースライム×3033
ヒールスライム×2
メタルスライム×1
スライム×1
スティッキースライムが900匹を越えた、もうすぐ1000だ。
ポイズンスライムとアシッドスライムがゾロ目+同じ数で揃った。しかし666ってなんか不吉……
クリーナースライムが倍になったのは嬉しい。それに昨日のゴブリン戦のせいか? スライムが強くなっていた。ビッグやヒュージスライムの状態で手に入れていた物理攻撃耐性は良い。しかし、まさかスライムが棒術やら槍術やら体術を覚えるとは思わなかった。
いろいろ考えて教えたが、スライムがこういったスキルを得られるとは思ってなかった。これからも色々教えてみるか……




