縄工場の管理人
翌朝
部屋に運ばれてきた朝食をいただきながら聞いたところ、ローゼンベルグ様は日の出と共に出立されたとのこと。昨夜の内に完成させた防護の呪具は、1200本全て納品を済ませてあるので、役に立ててもらえることを願おう。
……それはそれとして、俺の呪術の指導はいつになるだろうか? 昨日の様子を見ては言い出せなかったけれど、樹海で用意した“化生の手”とは違う、瘴気除去用の術の確認を始めとして、色々相談したいことはあったのだ。
「でしたら、折を見て私からお伝えしておきましょう。ローゼンベルグ様には当家の仕事もありますから、あちらの状況がどうであれ、ある程度のところでこちらに戻られるはず。手が離せない状況であったとしても、それはそれで連絡が来ると思いますので」
「そうですね。こちらは急ぎというわけではないので、ローゼンベルグ様の負担にならないように調整をお願いします」
給仕をしてくれているアローネさんにお願いして、心置きなく朝食の残りを味わった。
そして全ての料理を満喫した後は、技師としての仕事が控えている。まずはユーダムさんと合流してから、アローネさんの案内で公爵邸の中にある魔法練習場に移動。
ここは以前、俺がシュガースクラブの実験のために使わせてもらった魔法練習場。相変わらず、壁一面に塗られた紫色の塗料が派手だが……今日は、以前にはなかった斧や薪を乾燥させる棚、山積みにされた木の枝がいくつも並んでいる。
「こんなに沢山ありがとうございます」
「我々としても冬の備蓄が大量に確保できるのですから、この程度の協力は当然ですよ」
「ご期待に沿えるよう、ここを薪で一杯にさせていただきます」
ディメンションホームからゴブリン達を呼び出すと、彼らは昨日回収してきた木の幹を抱えて出てきた。収納の段階で枝打ちや玉切りを済ませているので、ゴブリンは2人で1つ、力の強いホブゴブリンは一度に2つずつ。運んだ木々を練習場の隅に積み重ねていく。
積み重ねられた木々は別の集団が、公爵家の用意した斧で適度な大きさに割り始め、薪が大量に生産されていく。斧を振るうのはホブゴブリン、薪を拾い集めるのはゴブリンと、作業の分担もバッチリだ。
さらに割られた薪の運搬には、スライム達に簡易的なベルトコンベアを作ってもらうことで、薪棚の方へ流れるようにする。ゴブリン&スライム達の人海戦術とスムーズな作業により、あっという間に空だった薪棚が埋まっていく。
「さて、今のうちにこっちも……」
今度はディメンションホームからサンドスライムを呼び、スライム魔法による砂の渦で山積みの枝を片っ端から粉にする。こちらはこのまま、木の粉とサンドスライムの混合物の状態で回収し、保管しつつ乾燥させる。
サンドスライムは砂の吸湿性と、サラサラの体を維持するための速乾性を併せ持つ。この性質を利用することで、枝を粉にすると同時に粉末の乾燥を早めることが可能。乾燥後はサンドスライムを操れば木の粉と分離できるので、オガライトの材料確保が楽になる。
「それにしても、こんなに枝を用意してくださったんですね」
「庭園の整備で出た枝ですので、特別に労力をかけたわけではございませんよ。今後は裏の林の木々も適宜剪定を行う予定となっておりますので、いくらでもお持ちください。
人々の不安を解消するにも、品物がなくては説得力もいまひとつになってしまいますから」
アローネさんの仰る通り。今回の材料調達の目的は、オガライトを周知するためのサンプルと、正式な生産が始まるまでに需要が生まれても対応できるように在庫を作っておくためのもの。
公爵家から正式に情報公開の許可が出たので、今後は商業ギルドや街の人とサンプル片手に相談をしながら、正式な量産体制を構築していくことになるだろう。
薪の高騰対策はまだまだ始まったばかり。気合を入れなおしつつ、粉にした枝の山をサンドスライムと一緒にディメンションホームの中に送る。最後の一山を回収し終える頃には、ゴブリン達によって薪棚の半分ほどが埋まってきていた。
「良いペースですね。こっちの端から行きましょうか」
「徹底的に水を抜こうと思うとそれだけ魔力が必要だから気を付けて。今回だけで済ませなくても良いと思うから、一回は軽めにやっていこう」
「了解です。では『エグズディション』」
薪は普通なら数か月から半年、木の種類によっては数年かけて乾燥させる必要がある。しかしここではユーダムさん直伝の木魔法で、水分を絞り出すことで期間を短縮することにした。まだ本格的な冬までは時間はあるけれど、必要になればすぐ使えるように。
薪は数があるので棚ごとまとめて、一気に魔力を放出。水分を運ぶ導管があり、玉切りをした時、割られた時にできた切り口から流出するようイメージすると、実際に切り口から水が染み出して地面を濡らす。
昨日のうちに少し練習をしていたこともあり、難なく成功。流れ作業で埋まっていく薪棚にひたすら魔法をかけていくと……昼前には木々の処理が終わり、心地よい疲労感で休憩に入ることができた。
■ ■ ■
午後
公爵邸で美味しいお昼をいただいた後は、モールトン奴隷商会へ。一昨日と同じ応接室に通してもらうと、約束していたオレストさんと一緒に、左目に眼帯をつけた男性が待っていた。
「本日もよろしくお願いします」
「こちらこそ、良い商いをいたしましょう。早速ですが、彼が例の元奴隷商人のマルロです」
「マルロと申します」
やっぱり彼が、俺の縄生産工場の責任者をしてくださる方か。服も髪もきっちりと整えて清潔感はあるけれど……一昨日の書類には63歳と書いてあったと思うが、艶のない白髪に手と顔の皺の印象が強くて、もっとお年を召しているように見える。
「リョウマ・タケバヤシと申します。これからよろしくお願いします」
「これはこれは、ご丁寧に……私のような老体に、やりがいのある仕事を任せていただき、心よりお礼申し上げます。私に残る全ての力と経験をもって、奴隷の監督を務めることを誓います」
禿げ上がった頭頂部しか見えなくなるほど、深々と頭を下げるマルロさん。真剣かつ気合が入っていることを感じるが、何故そこまで? と疑問に思う。
「リョウマ様、今回のお話は我々だけでなく、この男にとってもありがたい話だったのです。
先日お話した通り、この男は加齢により経営者としての仕事に支障が出ることを懸念して全てを手放しました。逆に言えば、老いさえなければまだ奴隷商を続けたいと願っていた。仕事も店も、一度全てを諦めて手放したものが戻ってきたのですから、感謝の一つもするでしょう」
「モールトン会頭の仰る通り、私は奴隷商という仕事を、奴隷になった今でも愛し、誇りに思っております」
「なるほど……マルロさんは真面目な人だと聞いていましたが、それ以上に熱意に溢れた方という印象を受けました。差し支えなければ、現役時代はどのような経営をしていたのですか? 興味本位ですので、無理にとは言いませんが」
「いえ、是非お話させてください。私も事前に話しておくべきと考えていましたので」
感謝から緊張の面持ちに変わった彼は静かに、主に“子供”を扱っていたことを口にした。
しかし、それを聞いて俺の頭に浮かんだのは、嫌悪ではなく疑問。俺の記憶が間違っていなければ――
「……どうやらタケバヤシ様は、奴隷法上の子供の扱いをご存じのようですね」
「分かりますか?」
「勿論です。予備知識なく子供を売り買いしていると聞けば、憤りや不快感を覚えるのが一般的な反応でしょう。ですがタケバヤシ様は露骨に眉をしかめることも、席を立とうとすることもなく、話の続きを求めるように私を見ていました。分からないはずがございません」
「確かに、何も知らずに聞いていたら僕もそんな態度になったかもしれませんね」
尤も、俺の知識は最初にモールトン奴隷商会でお世話になった時にもらった冊子と、オレストさんとの会食中に聞いた程度。きちんと勉強したわけではないので、胸を張れるほどではない。しかし、子供の奴隷に関しては注意があったし、やはり目を引いたので覚えていた。
「確か、子供の取引は原則として満16歳になるまで販売禁止。奴隷商が買い取ることと、極めて重大かつやむを得ない事由と必要性がある場合にのみ、奴隷商相手に限り販売が許可される、でしたね?
……仕入れをしても16歳までは絶対に売れない。しかし、それまでの生活の面倒は見なくてはいけない。衣食住を十分に与えなければ、それも違法となる。そして16歳になっても、採算の合う値段で売れるとは限らない。
高く売るためにはそれなり以上の教育を施す必要があり、教育を与えるなら相応のコストもかかる。おまけに一度買い取れば、どんなに負担になろうと途中で放棄はできず、それこそ店の経営が継続不可能になった場合、奴隷を他所に移すための販売しか許されない。
……商売という一点で考えれば“不良債権化する可能性が高い商品”ですよね?」
「まともな奴隷商であれば、可能な限り避けようとしますね。特に彼のような小規模な店では、買い取り拒否をすることも珍しくありません。今にも飢え死にそうな母親に懇願されて断りきれず……といった話も聞きますが、それでも精々年に1人か2人でしょう。
それをこの男は、40年間で800人以上扱っていたのです」
「800人!?」
単純計算で年間20人、幼い子もいればすぐ売れる年齢に達する子もいただろう。だとしても、だ。この人、それだけの数の子供を世話してきたってことだよな? もはや奴隷商というより孤児院のような……いや売ることは売るんだろうけど、
「率直に言いますが、何故そこまで? 言葉にすれば一言ですが、子供を育てるのは、たった1人でも楽なことではないでしょう」
「確かに苦労はしましたが、仕事をしているうちに自然と」
ここでマルロさんは迷った後に“少し長くなりますが”と前置きをして話を続ける。
「まず、奴隷商になる前の私は1人の奴隷でした。幼い頃に売られたらしく、実の親の顔も知りません。そんな私を育ててくれたのが、私がいた奴隷商会の旦那です」
奴隷としての生活は特に良くも悪くもなく、ただしその旦那は“お前達を高く売るためだ”と言いながら、できる限りの教育を与えてくれたとのこと。おかげでマルロさんは奴隷商として、経営の知識も得ることができた。
「私は覚えの悪い子供でしてね……他の子供の5倍の時間をかけて、ようやく並ぶ。16になり売れる歳になっても、鈍臭くていつまでも売れ残る。そんな私を最後まで見捨てずにいてくれた旦那に報いたい、その一心で下働きをしていました。
旦那は口が悪い人でしたが、子供には優しくてね……お酒を飲むといつも“親が貧しいか、ただのクソ野郎か、どっちにしてもこんなところに連れてこられるガキの生活なんてろくなもんじゃねぇ。追い返すのは簡単だが、目の前のガキにそんな生活を続けさせるってことでもある”とぼやいている人でした。
こちらとしても商売ですし、無理をして破綻すればそれこそ子供達を苦しめる。限度は厳しく見極めつつ、なるべく多くの子供に最低限の生活をさせる。私はそれが旦那の経営方針であり、奴隷商としての誇りだと思うようになりました」
「それで子供の奴隷を」
「私の店は独立したのではなく、引退を決めた旦那から受け継いだもの。知識も教育も同じく。ならば経営方針まで含めて、全てを受け継ぐと決めたのです」
う~ん……先代への感謝も含めて、彼自身が本当に好きでやってるんだろうけど、めちゃくちゃ善良な人だった……
「お分かりいただけましたか? 彼は世間一般が持つ奴隷商のイメージとは対照的な、人のいい男なのです」
「この前、問題のない人物かと確認を取ったことが恥ずかしくなりそうなくらい、理解しました」
「法を無視して儲けを取る奴隷商も居ますので、当然かと」
ご本人がフォローを入れてくださったので、とりあえず話を進めよう。
「マルロさんの熱意と経歴を教えていただいて、最初の態度の理由がより納得できました。苦悩の全てを理解できたとは思えませんが、引退と大事なお店を手放すのは苦しかったでしょう」
「生涯を捧げる覚悟はありましたが、奴隷商には敵が多いので」
彼が言うには、店先で罵倒されることは日常茶飯事。道を歩いていて突然殴られることもある。被害を街の警備兵に訴えても“お前が汚い商売をしているからだろう”などと嫌味を言われ、人によっては取り合ってもらえない。
顧客も顧客でマルロさんが後ろ暗いことをしていると決めつけ“騒ぎになるとお前も困るだろう?”と脅すように買い叩こうとしてきたり、子供を売った母親が店先で泣いて暴れて子供を取り戻そうとすることもあるのだそうだ。
「この目もまだ若く未熟な頃、母親が隠し持っていたナイフで抉られましてね。最初は“受け取ったお金は生活のために使ってしまった、今は払えないが必ず払うから”と懇願するだけで、暴れる様子がなかったので油断していました」
「想像以上に殺伐としているんですね……」
「人に好かれる仕事でないのは確かですが、店の規模にもよりますよ。当商会は取引をするに相応しいお客様を選んでおりますし、貴族の伝手や資金力を潤沢に持っておりますので」
「つまり叩きやすい相手だから標的にされると。人の性ではありますが、嫌な話ですね……」
これはマルロさんや他の小規模奴隷商の経営者に落ち度があるという意味ではなく、攻撃した時のリスクが比較的低く見えてしまうということ。
仮にオレストさんの店で暴れれば、すぐに警備員が飛んで来て取り押さえられるだろうし、街の警備兵も粗雑には扱えない。一方、小さな店にはそこまでの影響力はない。ここで躊躇がなくなる。強い相手には我慢していた不満を、思い切りぶつける人が増えるのだろう。
「もしかして、お店を手放してオレストさんに預けたのも?」
「はい。この老いた体ではいつまで店と子供達を守れるか分かりません。続けることに固執して満足な仕事ができないようでは本末転倒。店ごと取り込んでもらえれば、少なくとも子供達は大店の庇護下に入れていただけると考えた次第です」
「ご自分も奴隷になられたのは」
「モールトン会頭を信用はしていますが、面倒を見ていた子供達のことが気がかりなのも本音でして……私くらいの歳になると新しい生き方を探すのも一苦労ですし、一人寂しく死ぬまで漫然と生きるくらいなら、奴隷となり残った子供達の成長を見届けたいと考えた次第でございます」
ついでに自分や店を売り払って残ったお金は、残った奴隷の子供達が将来的に解放されやすくなるよう、彼らの生活費に充てているそうだ。
「もう何と言えばいいやら、ただただ敬服するばかりですが……それだけに工場の責任者をマルロさんにお願いしたいと思いました。改めて、よろしくお願いいたします」
「はい、お任せください」
こうしてマルロさんとの顔合わせが済み、業務内容についての細かい打ち合わせを行った後は、工場となる元店舗を確認。そこには既に3人の若い奴隷が準備を始めていて、彼らとも挨拶をした。
聞けば彼らは皆、マルロさんを支えたいと志願した子供達だとのこと。彼らの志望動機からも分かるが、マルロさんとの関係は良好。互いに固く信頼している様子が見て取れたので、仕事をお願いする側として安心できた。
この仕事が彼らにとっても良い結果に繋がるよう、俺も頑張ろう。




