親子の相談
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
リョウマが公爵家の屋敷で歓待を受けている日の夜……公爵家が社交のために所有している王都のタウンハウスに、ラインハルト達の姿があった。彼らは薄く細い木材を編んで作られた異国情緒のある椅子に座り、椅子同様に編まれた正方形のテーブルを囲んでいる。
「強行軍になったけど、最低限の話は通せたね」
「そうね。陛下から“基金の設立や私達の領地で運用する分には構わない”と一言を貰えたのは助かるわ。国が関与するかどうかはあちらの都合次第だけれど、興味を持った陛下がどうにかするでしょう」
「ふむ、どうやら宮廷の雀共は相変わらずやかましいようじゃな?」
ラインバッハが尋ねると、エリーゼは少々大げさに溜息を吐いて見せた。
「まったくですわ、お義父様。あの人達は石畳の隙間に落ちた指輪を拾うかのように、必死になって細かい部分をつつき回すばかり。自分達の自尊心を守りたいがために、外様の功績を認めようとしない、見ているこちらが恥ずかしくなる有様でした」
「僕も粗探しや難癖をつけられることは想定していたけど……資料の写しだけでなく、我々が作った現物まで預けたというのに“子供が書いた資料など役に立たない”だとか、“設計者をここに連れてきて説明させろ”とか言ってきたのには呆れたね」
「なんと、そこまでか。城の人材も随分と質が下がったものじゃのぅ。それで、どうした?」
「当然、2人で突っぱねたよ。
場所が場所だから言葉は選んだけど“本来の設計者はとうに亡くなり、資料だけが当家の技師の手に入ったと説明したはずですが? 貴方がたが軽んじる子供が、同じ資料からそこまで形にしたというのに、大人であり国に仕えるほどの技術者がそれを理解できないと言うのか?”とね」
「謁見の間、陛下の手前だから仕方ないのは分かるけど、そっくりそのまま言ってしまいたかったわ。
“時間を貰えば解析できる! ただ我々は国のための仕事で忙しいのだから、不要な時間を取らせないために技師を連れてくるのが筋ではないか!?”って、論点をすり変えて反論しつつ必死に陛下に弁明していたけれど……あれは内心で失笑していたわね。
尤も、おかげで陛下の方から自発的に“リョウマ君を王都に呼ぶ必要はない”とも言い出して貰えたので、役に立ったとも言えますが」
ならば、有象無象の心配は不要だろう――と考えた直後、陛下本人はどうなのか? という思考が2人の頭をよぎる。
「エリーゼ、陛下はリョウマ君の事で何か言っていたかい? 僕は謁見後に城を出たけど、君はあの後も個人的に話していたんだろう?」
「そうね……気にはしているみたいだったわ。今回の技術だけじゃなくて、昨年末のこともあるから。ただ、積極的に調べている感じではなかったわね。普通に流れている噂は全部耳に入れていたようだけど、それ以上のことは知らないみたい。
陛下も大鉈を振るったばかりで、今は何かと忙しいみたいだし……興味はあっても、必要に迫られないことに手を伸ばすほど暇ではない、といったところかしらね。陛下にしては大人しいのが気にかかるけど、国政を放り出すほど無責任な人ではないから」
「確かに。今回の技術が正当に評価されれば、必然的に陛下の仕事も増えるだろうしね……なら、ひとまずそちらは問題ないかな」
「2人の間に縁があるなら、いずれ神々が引き合わせてくれるであろう」
こうしてエリーゼからの報告が一段落すると、次はラインハルトの報告。
「教会はどうだったの?」
「創世教・神光教、どちらも快く協力してくださるとのことだよ」
「何? もう確定したのか?」
「公爵家の名前と基金の内容的に断られることはないとしても、返答前に一度持ち帰って上層部の判断を仰ぐのが普通よね」
「僕もその予定で考えていたから驚いたよ。運よくその“教会上層部の方々”の時間が空いていたらしくて、公爵家の当主を迎えるのだからと担当が交代したり、相談の場に同席することになったりしたんだ。
結果的に話が早くて助かったんだけど……最後に感謝を伝えたらワール大司教から“善き行いをしようとするあなた方に、神々のお導きがあったのでしょう”と言われたんだけど」
その一言で、話を聞いていた2人も“もしや”と考えた。
「まさか神々が神託を?」
「それはないと思う。仮に“基金に協力するように”なんて神託が下ったとしたら、もっと教会が大騒ぎをするはずだ。即決どころか、向こうから全面的な協力を申し出てきてもおかしくないよ」
「そ、そうよね……ごめんなさい、冷静を欠いていたわ」
「リョウマ君の事を考えれば、ありえぬとは言いきれんからのぅ……神託ではないにしても、本当に神々のお導きだったのかもしれんな」
ここで話題が変わり、今度はラインバッハに水が向けられる。
「ところでお義父様、軍士会はいかがでした?」
「おお、そうじゃった。旧交を温めてきたが、基金の話題は大いに盛り上がったぞ。少し話を聞いただけで、新しい暖炉とオガライトを買うと宣言した者もおったからな」
「噂が広まるのは歓迎だけど、流石に気が早いのでは?」
「一線から退いたとはいえ、軍人として生き残ってきた奴らじゃからな。訓練や任務の中で寒さに凍える辛さは身に染みておる。さらに歳を取って体の不調を抱えておる奴ばかり、ついでに金と暇を持て余しているとなれば、興味も出るというものよ。
ちなみに興味を持っている奴の筆頭がシーバーなのじゃが、ロケットストーブを1つ都合できるかの?」
「あら、ガルダック元騎士団長がご興味を?」
話に出た名前にエリーゼが反応すると、ラインバッハが一つ頷いて説明を続ける。
「うむ。あやつがギムルの街に移住する、という話は前にしたじゃろう? 屋敷も引き払い王都に来ることも減るだろうからと、今のうちに知人との交流を深めておったらしい。
リョウマ君の事も知っておるので、明言せずとも技術の出所を察していてな……移住して新生活を始めるので、新しい暖房器具を導入するには好機だろうという話になった」
「……ガルダック元騎士団長も軍の知人は多いでしょうし、軍士会の参加も導入の好機も不自然ではないけれど」
「偶然は重なるものなんだね……何はともあれ、我々としては追い風になるだろう」
ラインハルトに2人も同意し、3人は偶然について深く考えることをやめた。
こうして会話が途切れた時、3人が寛ぐ談話室の外から声がかかる。
「旦那様、お嬢様が到着されました」
「入りなさい」
ラインハルトが返事をすると、静かに開いた扉から執事のセバス、そして表情の硬い娘のエリアリアが入室。
「お父様、お母様、お爺様もお久しぶりです。ただいま戻りました」
「おかえりなさい、エリア。しばらく会わないうちに背が伸びたわね」
「色々と話すことがあるから、こっちに来て座りなさい」
母と祖父の言葉に従い、空いていたもう1つの椅子に座るや否や、エリアリアは大人達に尋ねた。
「お父様、一体何があったのですか? 急に揃って王都に来られたこともそうですけれど、学園の外泊許可を取ってまで屋敷に戻れだなんて、よほどのことですわ」
「心配する必要はないよ、エリア。大事ではあるけれど、悪い話ではないから。ただ事前に話をしておかないと、エリアが学園で困るだろうから呼んだだけさ」
その一言で肩の荷が降りたようで、エリアリアの表情が少しだけ柔らかくなる。さらに大人達がリョウマの提示した技術と基金について、ことの経緯から丁寧に説明を行うと、静かに納得した模様。
「学園の方々の耳にも入るでしょうから、私に話を聞こうとする人が出てきますわね。ただでさえ先日から、学園でもリョウマさんの話を耳にすることが増えていますもの」
「おや、儂がこの前シーバー達を送ってきた時はまだ公爵家の噂の“一部”という程度の印象だったが、そうか……この短期間でリョウマ君本人に注目する者が増えてきたようじゃな。詳しく教えてくれんかのぅ?」
「私が最初に学園でリョウマさんの話を聞いたのは……やはり昨年末の件が起こってからですわね。“我が家と領地が荒れている”という噂をしていた方はそれ以前からいたのですが、事件が明確に解決に向かい始めてから、リョウマさんの話を伝え聞いた方がいたようです。
ジャミール公爵家に新たな技師が入った。驚いたことにその技師は子供である。昨年末の事件の解決に多大な貢献をした。このような話が、お家の方から教えられた学園生を通して学園に広まっていました」
「うん……それについては想定内というか、どうしようもないからね」
「私達も遅かれ早かれリョウマ君のことは絶対に広まると思ったから、ちょっと強引にでも先手を打って技師になってもらったんだもの。当然よ」
それで? とエリーゼが続きを促すと、エリアは最近の注目の原因が“樹海食材の流通”だと話した。
「リョウマさんがSランクの冒険者であるグレン様とお知り合いになったことは、ご存じですね?」
「里帰りをしている時に遭遇して一時的に行動を共にしたとは聞いているよ」
「では、これはミヤビから聞いた話ですが」
前置きをしてエリアが語ったのは、以前、サイオンジ商会のピオロがリョウマに語った内容と同じ。グレンが樹海の食材を王都の有名レストランに持ち込んだことで、樹海食材の需要が高まっていること。
ただしエリアの話には続きがあった。
グレンには樹海の食材を求める貴族からの依頼が殺到。しかし自分には採取できないと断っていた。そんな時に樹海食材が大量に売り出されたので、貴族はこぞって買い求め、ついでに供給元を探ろうと従者がサイオンジ商会の王都支部に集まっていた時があったと語る。
「その時、お店にグレン様が現れてリョウマさんの居場所を尋ねたそうです。その時にお声が大きかったために、名前が周りにいた従者の方々の耳にも入ってしまったようだと」
「あぁ……リョウマ君が言っていたよ。保存食が気に入ったので買いに行くと言われたけど、自分がギムルに住んでいることを伝え忘れた。向こうも聞き忘れたことに気づかずに走り去ったって。樹海の食材からサイオンジ商会との繋がりに気づいて尋ねに来たのか」
「リョウマ君は妙な縁というか、偶然を起こすのぅ……」
「私もこの件には驚いて、数日前にリムールバードを飛ばしたのですが」
「私達が屋敷を出る時には届いていないから、きっと行き違いになってしまったのね。
Sランクの冒険者が関わったことで噂の広がり方が加速したみたいだけど、方向性としてはまだ私達が想定していた範疇だから大丈夫でしょう」
「少し対応は早めた方がいいけれど、その程度だね」
ひとまず問題はないだろうと判断した大人達が、エリアにいらぬ心配をさせないように優しく声をかけた。しかし、彼女の話はそこで終わりではなかった。
「お父様、お母様。リョウマさんのお話は一旦そこまでですが、もう1つお話しておくべきことがありますの。グレン様のことで」
淡々とした報告だが、その表情に大人たちは嫌な予感を覚えた。
「聞こう」
「では……これもミヤビから聞いたのですが、グレン様が“拠点とする街を王都からギムルの街に変えるかもしれない”とのことです」
その一言に、大人達は数秒間言葉を発することができなくなった。
リョウマがたった1回の樹海食材の取引で5000万スートという大金を稼いだように、希少素材の供給や高ランクの魔獣討伐ができる冒険者の収入は、一般人とは桁が違う。また、彼らは命を守る装備や日常の癒しに大金をつぎ込む傾向がある。すると必然的に、冒険者の周囲では経済が回りやすくなる。
高ランクの冒険者の存在は高い経済効果をもたらし、緊急時には戦力になる。その代表格がSランク冒険者であり、グレンだ。特に彼は豪快な性格から金遣いが荒く、それは王都の経済活動を活性化させる一助となっていた。
グレンが拠点を変えるということは、王都からグレンの経済効果が失われるということであり、逆に転入先であるジャミール公爵領に転がり込むということ。
ジャミール公爵領の経済が活性化する、という点だけを見れば良いことに思えるだろう。しかし経済効果に付随する王都の貴族や商業ギルドとの折衝、さらに領地の商業ギルドとの調整など、領主として調整すべきことが増える。
領主の一族としては、素直に喜んではいられないのである。
「一体、どうしてそんな話に?」
「グレン様本人が、サイオンジ商会の応接室に通された後で口にされたそうです。なんでも貴族や高級店から樹海素材の依頼が増えただけでなく、何度断っても諦めない方が多くて鬱陶しかったと。あとは樹海で拾った武器について、いつも利用していた武器商人の方からの詮索が多くて嫌になってきたとか。
以前リョウマさんからいただいた手紙では、とても素直な方だそうですし、直接対応したミヤビのお母様曰く“少なくとも面倒から移転を考えているのは本心だろう”とのこと。
移転先にギムルの街を考えているのも特に深い意味があるわけではなく、リョウマさんの話をしたので頭に浮かんだのでしょう。確定事項ではないのですが」
「いや、事前に教えてもらえて助かったよ。ありがとう、エリア」
「うむ。このような情報の共有は大切じゃよ。エリアはこちらでもよくやっておるようじゃな」
「本当に、家にいた時よりも成長しているのが分かるわ。偉いわよ、エリア」
「ありがとうございます」
エリアはすまして返事をするが、根が素直なため、全身からは両親と祖父に褒められた喜びが溢れていた。大人達はそれを微笑ましく思うが、気づかぬふりをして話を続ける。
「しかし、グレン殿がギムルに拠点を移すとなると……本人が気分屋なだけに、どこまで波及するかが読めないな」
「ラインハルト。頭を悩ませているところ悪いが、シーバーとレミリーもギムルに移住することを忘れておらんか? あやつらも冒険者登録と復帰をして、Sランクになっとるぞ」
「そうだった! ということは最低2人、最大3人のSランクがギムルに集まることになるのか。現時点でSランクに認定されている方は6人だったはずだから、国の半分がギムルにいることになってしまう」
「残りの半分は事実上引退しているようなものではなかったかしら? そもそもSランクの昇格条件を満たす頃には大半が引退間近の歳になるから、実質的には名誉職でしょう? 若くして認定されたグレン殿が稀有なだけであって」
「そうなると、戦力的にも現役と言えるSランクは全員ギムルに集まるわけか……これは城から何か言われるかもしれないな……セバス」
名を呼ばれ、部屋の隅に控えていたセバスが静かに近づく。
「この屋敷の者に、普段以上に詳細な情報を集めるよう指示を。滞在中は直接報告を受けるが、領地に戻らねばならない。連絡は密に取るように。必要になればすぐに動ける体制を整えておいてくれ。
それからリョウマ君にも一報入れておいた方がいいだろう。少し情報を集めてから、セバスには一足先に戻ってもらいたい」
「かしこまりました」
指示を受けたセバスは一礼し、静かに部屋を出る。
「ふぅ……これでひとまずは様子見だね。ところで学園はどうだい? エリア」
「えっ、お仕事はいいのですか?」
「十分な情報が集まらなければ正しい判断もできない。情報が集まるまでは休憩だよ」
「休める時に休んでおく。こういう切り替えも大事じゃぞ」
「そうよ、せっかく顔を合わせたんだもの。家族の話もちゃんとしたいわ。いいでしょう?」
「……はい!」
それから4人は様々な話題に花を咲かせる。
学園の授業が退屈であること、仲の良い友達のこと、クラスメイトの間で流行していること……どれも他愛のない内容だが、エリアは子供らしい笑顔を絶やさず、大人達は娘の健やかな成長を喜び、夜遅くまで会話を楽しむのだった。




