公爵家の現在
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
「本日はお時間をありがとうございました」
「こちらこそ、良い取引ができました。また何かありましたら、お気軽にお立ち寄りください。いつでも歓迎いたしますよ」
商談と相談を終えて、モールトン奴隷商会を後にする。
最後の情報で気が重くなったせいか、少し疲れたので今日はもう宿に向かうことにしたのだが……
「ようこそお越しくださいました」
「お久しぶりです、アローネさん。お元気そうでなによりです」
「リョウマ様もご健勝だそうで、色々と噂が届いておりますよ」
「どんな噂をされているのか、ちょっと怖いですね……」
「ご心配なく。何も悪い事はありませんので、公爵家の使用人一同も歓迎しております」
今日の宿は公爵家のお屋敷にお邪魔することになっていたのだけれど、忘れていた。ここにくると当たり前のように、公爵家の使用人の皆様が大勢揃って出迎えてくださる。庶民気質の俺は、これはこれで緊張してしまう。
それを察してくれたアローネさんが朗らかに笑い、今日泊めていただく部屋へ案内してくれる。しかし、やけに扱いが丁寧というか……もちろん前回も使用人の皆さんの対応は丁寧だったけれど、今回は輪をかけて丁寧な扱いをされた気がする。
「それはリョウマ様が実績を出されているからでしょう。公爵家の使用人も1人の人間である以上、職務上の対応は変えずとも、好感を抱ける方であればその気持ちが行動の端々に現れることはあります。
旦那様からも丁重に扱うようにとの指示を受けていますが、ただ主の指示に従うことと、感謝する相手に自分の意思で奉仕するのとでは、自然と違いが出るものですよ」
「? 行動の違いについて理解はできますが、感謝とは?」
実績は出していると思うけど、彼ら・彼女らに感謝されるようなことはしただろうか? と尋ねると、アローネさんは朗らかに笑いながら説明をしてくださる。それによると感謝の理由は大きく分けて2つあり、1つはヒューズさんとルルネーゼさんの結婚式のことらしい。
「あの時、リョウマ様が2人のために骨を折ってくださった事は、屋敷の多くの者が見ていました。自分の仲間のために奔走して素晴らしい結果を出した相手がいれば、好感を覚えるのが普通かと。
さらに2人の式が“5柱の神々に祝福していただける”という最高の結果となったことで、自分も2人の後に続きたいと考える者も出てきました。最初は願掛けや縁起担ぎとして、式場で祈りを捧げたり恋愛話をしたりする者がいる、という話を耳にしただけだったのですが……」
「ですが?」
「それが、実際に結ばれる者が何組も現れたのです。これまでも使用人同士でそのような関係になる者はいましたが、明らかに以前よりも頻度が増していて……今では“あの式場には縁結びのご利益がある”と噂されております。
そのため結ばれた者達や、これからの良縁を願う者は、式場を作ったリョウマ様にも感謝をしているのです」
「ええ……」
それは絶対あの人、っていうかあの妖精の仕業だ。王族と結ばれた転生者の元従魔で、子孫であるジャミール公爵家を見守る傍ら、趣味で使用人たちをくっつけている自称・縁結び妖精。
俺のせいではないし、感謝の対象が違う……と思ったけど、本人が自分の存在を隠しているんだよなぁ……あんまり人が好きではないと言っていたし、他の人からすれば認識できるのは式場だけで、それを作った俺が感謝されることになるわけか。
「もしかしてあの式場がまだ解体されてないのも?」
「はい。当初は式が終われば元の状態に戻す予定でしたが、残してほしいという要望が多くありました。
また、やはり5柱の神々に祝福していただけたという事実は大きく……滅多にあることではないのでなるべくそのまま残しておきたい、壊すなんて恐れ多い、という気持ちが相手を求めていない者の間にもありました。
管理や清掃は有志の者が積極的に行っていますし、あのままにしておいても生活や業務に支障が出るわけでもないので、そのまま残っているのが現状です」
「そんなに大事にされているんですか」
「……最近は他所の貴族家にまで噂が広まっているようで、御子息や御息女を当家の行儀見習いとして雇ってもらえないか、という手紙も増えております」
“行儀見習い”というのは他家に住み込んで働くことで、作法やふるまい方の勉強をさせてもらうということ。この国では主に家督を継がない次男・次女以降の子供を他家の、基本的には実家より上位の家へ行儀見習いとして出すことがよくあるらしい。
これは家督を継がない、正確には継げない貴族の子供が身を立てていくのを助ける制度であると同時に、結婚相手を探すお見合いの場でもあるのだそうだ。
「同じ立場の身元がしっかりした男女が集まって、仕事で長い時間を共にするから表面的な部分だけじゃなく、仕事への向き合い方とか熱意みたいな内面までしっかり見ることができるし、自分だけじゃなくて同僚や雇い主からも評価される。
結婚相手を探している貴族の男女からしたら、自分を磨きながら、安全かつ豊富な候補の中から相手を探せる場所なんだよ。自分達より家格が上の貴族の屋敷で、下手な事をしようとする輩はそうそういないしね」
「多少の問題はありますが、それはその都度教育いたしますので」
おお……ユーダムさんが補足してくれた後、アローネさんの目が鋭く光った気がした……公爵家の使用人にふさわしい教育となると、相応に厳しいのだろう。
とにかく縁結びの需要が、感謝の理由の1つであることは理解した。式場を作った者としては嬉しくもあり、なんだか話が知らないうちに大きくなっていて怖くもあるけど……それは置いておく。
「2つ目の理由は薪の高騰対策です。冬場の薪不足は直接的な寒さや金銭面の問題だけでなく、間接的に他の問題を生む可能性もあります」
たとえば、左右で隣り合う2つの領地があるとする。領地の境界には森があり、森の傍にはそれぞれの領地の村がある。このような土地では、2つの領地の村人が1つの森の資源を奪い合う事件が発生しやすいとアローネさんは語る。
もちろん問題を未然に防ぐために、領主同士の取り決めたルールや境界線は明確に定められているが……自分達の命がかかれば、破る者は当然のように現れるだろう。
「確実に揉めますね」
「はい。領地の利権問題になるので、村の代表者から報告を受けた領主が引き継ぎ、領主同士の話し合いを行うことになります。ですが、ここでさらなる問題となるのが事実の確認。
森の中であれば足跡はすぐに消えてしまいますし、切り株などの痕跡を発見しただけで現場を見ていたわけではない、ということも当たり前。村人から話を聞いても知らぬ存ぜぬ、相手が悪いと訴えるだけで、水掛け論になることがとても多いのです」
どちらか、あるいは双方が嘘を吐いている。あるいは誤解をしている可能性もある。何が真実なのかを見抜くための調査に人手と時間とお金がかかる上に、労力をかけて事実が確認できても話は終わらない。むしろ、そこからが話し合いのスタートだ。
さらに話し合いの内容によって、村同士の交流が断絶する程度で済むならまだ穏便。村人同士の争いの中で武力衝突が起こってしまった場合、またその中で怪我人や死者が出ていた場合、揉め事はどんどん大きくなるのだという。
「ここまでくると領主同士も話し合いだけでは決着をつけられず、領民と資源を守るために武力での応酬が始まりかねません」
「戦争まではいかないけど、小競り合い程度なら割とよくあるからね。家族が巻き込まれる可能性を考えたら心配になるだろうし、オーナーさんはその可能性を潰してくれた人、と考えたら感謝もするさ」
なるほど……薪の高騰対策で助かるのは主に平民層だと思っていたけれど、そういう形で貴族の方も助かるのか。
「リョウマ様の認識も間違いではありませんよ。人数で言えば貴族よりも平民の方が多く、また貴族の大半は相応の財力を持っていますので、薪が高騰したとしても寒さに喘ぐような状況にもなりにくいですからね」
「お役に立てて良かったです」
しかし、献策してからたった3日なのに話が広まるのが早いな……と、思ったことを口にすると、どうもラインハルトさん達が積極的に広めたらしい。
「行儀見習いの話に戻りますが“多くの子女を預かる”ということは、それだけ“他家の目と耳が入ってくる”ことと同義です。式場の噂が他家まで届いたことと同様に、高騰対策の技術についてもあえて存在を広めることで、早く世間の不安を解消するのが狙いです」
「そんなに急いで大丈夫ですか? 提供したのは僕ですが、急ぎ過ぎて問題が頻発したらそれはそれで家の名に傷がつくのでは?」
「問題ありません。行儀見習いの者を通して広まるのはあくまでも“噂”です。それにリョウマ様が提供してくださった技術や資料はこちらでも確認され、一定の効果が認められました。
旦那様方も王都に向かわれ……おそらく今ごろは国王陛下への謁見を終えて、国立の研究所で審査を受けていることでしょう。この時点で新技術の話は一気に広まりますから、噂程度は誤差というものですよ。
お伝えするのが遅れましたが、旦那様からリョウマ様に“製法は伏せて、特にオガライトの存在は積極的に広めておいてもらいたい”と言付けを受けております。また、オガライトの増産用に伐採可能な場所の地図と許可証が用意されておりましたので、後ほどお持ちいたします」
公爵夫妻とラインバッハ様、セバスさんも不在と聞いていたけれど、もう王都に根回しに向かっていたようだ。本当に仕事が早くて頼りになる。政治や情報操作は専門外だし、皆さんが大丈夫というなら信じよう。
この後、アローネさんから渡されたいくつかの書類と共に、今後についての打合せを少々。その後は豪華な部屋と豪華な食事でゆったりとくつろぎ、明日からのための英気を養った。




