縄の確保と憂鬱な情報
本日、3話同時投稿。
この話は1話目です。
リモート会議から三日後……
「ガウナゴ到着! いや~、やっぱり空間魔法は楽ですね」
「オーナーさん、だからって夜通し研究するのは控えてよ」
「今回は少し寝るのが遅くなっただけで、夜通しではありません。ちゃんと寝たので改善はしていますよ、一応」
ユーダムさんに昨夜のことを窘められつつ、ガウナゴの門をくぐる。門の前には商隊のような馬車が並んでいたが、俺達は公爵家の技師とその従者ということで、優先的に入街審査を受けることになった。
追加の人員が出て来て順番を先にしてくれるだけで、審査内容は普通と変わらないのだけれど……普通に審査を受けている人達の隣でやっているので、出入りする人達の好奇の視線が突き刺さる。
「列を待たなくていいのは楽ですけど、なんだか落ち着きませんね」
「分からなくはないけど正当な権利だし、ある程度は慣れておいた方がいいよ。普段は個人の身分証でもいいけど、技師としての身分を前面に押し出すべき時もあるからね」
「お待たせいたしました。確認が取れましたので、お進みください。ガウナゴの街へようこそ」
ユーダムさんと話していると、上司に確認を取っていた門番さんが戻ってきて許可を出してくれた。丁寧な対応の中に若干の困惑が見え隠れしているが、こんな子供が公爵家の技師を名乗っていれば無理もないだろう。
さて……許可が出た以上、ここに留まる必要はない。速やかに門をくぐり抜けると、多くの人と馬車が行き交っていて、活気のある街並みが広がっている。
「相変わらず、ここは栄えていますね」
「領主の屋敷に貴族街もある、いわばジャミール公爵領の中心地だからね。ここが栄えてないように見えたら、貴族としては結構まずい状況になってしまうよ」
「それもそうですね。
約束の時間まではまだまだありますし、せっかくなので少し街を回ってみましょうか」
「いいね。適当なところで腹ごしらえでもしようか」
2人でくだらない話をしつつ、馬とミミックスライムで街を闊歩する。こうしてしばらく街を回ったが、もちろん約束の時間には遅れることなく、モールトン奴隷商会に到着した。
「お待ちしておりました、タケバヤシ様」
「お久しぶりです、オレストさん。本日はよろしくお願いいたします」
会頭のオレストさんが当たり前のように待ち構えていたのは、不思議でもなんでもない。この人と直接会ったことは少ないが、俺が遅刻しないように、だけど早すぎることもないように来ることくらい、この人なら簡単に予測できるのだろう。
流れるように俺達を応接室に通した彼は、お茶を用意した従業員を早々に退室させる。
「早速ですが、本日は“縄を編む技術を持つ者”をご希望と聞いておりますが、間違いありませんか?」
「間違いありません。人数は特に決めていませんが、該当する方はいらっしゃいますか?」
「一般的に使われているような縄であれば、農村出身なら編めない者の方が少ないですよ」
と、言いながら目の前に置かれたのは、電話帳ほどの分厚い冊子。以前来た時にも見せてもらったので、表紙から奴隷の情報をまとめた“履歴書”のようなものの束だと分かったが、
「この厚さ、全部ですか?」
「実りが悪くて口減らしで売られる者、家計のために自ら身を売る者、街に出て文字が読めずに騙される者……理由は人それぞれですが、奴隷には農村出身者も多いのです。縄を編めるという一点のみで選出すると、こうなりますね。
奴隷になった後はこちらで読み書き計算、各個人の希望や適性に合わせて技術指導をしておりますので、リョウマ様が求めていない技術を持っている者から省いていけば、もう少し減りますよ」
「そうですか……では、今回の目的は本当に縄を作って欲しいというだけなので、縄を編むことの他に特別な技能を持っていない人、という条件で選べますか?」
「それでしたら、奴隷になって間もない方から選ぶと良いでしょう」
オレストさんは迷いなく、冊子の中間あたりを開いた。
「ここから先は全て、昨年から奴隷になった農村出身者です」
「大分減りましたが、それでも結構いますね」
「昨年は他所の領地からの流入して来た人々も多かったので」
「ああ……」
昨年末の件の影響がまだまだ残っている、ということか……納得。俺としては出身がどこであれ、縄を作ってくれれば構わない。納品さえしっかりしてくれれば他に求めることもない。……これだと逆に選ぶのが難しいな……と悩んでいると、
「お悩みでしたら、私から1つ提案をしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。では、こちらをご覧ください」
そう言って渡されたのは、冊子とは別に分けられた奴隷の履歴書。60代の男性で――奴隷になる前の職業が奴隷商?
「この男は先月まで我々とは別の奴隷商会を経営しておりましたが、高齢になり経営者を続けるのは体力的にも精神的にも厳しいという理由で店を畳みました。その際、我々が合併という形で引き受けました。本人が奴隷になっているのは、元従業員への報酬の充当と老後の生活のためです。
その上で、私からの提案ですが……この商会の建物と縄を編む奴隷達を、まとめて我々から借りるというのはいかがでしょうか?」
「奴隷の貸し出しは可能だと聞いていましたが、建物も?」
「私の父の代から付き合いがあり、本人も善良な経営者だったので後を引き受けましたが、我々にはあまり使い道のない建物なのです。
しかし元々奴隷商をしていた建物ですから、奴隷達を生活させるには十分な環境が整っています。ここを奴隷の生活拠点と作業場にしていただければ、リョウマ様はすぐにでも縄作りを始められますし、我々は建物と奴隷の賃料が入るので互いに損はないはず。
さらに縄を編む奴隷達の管理担当者として、この男と従業員を数名つけましょう。老いてはいますが、それだけ経験を積んだ男です。奴隷の扱い、作業の采配、施設の管理は如才なくこなしてくれます。
奴隷の貸し出しには借主側に“契約期間”と“期日までの返却義務”などの注意点が増えますが、その辺りも彼と我々の方で管理すれば、リョウマ様のお手を煩わせることもありません」
確かにこちらに損はない、というより俺は縄が安定して手に入ればいいのだから、管理までそちらでやってくれるのはとても助かる。
「念のために聞きますが、その方の商会は法に則った真っ当な経営をしていたんですよね?」
「そうでなければ、我々は付き合いを持っていませんよ。商売をする上では信用が第一ですが、奴隷商は特に疑念を抱かれやすい職種ですので、尚更気を使うのです」
「であれば問題ありませんね。オレストさんの提案で話を進めたいと思います。
雇用する奴隷に関しては……その方が諸々の管理をしてくださるなら、人選と調整も任せられませんか? 該当者の中から希望者を募って働いてもらい、勤務時間と縄の生産量から基本給+歩合で報酬を計算。縄を引き取る際に支払うという形で」
「なるほど……変則的ではありますが、難しくはありません。
予期せず奴隷になった方には“教育を受けるよりも早く働いて稼いで解放されたい”という方も珍しくないのですが、そのような方々でも受け入れていただけますか?」
ん~……奴隷から早く解放されたいと思うのは変でもないけど、この言いまわしからすると“何か問題を抱えている人”ってことか?
「僕はそちらで対処して、縄さえ用意していただければどんな人を使おうと構いませんが、反抗的とかそういう感じですか?」
「確かにそのような者もいますが、私が斡旋したいのは“体力を要する仕事が難しい者”、それから“過度な不安を感じている者”ですね。
人々が奴隷となるのは、困窮した生活を立て直すための最終手段……ですが、商売としては売れ残りが出てしまうのも現実です。能力や技術を持たない者は、特にその傾向が強い。ですから我々は奴隷に教育の機会を与えます。
しかし、技術の習得には時間がかかるもの。奴隷として売られる時点で喜ばしいことではないのに、さらに売れ残り続け、後から来た者が先に売れていく姿を見ていると“自分は一生売れず、解放もされないのではないか”と不安を抱える者が出てくるのです」
「ああ……それは放置しておくと精神的にまずいでしょうね」
「仰る通り、心身共に不調をきたしますし、下手をすると全て諦めて無気力になってしまったり、自棄を起こして……それこそリョウマ様が仰ったように反抗的になったりする者もいるのです。
我々は問題が大きくなることを防ぐために会話を重ね、簡単な仕事を与えるなどして解決に導くよう努力します。ここにリョウマ様の仕事を使わせていただければ、とても都合が良い。
一時的なものであっても“仕事をしてお客様から対価を受け取る”という行為が、彼らの心身の安寧に繋がると私は考えています」
「そういうことでしたら、断る理由はありません。作業場に来て1日中座っているだけとかなら流石に報酬は支払えませんが」
「当然です。そのような者がいたら、作業から外すように言っておきましょう」
「ありがとうございます。材料に関しては、こちらで用意したものを届けますね」
その後はさらに契約内容を詰めていき、責任者となる元奴隷商の方と顔合わせをして商談は終了。用が終わったらすぐにおいとま……とはならず、単純に話がしたいというオレストさんからお茶に誘われた。
丁度俺からも商談とは別に話したいことがあったので、ありがたくお誘いを受けることにする。
「オレストさん、去年ギムルのレストランで“会合に参加しないか”と誘ってくれたのを覚えていますか?」
「勿論ですとも。その気になった、というわけではなさそうですね? だとすると、誰かから同じ誘いを受けましたか?」
本当にこの人は察しがいい、一瞬で理解された。
「サイオンジ商会のピオロさんから誘われました。お2人やセルジュさん達の中に入るのは未だに分不相応な気がしていますが、このまま経営を続けていく上で、皆さんと肩を並べる人達と顔つなぎができるのは大きなチャンスだということも理解しています。
正直、どうしたものかと踏ん切りがつかず……」
悩んでいることを伝えて紅茶をいただくと、オレストさんは何度も頷く。
「私も初めて父に連れていかれる時には、似たようなことを考えた覚えがあります」
「オレストさんもですか?」
意外と言っては失礼だけれど、“人”を見るのが好きなこの人なら、喜んで行きそうだと思っていた。
「当然ですよ。私の場合は父の後を継ぐ以上、行かないという選択肢は実質的に存在しなかったので、悩むということはありませんでしたが……自分よりもはるかに長く経験を積んだ大物が集まる会合。もし参加者の不興を買えば、仕事にどのような悪影響が出るかと緊張していました。おそらくリョウマ様もそれに近い懸念があるのでは?」
「確かに」
「でしたら、その点については杞憂だと断言しましょう。会合の参加者は全員、大物と言うに相応しい商人です。そして大物であるが故に、彼らは取るに足らぬ者をわざわざ歯牙にかけることはしません。そんな暇も労力もありません。
仮にリョウマ様が取るに足らぬと判断されたのであれば、店の妨害をする必要性すらあの方々は感じないでしょう」
「全員が大物だからこそ、ですか……」
「その通りです。もちろん意図的に商売を妨害しようとすれば話は変わりますが、その心配は不要でしょう。
また、リョウマ様が会合参加に“分不相応”ということもないはず。リョウマ様は洗濯屋から始め、わずかな期間で独創的な店をいくつも作り、なおかつ安定した経営を続けている様子。実績としては十分でしょう。
おまけに今度は人々が冬を越せるように、大金を投じて基金を作られるという話ではありませんか」
「何で知ってるんですか?」
それが決まったのは3日前のこと。彼が色々な情報を掴んでいることは知っているけど、さすがに驚いた。従者として商談中は気配を消していたユーダムさんも同じ気持ちらしく、強い視線を感じる。
「ふふふ……何故でしょうか? と、とぼけたい気持ちもありますが、警戒はされたくないので素直にお話ししましょう。公爵閣下から聞いたのですよ。“建築や鍛冶の技術を持つ奴隷がいたら確保しておいて欲しい”と2日前に訪ねてこられたのです」
「なんだ、そういう事でしたか……」
「情報は集めていますが、公爵家の機密にまで手を出したりはしませんよ。むしろ公爵閣下から機密を教えて協力を求められるくらいには、信用していただけていますのでご安心を」
あ、これはユーダムさんに向けての発言か。今日は従者という立場に徹しているから話に入ってこないけど、2人は初対面だからな……さっきの“警戒されたくない”もユーダムさんのことだったと今更ながらに気づいた。
「新たな暖房器具に薪の代替品の技術提供に、基金を作っての運用。これらも立派な実績になりますし、リョウマ様が分不相応ということはありません。私も心からそう思うからこそ、お誘いしたのですからね」
「ありがとうございます。そういうことなら、参加してみましょうか」
そこまで言ってくださるなら、期待に応えられるかは知らないが、俺も頑張ってみようという気持ちになる。……それはそれとして、
「ちなみに他の参加者はどのような方なのでしょうか? ピオロさんとセルジュさん、グリシエーラさんの他の方はよく知らないので、教えていただきたい」
「下調べは大切ですが、参加者については私から多くを語らない方が良いでしょう」
「……“対策をしてきた”と絶対にバレるからですか?」
「理解が早いですね。まさしくその通りです」
今になって分かった気がする。何であんなに迷っていたのか? ズバリ、就活の時の面接に臨む気分になっていたからかもしれない。
前世では散々面接受けて落ちまくったし、逆に“存在が圧迫面接”とか言われるくらいには面接する方も経験したけど、ガッツリ対策している応募者は分かるんだよなぁ……
面接を受ける側からすれば対策しないと不安だろうし、準備をすることが悪いわけではない。けど、あれはあれで人となりがよく分からなくなるから、担当者としては評価しづらい。
最終的に微妙な評価で、他の応募者の中からその人を選ぶ決定打もなくて、落とすしかないっていうね……
「分かりました。では参加者と商会の名前だけ教えていただいても良いですか?」
「勿論です。リストを作りましょう」
こうして俺は会合に参加する商人達のリストを手に入れたけれど……紙一枚とインク分しかないはずの物体が、やたらと重く感じた……




