コルミとプレゼン
一通り駄菓子を味見して感想を語り合い、お茶を飲みながら一息ついたところで、リョウマは気にしていたことを尋ねた。
「薪の値段が高騰している件について、何か進展はありましたか?」
「こちらでも色々と手配はしているけれど、芳しくないわね。高騰の原因は実際の備蓄量じゃなくて、去年のことを考えると足りなくなるんじゃないか? っていう“不安”を多くの人が抱えていることなのよ。
調べてみたけど薪の価格が高騰しているのはうちの領地だけじゃなくて、この国中で起きていてね……気の早い人や利益目当ての商人が、薪を早めに買い溜めておこうとする動きが始まっていて、それが余計に人々の不安を煽っているの。
言い訳になってしまうけれど、なるべく不安を解消できるように方々との調整と情報発信を続けるしかないのが現状よ」
エリーゼの簡潔な説明を聞いたリョウマは、少し複雑そうな顔で“見てほしいものがある”と告げる。次の瞬間、リョウマの姿が縮小して画面の右端に移り、公爵家の4人の前には2枚の図面が大きく表示された。
「変わった形だけど、暖炉のようだね」
「はい。今回の樹海滞在中、コルミに僕が日本にいた時の記憶を読み取ってもらい、2人で薪の高騰問題を少しでも軽減する方法はないか? を念頭に置いて、探し出しました。
左の図面は“ロケットストーブ”、右の図面は“フランクリンストーブ”と呼ばれているものでして……現在、僕がこちらで見た“一般的なレンガ造りの暖炉”よりも効率的に熱を利用できる暖房器具になっています」
効率的、という言葉にラインハルトがまた前のめりになる。他の3人も体こそ動いていないが“今まさに自分達が欲していたものだ”と図面を見る目に力が入る。
「効率的と言うと、具体的にどのぐらいかな?」
「まずこちらで一般的な暖炉と同じ形態の、僕の世界の暖炉は薪を燃焼させた時に出る熱の90%が煙と共に煙突から流出し、利用できたのはほんの10%程度だったと言われていました。
一方、こちらのフランクリンストーブは40%、ロケットストーブに至っては70~90%もの効率で熱を利用できたそうです」
「4倍じゃないか! ロケットストーブの方はもはや数値が逆転している。そこまで違うというのかい?」
「従来の暖炉は解放された炉で木を燃やしているため、火で温められた空気が煙突から抜けるだけでなく、この気流によって“室内の温められていた空気”までもが吸い出されてしまうため、暖炉の前だけで部屋全体は温まりにくい仕組みになっています。
この熱の流出を軽減するために、僕の世界の過去の偉人は研究と改良を重ねたのです」
さらに細かい構造について、1枚ずつ図面を大写しにして説明する。
「こちらのロケットストーブは燃焼室がこのように断熱されていることで、内部がより高温になります。そして高熱がこの部分“ヒートライザー”に熱と空気を送り込むことで、新鮮な空気が十分に供給される状態を作ります。
さらに十分な空気の供給と熱を逃がさない構造により、従来の暖炉の低温では燃え切らず、煙と共に放出されていた燃焼ガスを燃やす“二次燃焼”を起こすのです」
「従来の暖炉で部屋が温まりにくい理由と、原理は同じ。だけど熱を逃がすのではなく、より火力を強くする事に利用しているのね」
「製鉄の現場では火魔法使いと風魔法使いが協力するが、同じことを炉の構造のみで行っておるのか……」
「仰る通り。断熱・ヒートライザー・二次燃焼、これらの要素が合わさることで高い燃焼効率を生み、排熱を無駄なく利用できるのがロケットストーブの利点です。暖房としてだけでなく、燃焼室の上部では煮炊きもできますよ」
リョウマが説明する裏で、コルミが図面に熱気を赤・寒気を青色に明滅する線を書き足して空気の流れを表していた。図面と言葉だけでなく視覚的効果まで利用したプレゼンは、公爵家の面々にとって、目新しくも分かりやすいものだったようだ。
十分に説明が伝わっていることを確認したリョウマは、続けてフランクリンストーブの説明に入る。
「フランクリンストーブはロケットストーブよりも燃焼効率は落ちますが、ロケットストーブにはない利点があります。それはズバリ“従来の暖炉に手を加えることで、同等に近い効果を得ることができる”という点です」
「金属の箱を埋め込み、前面に扉を付け……言われてみれば、確かにこちらの図面は従来の暖炉に近い形状ですな。ロケットストーブも製造や設置は可能に見えましたが、導入には新しい暖炉に作り変える程度の手間と金銭がかかるでしょう」
「効率が落ちると言っても、従来の物の4倍程度。数値上は十分な恩恵がある。既存の暖炉を改造することで安価に作れるのなら多くの民が恩恵を受けられるし、工期も短くて済むだろう……こちらは急げば今年の冬からでも利用できるかもしれないな」
「フランクリンストーブはロケットストーブよりも前の時代に開発され、当時の暖炉はこちらの従来のものと同じだったので、使えると思い紹介させていただきました。
既に図面とこちらで用意した試作品は前回の、神像が飾ってある部屋に置いてあります。帰りに持ち帰って専門家の検証と技術解析にお使いください。
それからもう1つ。今回の問題は“薪の高騰”。燃焼効率の高い暖炉は薪の節約に寄与すると思いますが、まず燃やす薪がなければ節約も何もないですし、効率がいいと言葉で説明されるだけでは納得しにくく、不安の解消にも繋がりにくいと考えました」
「確かにそれはそうだね。目新しい物に対する不安もあるだろうし、効率が悪くても従来の物で我慢した方が無難と考えて動かない人もいるだろう」
「ここでその点に踏み込んでくるということは、何か当てがあるのね?」
エリーゼの問いにリョウマが頷くと、表示されていた図面が一枚の写真に変わる。映っていたのは六角柱の中心に円形が開いた木材のようだが、表面の状態や模様から木材を削り出したものではないことが分かる。
「これは“オガライト”といって、製材の際に出る木の粉末を集め、圧縮と加熱をすることで固めた再生燃料です。日本では昔、これを暖炉や風呂炊き用の燃料として利用していた時代がありました。
簡単に言えば薪の代用品ですが、オガライトに加工することで無駄を省き、様々な利便性が向上すると考えています。たとえば木の削り屑や小枝をそのまま暖炉に投入しても燃やせはしますが、薪に近い形に成形であれば利用が簡便ですよね?」
「間違いありません。粉や小枝ではすぐに燃え尽きてしまいますから、燃やし続ける必要がある場合には不向きです。野営中など小枝しか手に入らない状況であれば贅沢は言えませんが、薪があれば大多数の人はまずそちらを使うでしょう。オガライトも同様かと」
「ありがとうございます。
さらにオガライトを製造する際の利点ですが、粉末を固めるのは木材の中から熱で溶け出るリグニンという成分ですので、木材以外の材料を必要としません。また、木材ならなんでも“製造自体は可能”ということです。
用途が燃料である以上、燃やすことで有毒なガスや煙が発生する木材は避けなくてはいけませんし、木材の種類で煙や匂いの多寡や品質に差が出るでしょうけど、製造過程における注意点はそれくらいですね。
前者は必要不可欠ですが、品質に関してはあくまでも薪の代用品、安かろう悪かろうでも需要はあると思います。ちなみに僕が作るなら実験場の整備で出た間伐材の細い木や枝、根の部分を使いますね。十分な大きさの幹は割って普通の薪にできますから。
これらの製品としての利点に加えて、薪はなくとも代用品が手に入るとなれば、不安は幾分軽減されないでしょうか?」
リョウマがラインハルトを見て尋ねると、ラインハルトも提案には好印象を抱いていると分かる。しかしすぐに頷くことはなく、数秒の沈黙の後に答えを返した。
「不安軽減に効果があるかと言えば、あるだろう。僕も少し光が見えてきた気分だ。でも、オガライトが“薪の需要を補うに十分な量を用意できる”と信じられる要素がなければ不安は解消されない。つまり今度はオガライトの生産量が問題になる。
リョウマ君には実験場の間伐材があるし、それを全て放出して生産したとしても、精々対応できるのはギムルの需要だけ。他の街でもそれぞれ生産するよう推し進めるとして、材料の手配や製造に携わる人手や報酬をどうやって捻出するか、という話になるね。
そこのところをどう対処するかというのは考えているかい?」
真剣な目を向けるラインハルトに対し、リョウマは間髪入れずに答える。
「生産につきましては“現物支給”と、これもかつての日本に存在した“ちり紙交換”という業態を参考にして対応できないかと考えています。
まず現物支給の方が分かりやすいかと思うのでそちらから説明……の前に一つ確認ですが、こちらでは仕事の報酬を金銭ではなく品物で支払うこともありますよね? 日本でも昔は許可されていたそうですが、僕がいた頃は既に金銭での支払いが原則となっていたので」
「大丈夫よ。こちらも街では金銭でのやり取りが中心だけど、現物支給がないわけではないわ。農村部では物々交換でのやり取りの方が多い地域もあるから、報酬として製造したオガライトで支払っても問題はないわよ。
オガライトを労働の報酬とすることで、労働力の確保と人件費の削減、燃料の確保手段を両立させようと考えているのね?」
「ご明察です。作業の監督ができる専従の職員も必要ですが、業務内容を分けて日雇いにすれば、子供でも奥様方でもできる作業はあります。必要な時に働いて燃料が手に入ることを自分自身で体験できれば、薪不足への不安も軽減されやすいと思います。
また、材料の確保についても小枝を各自で拾ってきてもらい、オガライトと交換するのはどうかと考えています。以前スラムの子供達から聞いたのですが、彼らは幼い子供でも冬前には街を出て、拾ってきた枝で暖を取っていたそうです」
ここでラインバッハが頷いた。
「木の伐採は大仕事かつ無暗に切れば後々の悪影響を及ぼすが、自然に落ちた枝を拾い集めるだけなら子供でもでき、なおかつ自然への影響も少ないじゃろうな。事前に作業範囲を決めて護衛をつければ、作業者の安全も確保できよう」
「街の周囲に限らず農村部でも可能です。むしろ落ちた枝の量であればそちらの方が潤沢でしょう」
「加工場は人の多い都市部に設置するとして、農村部の人々……特に農作業の手間が減る冬場にできる範囲で材料を集めてもらい、オガライトを運ぶ馬車に枝を積んで戻せば、材料の確保と製造、さらに燃料供給も円滑にできるのではないか? と考えています。
作業に対する報酬としての適正なオガライトの量だとか、枝との交換比率等々。細かい分はその時その時での領内の状況なども影響するはずです。現時点ではそこを考慮していない、計画としては粗の多い内容ですが、ひとまずこれらがオガライトとその運用に関する僕とコルミの考えです」
「です!」
リョウマに続いて、画面の操作に徹していたコルミが胸を張って見せる。“すごいでしょう、褒めて!”と言いたげな子供らしい態度に、またしても大人達の頬が緩んだ。
「粗が多いなんてとんでもない。役に立つ技術を教えてもらえただけで大助かりだし、それをどう活かしていくかを考えて、詳細を詰めるのは我々がやるべき仕事さ。
実を言うと実現に向けての質問は、エリアと話していた時の癖でついやってしまってね……貴族としての能力を育むために、さっきみたいなやり取りを日常的にしていたんだ。結果的にとはいえ、試すような真似をしてすまなかった」
「そんな、僕は気にしてませんし、ラインハルトさんもお気になさらず」
「平然と運用の方針が出てきたものね……リョウマ君が答えに困るようだったら止めるつもりでいたけど必要なかったみたいだし」
「希望が見えて喜ばしいのは分かるが、少し気を抜きすぎではないか?」
妻と父にたしなめられ、肩身が狭そうなラインハルトを見てリョウマは苦笑する。
無関係の者が見てどう思うかは知らないが、この光景はこの面子だと割とよくあることであり、ほほえましい家族の姿。公爵としては情けないかもしれないが、それを見せてもらえるくらいに心を開いてもらえていると思えて、リョウマは嬉しくも感じていた。
「では、教えてもらった技術に関してはこちらで確認して、対応を検討する。この技術提供による、リョウマ君への報酬をどうするかなんだけど――」
「それについては、今回は希望を言わせていただいてもよろしいでしょうか」
『!?』
ラインハルトが言い切る前に希望を出したリョウマ。しかもその内容に、大人達が驚きを露にする。
「報酬のことでリョウマ君が希望を出すなんて珍しいわね。出してくれた方が嬉しいし助かるのだけれど、どうしたの?」
「何か、個人では手に入れられないものでも欲しいのかね?」
「僕としても毎回報酬の話で、お互いに困っていた自覚はありましたから、今回は考えてきました。あとラインバッハ様の個人で手に入れられないもの、というのもそうですが……
率直に申し上げます。公爵家の権力と今回の3つの技術の権利料で1つ、ある“基金”を設立してもらいたいのです」




