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コルミのお披露目

本日、3話同時投稿。

この話は3話目です。

 リョウマとペルドル・ベッケンタインが契約を交わしてから、4日後の昼頃……ガナの森にあるリョウマの家の前には、公爵家一行の姿があった。


 現公爵であるラインハルト、その妻であるエリーゼ、先代公爵のラインバッハに執事のセバス。そして護衛の4人は一様に、入り口前に設置された立て札を見て気を引き締めている。


 “実験のため、指示に従ってお進みください”


「……皆、準備はいいかな?」

「前のは事故だったし、少なくとも危険はないだろ」


 ラインハルトが確認し、ヒューズが先陣を切って家の中へ入っていく。すると彼らもよく知る簡素な部屋にたどり着き、置かれた机に書き置きがあった。


「“矢印に従って奥にお進みください。最終目的地は倉庫です”だとよ」

「倉庫……ああ、僕達が二度目に来た時に掃除を手伝ったところですね」

「リョウマを街に連れ出した時だったな。もうだいぶ前の事のようで懐かしく感じるが、わざわざ“倉庫に呼ぶ”というなら確実に何かがあるのだろう」


 カミルとジルに同意した一行は奥に進み、間もなく指定された倉庫にたどり着く。そして扉を開けて中に入れば“部屋の中心に据えられた扇形の机”と“机の直線部分に沿って立てられた十字の間仕切り”が彼らを出迎えた。


 しかし、仕切りには正面に大きな窓枠のような穴。側面には奥に進むための扉や大きな引き出しがついているものの、窓枠から見える奥には誰もいない。


 不思議に思ったヒューズが机の曲線に沿うように並んだ椅子に近づくと、ちょうど陰になっていた位置に書き置きが見つかる。


「おっ、また手紙があるぞ。“このベルを鳴らしてお呼びください”だってよ」

「なんだか今日は妙に焦らされている感じがするね……ヒューズ、鳴らしてくれ」

「おう」


 軽くうなずいたヒューズがベルを鳴らしてから、数秒。ベルの音が洞窟を掘って作られた室内に反響する中で窓枠の向こう、一行の正面にリョウマが目の前のものと同じ、扇型の机と共に現われた。一行はそれを見て“空間魔法か”と考えるが、


「皆さんお久しぶりです! ちゃんと見えて、聞こえていますか?」


 というリョウマの、まるで自分達が見えていない(・・・・・・・・・・)かのような言動に違和感を覚えた。


「久しぶりね、リョウマ君。しっかり見えているし聞こえているけど……」

「今回の実験というのは、一体どのような実験なんじゃ?」

「実験というより、“お披露目”でしょうか? 以前から話していたと思いますが、実は樹海で新たに従魔になった家付き妖精のコルミを、呪術によってこちらに呼べるようになったんです。

 だから今回はコルミを皆さんに紹介したいというのが1つと、その能力を借りることでできるようになったことを実際に見せたくて、このような形で連絡をさせていただきました。詳しいことは後2人の参加者を待って――っと、丁度来たみたいです」


 参加者とは? と一行が疑問を浮かべた瞬間、新たにリョウマの部下であるユーダムとエレオノーラが、左右に姿を現して一礼した。この2人も同じ扇形の机と共に現れており、4つの机が仕切りを挟んで繋がることで、まるで1つの円卓のように見える。


「参加者というのは君達だったか。

 話は聞いているよ、立派にリョウマ君の力になってくれているようだね――」


 ラインハルトが2人に声をかける中で気づく。現れていたのは2人と机だけではなかった。仕切りのせいで若干見えにくくなっていたが、彼らの背後には先程まであった倉庫という洞窟の壁面ではなく、まったく違う内装が広がっていることに。


 たとえばユーダムの背後には地下と思われる狭い部屋だが、この倉庫の仕切られた空間より広い空間がある。一方のエレオノーラ……違和感に気づいてしまえばこちらの方が明らかにおかしく、彼女の奥には外に繋がる窓がついて、さらにその先には他の民家の壁や屋根が見えていた。


 ここでラインハルトは、2人の背後の光景から何が起きているのか? リョウマの言う“実験”がどのようなものかを理解した。


「リョウマ君。もしかして君達は全員、こことは別の場所(・・・・・・・・)にいるのかい?」

「ご明察です、ラインハルトさん。僕は今、ギムルの廃鉱山の家から話しています」

「私はギムルの街にあるタケバヤシ様の事務所、その2階にある衣裳部屋におります」

「こちらもギムルの街、洗濯屋1号店の地下にある従業員避難用の隠し部屋です」


 3人が現在の位置を示した後、リョウマが詳しい説明を行う。


 まず、コルミの能力は大きく分けて3つ。アンデッドを生み出して操る“死霊術”、本体および呪術で呼び出す媒体となった建物の内部に入った者の記憶や思考を読み取る“読心”、そして強力な“幻覚”であること。


 そして、この遠距離にいる複数人が一堂に介しているように会話できているのは、リョウマが呪術でコルミを媒体となる建物に呼び出し、“幻覚”の力を使ってもらうことで実現していると話す。


「皆さんの目の前には仕切りがあると思いますが、そこまではまだコルミの敷地内ではありませんから、コルミの読心の力は効果がありません。

 一方、幻覚は敷地外にも若干の効果があります。精々“荒れ果てた庭”を“整備されて子供が遊んでいる庭”に見せるくらいですが、コルミが見た景色や音を幻覚で再現してもらうことで、この連絡を可能にしています」

「この仕切りは私達への配慮だったのね」


 リョウマの説明に対する公爵一行からの反応は、エリーゼからの一言のみ。あまりに反応が薄かったため、ユーダムとエレオノーラは一瞬“たったそれだけなのか?”と考えてしまう。すると今度は2人を見たラインバッハが面白そうに笑った。


「本当に相手が目の前におるようじゃな。表情や声だけでなく、僅かな気配の揺らぎまで感じるようじゃ。ちなみに驚いてはいるが、儂らは段々と慣れてきたのでな。あとは、驚きも過ぎれば冷静になる、というのもあるかのぅ」

「失礼いたしました」

「我々はまだ、タケバヤシ様への理解が浅かったようです」

「どういう意味ですかそれ……」


 ラインバッハと部下2人のやり取りにリョウマは微妙な顔をしているが、ここでラインハルトが尋ねたことで話題が変わる。


「ところでこの連絡をそのコルミ君がやってくれているということは、本人も僕達を見ているんだよね?」

「そうでした! コルミ、自分の姿も見せて。この人達は大丈夫だから」

「はーい!」


 リョウマが呼びかけると、リョウマの隣に、リョウマを幼くしたような姿の少年が現れた。


「まぁ! 貴方がコルミちゃんね? 私はエリーゼ、よろしくね?」

「コルミです! よろしくお願いします!」

「聞いていると思うけど、私はラインハルトだ。よろしくね」


 コルミはそこにいる人達と、やや緊張しつつも順番に挨拶と自己紹介を行う。ただそれだけのことで本当に楽しそうに笑う姿を、リョウマが満足そうに眺めていると、やがて全員との挨拶が終わった。


 そうなると、次の話は互いの近況報告や相談になる。ここで一旦、公爵家の護衛の4人とリョウマの部下2人は退室した。


「さて、今回も色々と話したいんだけど……コルミ君は知っているんだよね? リョウマ君の事情を」

「大丈夫です。出会いのきっかけからして神々と関わっていましたし、神の子であることも含めて全部説明しています。それに心を読む能力によって理解も早いので、おそらくこの世界で一番、僕の事情を知っているのがコルミだと思います。

 秘密を守ることについても、危険性や僕の警戒心を“直接読み取って”理解してもらいました」

「神の子のことは、リョウマが話す人だけ。基本はリョウマと一緒の時だけ」

「そうか、なら心置きなく話せるね」

「そうですね。色々と話したいことはありますが……まずはコルミに関する話をしてしまいましょう。実はコルミに関する相談がいくつかありまして」


 言いながら、リョウマがアイテムボックスから1枚の書状を取り出す。


「まず1つ、公爵家でこの遺言状を預かっていただきたいのです」

「遺言状、その若さでかの?」

「確かにこの歳で遺言状は変かもしれませんが、念のために。というのも、僕がコルミを連れ出すために使った呪術の重要な要素となっているものが、コルミを含めた土地や建物の“所有権”の認識なのです」

「そういうことか。万が一リョウマ君に何かがあった場合、土地や建物の権利が宙に浮くことで、コルミ君を呼び出す術の効果が失われることを懸念しておるのじゃな?」

「はい。そこで元法務官のサンチェス様にお願いして“コルミの本体とコルミの宿る物件に限り、万が一の場合は所有権を公爵家に移譲する”という正式な書面を作っていただきました。

 この書類にも術をかけることで、既に術をかけている物件との繋がりが断たれることを防ぐ保険にしたいと考えています。ただ一部とはいえ資産を譲り渡す内容ですし、コルミの将来にも関わりますから、下手な相手には頼めません」


 “そこで公爵家の皆さんに頼みたい”とリョウマが告げる前に、公爵夫妻は顔を見合わせ、笑顔で頷く。


「信頼してくれてありがとう。そういう事なら、私達の方で預からせてもらうよ」

「あくまでも保険よ? これが必要になるような無理はしちゃダメよ?」


 エリーゼが軽く釘を刺さすと、リョウマは苦笑いをしながら遺言状に術をかけ、別途用意していた封筒に納め、側面についていた引き出しに封筒を入れて閉めた……次の瞬間、公爵夫妻のいる部屋の仕切りからカタンと音がする。


「今、そちらに届いたはずです。ご確認ください」

「会話だけでなく物も送れるのですね」

「物の転送は僕の空間魔法ですね。少し前から従魔を目印に転移する方法を身につけていたので、それを応用しました。でも将来的にはコルミだけでも可能になるかもしれません。

 コルミは妖精という種族的に人間より魔力に関する感覚が鋭いようで、既に僕の使える闇魔法は全部覚えてしまったんですよ」

「リョウマの記憶を見て、感覚を覚えたらできた! でも、属性の変換はちょっと難しい~」

「コルミ君も多才だな……うん、確かに受け取ったよ。セバス、屋敷まで預かっておいてくれ」

「かしこまりました」


 セバスが受け取った封筒を空間魔法で保管して、次の相談はコルミの願いについて。孤独を嫌い、交流まではいかずとも、人が集まる場所を作りたい……この願いの具体例である“駄菓子屋”、ひいては駄菓子のための“水飴”の扱いについて。


 リョウマが実物を送り、ピオロと話した内容も含めて相談すると、ラインハルトは静かに話を聞いていた。そしてリスクとリターンを天秤にかけた後、ラインハルトは答えを出した。


「だいぶ大きな話になるけど、骨を折る価値は十分にあるね。水飴については提案通り、ピオロが表に立って我々が後援する。この形で話を進めよう。

 ただ、コルミ君が一般の人と交流するのはもうしばらく待ってほしい。本体が樹海にあるからまず安全とはいえ、コルミ君の能力は希少かつ強力だ。広く知られれば、狙う者が必ず出てくるだろう。

 また、人の姿を取れても妖精は魔獣に分類されるからね。警戒する人もいるはずだし、準備が必要だよ」

「最初は私達や信頼のできる一部の人間と交流して、お互いに人となりを知って、段階的にというのが現実的だと思うわ」

「ありがとうございます。ピオロさんにも良い報告ができます。

 コルミのことは本人も納得していますから、その言葉だけで十分です。な?」

「うん! 大丈夫! 今でも人いっぱい! だから楽しい!」


 心の底から無邪気な笑顔を浮かべるコルミを見て、自然と一同の表情が緩んだ。


「それにしても麦からここまで純粋な甘味が作れるとはね」

「麦芽には僕が元居た日本という国で“アミラーゼ”と呼ばれている酵素が含まれていて、これは穀物に含まれるデンプンを糖に変える力があるんです。味や風味に違いは出ますが、アミラーゼとデンプン質が豊富な作物、たとえば比較的安価な芋類からでも水飴は作れますよ」

「芋が砂糖に匹敵する甘味に変わるとなれば、芋の需要が高まり値も上がる。作付けを増やすなどして上手く調整する必要はあるけれど、水飴が普及すれば農民の暮らしも多少楽になるかもしれないな」

「食の自由度も上がってくると思うわ。従来の砂糖は伝統や高級路線で貴族向けに、水飴は比較的安価な甘味として一般向けに販売すれば住み分けはできるでしょうし」

「栄養指導と甘い物の取り過ぎで起きる病気の対策もしておいた方がいいと思います。日本では庶民でも気軽に甘味を楽しむことができましたが、一方で糖尿病などの病気が一般的になり、社会問題として取り上げられることもありましたから」

「ふむ……話を聞く限り、所謂“貴族病”のようじゃな。富裕層に多い病として、こちらでも広く知られておる。国全体に広がることも考慮して備える必要はあるか」

「貴族病は本人や家庭の生活態度や日々の節度が大きく関わる病と言われておりますから、食品に罪はございません。粘り強く教育や注意喚起を行う必要はあるとしても、食の発展は貴賎を問わず人生を豊かにすると信じましょう。

これらのお菓子も、安く作って売ることを念頭に置いているとは思えないほど、良いお味です。お茶会に向かないことだけが残念です」

「確かに。言われて気づきましたが、食べる時に音が出やすいか、口の中の水分が持っていかれるものばかりですね」


 それからしばらくの間、リョウマが送った駄菓子の味見をしながら、朗らかな会話が続いた。

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― 新着の感想 ―
病は大部分が最近まで無かったなんてことは全く無く、例えば破傷風は貴族には(感染経路が分かってるか、そもそも病なのかという認識はさておき)呪い傷として認知されてます。 (余談ですが病原菌の判明している…
続きが楽しみです ♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪
あれ 日本の存在を話してましたっけ? 神の子というだけで前世まで話はしてなかったような
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