食材の対価と相談
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
翌朝
俺が目を覚ますと、昨日の食材は既に国内の各地に発送されていた。
朝食の時に聞いた話によると、朝一番でドラグーンギルドに品物を移送するまで、従業員の皆さんはお祭り状態だったらしい。全員“やり切った顔で満足そうにしていた”と伝えられたので、提供した側としてもよかったと思う。
なお、今日の朝食は和食のメニュー。以前、俺が初めてここに来た時にドラゴニュートの里の食事を気に入っていたのを覚えていたようで、気を遣ってわざわざ作ってくれたようだった。
ありがたくおもてなしを受けた後は、改めて昨日できなかった話をする。
「まずは商売の話から片付けてしまうで。前金として、こんなもんでどうや?」
差し出された書類の内訳を見ると、品目の横に超高額がズラリと並んでいる。合計額は、大金貨500枚……大金貨1枚は10万スートなので、驚きの5000万だ。
ちなみにこの国にはさらなる高額貨幣の“白金貨”も存在するが、それは小が100万、中が1000万、大が1億。つまり5000万スートは小白金貨50枚、もしくは中白金貨5枚と同じ価値ということになる。
最初は高額貨幣といえば、盗賊の賞金の小金貨くらいだったのに……感慨深いけど、収入の額がインフレしすぎじゃない?
「昨日も言うたと思うけど、樹海の奥地の食材は日常的に流通する物やない。過去の記録を漁っても、だいぶ昔の話で近年はさっぱりや。せやから正直、相場っちゅうものもないんよ。
大金貨500枚はひとまずワイらが“このくらいは出しても損を出さずに売りさばける”と判断した額、預かった品物の保証金やな。あれだけ珍しくて美味いものを目の前にぶら下げて、大勢の貴族から引き出すんや。安く見積もってもそのくらいの額にはなる。
後で払う金額は送った品物がどこまで値が付くかによるけど、期待してええと思うで? なにせ、最近は王都で樹海食材の需要が高まっとるからな」
はて? 供給が少なくて需要に追い付いていない、というなら分かるが、流通がないのに需要が高まっているとはどういう事だろうか? 疑問に思って聞いてみると、記憶に新しい名前が出てきた。
「Sランク冒険者のグレン、リョウマは会ったことあるんやろ? そのグレンが王都の高級レストランにイモータルスネークの肉を持ち込んだらしいねん。
Sランクの頼みやからシェフは断れず、肉は預かったけど扱ったことのない肉やったから、ひとまず切れ端を食べて味をみた。そんでイモータルスネークの味を知って、分けてもらえないか? とグレンに直談判したそうや。
最終的に“自分が食べて余ったら残りはやる”ってことで話がまとまったらしくてな? 残りの部分を、レストランの常連客だった王都の美食家で有名な貴族に食べさせて、そこから噂が広まった、っちゅう流れや」
聞けば納得の理由だった。
確かに以前、グレンさんとは狩った肉を折半したけど、あの人が料理をするとは思えない。精々、焚火であぶるくらいだろう。美味しく食べたくて街にいるなら、誰かに肉を預けて料理を依頼するのは自然だ。
肉を分けたことについても、イモータルスネークを丸々一匹ぶん投げて、酒場にいた全員の飲み代にするくらい豪快な人だからなぁ……自分が食べる分さえ残っていれば気にしないだろう。
とにかくそういう理由で、供給がないのに樹海食材の需要だけが高まっているというわけか……欲している貴族や他の商人さん達は、一体どうやって調達するつもりなのだろうか?
「冒険者に食材調達の依頼を出すのが普通やな。特にグレンは実際に食材を持っとったわけやから、人気らしいで? ワイもリョウマから前回の土産話を聞いてへんかったら、イチかバチかで頼んでみたかもしれんけど……無理なんやろ?」
「無理ですね。あの人の強さはずば抜けていますし、異様にカンがいいので食材がある場所にたどり着くことはできると思います。ただ本人も言っていましたが討伐以外は専門外、果物や香辛料を丁寧に採取して保存して運搬する、というのは性に合わないでしょう。
戦い方も強化した体での力任せなので、肉類も損壊が大きいかと。仮に受けてくれたとしても、品質にはあまり期待できないと思います。特にイモータルスネークは余計な傷をつけると味も落ちますし」
採取を担当する人員を連れていくなら可能性はあるけど、グレンさんも他人とチームを組むようなタイプじゃないからな……
「そうなると、あれだけの品物をあの品質で調達できるルートを持っとるのは現状リョウマだけや。これからも良い付き合いをさせてもらいたい、ちゅう意味も込めて後払いの分は売り上げの4割! これでどうや?」
「分かりました。ピオロさんは、ここで変に誤魔化して信用を失うような下手な商売はしないでしょうからね。その額でお願いします」
そう言って、受け取った書類にサインをする。
「契約成立やな。もちろん、最初から限界の条件を提示させてもらったつもりや。折半までいけたらええんやけど、輸送費やら人件費、オークションの参加費とか売るために必要な雑費があるからな」
「無理をして経営が傾かれても困りますので、ほどほどでいいですよ。必要ならまた取ってこられますし」
樹海の果物は前回と同じ場所で今回も収穫できたし、イモータルスネークはまた繁殖期を迎えていたのか、大量の蛇の子供が川のようになっていた。後にラプターに襲撃されて散り散りになっていたけど、生存競争が激しい分だけ繁殖も早いのだろう。
俺が採取するくらいなら、取り尽くし・狩り尽くしの心配はいらなそうだ。
「次のことをサラッと言えるところが心強いわ、ホンマに。鮮度の秘密もアレか? 昨日、表でチラッと見えていた魔獣」
「そうですね、空間魔法とあの魔獣……実はミミックスライムというスライムなのですが、擬態能力でテイクオーストリッチに変身していました。きちんと測ったわけではありませんが普通の馬の5倍くらいの速度が出たと思います」
「テイクオーストリッチ、土産話で聞いたえげつない魔獣やったな。あれがそうなんか……しかし5倍とはまた速いなぁ」
「僕がまだ乗り慣れていないだけで、慣れたらもう少し出ますよ。僕も今回練習がてら乗って来たら、想定より早くここに着いてしまったくらいですから」
「商人としてちょっと興味があるんやけど、無理そうやなぁ」
「今後樹海には何度も行き来しますから、運がよければ捕まえてきますよ」
「無理はせんでええからな。命大事にしてちゃんと帰ってきてや」
「もちろんです」
心配されてしまったが、俺も無理をするつもりはない。コルミのことも――っと、
「そうだ、ピオロさんに1つ相談したいことがあったんですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
「取引の話も一段落ついたし、時間はあるで? また何か儲け話でもあるんか?」
「残念ながら、儲け話ではないですね。金銭的には損になるかもしれません」
相談というのは以前から病院や図書館や学校になりたいと口にしていたコルミのこと。今回の樹海滞在中にあれこれ話していた結果、新たな候補として“駄菓子屋”が加わったのだ。
「子供の小遣いで気軽に買えるくらい、安い菓子を売る店かぁ……確かにあまり儲けにはならなそうやけど、リョウマなら多少の損失は補えるし、コルミって妖精の事情を考えれば意図は納得できる。安い菓子で子供を集めたいんやろ」
「はい。ピオロさんに相談したいのは、そのためのお菓子の事なんです。2人で話しているうちに、試作品も作ってみたので、良ければ味見をしてご意見をいただけないかと」
「なんや、もう試作品があるんか……って樹海で何しとんねん!? 想像以上に余裕あるんやなぁ……」
若干呆れ顔のピオロさんをスルーして、机の上に試作品が詰まった袋を並べていく。
今回用意したのは麦を材料にしたポン菓子、水飴、麩菓子(水飴味・チーズ味)、きな粉を混ぜて棒状に固めたソフトキャンディー、魚の揚げ物っぽいもの、ポン菓子を水飴で固めた浅草名物っぽいものだ。
2人で記憶を漁り、思いつくまま、再現できそうなものを作っていたらこんなにできてしまったのだが……実際に試作品を目の前にすると、ピオロさんの目つきが変わる。
「食べるのに順番はあるんか?」
「では、まずこれを」
最初に渡したのは、シンプルなポン菓子。穀物に圧力をかけながら過熱した後、一気に解放することで粒を膨張させたものだ。今回は麦を材料に使って作った。
「ふーん……材料は麦やけど、祭りで出てくるポップコーンみたいやな」
「仰る通り、似たようなものです。ポップコーンには皮が固い品種のトウモロコシが適していますが、その皮と同じ効果を特別な道具で再現したものと考えてください」
「香りと歯ごたえがええな。こっちの塊は、このポン菓子を固めたんか?」
「はい、食べてみてください」
浅草名物っぽいものを一つ口に放り込んだピオロさんの目が開かれる。
「美味い、けどこれは砂糖の使い過ぎとちゃうか?」
「材料の水飴から作ったので、そこまで費用はかかっていません」
「なんやて?」
「こちらが水飴です」
視線の鋭さが増して、俺が差し出した水飴の容器を見るピオロさん。興味があるのが明らかなので、一緒に置いておいた箸で水飴を少し絡め取り、白っぽくなるまで練ってから手渡した。
「粘りは糖蜜や蜂蜜に近い、けどちゃうな。この微妙な風味……まさか麦酒を作る途中の液、にしては雑味がないし甘味が強い……」
どうやらこの国に“麦芽糖液”はあるようだが、用途は主に酒造であり、甘味料としての“水飴”という製品はまだ存在していないようだ。少なくとも食材の専門家であるピオロさんが首をひねるくらいには、一般的でないのだろう。
「おそらくピオロさんが想像している物に近いと思います。作り方は多少違うと思いますが材料の一部には麦を使っていますし、お酒造りにも使えないことはないかと」
「あれを酒やなくて甘味を得ることを念頭に置いて、作り方を変えたらこうなるんか……」
「甘い物は貴重ですから、水飴を売るつもりはありませんが、材料としてならどうかと思って」
「正解や、糖類の利権は複雑やからな。普通の店が勝手に手を出したらまず潰される。砂糖そのものやなくて砂糖を使った商品を売る、ってのは一種の抜け道やけど、実際にそれで小銭稼ぎをしている奴らもいるから責められん……とは思うが……」
「それでも危ないですか? 事情に詳しいピオロさんの、率直なご意見をお聞かせください」
念押しすると、ピオロさんは少し悩んで答えを出した。
「リョウマ、水飴の製造と販売をサイオンジ商会に扱わせてもらえんか? それなら利権関係の面倒はこっちで引き受けられるし、面倒が大きい分だけ利益もデカくなるのは間違いない。うちにとっても樹海食材と同等の商機になる。
これに関しての返事は今すぐでなくていい、というか、やるならやるでこっちも慎重な検討と準備が必要になるからな。一度公爵家の人達とも相談した上で、リョウマも検討してくれたら十分や」
「分かりました。近日中に連絡を取ると思いますので、その時に相談してみます」
ピオロさんは焦って契約に持ち込むことなく、そこで話を終わらせた。
「ほな改めて、今度はこれを貰おうか……んっ! これ歯ごたえがサクッと軽くてええな!」
「麩菓子ですね。それは水飴をかけて甘く味付けしていますが、かける物によって味も変えられますよ。こっちのチーズ味もどうぞ」
「こっちも美味い。これは色々と味の種類が作れそうやな。こっちはなんや? 大豆の粉に埋まっとるが」
「水飴にきな粉を混ぜて食べやすく、また甘味に変化を付けたものです。水飴をそのまま舐めるのとは、また違った味わいですよ」
「……確かに、水飴はしっかりした甘味やったけど、こっちは優しい甘みやな」
駄菓子の試食を再開して、次々と食べていく。そしてあっという間に最後の一品になった。これはどうだろう?
「見た目は揚げ物っぽいけど、触ってみると油はないな」
「油分の酸化による味の変化が懸念だったので、魔法で“高温の風”を周囲に循環させることで表面から水分を飛ばしました。食感は近いですが、味はやはり違いますね。
ちなみに中身は樹海の川魚のすり身を薄く広げて小麦粉をまぶし、さらにシェルスライムの体液から抽出したうま味成分を濃縮したソースを塗ったものです。食べられなくはないですが、少し癖があります」
「……ああ、この癖を隠すために濃い味にしとるんか。これは、子供向けではないな。酒のツマミとしてなら人気が出るんちゃう? 辛口の酒とよく合うと思うで」
なるほど……これは製造に他より手間がかかるので、要検討とする。
「ちなみに値段は小銅貨1枚~3枚を考えています。いかがでしょうか?」
「一番大事な菓子としての味は十分。膨らませば1つ分の材料は少なくなるし、大量生産すればさらに1つの値段は下げられる。儲かるかどうかは別として、人気は出そうやな。うちにも子供連れのお客さんが仰山くるから、本当に始めるならうちでも扱ってみたい商品や」
「良かった。コルミに伝えたらきっと喜びます」
表情を見る限り、ピオロさん的にもどれも中々の高評価のようで一安心だ。しかし、
「ところでこの菓子、湿気に弱いやろ。空間魔法で保管したとしても、樹海で作って何日も時間が経てば、普通ここまでサクッとした食感は保てないはず。となると何か保管方法にも秘密があるんとちゃうか?」
「おっと、気づかれましたか。実はここにも樹海の知恵を使っていまして、秘密はこの袋に入っている小さな布袋です」
小袋の中には、祖母の研究記録から得た“吸湿丸”が入っている。本来は室内の湿気取りに使う薬だが毒性はないので、食品と直接触れないように袋に入れて“乾燥剤”として使ってみたのだ。
「そんな便利な薬もあるんか?」
「実は他にもありまして――」
取引の話から試食の話、そして食品の保存に使えそうな薬の話。気づけばどんどん話に花が咲き、俺達は従業員さんが昼食のことで尋ねてくるまで話し込んでしまうのだった。




