再び人里へ
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
神界から戻り、あっという間に数日が経過。コルミと一緒に本を読んだり、樹海の素材で薬を作ってみたり……様々な実験とのんびり遊ぶ日々を繰り返しているうちに一週間が過ぎて、街に戻る日がやってきた。
「うわぁぁぁぁああ!!!」
「俺の稼ぎがぁっ!?」
「また負けた……負けちまったぜ……」
途中、立ち寄った最初の拠点に冒険者達の悲鳴が轟く。
どうやら、また俺が帰ってくるかどうかで賭けをしていたようだ。
「ありゃあ、お前さんが前回来た時にいなかった連中だな」
「それでまた賭けの対象にされていたわけですか」
「ここじゃ一度帰ってこれても二度目で死ぬ奴は珍しくない。あと何回かは続くと思っておけ。何度も安定して帰ってくれば、いずれ賭けにならなくなる。
それより、今日は泊りか? そのまま出てくのか?」
「一泊で、部屋を食事付きでお願いします。あと飲み物も1杯」
「分かった。すぐ用意するから座って待っとけ」
この拠点で酒場を経営しているステム爺さんは、樹海における人命の扱いの軽さに慣れているのだろう。当然のように話して自分の仕事に戻っていくが……なんだか顔色が悪かった。それに立ち去る早さが、以前来た時よりも遅い。
「待たせたな、酒と部屋の鍵だ。部屋はこの前来た時に使ったのと同じ部屋だ。金は部屋に行く前でいい」
「ありがとうございます。……付かぬことを伺いますが、どこか具合が悪いのでは?」
戻ってきた彼の顔を見ると、やはり顔色が悪い。少し休むか安静にした方が良いのでは? と思ったが、
「見ての通りの爺なんでな、この年になると一つや二つ悪いところがあるのが普通になるんだよ」
「それはそうかもしれませんが」
「無理はしてねぇから心配すんな」
彼はそう言って笑っていた。かと思うと、何かを思い出したように黙り込んだ。
「……こんな爺の体調を気にしてくれるなら、1つ頼んでもいいか?」
「内容によります」
「コルミ村まで行ってあっさり帰ってくる腕と、こんな爺を心配する人の良さを見込んで相談だが……その前にお前さん、今後も外とコルミ村を行き来するつもりか?」
「はい。頻度は分かりませんが、なるべく定期的に行き来する予定です」
「なら良かった。相談なんだが、いつか俺が死んだら俺の死体をコルミ村まで運んでくれないか? その後は適当に埋めるなり、捨てて魔獣に食わすなりしてくれ」
自分の死後のことを軽く言われて、一瞬戸惑った。そして理由を聞くと、彼の人生で心残りとして思い浮かぶのが、冒険者として樹海で活動していた頃の目標……奇しくも前回の俺がコルミ村を目指したのと同じ“樹海に呑み込まれた故郷を一目見るため”だったそうだ。
「前に少し話したと思うが、俺はコルミ村の先にあった村の出身でな。“村を捨てる”ってことの意味も理解してなかったくらいのガキだったから、村そのものに愛着があるってわけでもないんだが……
親に連れられて村を捨ててコルミ村に移り住んで、そこが危なくなったらまた別の街に行く。ガキの頃から転々とした生活だったから、俺には他の奴らが持っている“地元”とか“故郷”になる場所がなくてな、知らず知らずのうちに憧れてたんだなぁ」
座って煙管をふかしながら、ぽつりぽつりと語るステム爺さん。彼は最初から故郷を目指していたわけではなく、冒険者になったのは生活のため。だけど冒険者として活動を続けているうちに、いつのまにか樹海の奥の故郷を目指していたのだそうだ。
「尤も、俺はお前さんほどこの樹海に適応できなくてな……どう頑張っても最前線より先には進めなかった。今はもう挑戦もできねぇし、樹海の中なら故郷ということでいいと思ってたんだ。
ただ、それはそれとして死体をなるべく故郷の村の傍に置いてってくれる奴がいるなら、より心置きなく逝けると思ってな」
そういうことであれば、コルミ村までなら空間魔法で生きているうちに連れていけなくもない……と考えたが、ステム爺さんは首を横に振る。
「樹海で長く活動していると“自力で戻れる場所までしか行かない”、“自力で戻れない奴を連れて行かない”のが常識になる。誰かの世話になって先に進みたがる奴はいくらでもいるが、樹海は足手まといを抱えてやっていけるほど甘い場所じゃない。
元とはいえ俺も樹海の冒険者なんでな、足手まといになる気はねぇ」
「……失礼なことを言いました。忘れてください」
「気にすんな、これは俺のこだわりだ。常識とは言ったが、別に規則で決まっているわけじゃない。実際、樹海に慣れた連中が新顔で見込みのある奴を連れていくこともたまにあるさ。帰ってくるかは別としてな。
それに、坊主にとっちゃ簡単なんだろう?」
「コルミ村までなら、空間魔法の中に引きこもってもらうのが前提ですが」
「だったら何も悪かねぇ。お前さんは自分にできることを、できると判断して提案しただけさ」
実力が違う。認識が違う。それだけだと彼は笑う。
「それに、俺も別に今すぐにどうこうなるわけじゃない。昔のように冒険はできないが、ここだと酒場の経営でも十分に儲かるんでな。外なら貴族しか手が届かないような高い薬もさほど気にせず買えるし、医者にも診てもらえる。
死ぬときは死ぬだろうが、それまで気ままに、それなりに贅沢に暮らさせてもらうさ」
そして本当に死ぬ前には、誰か適当な氷魔法が使える奴に頼んで死体を凍らせてもらうように頼んでおく。後は魔獣素材用の保冷庫かどこか適当な場所に安置しておいてもらうので、俺が来た時に引き取ってコルミ村に捨ててくれとのこと。
後を任せた奴らに頼みを聞いてもらえなければ、それは自分の人望の問題。間に合わなければそれも運命。徹頭徹尾、死後の扱いが軽いが、本人がそれでいいならいいのだろう。他に言うべきこともない。
「それで心残りが解消されるなら」
「その答えだけで十分だ。依頼料には少ないかもしれんが、その酒と今日の宿代は奢る。ゆっくり休めよ」
ステム爺さんはそう言うと席を立ち、仕事に戻っていく。命の軽い樹海の中で最後まで働き続けることが彼なりの、所謂“終活”なのかもしれない。
■ ■ ■
翌日。
「お世話になりました」
「おう、気をつけて行けよ。俺より先に死なないようにな」
冗談めかしているが、土地柄を考慮するとあまり冗談にならない事を言うステム爺さんに挨拶をして、拠点を出る。あいにく外はスコールの最中で土砂降りだったが、空間魔法を使う俺にはさほど関係ない。
速やかに転移を繰り返して樹海を脱出、そのまま帰路につくけれど……今回は直接ギムルの街を目指さず、ちょっと寄り道をしてレナフに向かう。さらに、帰る方法もいつもとは違う方法を使うのだ。
『ディメンションホーム』
空間魔法の中から呼び出すのは、テイクオーストリッチに擬態したミミックスライム。さらにアイテムボックスから、奥様の伝手で注文しておいた“テイクオーストリッチ用の鞍”を出して取り付ければ、準備は完了。
鞍はカウボーイが乗るような、鞍と持ち手が一体化したタイプ。公爵夫人の奥様からご紹介いただいた職人に依頼した一品なので、当然のようにミミックスライムの体にぴったりフィット。ミミックスライムが窮屈さを感じるようなこともなく、俺の座り心地も抜群だ。
「よし、まずは軽く歩いてみよう」
「ケェッ」
鞍の持ち手を両手で掴み指示を出すと、ミミックスライムはダチョウの足でゆっくりと歩み始めた。
「うん、いい感じ」
トッ、トッ、トッ……と、心地よいペースで進んでいく。樹海の外だと遮蔽物がなく進みやすいのか歩幅が広く、以前よりも一歩の距離が稼げている印象。既に大人の徒歩よりは早く感じるし、マラソン程度の速度はゆうにでていると思う。まだ足の回転が少ない段階でこれなので――
「もう少し早く」
――と指示を出せば、グンと速度が上がる。テイクオーストリッチの脚力の強さとスピードは以前に身をもって知ったけれど、バイクに例えるならかなりピーキーな性能をしていることにも注意が必要だろう。
しかし樹海の悪路も走破できる上に、この調子で長時間走れるのなら、移動用の足としては十二分に優秀。スピードによって振り落とされる危険も、鞍を付けたことにより大分安定感が増した。
このまま俺が慣れていけば、いずれはミミックスライムが擬態したテイクオーストリッチの能力を完全に引き出すこともできるだろう。
新たなスライムの活用に胸を躍らせ、他人の迷惑にならないように注意しつつ、俺はミミックスライムと街道を走り……なんとその日の深夜にはレナフの街に着いてしまった。
前回はギムルまで転移魔法で3日ほど。レナフは位置的にギムルより多少近かったとはいえ、たった1日で着くとは思わなかった。
「通っていいぞ。もう夜も遅いから、すぐ宿を取れよ」
「ありがとうございました」
門番さんに心配されながら門をくぐり、向かうのはお馴染みのサイオンジ商会。樹海に行く前から、帰りに立ち寄ることは連絡済み。“職員を待機させておくのでいつでも来てくれ”と返事を貰ってはいたが、こんな夜遅くに大丈夫だろうか?
ちょっと不安に思いつつサイオンジ商会の前まで行くと、系列店が連なる商店街の全ての店が閉まっている。手紙によると、路地に入ると連絡口があるらしいが……あった。一か所だけ表に明かりが灯され、小窓から光が漏れている扉がある。おそらくあれだ。
静かに近づいてノックをすると、扉の向こうで人の動く音が聞こえて小窓が開く。
「どちら様でしょうか?」
「夜分遅くに失礼いたします。リョウマ・タケバヤシと申します」
用件を伝える前に慌ただしく閂が外された音がして、扉が開いた。
「お待ちしておりました。会頭から連絡は受けています。ささ、どうぞ中へ」
ミミックスライムは一旦ディメンションホームに送り、一人で中にお邪魔する。そこは広めの土間になっていたのだが――
「待たせてすまんな!」
なんと、会頭のピオロさんが仁王立ちで立っていた。
「いや早っ! 全然待っていませんよ。むしろ僕がお待たせしてしまって、こんな夜中に」
「時間なんてかまうことあらへん。それよりリョウマ、荷は?」
「空間魔法でたっぷりと」
「採取してからどのくらいや」
「長いもので4日ですね」
「よっしゃ、皆! 上物が届いたで! 鮮度が命や! 寝ている奴らもたたき起こせ!」
『オオオオ!!!』
夜間のため周囲にいたのは警備も含めて5・6人、声量はややひかえめなのに、感じる気迫が凄まじい。さらに一人が店の奥へ駆け込むと、一気に慌ただしくなっていく。その原因は明らかに俺なので、若干申し訳ない。すまない、夜中に叩き起こされる職員さん……
「さ、リョウマはこっちや。樹海の食材をジャンジャン出してくれ」
興奮を隠さないピオロさんに連れられてサイオンジ商会の倉庫前へと移動。
そこには大きな広間に年季の入った机が並べられており、俺が樹海の食材を出しては職員さんが回収して陳列。品質チェックや査定が行われた後に、倉庫か適切な処理を行うための作業場に運ばれる様子が見て取れた。
ここでひとしきり食材を出しきれば、俺の仕事は終了。今度は応接室へと案内される。
「長旅から帰って早々にすまんかったな。樹海の、それも奥地の食材が大量に手に入ると聞いて、気合が入り過ぎてしもうた」
「扱っているのが食材ですから、鮮度を気にするのは当然ですよ。それより、あれで大丈夫でしたか?」
「もちろんや! スライムと魔法で保管にも気をつけてくれたんやろ? 普通の冒険者に依頼したら、もっと手荒く扱われてもおかしくない。そもそも樹海の奥地の食材は採取困難やから、ほとんど流通してへん。
今回リョウマが持ち込んだのは魔獣肉、山盛りの果物、香辛料……種類、量、鮮度、どれを取っても最高やで! 量も量やし品が珍しいから査定には時間が必要やけど、絶対に損はさせへんから期待しとき!」
良かった……問題ないことは分かっていたけれど、実際に専門家の目で確認して、お墨付きをもらえて、ようやく肩の荷が下りた気分だ。
「では、今後も時々樹海の食材を引き取っていただけますか? 公爵家に持ち込むつもりでしたが、あまり頻繁になると貴族的な面倒があるようでして」
「公爵家が美味いものを独占しているように見えるのはまずいんやろ?
食材に限らず“貴重なものを手に入れられる”っちゅう事実は、貴族にとって人脈や手腕、自分の権威を外に見せつける1つの手段やからなぁ。感情的にも、経済的にも、権威的にも分け前を欲しがる連中が群がってくる。
その点、適度に市場に流しておけば“金で解決できる問題”になり、欲する連中に平等な機会が与えられたことになる。つまり公爵家の独占ではなくなるわけやな」
「流石、貴族との付き合いが多いだけのことはありますね。僕は秘書のエレオノーラさんに言われて、公爵家に確認を取りましたよ」
「普通はその感覚でええねん。美味いもんは自分で食って、仲間と食って、味を楽しむ。それでええ。素晴らしい事やろ? でも貴族となると行動1つ1つにあれこれ意味やら価値がついてきて、純粋に味を、食事を楽しめなくなるんよ。
……尤も、ワイは貴族のそういう所につけこんで荒稼ぎするんやけどな!」
まだ興奮は冷めていないのかテンションが高く、ニカッと笑いながらやる気をみなぎらせているピオロさん。
俺としても、樹海の食材を提供することでピオロさんが儲かれば、代金として俺の懐にも大金が舞い込む。そして俺達は経営者として後々税金を支払うことで、巡り巡って公爵家の懐が潤うのだから、願ったり叶ったりだ。
付け加えるなら、俺達は経営者だから従業員を抱えている。従業員には給料として俺達の懐に入ったお金が流れ、彼ら・彼女らの懐具合が良くなれば街でお金を使う可能性も高まる。結果、ジャミール公爵領の経済が活発化して、領主である公爵家の利益にもなるという好循環に繋がる。
正直、俺個人の取引がどこまで影響するかはやってみないと分からない。しかし、個人の経済活動が集まって社会の経済があるのは事実。公爵家の面倒を減らして後の利益にも繋がることを期待しよう。
と、話が一段落したことで気が抜けたのだろう。微かな眠気がやってきた。
そして、ピオロさんは些細な変化も見逃すような人ではない。
「スマンスマン。大急ぎで食材を届けてくれたんやもんなぁ、今日はこのくらいにしとこか」
こうして俺はサイオンジ商会の部屋を貸してもらい、眠りにつくのだった。




