神々の昔話(中編)
「勇者?」
ガイン達の話から受けた人物像とは、似つかわしくない呼び名が出てきた。
「疑問に思うのも当然よ。だって自称みたいなものだもの」
「なんだ自称か」
「自分で広めた結果とはいえ、最終的には多くの人からそう呼ばれるようになっていたから、僕達も個人を指す時に勇者とは言うけど……別にあの子に勇者としての役割を与えたわけじゃないしね」
「人々から勇者と呼ばれるようになるまでも紆余曲折あるんじゃが、分かりやすいよう時系列順に話すとしよう」
“不本意だ”と顔に書いてあるルルティアとクフォに続いて、ガインが語り始めた。
「まず彼がこの世界に来たのは、中学校を卒業して高校生になる直前。家庭に問題を抱えておったが、本人はそんなことを感じさせないくらい、素直で元気な男の子じゃった。
成績優秀、容姿端麗、リーダーシップも持ち合わせていたのでクラスメイトや教師からの信頼も厚く、小学校・中学校、共に風紀委員や生徒会長を務めた経歴を持っていた」
「転生前の経歴だけ聞くと、すごく優秀な子だな」
「実際にそうだったのよ。それにいい子だったわ。本性を隠していたのではなくて、本当に」
「でも、いい子だったからこそなのかな……当時はいろんなところで戦争が起きていてさ、最初は保護者になってくれる人がいて、戦火の及んでない安全な場所を選んで送り出したんだけど“先に転移した人と合流したい!”、“2人で協力して戦争を止めたい!”って言って傭兵になっちゃったんだよ」
実際に身を投じている以上、口先だけでなく相応の覚悟はあったのだろうけれど、転移した時によっぽど強い力を得ていたのだろうか? あとは、こちらに来たのが高校入学前ということだから、まだ子供だしな…… 無鉄砲な印象は受けるが、勇者らしくはある。
「あの時は私達もちょっと慌てたわね。いたるところに戦火が広がっていた時代に呼んでしまうのだから、戦場でも生き延びられる能力を重点的に持たせてあげたけれど、だからといって自分から戦場に飛び込む必要はなかったのに」
「本人の意思で行くのであれば自由じゃし、リョウマ君のようにこちらに来ることはできなかったので、儂らの言葉を伝えることもできなくてのぅ……」
「神託を受けられる聖職者に頼んで伝言はできなくないけど、そんなことをすれば大騒ぎになる。それこそ有無を言わさず、強力な兵器扱いで戦場に引っ張り出されかねない状況だったからね」
「それで、その子は戦場に行ってしまったと……でも、生き延びたんだよな?」
疑問に対する答えはキリルエルが教えてくれた。
「しぶとく生き残っていたよ。尤も、戦場ってのは訓練を積んだ大人の兵隊だって気が狂うような場所だからな。強い力を持っていたって死ぬほどキツイ思いはしたぜ。最初は覚悟が足りなかったって、後悔もしていた。
でも与えた力に持ち前の明るさと判断力を発揮して、傭兵団の中で頭角を現して、部隊を率いるようになって、順調に成り上がっていったよ。正直、そこまではアタシ達もあいつの事を応援していたんだ」
「問題はその後。傭兵団の団長と幹部が戦死して、彼が団長を引き継いでから、彼は少しずつ様子がおかしくなっていった」
メルトリーゼ曰く、転移者である勇者は戦場を渡り歩いても生き延びられる力があった。しかし、彼の仲間は違う。傭兵団という組織が名声を高めて他の傭兵達を吸収し、規模を拡大していく一方……傭兵団は大きな戦場に出る機会が増え、団員の被害も増えていった。
その他にも若くして団長になった彼への嫉妬、古参の団員と新しい団員の間の軋轢等々、人間関係の悩み。傭兵団を運営していく上での資金調達や行動方針、計画立案など経営者としての悩み等々。自らも命の危機に晒しながらとなると、彼の苦悩は計り知れない。
「確かに苦悩はしていたねぇ。死霊術や呪術に手を出したのも、ガイン達が与えただけの力じゃ足りないと考えたかららしいし」
あまり興味なさげに見えたセーレリプタが、薄い笑いを浮かべながら話に入ってきた。
「当時は戦争のせいで死者も、負の感情を抱いた人も沢山いたからねぇ。復讐や保身、理由は様々だけど、手段を選ばず手っ取り早い力を求める人間が多かった。だから戦場だと死霊術と呪術は一般的で、術者や教本の類も割と簡単に手に入ったんだよ。
さぁて、ここで問題です。自称勇者君が呪術と死霊術を使って開発した術はどんな術でしょうか? ヒントは日本の転生チート系作品でも度々出てくる能力、竜馬君なら分かると思うよぉ?」
「急だな」
おそらくイメージを固めるための原型にしたのだろうけれど、転生もので度々題材にされている能力なんて沢山あるし、目的から考えるか。
今の話によると、勇者の彼は傭兵団の団長を引き継いだ。戦場では自分1人が生き残ることはできたが、部下は多く亡くなっていた。行きつくであろう考えは……元来の前向きな性格で補いきれないくらい、自分の力不足を嘆いていた?
ひとまずこれだと仮定して考えると、求めるのは力。武力なのか経営力なのかは不明。でも、人は精神的に追い詰められると周りが見えにくく、先のことを考えにくくなる。彼も追い詰められたことで呪術に手を出したのなら、あまり悠長には構えていられないだろう。
つまり即効性、使ってすぐに結果が出ることを求めるはず。その上で使用する場所・タイミングは戦場。利用するのが呪術と死霊術。呪術は負の感情を扱い、死霊術は死者や魂を扱える術……魂? ……あー……
「殺した相手の能力を奪う系の術。おそらく死の間際に放出される魂を吸収して自分の力にするとか、そんな感じか?」
「大正解! 厳密に言うと奪ったのは能力そのものではなくて、殺された人が生きてきた中で積み重ね、魂に刻まれた“経験”なんだけどね」
「道理でガイン達が逡巡していたわけだ……この術、たぶんだけどやろうと思えば俺も使えるだろ。必要なのは呪術と死霊術、皆が転移者に与えるために用意した“特別な力”ではなく、既存の技術の組み合わせだから」
ガイン達が俺を危険視しているとか、疑われているとは思わない。でも過去に勇者がやらかした前例があり、皆は勇者を快く思っていない。そう考えたら簡単に呪術を使えてしまう俺に、術の元となる情報を与えることに抵抗を覚えるのも理解できる。
「術の内容とここまでの話の流れから先を推測すると、その勇者はあれだ、英雄譚の勇者じゃなくてRPGの勇者みたいな。敵を殺して経験値を奪っているうちに、歯止めが利かなくなったんじゃないか?」
「ガイン達が話しにくい部分を察してくれたおかげで、時間を無駄にせず済んだよぉ」
「あの笑顔はそういう意味か」
「だって竜馬君、異世界転生の物語に詳しいでしょ? おまけにこういう時のカンは鋭いし、情報を出し渋っても答えにたどり着きそうだったもん。別に危険視もしてないんだから、時間かけても無駄じゃない」
「私は初めて会った時のことを思い出したわ」
「死んだことを伝えた次に出た言葉が、転生か転移かじゃったなぁ」
「色々と話が早くて助かるよ」
ガイン達から懐かしい話が出てきていたが、続くキリルエルの言葉が本題に戻す。
「竜馬の推察通り。術の性質と戦場という環境が相まって、勇者は急速に力をつけた。そして集団を率いる上で必要なのは力だけではないけれど、強ければ強いほど頼りになるのは事実であり、統率を乱す者を抑えるための抑止力にもなった。
命懸けで戦場をかけずり回るんだ、少しでも強い人間が仲間にいる方が生存確率は上がると考えるのは当然だし、そもそも傭兵には“強い奴が偉い”って考えの荒くれ者が多い業界だからな。
そんな環境とストレスも合わさったせいか、あいつは段々と力に執着し始めた。力があれば仲間の命も救われる、敵を殺すのは戦場だから仕方ない、力を奪うのは1日でも早く戦争を終わらせるために必要なんだ! って理由をつけてな」
「戦場において、自己の正当性を求めるのは人間として当然。集団を率いるなら必要な事でもある。術としても禁忌を犯したわけではないので、そこまでなら私達も彼を見放したり、今のように悪し様に語ったりすることはなかった」
メルトリーゼによると、勇者が道を踏み外したのは力を奪い始めて数年後の事。初めて彼より先に転移して、当時は王子だったマサハルを目にした時。多くの傭兵団の1つとして雇われ、同じ戦場に立つことになった。
王家の軍と傭兵達の位置は完全に分けられており、勇者の傭兵団も実績はあるがまだ新参。戦場での立ち位置も端の方に追いやられ、直接の接触はすることなく、戦場の片隅で戦を眺めていただけ……それが、勇者の心に小さな罅をいれた。
開戦の合図と共に放たれるマサハルの魔法は、一瞬にして敵陣を火の海に変えた。一撃で半壊する仲間を見て、慌てて逃げようとした者の足元が崩落する。助かったのは、運よく魔法と魔法の効果範囲の隙間にいて、損害が軽微だった者だけ。
たった2回の魔法攻撃により、傭兵団も王国軍も誰一人として剣を交える事もなく、味方の被害どころか1歩も動くことなく戦闘は終了した。それは相手に抵抗すら許さない、一方的な蹂躙だったという。
「儂らが与えた力の総量はさほど変わらず、どちらかといえば勇者の方が若干多かったくらいなんじゃが、特化型と万能型という方向性の違いでのぅ……広範囲・多人数の殲滅に限定すれば、マサハルの方が長けていたんじゃよ。
儂らからすれば本当に“単なる向き不向き”の話なんじゃが、彼にとってはそうではなかった。味方に犠牲を出さずに勝つという、自分が求めていた結果を簡単に出してしまう他人を見て、強い無力感を覚えたらしい」
「挫折というほどではないかもしれないけど、落胆したんでしょうね。あの子は私達が力を与えたせいで“個人の戦力”に限れば、他者を圧倒することはあっても、圧倒されたことはなかったから」
「そして無力感は劣等感に代わり、彼はそれまで以上に“力”に執着するようになった。戦場で敵を殺すだけでなく、傭兵団の規律を乱した仲間まで“綱紀粛正”の名目で殺し始めるくらいにね」
勇者が闇堕ちしてしまった……いや、他人の力を奪う術を生み出した時点で堕ちていたのか? しかし味方殺し……
なんとも言えずにいると、クフォが申し訳なさそうに続ける。
「竜馬君。残念だけど、ここまででようやく“前置き”が終わった程度なんだ」




