コルミとの相乗効果
夕方
樹海の中は外よりも薄暗く、暗くなるのが早い。もっと実験を続けたいところだが、暗い中ではより危険になるので、早めに終わらせて屋敷の中で過ごすことにした。
実験に成功したからとすぐギムルに戻ったら、長く待たせたコルミをまたしばらく一人にすることになる。実験の結果がどうであろうと1週間滞在する予定なので、実験はまた明日にすればいい。
……とは言うものの、実験がなければ何をしようか?
仮に実験が成功していなければ、改善点を洗い出すなりなんなりしていただろうけど、すんなり成功している。贅沢な悩みだと思うが、作業が終わると手持無沙汰になってしまう。やりたいことを探すと、それはそれで沢山あって迷うのだ。
「コルミ、何かしたいことはあるか?」
「ん~、お話は昨日たっぷりしたから……リョウマが仕事をするところを見ていたいかな?」
だったら、ローゼンベルグ様からアドバイスを貰っていた“化生の手”の改造版、人前で使っても差し支えのない呪術を試してみようか。既にどんなものを使ってどんな術にするかは考えてあるから、大した時間はかからないだろう。
コルミにも相談すると快諾してくれたので、実験とその準備のために場所を移動する。前回、獲物を解体するのに使った解体場に魔王の欠片を1つと、大人2人分ほどの大きさの石材を用意する。これで瘴気を集める器を作る。具体的なイメージは、ズバリ“お地蔵様”だ。
「お地蔵さま?」
「正しくは“地蔵菩薩”、俺がいた日本っていう国で信仰されていた神様の像だね。厳密に言えば仏様と神様は違うかもしれないけど、日本では民間伝承とか、神仏習合といって日本古来の神道と伝来した仏教が融合したりもしているから……とにかく信仰の対象ってこと。
お地蔵様を祀ると沢山の功徳とご利益をいただけると言われているけど、中でも厄除けとしてその土地や道を守ってくれる、道祖神として祀られているのを頻繁に目にしたよ」
「そっか、瘴気に侵された土地を守るためにお地蔵様を置くんだね」
「その通り。ただし、お地蔵様のデザインはそのままではなく、俺の呪術に合うように改造させてもらう」
まず、化生の手は俺の体に悪いものを集める術なので、像のデザインも前世の俺っぽく、体は無駄に筋肉質に。表情も穏やかなものではなく、徹夜続きの仕事で疲れ切った感じに。ついでに座り方も結跏趺坐ではなく、片膝を立ててやさぐれた印象を出す。
組み立てたイメージ通りに土魔法で岩を削っていくと、中身はただの疲れた男の像ができていく。これでも悪くはないけれど、もう少し何か……着せていた袈裟をはだけさせて下半身だけ覆うように変更。空いた背中には鶴の絵でも彫ってみるか。
「なんで鳥の絵?」
「日本には“掃き溜めに鶴”って言葉がある。本来はつまらない場所に、そこに似合わない優れたものや美しいものがあることのたとえだけど、今回は言葉のまま掃き溜めに鶴がいる、逆に言うと鶴がいる所を掃き溜め、ゴミ溜め、悪いものが溜まる場所と連想した」
思い付きだけど、悪くはないだろう。呪術のイメージを固めるために特定の印を使うことがあるとローゼンベルグ様も話していたから、ちょうどいい。思いつくままに彫り進めると、満足のいく彫刻ができた。
ここで全体を俯瞰して出来栄えを確認。そこには自分でも良い出来だと自画自賛できるほど立派な、しかしお地蔵様というよりも、死にかけて壁にもたれるヤクザの像ができていた。
「鶴が、位置のせいで入れ墨にしか見えない! しかも俺の体をモデルにしたから、俺がヤクザになって野垂れ死んだみたいになってるのがなんか嫌だなぁ」
「失敗?」
「想定とはちょっと違ったけど、術の対象としてはしっくりくるのがまた……まぁ、使えはするだろうからこれでいいか……」
せっかく作ったのを壊すのはもったいないし、次回はもうちょっとお地蔵さまに寄せることにすればいい。手足を胴体と一体化するように、体が浮かび上がるように彫ればもっとお地蔵さんに近づくはずだ。
ひとまずこの像には仕上げとして、心臓の位置に魔王の欠片を埋め込む。最後に跡が見えないように外見を整えたら完成!
「さて、次は何をしようか」
「術はかけないの?」
「それは実験場に持って行って、ローゼンベルグ様に確認をお願いしてからにしようと思う。瘴気を集める術だし、前回がそれなりに危険な状態になったからな」
「そうなんだ……残念」
「術をかける所が見たいなら実験場にも小屋を建てるから、コルミはそこから見たらいい」
「いいの!?」
「別に小屋1つくらい大した手間じゃない。それに俺がいない時も実験場の状態をコルミが時々確認してくれたら、それはそれで助かるからね」
「そっか! 僕、見張りする!」
やる気十分で自分は見張りが得意だとアピールしながら、飛び跳ねるコルミの姿はほほえましい。
「分かった、分かったから。コルミはそんなに見張りが得意なのか」
「得意、とはちょっと違うかも? 何もしなくても“わかる”の。魔獣が入ってきたな~とか、誰がどこにいて何をしているか~とか、自分の中の事ならいつでも。リョウマも肌の上を虫が這っていたら、目で見えない位置にいても気づくでしょ?」
「この屋敷そのものがコルミの本体なわけだから、中の事は常時把握できて当たり前なわけか。最初に俺が入ってきた時もすぐに対応できていたし、理解した……待った、それ凄くない?」
家の異常は即感知できる上に、侵入者は幻覚で制圧可能。それ以前にコルミは破格の防御力と再生力を持つ。なにせフィジカル特化のSランク冒険者であるグレンさんが門を全力で攻撃しても壊し切れなかったほどだ。
総合的に考えたら、防犯対策としても、危険地域の監視役としても最適じゃないか。
「ふふふ、それだけじゃないよ~。失くしたものを探す時には、聞いて教えてくれたらすぐ見つけられるよ。敷地内限定だけど」
「俺がどこかに何か置き忘れたら、コルミに聞けばいいのか。もしかして食材の残りとかも常時確認できる?」
「もちろん!」
それからコルミは、俺が外から持ち込んで厨房に保管している食材の量や、今朝コルミが使って少し減った塩の量などを事細かに説明してくれた。多少言葉足らずで疑問が出ても、状態が把握できているので、質問すれば詳しい説明が返ってくる。
「これは助かるな」
「本当?」
「本当に。この感じだと食材に限らず、倉庫で在庫管理とかもできるだろう?」
「倉庫に物を入れておいてくれたら、どんな状態かはいつでも分かるからね! リョウマがいない時はやることがなくて退屈だから、そっちもやっておこうか?」
「お願いしたい。ちなみに、中にある物のリストを作ることはできる? 品物の種類と数だけでも、表で見れると簡単に分かるんだけど」
「んーっと、こんな感じ?」
コルミが少し考えてから手を挙げた先に現れたのは、俺が前世で、仕事でも私生活でも使い倒していた“表計算ソフト”が起動したパソコンの画面だった。
「えっ!? あ、これ幻覚か!」
「紙とインクの在庫がないし、書き出すのは時間がかかるから」
「それで俺の記憶を読み取って、この画面を見せたわけか。本当に隅から隅までそのまんま、懐かしいな」
「食材の在庫をここに書き込むと、こんな感じ~」
楽しそうな声と共に、あっという間に空白のセルが埋まっていく。品名と数だけのシンプルな表だ。本格的に在庫管理をするなら日付、入庫数、出庫数、収納場所などの項目も必要だと思うが、今はこれで十分だ。
「リョウマの前世の道具はすごいね」
「便利だったし、なかったら仕事が成り立たないくらい重要だった。でも、それをこの世界で再現できるコルミも凄いと思うが」
前世には音声やアプリで操作できるスマート家電、スマートホームという概念があったけれど、コルミはそれに近いのかもしれない。
地球の技術がどこまで進歩しているか分からないけれど、少なくとも俺が死んだ時点では、こういう作業をしてくれる実用的な業務用AIは発表されていなかったはず。というか空中に浮かぶモニターもSFチックだな。
「まさか異世界でSFっぽいものを目にすることがあるとは」
「SF……こんなのもあるんだね!」
俺の記憶を読み取ったコルミが、面白がって空中に投影されたモニターを増やし、部屋を某アニメの宇宙船の指令室に変貌させていく。内装が変化しているわけではなく、あくまでも幻。しかし、それは実際に触れてみないと分からないほど精巧なものだ。
「現実味があるのかないのか分からないな」
「次はなにする?」
「そうだなぁ……あ、さっきの表と同じように本とか書類の整理を手伝ってもらえないか?」
「いいよ~、こっちに丁度いい場所もあるよ!」
快く引き受けてくれたコルミに案内されてたどり着いたのは、コルミの核となる歴代村長の部屋の隣にある“書庫”だった。
尤も蔵書の内、売れるものは村の損失を補填する資金源として売り払われ、売れなかった物も樹海の湿気で保存状態が悪くなり、大半は破棄されたとのこと。そのため室内に並ぶ書架には空いたスペースが目立つ。
「ここなら本の整理がしやすいし、いらない本は置いておいてもいいよ! 昔は本にカビが生えたこともあるけど、村の人達が片付けてくれたから綺麗だし、何かあれば僕が連絡するからね」
「お言葉に甘えて、整理した本はしばらくここに置かせてもらうよ」
そう言いながら、アイテムボックスに収納していた本や書類を取り出していく。これらは全て、最初に村を訪れた際に祖父母の家から回収した遺品だ。遺品の中に空間魔法の魔法道具がいくつかあり、祖母の研究資料や本がぎっしりと詰まっていた。
さらに、それを詰めたのは祖父……発見した日記によると先に祖母が病で亡くなり、祖母が大事にしていた物を少しでも傷まないようにと、手当たり次第に詰められるだけ詰めたようだ。だからこそ今、貴重な資料が状態の良いまま俺の手元にある。
ただ、祖父は祖母の研究や資料の詳細までは把握していなかったらしく、本当に手当たり次第に詰めただけ。分類や整理整頓が全くされていない状態だったので、整理するにも手間がかかっていた。
なによりも本の内容にいちいち興味を惹かれすぎて、ジャンル分けのために中を確認したらつい読んでしまう。気づいて作業に戻って、次の本を確認してまた読む、というループに陥りやすいのだ!
「フェルノベリア様からヒントを貰った解呪の遺失魔法も、見つけるだけで苦労したよ」
「それはお祖父さんじゃなくてリョウマの問題じゃない?」
「それはそう」
実に素直な一言、反論の余地はない。
「さて、話してばかりじゃ作業が進まないので、手を動かそう。魔法道具の中身をどんどん出していくから、コルミはリスト化と分類をお願い。同じ種類のものをまとめておいてくれたら、最後に本棚に運べばいいから」
「了解! 具体的にどう分ければいい?」
「そうだな……項目は書籍タイトル、著者、大分類、中分類、小分類、状態の6項目に分けてくれ」
例えば、今手元にある“ヌルマルム草の美容成分とその抽出方法についての考察”という本だったら、タイトルはそのまま、著者は祖母であるメーリアと記入して、大分類は研究書、中分類は薬学、小分類は美容、状態は普通という感じで。
なお、状態に関しては5段階で評価をしてもらう。
優良 新品同様
良好 汚れや傷が少なく判読可能
普通 汚れや傷が多いが、判読可能
劣悪 汚れや傷などで読むことが困難・大部分が判読不能
損壊 判読不能、もしくは崩壊しているもの
最悪の損壊でも破棄はしない。単に保存状態が悪いだけでなく、貴重な古文書の類も含まれているからだ。
「ひとまず基準はこのくらいで、とりあえず作業をしてみよう。俺はまた読む方に集中するといけないから、分類は完全に任せるよ。ある程度でも整頓できれば助かるし、もし何か問題があってもやり直せばいいんだから、気楽にやってくれ」
「分かった!」
こうして俺達は本と書類の整理を淡々と進め、一通り終わった後は夜も遅くなっていた。
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。




