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コルミのための呪術

本日、1話のみ投稿。

「朝だよ~」

「ん……」


 目を覚ますと、コルミが目の前に浮かんでいた。


 ……ああ、そうだ……昨日は樹海に戻ってきて、俺がこの拠点を出てからの話をコルミとしているうちに夜中になったから、そのまま適当な部屋で寝たんだった。


 最初の出迎えの時点で分かっていたが、コルミは俺が戻るのを首を長くして待っていたらしい。記憶を引き出して幻覚で部屋に投影することで、わざわざ映画のように鑑賞していた。


 数週間分の話は、搔い摘みながらでも長い……いや、むしろ夜中までで終わったのは早い方か?


「お水と朝ごはんあるよー」

「おお、いたれりつくせり。旅の途中はレトルトが多くなるから嬉しいよ」


 ひとりでに開いた扉から、水で満たされた桶と、ベーコンエッグらしきものが載った皿が飛び込んできた。材料は昨日の内に俺が厨房に置いていたものを使ったのだろう。両方同時に来たので一瞬どちらに手を伸ばすか迷ったが、冷めてしまう食事を先にいただくことにする。


「んっ」

「おいしくない?」

「いや、十分だよ」


 ちょっと焦げや塩が多いけれど、食べられなくはない。子供が作った初めての料理と考えれば上出来な方だろう。前世で子供は居なかったから比較対象がないけど……そういえば、コルミは味や匂いが分かるのだろうか?


「食べた人の記憶を読み取れば分かるよ。でも、直接はわからないから、味見とかはできない。今日のご飯も真似してみただけ」

「それなら、今度一緒に作ってみよう。あとは何度もやって慣れれば、調味料の分量や味も分かってくると思うから」

「うん!」


 こうして会話をしながら朝食と支度を済ませた後は、昨日の続きだ。なんとか昨日の内に戻ってくるまでの話はできたので、これからはその先の話……まずはコルミの悲願である“外部と交流するための呪術”について相談しよう。


「いきなり本題に入るけど、俺は樹海の外に適当な家または部屋を用意して、そこを別邸という扱いにしようと思う。コルミの本体であるこの家が本邸だな。そして俺が術をかけるのは別邸の方だ」

「家を2つにするのはいいけど、それが術のヒントになるの?」

「“なる”というより“する”だな」


 これまで俺はコルミに樹海の外と交流を持たせるために、どうにか“連れ出す”、もっというと“コルミをどうにかしよう”という考えが思考の中心になっていた。しかし“万が一のことを考えると、下手に手を加えるのは控えたい”という考えもあり、矛盾していたのだ。


 その点、別邸を用意してそちらに術をかけるのならば、いくらでも手を入れられる。少なくともコルミに直接手を加えるより、本体が無事なだけローリスクだと思うし、呪術の元となるイメージ的にもしっくりくる。


「ヒントというか答えなんだけど、イメージは俺が店に設置していた“神棚”だ」


 洗濯屋に入った瞬間、ジェーンさんが神棚に供えた水を交換している姿を見て閃いた。そもそも場所が洗濯屋、今となっては複数の支店を抱えるチェーン店であり“別の店であり同じ店”という点も、気づいてしまえばイメージに合う。


「細かい部分は俺の心を読んでもらうとして……つまりこの家とは別の家を用意して、そこをコルミが好きな時に宿れる神棚の代わりにする。建物を丸々使うから、神社とかのイメージでもいい。とにかくコルミはこの家と別邸を行き来して、外の人達と交流を持つんだ」



 ずっとコルミの本体は家、家は動かせないと考えてたけど、引越しみたいに家の中身を動かすのならまだ可能に感じる。もっと言うと、コルミは今も俺と交流をするために“子供の体”を目の前に浮かべている。この体だけでも別邸に送れればいいのだ。


「そっか! ラジコンとか! ロボットとか! ゲームとか!」

「そうそう、別邸でその魔力の体を作って遠隔操作するイメージだ。実際に従魔術では魔力の線を繋げて、魔獣と感覚や情報をやり取りしているんだから、魔力で情報をやり取りすることは不可能ではないはず。後はイメージと魔力量、つまりは俺の術次第だろう。

 他者と交流するには、相手に別邸まで来てもらわないといけないけど......最初はごく限られた俺の知り合いだけだろうし、その後のことは様子を見ながら、別邸の用途を変えていけばどうとでもなると思う」


 何かのお店を新しく始めても良いし、コルミが前になりたがっていた学校を作ってもいいかもしれない。先生ができる人を雇わなければいけないので、本当にやるなら学習塾くらいの規模から始めることになるとは思うが……人を集めるだけなら、いくらでも方法はある。


「ほんとに!? 図書館とか病院とかにもなれる!?」

「完成した術次第だけど、なれなくはないと思うよ、成功さえすれば」

「なら、やろう!」

「待った待った。いきなり本番だと、また樹海の外に出ないといけなくなる。まずは何度かここでできる実験をしてみよう」

「うん! なにする!?」


 元気に目を輝かせているのがプレッシャーだが、正直これまで呪術に苦戦したことないし、たぶんいけるだろう。実験を重ねれば、それだけ本番の成功率も上がるはずだ。


「とりあえずはこの家の周り、そうだな……前回、帰る前に解体した村の残骸があったあたりまでに、俺が作った獣除けの縄を張って魔獣の侵入を防いでみる。この範囲を俺の縄張り、俺の土地として、縄の境目までコルミの行動範囲を延長できないか試してみたい。

 確認するけど、コルミの本体って元々は村長の家なんだよな? それが時代が流れるにつれて、住人が籠城するために増改築されて、今の拠点になった」

「そうだよ~。壁とか柵とか、いろいろ付け足された~」

「ということは、延長することは可能。意図したものではないとしても、既に実績があるわけだ。増築を続けて樹海の外まで繋げるのは現実的じゃないけれど、呪術を併用して多少活動範囲を広げることはできそうだな。

 ちなみにイメージは……ジャミール公爵家のお屋敷は分かるか?」

「分かる! すごく大きい!!」

「そうなんだよ、あのお屋敷には庭も沢山あるんだ。まず入ってすぐ、門から屋敷までの前庭が広い。手入れの行き届いた中庭もあるし、従魔を放し飼いにできるくらいの裏庭はもう山だ。概ねそんな風に、コルミにも新しい庭を造る感じかな」

「分かった! 僕も大きい庭付きの家になる!」


 うん、内容が家であることを除けば完全に、立派な〇〇になる! と宣言する子供だな。ほほえましい。コルミのやる気は十分なので、協力しながら細部を詰めていこう。


「敷地の延長に成功したら、敷地の外でも近い場所から、何度か飛び地を作ってみたい。実験用だからひとまずは簡素な作りで、トラロープもコツコツ補充しているから、獣除けの縄がこの辺の魔獣にも効くかも試そう」

「それなら、せっかくだから香辛料の畑とか水場とかに作る? そうしたら、リョウマがいない時も僕が畑の手入れとかできるかも」

「ああ、そうしてくれると助かるな。コルミの行動範囲も増えるし、そうしようか」


 これでひとまず、交流の術に関する方針が決まった。次は解呪の遺失魔法について確認したい。昨日のうちにざっとは説明したと思うが、


「それについては大丈夫だよ! 魔素の動きは分かるし、操作もできるもん! 遺失魔法については知らないけど……使って見せてくれれば神様が教えてくれた問題点は分かると思うし、アドバイスもできると思う!」

「やっぱりそうか、本当に助かる」


 こうして術を成功させるための糸口について意見を交換した後は、早速実験に入ろう! と思って屋敷の外に出ようとしたのだけれど、


「改めて見ると、草が生い茂っているな……成長早すぎない?」


 門の内側から外を見ると、俺の頭よりも背の高い草で視界が塞がっている。屋敷の周辺は前回、村の残骸を片付けた時に一度すべて除草したはずだ。放置されていれば雑草が生えるのは当然だけど、たった数週間でここまで高く伸びるものだろうか?


「う~ん……外だとここまで伸びないみたいだけど、ここでは普通かな? 僕が知っているのはこの家の周りのことだけだけど、大きな魔獣が暴れて地面が抉りとられたりして草がなくなっても、すぐに元に戻っちゃうから」

「まぁ、実際にこうなっているわけだから、そういうものなんだろうな」

「この背の高い草はもう少し伸びたら自分の重みで倒れて枯れちゃうの。それからカビが生えてあっという間に分解されちゃうから、一定以上の高さにはならないんだよ!

 あとね、そのカビがごくまれに大量に繁殖する事があって、そういう時はカビの範囲にある草が全部なくなるの。そのカビは真っ白だから、リョウマの記憶にあった“雪”が積もったみたいな景色になって、次の日からは特に植物が元気になるんだよ!」

「へぇ、樹海の雪かぁ……聞いた感じだと、樹海の新陳代謝を高めるための仕組みかな? ここがフェルノベリア様の実験場って話を知っている上でのメタ的な推測だけど、土に栄養を与えるためのカビっぽいな……一度は調べてみたいけど、人の健康に害とかある?」

「人の体には特に問題ないと思うよ? 昔、ここに人が住んでいた頃にも何度かあったけど、病気になった人は特にいなかったもん。

 それに大量繁殖するのが稀なだけで、普段から繁殖と枯れた草の分解は繰り返されているから、害があるならここに来るまでに何かの症状が出ていると思う」

「だったら安心だね」


 コルミは樹海で長く過ごして得た知識を、惜しげもなく教えてくれる。人との交流に飢えているのもあるだろうが、話すという行動そのものが楽しいようだ。俺としても勉強になる。


 とはいえ、いつまでもここで話すだけでは作業が進まない。先々の実験を効率的に進めるためにも、視界と安全を確保するためにも、周辺一帯の芝刈りから始めよう。


「……つい先日までやっていたことと変わらないな」


 ウィードスライムを芝刈り機の代わりにしたり、ソイルスライムとのスライム魔法で根から掘り起こしてもらったり、出た草はエンペラースカベンジャーに処分してもらったり。この手の作業は慣れたものだ。


 強いて違いを上げるならば頻繁に魔獣が襲ってくることだが、魔法とスライムを活用すればさしたる問題ではない。作業は断続的だが順調に進み、昼前には屋敷周辺の草刈りが終わり、すっかり見通しが良くなった。


 続けて縄張り作業を始めるが、こちらも同様。ジェフさん達の手助けはないが、ソイルスライムに一定間隔で穴を掘ってもらい、ヒュージロックスライムに作ってもらった杭を差し込んでから、呪いをかけたトラロープを張っていくだけ。


 作業中に襲ってきた魔獣の反応からして、どうやらこの縄の呪いは樹海の魔獣にも効果がある模様。ただしラプターの場合は群れで襲ってくる性質上、先頭が足を止めても後続に押された勢いで縄を乗り越えてしまうことが何度もあった。


 それでも走行するコースを限定して戦いやすい場所に誘導する、あるいは一度に相手する数を減らす等々、用途は多い。つくづく便利な魔法だと思う。


「さて、こんなものでいいかな」


 ひとまず屋敷を一周、縄張りが完了したので実験開始。


 まず呪いの対象となるのは“土地”……縄張りで区切られた内側、つまりは俺の管理下にある場所に呪いをかける。従魔術によるコルミと俺の“魔力を介した繋がり”を意識して、コルミと敷地外の土地を自身の魔力で繋げるように、コルミをこちらに呼び込むように……


 そんなイメージで術をかけてみると、地面に魔力が浸透していくような手ごたえを感じる。


 しかしこの術、結構魔力の消耗が大きいな……化生の手ほどではないけれど、土地が広ければ広いほど、魔力が多く必要。それにこの感覚、おそらく十分に魔力を込めないとコルミと十分な繋がりができないのが、なんとなく分かる。


「歩き回る必要もあるし、集中も必要。事前の安全確保は絶対条件だな」


 最終的に、屋敷の周りを一周するだけで使用した魔力は、俺の魔力総量の4分の1に少し足りない程度。もっと広い範囲に術をかけるなら、数日がかりの作業になるだろう。術の前に作業計画とかも考える必要が出てくるだろうけど、それは一旦置いておいて、


「コルミ、こっちは終わった。出てこられるか?」

「うん……」


 コルミは門を前にして、外に出ることに躊躇を見せた。外を怖がっているようには見えないが、なかなか一歩が踏み出せない。


 ……おそらくだが、コルミはこれまで外に出ようとしたことがなかったわけではないと思う。何度も外に出ようと試して、出られなかったのだろう。その経験が躊躇に繋がっているのではないか?


「大丈夫だよ」


 応援したい、だけど急かすことのないように、軽く呼びかけた後は黙って待つ。

 すると、しばらくして意を決したコルミが動いた。

 右足の先が探るように、外との境目に近づき――越えて、大地を踏む。


「!!」

「よし!」

「出たっ! 出られたよっ!!!」

「見えてる! ちゃんと出てるぞ! コルミ!」


 おもわず声をあげたコルミに応えて、俺も声を張り上げてしまった。その直後、喜びを体で表すように、一気に地面を駆けたコルミは、勢い余って宙に浮かび、俺の胸元へ着弾する直前でキャッチ。そのままコルミが落ち着くまで、ぐるぐると回転を繰り返すことになった。


 呪術を学んでイメージができてしまえば、割とあっさりと解決したように感じるが……これは本当にコルミが望んでいたことなのだろう。たった数メートルの外出でも、この喜びようを見ていると“成功してよかった”と心から思う。


 この後、落ち着いたコルミと共に、場所を変えて飛び地で同じ作業を行った結果“香辛料の畑跡地”と“リノと出会った水場”にも分体を送れるようになった。成果は上々。俺は実験への満足感、コルミは外部との交流への更なる希望を得たのだった。

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― 新着の感想 ―
他の方のコメントでも散見されますが、少し時間の進みがゆったりとし過ぎてる気がしますね… この物語の終着点をどこに定めているのかは神(作者さん)のみぞ知る、なのは当たり前ですが、街での活動を決心してか…
コルミがいるから、ヒロインいらなくない?って気持ちがどんどん出ちゃう……。コルミを育てることで、リョウマは安定するし、成長するよね。 自分が主人公と同じ年齢なせいか、ヒロイン枠であろうエリアちゃんとく…
楽しく読ませていただいていますが、要望を一つ。 そろそろエリアリアの話も少し欲しいです。 せっかく個性のある友達ができたんだから。
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