一週間の成果
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
「!?」
「お? 起きたか」
「え? ジェフさん? ……あ、そうか、薬で寝ていたんですね」
ガクッと落ちるような感覚で目が覚めて、状況を思い出す。
「気分はどうだ?」
「若干寝ぼけている感じはしますが、気分は悪くないですよ」
「そうか、なら他の全員食堂に集まっているみたいだし、動けるならそっち行くか?」
「そうしましょう」
ローゼンベルグ様から次の指示があるかもしれないということで、2人揃って食堂へ向かうと……入る前に窓から、皆さんがなにやらテーブルの上を凝視している様子が見えた。特にウェルアンナさん達は身を乗り出すほどだ。中心にいるのはエレオノーラさんだが、彼女は一際真剣な目でテーブルを見ている。
心持ち静かに食堂に入ると、真っ先に気づいたミーヤさんが立ち上がる。
「リョウマ! 気分は悪くにゃいか?」
「おかげさまで。何を見ているんですか?」
「エレオノーラが凄いのにゃ!」
と、彼女が横にずれて見えたのは、テーブルの両端に置かれた白紙の紙束と、記入済みの書類の束。さらにその間に、使用中の紙と筆記用具が3セット。紙の上にはそれぞれ1本ずつ、合わせて3本の羽ペンが浮かんでいる。
ああ、昨日の夕食準備中にエレオノーラさんが話してくれたやつか。
「? 思っていた反応と違うにゃ」
「凄いとは思っていますが、昨日教えてもらっていましたからね。実際に文章を書いているところは見ていませんでしたが、今日も報告書を書いてくれていたんですか?」
「タケバヤシ様の術に関することを、準備段階の様子から術後の状況調査までの内容をまとめていたところです」
言われて、瘴気を扱う術を使った後の確認をせずに寝てしまったことに気づいた。
「今回の主目的は感情と術の制御訓練ですから、あまり気にしなくて構いませんよ。後始末のためにも私がついていたのですし、薬を飲んで寝るように指示をしたのも私ですからね。
それより気分の他にも何か違和感などはありませんか? 体が重いとか、些細なことでも構いません」
「しいて言えば、多少寝ぼけた感じがするくらいですね」
「そうですか。眠気はまだ薬が少し体に残っているからでしょう。それ以外に問題がないなら大丈夫です。後日でも気分がすぐれないなどあれば教えてください。
……では、リョウマ君が薬を飲んだ後の事を教えておきましょうか。話しておかなければならないこともありましたし」
話しておかなければならないこととはなんだろう? 派手に瘴気を引っ張り出したのは覚えているし、回収しきれなかった瘴気があったか?
「悪い話ではありませんよ。全て以前の縄と同じ、成功しすぎの話ですからね。
まず、リョウマ君の術は完璧でした。君が限界まで力を振り絞って生み出した力は、既に私を超えています。……というよりも、君と同等のことを個人で行える呪術師を私は知りません。
君の持つ魔力量が膨大であることも一因ではありますが、君の使った術は、大勢の呪術師が大規模な儀式を経て発動するような術と同等だと認識してください」
「……これまで散々魔法を使いまくってきてなお、人生であれだけ自分の全てをふり絞ったのは初めてだと思うくらいの術だという実感はありますが、そこまでですか」
「はい。あえて率直に言いますが、あの術はあまり人前で使わない方が無難でしょう。あの術は本当に素晴らしいものですし、君が誹りを受ける謂れはありませんが、見た目に恐ろしい腕が見えたことに加えて、周囲にいると威圧感を強く感じましたから」
腕に関しては覚えているから分かる。普通に考えたら不気味だろう。威圧感に関しては気づかなかったので、教えてもらえてありがたい。
「威圧感の原因は分かりますか?」
「魔力量と込められた負の感情でしょう。魔力とそれを感じる能力は誰でも持っているものですからね。よほど強い魔力をぶつけられれば、鈍い人でも多少は感じます。そこに負の感情が籠れば、心地よくないと感じる人もいるでしょう。これは私が家の術の理屈と同じ。無意識か、意図的に行うかの違いですね」
「となると……イメージはそのまま、威力はあれを最大限として、もうすこし力を落として威圧感を軽減し、見た目は何か別の視覚的にやさしい方法を見つければ、人前でも使える術ができるかもしれませんね」
「状況に応じた使い分けができれば便利だと思います。おそらく次の報告がまた役に立つでしょう」
ローゼンベルグ様の“次の報告”というのは、俺が使った道具のことだった。
なんでも熊手の部分は多量の瘴気に蝕まれたせいで崩れてしまい、回収不可能な状態だったらしいが、魔宝石は当然のように傷一つなく、熊手の残骸の中に転がっていたそうだ。
しかも魔宝石には“化生の手”の効果が意図せず残ってしまっていたようで、置いているだけで周囲の瘴気を吸い込んでくれる、空気清浄機のような存在になっていたという。
「そうか、化生の手の劣化版を何か別のモノにかけてしまえばいいんですね」
「念のために言っておきますが、あの魔宝石は使わないでくださいね? 最初に見た時も驚きましたが、改めて確認して驚愕しました。あれだけの瘴気を吸い込んだというのに、全く変化がない。耐久性も瘴気の貯蔵量も、底が見えません」
「タケバヤシ様の魔宝石に関しては、ひとまずこの場にいる人間だけの機密ということになりました。第三者が目にする可能性のある報告書には、セバス様の同意を得て記載をしておりません」
「ラインハルト様には私の方から詳細な情報をお伝えしておきますので、どうかご心配なく」
そのままでも国宝級の価値がある物だから、術の効果と合わせて秘匿しておこうということなのだろう。俺も別にあれを見せびらかそうとは思わないし、公にしない方が面倒は少ないはず。異論はない。
「理解を得たところで、次が最後の話です。
まず前提として、一度瘴気に侵された土地を完全に浄化するには、数十年かけて処置を続けていかなければなりません。途中で処置を怠るようなことがあれば停滞はもちろんのこと、悪化してそれまでの苦労が水の泡になる可能性もあります。
その上で、今回使用した実験場、瘴気の発生源となっていた場所ですが……リョウマ君が術を使う前と後で、地中から感じられる瘴気の量が激減していました。私の体感ですが、同じことをあと10回ほど行えば、完全に除去できてしまうかもしれません」
「……つまり、あの術は普通の処置なら数年分くらいの効果があったということですか?」
「そうなります。これは君の全力を込めた術の効果と、呪術に最適な魔宝石の力が組み合わされて生まれた結果でしょう。だからこそ、この話を最後にすることにしたのです」
正直なところ、作業中は必死だったのでいまいちピンとは来ていない。そのせいか、他人事のように“ヤバいな”とだけ感じる。
「1日1回やったとしたら、数十年分を10日でできてしまうのか……」
「単純計算だとそうなりますが、あの訓練は連日のように行うものではありません。経過観察という意味でも……そうですね、解呪の遺失魔法と同じく、月に一度くらいが限度でしょう。それでも1年とかからないのですから、圧倒的な早さですよ」
「オーナーさんが本気で取り組めば、ここはあっと言う間に浄化できるかもしれない。でもそれはそれで“早すぎる”って注目を集めてしまいそうだから、この情報も伏せておくことに決まったんだ」
「もし人前で瘴気を引きずり出すことがあれば、猛烈にチンタラ仕事すること推奨」
「なるべく貴族の耳目を集めないことを考えればミゼリアさんの言う通り、加減をした方が良いでしょう。君なら新しい術を作るのにもさほど苦労はしないと思いますから、そのあたりは上手く調整できると思います。
私から伝えておくべきことは以上ですね。他に何かありませんか?」
「術に関する連絡事項ではありませんが」
エレオノーラさんが黙々と書いていた書類が全て揃ったようだ。中身に目を通すと、いつものきっちりした報告書だと分かる。しかも、今日は実験場視察の最終日ということで、ここで行った仕事の総括なども記載されている。
それによると……当初からの目標だった呪術の基礎の習得、特に瘴気関連は完全習得と言って差し支えない。それに伴い、線香、人除け・獣除けの縄、瘴気防御のミサンガ等々の制作。遺失魔法と、コルミを外部と交流させる方法は模索中。
さらに成り行きで始めた山の開拓の方は、まず宿舎を増設。宿舎と街道を繋ぐ道も一応できたし、木材置き場(農地候補地)を切り開いて井戸も掘った。一方、枝打ちはまだ木材置き場を中心に山の一部しかできておらず、間伐も同様。瘴地の地盤の補強もできていない。
「僕があれこれ必要そうな項目を追加したせいですが、全部は終わりませんでしたね」
「当たり前っつーか、終わった分だけでも一週間でやる仕事量じゃねぇだろ」
「ははっ、それもそうですね。ここはこれから僕が管理していくわけですし、時間をかけて無理のない範囲で進めていこうと思います」
設定した目標達成への最短ルートではないかもしれないけれど、自分が選んで進む道。いたるところに分岐はあっても、戻ることはできない一本道。寄り道や回り道も全部含めて“人生”と呼ぶのだろう。
「期限も特にないわけですし、今後は宿舎から実験場までの道も整備したり、宿舎や道ももっと快適になるように手を入れてもいいですね」
「おい、開き直ってさらに仕事増やそうとしてるぞコイツ」
「瘴地の安定と環境整備そのものは、こちらとしてもありがたいことですので……どうか体を壊すことのないよう、無理だけはなさらないようにお願いします」
「もちろんです」
そのあたりは重々承知の上。むしろ生活環境が整えば、それだけ滞在中も快適な生活が送れるようになって、負担も軽減できるはずだ。そう考えると、やりたいこともまだまだ沢山――あっ! 忘れていた、スライムが進化してたんだった!
「どうかされましたか?」
「いえ、スライムのことを思い出しただけです。やっと目が覚めてきたみたいですね。
えっと、連絡事項はこれで全部でしょうか? 何か他にやっておくべきこととか、必要な処置などは……特になさそうですね。
では、この報告書は後でじっくりと確認させていただくということで。僕はスライムの確認に行ってきますね」
こうして俺はその場を辞して、進化したスライムの確認に向かったのだが……食堂を出る前に皆さんが、
「あれは?」
「たぶん正常な反応」
そんな言葉とアイコンタクトを交わしていたのはなんだったのだろうか?
……なお、今回進化したスライムは予想通り、井戸掘りで出た粘土を食べた“クレイスライム”だった。
“クレイスライム”
スキル 飛散Lv3 凝集Lv3 保湿Lv3 消化Lv1 吸収Lv2 分裂Lv2 同化(粘土)Lv5
進化前はマッドスライムだったため、能力もマッドスライムとほぼ変わらず、同化の対象が粘土に変わっただけの模様。しかし、粘土の体は泥よりも固体に近く、メタルやアイアンのような変形も可能。
武器や防具にはできそうにないけれど、ワイヤースライムと組み合わせれば、屋根瓦やレンガの量産に役立ちそうだ。他にも食事の際には体内で土から石や有機物などのゴミを取り除いて、粒子が細かくて綺麗な粘土に変えているようだ。
まだ進化していない“焼き物を好むストーンスライム”もいるし……ここなら開拓や間伐で、竈を作る土地も薪も沢山手に入るから、陶芸を始めてみるのも面白いかもしれない。




