不良冒険者
本日2話同時更新。
この話は2話目です。
「『アースフェンス』」
「んぁっ!?」
「っちいっ!? 」
大人2人分の高さに届きそうな石の柵が勢いよく地中から競り上がり、馬脚を現した男達と6人組を隔てるついでに、男の1人を引っ掛け吊り上げた。
吊り上げられた男は暴れた拍子に落下し、突如現れた柵は警戒した人間をその周囲からわずかに遠ざける。そうして空いた囲いの中心に、俺はあえて踏み込んだ。少年少女を人質に取られると面倒が増える。
「ってぇ、何が起こった……?」
「魔法だ!」
「なんだこの魔法、テメェの仕業か!」
「武器を抜かれたので、咄嗟にやってしまいました。ちなみにこの魔法は『アースフェンス』、同じ土魔法の『アースニードル』を一本一本の柱に見立てて柵を作る魔法です。その分上部は槍のように鋭くなっていまして……その人が後一歩進まれていたらエグい事になっていたので、その程度で済んで良かったです」
牽制がてら魔法の説明をしてやると、吊り上げられた男を始めとした数人はその光景を想像したのか、表情が軽くこわばる。
それにしてもこれ以上は時間の無駄、集合時間もそろそろ、もう終わりにしろ……俺と同じような事を言っていても、受け取り方でその意味合いが正反対だ。言葉って難しいね!
……とまぁ冗談はほどほどにして、この連中はなかなかこういう行為に慣れているらしい。初めに武器を抜いた奴らは武器を俺へ向けたが、その内6人組に近い2人が彼らへ向かった。おそらく取り押さえて人質にでもするつもりだったんだろう。
サッチの言葉で動く前に、何かを打ち合わせている様子はなかった。だとすると事前に済ませていたか、打ち合わせが必要ないほど場数を踏んでいる。
そんな盗賊みたいなやり口、荒事が身近な冒険者とはいえ魔獣ばかり相手にして身につく行動ではない。今回は完全に男達の方が黒と見えるけど、まだまだ余罪がありそうだ。
「下手な言い訳してんじゃねぇよ馬鹿野郎共が」
「兄貴……」
「ガキの使える魔法なんざたかが知れてる、使う隙を与えなきゃ仕舞いだ。お前らそんなガキ1人に尻尾を巻くほど弱いのか? そんな奴は……俺の仲間にはいらねぇぞ」
「おい……おいっ」
ん?
サッチが仲間への叱責を飛ばすのと同じくして、後ろから小声で呼びかけてきたのは6人の中でも一際背の低い人族の少年だった。柵を掴んで身を乗り出すから牢屋に捕まっているようにも見えたが、坑道で問い詰められた時、俺を足手まといとはっきり口にしていた少年でもあるので良く覚えている。
「逃げろっ。こいつら本気だぞっ。魔法が上手くてもこの数が相手じゃ無理だっ」
どうやら彼は俺の魔法の腕は認めたらしいが、まだこの連中より弱いと思っているようだ。
「なら、そっちも走る用意はしといて」
隙をみてそれを外すから、と風魔法の『ウィスパー』で返事をした。
しかし、敵の目の前で密談なんてできる物ではない。
単純に彼らの耳元へ送った囁くような声を聞きつけたのか、それとも言葉を受けた6人の態度で察したのか、サッチがさらに指示を出す。
「おい、そっちで見てる奴らも手を貸してやれ。そのガキは逃げ隠れが得意そうだ」
「へへへ、助かります兄貴」
「残念だったな、ここに来なけりゃ何事もなかったろうに」
「今更言っても意味ねぇが、俺達は素直に金を出せば許してやるつもりだったんだぜ?」
「彼らが獲物を盗んだというのは言いがかりですか?」
「いいや、俺達は盗んだと思ってるぜ? そいつらはスラムのガキ共だしなぁ。金に困って人の物に手を伸ばすような奴らさ」
「お前が代わりに金を払うってんなら見逃してもいいかもな。そんなガキ共よりよっぽど支払い能力がありそうだ」
「そんな鎧着てるくらいだ、払えるだろ。分割でいいぜ? 払えねぇなら親から直接貰いに行ってやろうか?」
サッチの言葉で武器を抜かなかった傍観者にも加われと命じられ、傍観者達がためらいながらも武器を構えていく様子が男達を増長させる。
………………………………イラッときた。
盗賊にも俺を子供と見るなり増長してあんな事を言う奴らはいたけれど、目の前の連中ほど気に障らなかった。おそらくこの世界に来てから比喩でなく一番イラッとした瞬間だ。何故こんなに癇に障ったのか良く分からないが、自殺宣言だろうか?
前世の親はとうに亡くなり、この世で俺には両親がいない。強いて言えばガイン達神々が設定上の親代わり。こちらも亡くなっているので候補は死者、神、死者。この3択、直接会うというなら誰を選んでも逝く事になりそうだ。
公爵家の方々には良くしてもらっているが、こんな連中に金を払ったりはするまい。その前に会う事すらできないだろうし、させてはならない。
人数と戦力を過信した連中を見る目に力が篭る。そんな時。
「ま、待った!」
元傍観者の青年冒険者から声が上がる。突然水を差した彼を周囲は冷ややかな目で見ているが、それに気づかないほどに慌てている。
……俺、まだ何もしてないよ……?
「その子、もしかして最近噂の子供じゃないか!? だったら手出しはまずい!」
「……ああ、最近ギルドにスライムを連れて顔を出すガキがいるって話か」
「いつも妙な格好でギルドや街中をうろついているガキじゃなかったか?」
「その何がまずいってんだよ?」
「自分がやる度胸がないだけじゃねぇのか?」
率先して武器を抜いた連中が嘲り笑うが、その青年が続けた言葉で表情を変える。
「その変な格好の子供が、公爵家の人間と一緒に高級宿に入ったのを見た奴がいるんだ! 関係者かもしれないぞ!?」
「こんなガキがか?」
「んなわけねぇだろ、そんな奴がなんでこんな所に」
「……おい、今日の依頼の依頼人……公爵家じゃなかったか……?」
「ま、まさか!」
「でも確かにギムルに公爵家の人間が滞在してるとも聞いたぞ、役所が大目玉くらって大勢処分されたそうだしよ……」
あの慌てように納得ができた。彼はどうも率先して仲間に加わっていたようではないし、俺に手を出して公爵家から不興を買うのを恐れたんだ。でも、いまさら慌てても遅いよなぁ……
しかし伝播する疑惑と混乱は絶好の好機でもあった。
敵の数は左右にちょうど6人ずつ、広場はここから左、6人組の用意は……できている!
「『クリエイト・ブロック』」
「おい!」
柵が生える地面を一塊の石材に変え、全身と柵を気で強化。サッチの声を無視して柵を引っこ抜き、そのまま左側をなぎ払う。
「止めろっ!?」
「がっ!?」
柵は面の広い鈍器に代わり、男を3人まとめて跳ね飛ばした。
「今だ走れ!! あっちだ!」
「おう!」
「ガキを逃がすな!!!」
「待てコラァ!!」
今度は怒声を上げて、鬼気迫る顔で右から迫る一団へと柵を振り下ろす。
「はぁっ!?」
「ちょっ!?」
「」
一塊で俺を追っていた男達が5人、ハエ叩きの如く柵に潰された。1人だけ逃れたサッチが忌々しそうにこちらを見て得物の斧を掲げたが、俺は両肩のスライムを左へ投擲。
「「「っ!」」」
先のなぎ払いを逃れた2人が逃げる6人を襲わんとする、その横っ面めがけて飛ぶ2匹のスライム。反射的に防ごうとした2人はそれぞれ剣を振るうが、核を捉えなければ効果はない。
ベチャリと粘っこい水音がやけに大きく響き、2匹のスライムが振るわれた剣に取りついた。そして次の瞬間、周囲に一際大きな悲鳴が轟く。
「ゲッ! オエッ! からら、が……あひが……」
「ぎゃああああっ! 腕が!! 腕が!!」
俺が投げたスライムはポイズンとアシッド。2匹がそれぞれ噴射した毒と酸が2人の体を蝕んでいた。
「この、ガキィ!!!!」
片刃の斧が俺の首に迫る。が、距離をとる事で回避。
「テメェ、よくもやってくれやがったな」
もはや先ほどまでの余裕はなんだったのか?
斧を振るったサッチは赤い顔に青筋を立てている。
「お前らいつまで寝てやがる!! とっとと立ってガキ共を追え!!」
柵の下敷きになった男達が這い出る、初撃で吹き飛んだ男達が体を抑えながらも立ち上がる。例外は毒を受けた1人だけだ。
「止まるな走れ!!」
早く逃げてくれた方が俺もやりやすい。足を止めかけた6人へ叫ぶと、彼らは俺を一度振り返るだけで一目散に駆けていく。
「チッ! お前ら死ぬ気でガキ共を追え! そのガキが公爵家と繋がってなかろうが、ギルドにチクられたらどうなるかは分かるだろう! 仕事を放り出す新人なんざどこにでも居る、捕まえて教育してやれ」
「で、でもサッチさん……不味いですよ!」
俺は道を切り開くことを優先したため、立てる連中に大きな怪我は負っている奴はいない。しかし男達は腰が引けている。自分達が優位でないと大きな態度が取れない奴らか。
「俺がやる。後ろにいるのが公爵家だろうがなんだろうが、こいつが泣きつけねぇように教育してやればいい。お前には回復魔法を散々練習させてやっただろ」
「でも」
「うるせぇ! やる以外に手はねぇ! 続け!」
そう怒鳴るサッチは雄たけびと共に斧を振りかぶる。獣のように距離が縮まっていく。狙いは肩口か。殺すつもりは無いようで、斧の背で殴ろうとしている。しかし刃が付いていなくとも先端部は金属の塊。人体を破壊するには十分な威力を持っているだろう。
俺は一歩接近し、左腕をサッチが斧を持つ右手にぶつけて攻撃を逸らす。
「っ!?」
一度振り下ろした事で伸びた右腕の肘裏に自分の右腕を絡め、右の膝裏を蹴って体勢を崩し、膝をついたと同時に腕を固める。すれ違いざまに見えた彼の表情は驚愕に満ちていた。
固めた腕に力を加え、肩から鈍い音が鳴るまでは。
「がぁっ!? っちぃっ!」
手を放せば垂れ下がるサッチの右腕。持っていた斧は落とし、その手で拾うこともできない。
痛みをこらえ、脂汗を吹きながら放たれた左の裏拳に威力はなかった。腕を取ると同時にまだ膝をつく右足を踏んで力を加える。小枝を踏むような感触と共にサッチの体が震えた直後、手刀で左腕も折る。
「――!! ――!!? ぐぅうっ……」
「……え?」
「兄貴が」
「秒殺……?」
崩れ落ちたサッチはうめきながら地に伏している。二箇所の骨折と一箇所の脱臼、相当に痛むはずだが、そこは意地なのか。
しかしこの状況は想定外の出来事だろう。後に続こうとしていた男達は皆、顔を引きつらせて足を止めている。
「次はどなたでしょうか?」
全力の笑顔でそう言ってみた。
「お、俺らは、その……」
「!!」
「あっ!?」
「お前だけ逃げんな!」
「『テレポート』」
逃げ出した奴の前に瞬間移動。
「どこへ行く気ですか?」
「ひぃっ!?」
「空間魔法!?」
「何なんだよこいつ!?」
「許してくれ! 俺達はサッチに逆らえなかったんだ!」
「そういう話は後でギルドマスターの前でお願いします。とりあえず……逃げた子達の後を追われると困るので、もうしばらく付き合っていただきますね」
その後、安全のため烏合の衆と化した男達の悲鳴を聞きながら、スライム達の力を借りて拘束が済むまでに意外と時間をとられた。
集合時間、遅刻決定。




