侵入者の正体
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
「お待たせしました!」
ミーヤさんから連絡を受けて、道の中間地点までセバスさんの空間魔法で移動。走って道を下ると、すぐにジェフさん達の背中が見えた。俺が声をかけると、振り向いた皆さんが安堵の表情を浮かべている。
ここで違和感を覚えた。彼らは侵入してきた貴族らしき男性を見ていたのだろう。しかし、直接応対をしていると聞いていたユーダムさんもいるが、警戒や緊迫感がさほど感じられない。ただただ困惑しているような雰囲気だ。
一体どんな人が来たのか……と、ジェフさん達の隙間から向こう側を覗く。近寄る俺達に道を空けようと皆さんが動いたこともあり、難なく相手の姿は確認できた。
侵入者の男性は事前に聞いていた通り、貴族らしい豪華な服を着ている。しかしなぜか頭は丸刈り。さらに男性は俺が設置した土留めの擁壁にもたれかかり、呼吸が荒いのが一目で分かる。すわ病気か……と思いきや、
「フ、フフ。これはいい、いいぞぉ! この手触りと重厚感。まるでヴァクテシオン神殿の祭司塔のような……違うな、整然と並べられた様子はゼファリオンの廃墟群の方が近いと言えるだろう。ああ、一体どうしてこんなところに、このようなものが」
彼は上気して赤らめた顔で擁壁に頬ずりをしていた。豪華で高価であろう服が土埃で汚れることも厭わず、俺達の存在にも一切気づいていないのだろう。ただひたすらに、目の前の壁を見て興奮している。一言で言い表すなら、
「変態?」
「そうにゃ! 変態にゃ!」
「あの男性、最初に見つけた時からずっとあの調子なんですよ」
「何度か会話を試みたんだけど、僕達の存在に気づいてもいないみたいなんだよ。ただ、変な工作をするような素振りもないから、強引に気づかせるよりオーナーさん達が来るまで様子を見ておく方が良いかな? って話になって今に至る」
「簡潔な説明ありがとうございます」
ユーダムさんが状況を伝えてくれたが、 確かにこれはどう対処すればいいか迷う。
侵入者と聞いて、最初は公爵家やここを預かることになった俺に、何らかの悪意を持った人、あるいはその手先か? と疑っていたけれど、それならあんな行動を取るだろうか? 警戒を解いて近づくための演技にしても意味がわからない。
漏れ聞こえてくる言葉を聞いた限り、擁壁を褒めてくれている様子なので、友好的に見えなくはないけど……本当にどうしよう?
「おや? あの方はもしや……」
「セバスさん、あの人のことをご存じなんですか?」
「私が以前お会いした時とは装いが異なりますが、おそらくペルドル・ベッケンタイン様かと」
その名前は聞いた覚えがあった。もう1年前の話になるが、新しく建設中の街のシンボルになる“闘技場”の設計を依頼された有名建築家であり、俺が受けた“トレント材の確保”の依頼を出した依頼者だったはず。
なかなかこだわりの強い人だという話を聞いた覚えがあるけど、それがあの男性なのか?
「ひとまず私が声をかけてみましょう。 間違いでなければ敵対的な相手である可能性は限りなく低いかと。現状の彼は不法侵入者ですし、私には公爵家の執事という立場もあります。仮に何かあったとしても跳ね除けられますので」
「すみません。よろしくお願いします」
こうしてセバスさんが静かに男性に近づいて、そっと肩に触れながら声をかけた。彼は最初こそ迷惑そうな顔をしていたものの、セバスさんが名前を呼んで挨拶をすると、思い出したように立ち上がって貴族らしい立ち姿を見せる。
しかし、それもほんの一瞬のこと。次の瞬間には迷子になった子供のように、キョロキョロと周囲を見回し始めた。
「イーサン? いないのか? イーサン!」
声を張り上げたのでこちらにもハッキリと聞こえた。イーサンという名前の従者か誰かを探しているのだろう。
「ちなみに皆さん、ここであの人以外に人は見てないですよね?」
「ああ、軽くだけど近くは探したぞ。誰もいなかったけどな」
「人が近くにいれば衣擦れや足音で分かるけど、全然聞こえなかったね。誰かいてくれた方が楽だと思ってたくらいさ」
「ですよね……ジェフさんとウェルアンナさんがそう言うなら間違いないとして……だとすると探している人はまだ山の外にいて、あの人だけが僕の呪いの縄を潜り抜けて入ってきた? いったいどうやって……!?」
思考が彼の侵入経路と侵入された原因に向かい始めた時、突然麓の方から大きな破裂音が耳に届く。
「この感じだと、ちょうど道路の入り口あたりが音の発生源だと思います」
「シリア、さっき呼ばれてたイーサンって奴かい?」
「そこまでは分かりませんけど、誰かが大声で叫んでいるみたいですね。あの人が貴族なら護衛が1人だけとは思えませんし、私のような聴覚に優れた獣人がいれば先ほどの声を聞き取ることもできたでしょう。
……どうやらさっきの音は、声の主を縄の内側に入れるための行動だったみたいですね。声が近づいてきています。一旦遠ざかっていることを考えると、道沿いに走っているのでしょう」
「これもしかして、さっきの呼びかけを主人の緊急事態と思ったんじゃにゃいか?」
「そうかもしれないねぇ……まぁ、別に問題ないんじゃないかい? アタシらが離れておけば変な誤解もされないだろ」
俺には破裂音しか聞き取れなかったが、兎の獣人であるシリアさんにはもっと多くの音を聞き取っていたようだ。そしてそれらの情報から素早く状況を分析している。
聴覚が鋭敏な種族特性と、それを扱う経験を重ねた彼女の技術は、単純に周囲の音を集める魔法を使っても再現できるものではない。こうして間近で見ていると、改めて凄いと感じざるをえない。
そんな風に1人で感心していると、道の先に人影が見えた。同時に向こうからも俺達がいることが分かったのだろう。最初は豆粒程度の大きさに見えていた姿がぐんぐんと近づいて、鎧を着た男性がやけに鬼気迫った顔をしている。
「イーサン! ここだ!」
「ペルドル様!! ご無事でしたかッ!?」
「ああ無事だ、いつもすまないな――ん?」
何やら嫌な予感を覚えて気を引き締めた直後、強化魔法を使って加速した男性が勢いそのままに主の身柄を確保。さらに主を背中に隠した状態でこちらをねめつけ、声を張り上げた。
「貴様ら何者だ!?」
「イーサン、こちらの方々はジャミール公爵家の」
「お下がりください! 危険です!」
「い、イーサン? 一体どうした? 何故そこまで怒っているのだ?」
イーサンと呼ばれた男性は主の言葉も聞かず、今にも腰に下げた剣を抜きそうな剣幕だ。必然的に俺達も、いつでも戦闘に移れるよう身構えてしまう。一触即発の空気が流れ、俺と彼の視線が交差する。
……あれ、これ俺達じゃなくて俺を見て――あっ。
「皆さんなるべく穏便に。僕にかかった呪いの影響かもしれません」
「あぁ、そんな話もあったねぇ」
「何も感じねぇからすっかり忘れてたぜ。ならどうする?」
「僕は一旦食堂に戻ります。呪いのせいなら僕がいない方が会話ができると思うので」
「了解にゃ。こっちのことは私達に任せておくのにゃ」
「タケバヤシ様、会話ができるようなら彼らを食堂に案内しますので、飲み物の準備をお願いいたします」
「承知しました」
睨み合いの中、俺は空間魔法で速やかにその場を立ち去った。
主の方は一応部下を窘めようとしていたし、第一印象よりも話は通じそう。部下の方も多勢に無勢と理解するだけの理性は残っている様子だった。俺がいなくなればその時点で冷静になる可能性もある。万が一、戦闘になったとしても、ジェフさん達ならあの男性は難なく抑え込めるだろう。
……それにしても、初めて呪いの影響をしっかり体験した気がする。これまでハッキリとした影響が見られなかったし、特にここには知り合いしかいないので油断していたかもしれない。
ひとまず今は急な来客対応の準備を進めながら、呪いを抑えるための術でも考えておこう。
■ ■ ■
俺の離脱から30分ほど経って、ローゼンベルグ様が食堂にやってきた。
「お疲れ様です。どうなりましたか?」
「ご安心を。リョウマ君が立ち去った後にフォスター殿は落ち着きを取り戻しました。争いは避けられ、我々に怪我はありません」
「それは良かった!」
「彼らは謝罪と事情の説明をしたいとのことですが、会いますか?」
「僕の呪いは大丈夫でしょうか? 一応、防護の術を応用して“呪いを抑える術”にしてみましたが」
「……前より若干呪いが強くなっているようですが、この術なら十分でしょう。軽く話を聞いたところ、今回は間が悪かった部分も大いにありますし、今なら先程のようなことにはならないと思います」
専門家がそう言うならば大丈夫だろう。ということで来客を出迎えるために外に出ると――
「なんとなんと! この岩をくりぬいたような外観と極限まで無駄を省いた簡素な作り……やはりヴァクテシオン神殿の祭司塔やゼファリオンの廃墟群に通じるものがある。実に素晴らしい!」
「ペルドル様! いい加減にしてくれ! 我々はジャミール公爵家管理下の土地に無断で侵入している身なんだぞ!?」
――食堂の横に建てた宿舎の壁にへばりつこうとしている建築家と、それを羽交い絞めにしているフォスター殿。さらに彼らの仲間であろう、フォスター殿と同じ鎧に身を包んだ4人の男達が申し訳なさそうな、そして気まずそうな顔をして立っていた。
あの人、苦労してそうだな……と思いつつ、うちの貴族組とベッケンタイン家の方々を招き入れる。
こちら側は俺とユーダムさん、エレオノーラさんが席に着き、セバスさんは部屋の隅で待機。対面にベッケンタイン様とフォスター殿が座り、他の護衛はその後ろに整列。そしてローゼンベルグ様が呪術に関する補足をするため議長席に座った。
「ご存じだと思うが、私はペルドル・ベッケンタイン。天才建築家だ」
「護衛を務めるイーサン・フォスターと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。リョウマ・タケバヤシと申します。礼儀作法に明るくなく、不躾で申し訳ありませんがご容赦ください」
「否、先に礼を失したのは我々の方。他家の技師の実験場に無断で入り込んだ時点で、落ち度がこちらにあることは理解している」
「まずは謝罪を。無断で貴方が預かる敷地に侵入したこと、出会い頭の無礼なふるまい、大変申し訳ありませんでした」
話し合いはまず簡単な自己紹介から始まったが、ここで何故か胸を張ったベッケンタイン様。サラリと“天才建築家”と言うあたりもそうだけれど、相当な自信家のようだ。なお、今の彼は髪型が丸坊主から、音楽室に飾ってある肖像画のような髪型に変わっている。どうやら普段はカツラを被っているらしい。
そんな主の横で渋面になり、鎧の上から胃のあたりをさするフォスター殿。2人の関係性と経緯が大体分かってきた気がする。おそらくベッケンタイン様が俺の作った道の壁を見つけて飛び出して敷地内に侵入、それをフォスター殿が追ってきた、という感じだろう。
事の経緯の説明が始まると、この推測が正しかった事が確認できた。
「私は新たな闘技場の設計・建築の仕事を請け負い、詳細を打ち合わせるためにジャミール公爵家の屋敷があるガウナゴの街に向かっていたのだ。そしてたまたまこの山の麓の道を通った。
すると切り開かれた真新しい道と魅力的な壁が目に入った。となれば近くで見たくなるのが当然だろう? 思わず馬車を止めて、駆け寄ってしまったのだ」
「理解しがたいでしょうが、この男は本当にこういう男なのです。建築に関するもので興味が惹かれれば、何を置いても飛びついてしまう。今回も最初は縄の手前から眺めるだけだと言いつつ、我慢できずに敷地に飛び込みました。
普段は勝手に侵入する前に腕づくで引き止めるのですが……今回は止めようと動いた時に躊躇してしまい、その間に走り去っていました」
ローゼンベルグ様の補足によると、フォスター殿は俺の縄の効果に引っかかったのだろうとのこと。俺の人除けは俺が森に引きこもっていた頃の感情を使っているもので、物理的に侵入を阻むものではない。精神に働きかけて心理的抵抗を覚えさせる、いわば“心の壁”。
道の出入り口で主を捕まえようとした結果、縄の効果に引っかかってフォスター殿は動けなくなった。一方でベッケンタイン様はというと……俺の縄が与える躊躇よりも壁への興味が勝り、鼻先に人参をぶら下げられた馬のごとく突破したのだろうとのこと。
「ローゼンベルグ様、あれそんなに簡単に破れるものでしたか? 報告だとかなり強力だと評価されていたはずですが」
「ええ、そう簡単に破れるような代物ではありません。これに関してはベッケンタイン様の執念が並外れていたということですな」
物理的な障害はないに等しいし、精神的抵抗さえ乗り越えてしまえば越えられはする……実行するためのハードルは高いが、ベッケンタイン様は無意識にそれを成功させたのだ。
「ちなみにフォスター様は、どうやって縄を越えたのでしょうか?」
「私は自力で縄を越えられなかったので、部下の魔法で吹き飛ばしてもらうことで何とか」
「力技ですね……でも納得しました。そうしてあの時の状況に至ったのですね」
「はい。ペルドル様のことですから、間違いなく道沿いにいると考えて道を辿り、貴方を目にした途端に“一刻も早くペルドル様を守らなければ”と冷静さを失い……本当に失礼を致しました」
「そもそもの原因は私が勝手に敷地に侵入したこと。申し訳ない」
本当に申し訳ないことをしたと思っているのだろう。2人は子供の姿の俺に対して、深々と頭を下げる。
視線でユーダムさんとエレオノーラさんに問いかけると、どちらも頷いた。
「どうか頭を上げてください。あの時の態度に関しては、私の身にかかっている呪いの影響があると思います。貴方からすれば護衛対象から離れてしまった非常事態であったことも理解できます」
俺の身に宿る孤立の呪いは、他者の負の感情を増幅して悪印象を与えるもの。今回は護衛対象から離れたフォスター様の“焦り”に反応したのだろうし、焦りが強ければ強いほど呪いの影響を受けやすい。
ジェフさん達のようにこれまでの関係値がない人で、初対面でそんな状況になったのであれば、あのような状況になるのも無理はないと思う。少なくとも俺個人は呪いの影響も含めて納得した。しかし俺の立場上、公爵閣下には報告をしなくてはならないので、そこは理解してもらいたい。
そう伝えると、2人はゆっくりと頭を上げた。
「寛大なお言葉、痛み入る」
「貴方のお心に感謝いたします」
これでひとまず経緯の確認と口頭での謝罪は済んだので、彼らには穏便かつ速やかにご退去いただいた。彼らは馬車で公爵家に向かう予定だったが、食堂までの道中に“今回の報告のために転移するセバスさんに同行する”ということで話がまとまっていたそうだ。もっと複雑な話はそちらでやってくれるのだろう。
「ふぅ……とりあえず無事に話がついてよかったですね」
「見られたものが道と宿舎、建造物の外観だけなのが幸いでした。タケバヤシ様の研究成果、スライムを活用している段階であれば、もう少し話がこじれたはずです」
「あの2人が面倒な類の貴族じゃなかったことも大きいね。ベッケンタイン家の人も自分が悪い事をしたという自覚はあったみたいだし。まぁ、その上で自制が効かなくなるのは困るけど」
ユーダムさんの言う通り、最初の変態的な様子には面食らったけど、悪徳貴族のような態度や悪意は感じなかった。むしろ建物に関しては褒められていた。そして好きな物事に熱中してしまうのは俺も人のことは言えない。流石に俺はあそこまでではないけど。
なんというか、筋金入りの“芸術家”という感じだ。偏見かもしれないが、芸術家には変人も多いと聞くし――
そんなことを考えていてふと気づく。
あの人が闘技場の設計をするということは、近いうちにギムルにも来る可能性が高い。俺が作った建造物に対してあれこれ呟いていたし、転移していく直前にも外を見て少し残念そうだったかもしれない。
……なんだか変な“縁”が生まれてしまった気がする……




