新たな課題と……
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
翌朝
昨夜の時点で心配していたが、エレオノーラさんはしっかり二日酔いをしたようだ。彼女には二日酔いに効くキノコを使った味噌汁とおかゆを作ってあるので、あとで食べられる時に食べてもらうとして、こちらはこちらで朝食にする。
なお、この席で昨夜得た遺失魔法に関する情報を“昔祖母が話していたことを思い出した”という形で伝えてみたところ、ローゼンベルグ様が思わず唸った。
「魔力量の差と影響……確かにそれなら説明が付きますが、難しい問題ですな」
「それって魔力を減らせばいいだけじゃにゃいのか?」
「ミーヤ、魔素は魔力と違って感知することすら普通の人にはできないんです。強化魔法を使う時に自分の体内の魔力は感じられても、自然の魔力を感じることはできないでしょう?」
「シリアさんの仰る通りでして……たとえば魔法一回分の半分とか、10分の1とか、そのくらいなら魔力量の調節はできますが、魔素はそれよりも圧倒的に細かいんです。だから知識として存在は知られていても、人間にはほぼ不可能とされています。
あえて魔力をコントロールせずに霧散させれば魔素には近づくと思いますが、霧散させた状態のまま操るということができるのか? まずはその検証をして、可能であれば練習が必要になるかと」
俺はスライムの視界という裏技を使えばなんとか観測はできるので、まだ可能性はある方だと思う。そして何より、コルミという協力者に心当たりがあることも皆に説明する。
「自然からの魔力吸収って……サラッとまたとんでもないこと言うね、オーナーさん」
「反則級の能力であることは理解していますが、その話はひとまず置いておいて、コルミに相談すれば魔素に関する助言は貰えると思います。
コルミとはもう一度樹海に行くまでは相談もできないので、こちらはこちらで研究は進めたいと考えています。ただ、呪術を用いたコルミとの交流方法の模索も始めて行こうかと思っているのですが、いかがでしょうか?」
「特に期限があるわけでもありませんし、どちらもいずれはやることなら、少しずつ始めて良いでしょう。リョウマ君の成長は著しいですし、私もそのコルミ君の意見を聞いてみたいですからね。
具体的にどのような術を使うかは考えていますか?」
「それがこれに関してはまだ全く。コルミは本体が古い家なので、色々と考えてみたもののピンと来るものがなくて」
道の広い海外では大型のトレーラーに積み込んで家ごと引っ越しをする事もあると聞いたことはあるけれど、この世界、樹海の中から街に移動させるのは、魔法があっても流石に無理だろう。
心臓部になっている机だけなら動かせるだろうけど、下手に体と引き離してコルミに何かあっても嫌なので、これも保留。電話や無線などの通信をベースに考えてはいるけれど、これだ! という感覚がないのだ。
「では具体的な術を考えるのは一旦保留にして、呪術の腕前をもう一段階上まで磨き上げる、というのはいかがですか?」
「と、いいますと?」
「強力な術を使うためには、相応の大きな力が必要になります。呪術の場合は負の感情と向き合い、その力を引き出すことになる。有り体に言えば“自己の限界への挑戦”ですね。
リョウマ君はこれまで私が教えた術を次々と身につけてきました。しかし、全力で術を使ったことはないでしょう?」
全力でない、と言われて返答に困る。
「念のために言っておきますが、君の授業態度は常に真面目で真剣でした。そこに疑いはありませんし、責めるつもりは全くありません。むしろ自分がコントロールできる範囲で、慎重に負の感情と力を扱っていたのは、私の教えた呪術の危険性をよく理解してくれた結果だと思っています。だからこそ、試してみてもいいと思ったのです。
普通なら精神が未熟な子供にやらせるような訓練ではありませんが、リョウマ君ならば無駄に歳を重ねただけの下手な大人よりも挑戦する資格があると」
ローゼンベルグ様は俺の精神年齢を察したのだろう。ぶっちゃけ俺も立派な大人かどうかは自信がないけれど、少なくとも10歳そこそこの子供の精神ではないはずだ。
さらにローゼンベルグ様は、限界への挑戦は彼の付き添いがある時のみ。万が一の時にはフォローに入ってくれるとのこと。呪術の訓練は必要だし、ここまで言ってくださっているのだから、ありがたく挑戦させてもらおう。
「よろしくお願いします」
「分かりました。私の方でも少し準備をしておきますので、挑戦は明日にしましょう。
リョウマ君は、これまで教えた術の中で一番しっくりくるものを選んでおいてください。自分が使いやすいように改良をしてもかまいません」
「その魔法に負の感情を限界まで注ぎ込んでみるわけですね。分かりました」
それからは、俺がゴブリン達と昨日作った道に残った倒木の除去。セバスさんとローゼンベルグ様が、昨日張り巡らせた侵入防止の縄の状態確認。冒険者チームとユーダムさんが、防火林になるカレッパシの植樹。
各々仕事の割り振りを決めて、今日の仕事に向かうのだった。
■ ■ ■
仕事は恙なく進み、昼食の時間。
再び皆が食堂に集まったところで、エレオノーラさんが現れた。
「皆様、昨夜は大変ご迷惑をおかけしました。一人でペラペラとまくし立てた上に、寝入ってしまい、ウェルアンナ様達にはその後の世話まで」
開口一番の謝罪と共に、彼女は深々と頭を下げたけれど、
「迷惑だなんてとんでもない!」
「酒の失敗なんてよくあることさ。気にするほどでもないし、謝られるようなことでもないよ」
「むしろ、あの酔い方は大分綺麗な方だと思う」
「いつから酔っていたのかも気づかないくらいでしたからね」
「つーか、あんなの失敗の内に入らねぇだろ。酒場で深酒している冒険者なんて、素っ裸で歌ったり踊ったり、暴れ出す奴らもいるぜ?」
「それはそいつらがおかしいっていうか、バカな男どもと一緒にするにゃ! まぁ、ジェフの話は極端だけど事実ではあるし、昨日のはだいぶ良い方の酔い方にゃ」
「そう言っていただけると救われます……」
まだ複雑そうではあるけれど、顔は上げてくれた。
「ところで体調は大丈夫ですか? まだ顔色があまり良くないように見えますが」
「休ませていただいたので、だいぶ良くなりました。あとはスープも、あれでだいぶ胃が落ち着いたと思います」
「それは良かった。お昼は食べられそうですか?」
「そうですね……まだパンとスープだけにしておきます」
「了解です」
ということで、皆さんにはしっかり。エレオノーラさんには軽い物を用意して昼食にする。
食事中にはエレオノーラさんへの説明も含めて、午前中の仕事の進捗確認を行った。
「なるほど……防火林の植樹も大分進んだのですね」
「ユーダムさんが作業の合間に魔法で苗木を育ててくれていたので、作業がスムーズに進みました」
「穴はオーナーさんが道を作る時の要領で掘ってくれたから、僕達は苗木を入れて土を戻すだけだったよ。苗もスカベンジャースライムの肥料が使えたから、採取した枝から発根させるのも楽だったし。その分、量もそれなりに用意できたし。
ただ、道の全長に並べるにはまだ足りないね。あと植えた苗木を成木にするには少しずつ魔法をかけていかないといけないから、防火林の完成まではまだ時間がかかるよ」
「それについては急ぎませんから大丈夫です。倒木の撤去も進んでいますし、今回の滞在中には道の方が“とりあえず馬車に乗って通れるくらいの状態”にできます。そうなると次回からは僕も防火林の方に魔力を使えますし、少しずつ整えていきましょう」
道の方も手を入れようと思えば、舗装をするとか、排水のためにもう一工夫するとか。木材置き場にしている場所を畑にするとか、山の小川に水車でも取り付けて簡単な加工ができるようにするとか。手を入れられる部分はいくらでもある。
1つ手を入れ始めるとやりたいことがどんどん増えていくが、そもそも山に手を入れているのは土地管理者としての体裁を整えるため。一度始めた以上、途中で投げ出すつもりはないけれど、今すぐ全てを完璧に整える必要はない。
追々、気長にやっていけばいいのだ。
「ちなみにこれまでの作業でも、それなりに体裁は整いましたよね?」
「十二分に。これまでの内容で文句をつけられる者はいないでしょう。もしいたとしても、私が責任を持って対処いたします」
「心強いですね。よろしくお願いします」
「かしこまりました」
こうして穏やかな時間を過ごすうちに、昼食と食後のお茶の時間が終わる。
「タケバヤシ様、食器の片付けは私が」
「いえいえ、どうせクリーナースライムにお願いするだけですから。エレオノーラさんはまだ休んでいてください」
エレオノーラさんは有能すぎて暇をしているとウィリエリスが話していたけれど、まだ体調が万全というわけではないだろう。体調不良を押してまで仕事をさせるつもりはない。
「エレオノーラさんにお任せする仕事は秘書としての業務です。街に戻ったら一気に仕事が増えます……というか僕が色々とやりたい事を思いついて、細かいことはぶん投げる。凄く面倒なタイプの上司になると思うので、体調が悪い時は素直に休んでください」
「……承知いたしました」
渋々ではあるものの、エレオノーラさんは引き下がった
そして、このやり取りの間にクリーナースライムが皿洗いを済ませてくれている。
「さて、もう終わりましたし僕も――」
「変態にゃー!!」
「!?」
倒木の撤去作業に戻ろうとした時、一足先に植樹作業に出ていたミーヤさんが、扉をぶち破りそうな勢いで食堂に飛び込んできた。それはいいけど、変態って何?
「何事ですか?」
「侵入者にゃ! それも貴族みたいにゃ奴!」
ミーヤさんの端的な説明の意味は理解できたが、何故ここに貴族が? と思わず隣にいたエレオノーラさん、食堂に残っていたセバスさん、ローゼンベルグ様の順に見回してしまう。どうやら誰も心当たりはないようだ。もちろん俺もない。
「詳しい状況をお聞かせ願えますか?」
「植樹のためにリョウマが作った道を下っていたら、半分よりちょっと麓寄りのところで男が1人、行き倒れみたいに地面に転がっていたのにゃ。意識はあるけどまともに会話ができなくて、貴族らしいのは服装で判断したにゃ」
不法侵入者だけど、相手が貴族なら下手な対応はまずいということで、現在はユーダムさんが対応中。同行していた冒険者の皆さんは万が一に備えて待機・警戒しているとのこと。
ミーヤさんは俺への連絡と、ユーダムさん以外にも貴族の対応ができる人を呼びに来たそうだ。
「貴族がこんな山の中で行き倒れ、しかも1人?」
「怪しいですね。この周辺は特に危険な場所や野盗が出るといった情報はありません。貴族が供もつけず、行き倒れるとは考えにくい。それ以前に山の周辺にはタケバヤシ様の縄が張られています」
「午前中に我々が見て回ったところ、効果は十分に残っていることを確認しています。縄は完全に外周を囲んでいるわけではないので、そちらからは侵入可能ですが……道がある側を優先して縄を張ったので、隙間は道とは反対側です」
「道には出口を探して縄沿いにたどり着いたとしても、まずこの山に入らなければなりません。その時点で、どう考えても不自然ですな」
「私達もあの男がここにいる理由は分からないけど、すぐ応援に来てほしいにゃ!」
「そうですね、とりあえず行きましょう」
面倒な事にならないことを祈りながら、俺達はユーダムさん達のところに急ぐのだった。




