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秘密の二次会

本日、3話同時投稿。

この話は1話目です。

 最後にちょっとしたハプニングはあったけれど、夕食と飲み会は無事に終了。後片付けを済ませて部屋に戻ると、もう何もすることはないのだが……まだ寝るには少し早い。お酒もほとんど飲んでいないし、眠気も来ない。


「そうだ」


 飲み会で飲もうと思っていたお酒がだいぶ残っているから、神様達におすそ分けしようかな? と思いついて、アイテムボックスから1冊の本を取り出す。そして魔力を流し込むと視界が白い光に包まれた。完全に教会の礼拝堂と同じ仕様。行き来に全く違和感がない。


 次の瞬間には真っ白な空間にぽつんと置かれたちゃぶ台と、その前に座っているウィリエリスとグリンプが目に入る。


「こんばんは。今日は2人だけかな?」

「いらっしゃい。今は出払っていますね」

「ささ、まずは座るといいべ」


 グリンプに促されてちゃぶ台の前に着席すると、初めからそこに置かれていたかのように、当たり前にお茶と焼き菓子が載った器が出てきていた。


「急に来たのに、歓迎ありがとうございます」

「もっと気軽に来てくれてもいいのですよ。せっかくフェルノベリアが神器を作って渡したんですから」

「こっちの都合の悪い時には来られない仕組みになっとるで、その辺は気にせんでいい。それより今日はどうした? 何かあったべか?」

「そうでした」


 まずは要件を説明し、アイテムボックスからゴブリン達と作った清酒を取り出して見せる。さらに錬金術で作っておいたガラスのお猪口とおつまみも取り出して、そのまま3人で飲むという流れになった。


「口に合うかは分からないけれど、量は全員に行き渡るくらい……いや、テクンがどれだけ飲むかによっては、足りないかもしれない」

「こりゃあ良いものを貰ったなぁ」

「本当ですねぇ」

「喜んでもらえたなら良かった。よく考えたら残り物を渡したみたいで、いいのか? と一瞬思ったけど」

「オラ達は別にそんなこと気にしねぇ。まだ粗削りなところはあっても、努力と工夫を重ねた十分に良い酒だぁ。作ったゴブリン達の熱意がちゃんと籠っとる。何より、直に飲めるっちゅうのがまた格別だぁ」

「直に?」

「私達は年中とても良い物を沢山、捧げ物として貰いますが、直接いただく機会はないんですよ。神界と下界の間で物品のやり取りは基本的にできませんから。例外もありますが……大がかりな力の行使になるので、捧げ物には使えません。

 ですから私達は私達の力で味や食感を完全に模倣した複製品を作り、捧げ物をくれた人達の“気持ち”をいただくのです」

「んだ。気持ちが籠ってればなんでもいいだよ」


 なるほど……そういうことなら、今後もちょくちょく持ってこようか。いつもお世話になっているし、ゴブリンのお酒はこれからも作り続けるだろう。それに清酒は“神様に献上した実績があるお酒”と考えたら、呪術を使った時に何かしらのご利益もありそうだ。


 そんな風に若干の下心が出てきたところで、ウィリエリスが笑った。


「持ってきてくれたら嬉しいですが、無理のない範囲でお願いしますね。イメージとして呪術を使う上では助けになるかもしれませんが、大した影響はありませんから。

 それにしても、この短期間で呪術にはだいぶ慣れたようですね?」

「ひとまず基本から、瘴気の浄化と呪いの基礎は学べた。先生が良いし、どうも俺に向いているみたいで。今は遺失魔法の再現で引っかかっている」

「ああ、そりゃ当然だべ。あれは今の時代の(・・・・・)人間が使うようにはできてないからなぁ」


 お酒を味わいながら、気分よさげに笑っていたグリンプの言葉に引っかかる。


「今の時代の? ということは古代人? と今の人間は何かが違う?」

「あー、どっから話せば分かりやすいか……」

「話すなら、前提条件から話した方が良いでしょうね」


 2柱が言葉を交わし、一拍置いて口を開いたのはグリンプだった。


「まず、リョウマが復活させようとしている魔法を使っていた時代の人間と、今の人間に違いがあるのは事実だな。そんで具体的に何が違うかというと“保有できる魔力量”だ。当時の人間も魔力は持っていたけども、その量が今の人間と比べて圧倒的に少なかったんだ」

「リョウマ君は“魔素”を知っていますか?」

「以前読んだ魔法書に何度か出てきた覚えが……魔素は“魔力の最小単位”であり、我々の身に宿る魔力は魔素が集まったものである、とかなんとか」

「その通り。魔力は魔素が集まった塊だと考えて下さい。そして例の魔法が使われていた当時の人間は体質的に、現代人のように膨大な魔素を体に宿すことができなかったのです」

「! もしかして、魔力の過剰症?」

「それも正解だ。こっちの昔の人間はリョウマの故郷である地球の人に近くて、魔法は神官達が集まって、儀式を通して使うものだったんだべ」


 昔は神々と人類との距離が今よりも近く“神の奇跡”という形で様々な手助けをしていたらしく、魔法の源流は人類が奇跡を求めて行っていた儀式。現代的に嚙み砕いて言えば、奇跡の使用許可申請みたいな感じだそうだ。


「俺に分かりやすく言ってくれているんだろうけど、なんか軽いなぁ……」

「実際そんな感じのものだったんですよ、私達にとっては」

「オラ達が普通に力を使うと影響が大きすぎる問題も、人を介すことで多少は軽減できたんだ。それでも影響はそれなりにあったから、奇跡を使わせる状況の判断基準を作って、集団の中から選んだ人間に教えて、人間で対処できない場合に申請させる仕組みを作って……そのうちに今の創世教の原型ができたわけだ。

 そして、昔と今で人類の体質が変わってきた理由の1つもここにある」


 創世教という宗教の原型が生まれ、儀式に関する物事は厳重に管理された。しかし、神学として奇跡を研究したがる者や、戒律を嫌って我欲に忠実に使いたがる者が当然のように現れる。情報は少しずつ外部に漏れて広がり、独自に奇跡の再現を試みる者が現れるまでにそう時間はかからなかった。


 神々が定めた正規の方法には魔素の扱いについての注意も含まれていたのだが、元々が断片的な情報であったり、安全のための手順を不要だと考えて省いていたり……結果として彼らは多くの事故を起こし、膨大な魔力を浴びた動植物や人の一部は過剰な魔力によって変異したという。


「以前、スカベンジャーの肥料でキノコが“魔化”した事があるけど……人の場合もあるのか」

「現代の人類は“魔力を安全に蓄える機能”と“過剰な魔力を体外に排出する機能”が肉体に備わっていますから、よほどのことがなければ気分が悪くなる程度で済みますが……かつての人類はそれらの機能が未発達でしたからね。

 それから世代を経るにつれてこの世界の生物は徐々に魔力に耐性をつけ、個人で魔法を扱えるようになり、様々な種族へと分かれていきました」

「エルフやドワーフ、獣人というような種族が生まれたのも?」

「そうだが、生まれた種族はもっと沢山だべ。リョウマに関係が深いところで言えば、ゴブリンも人類から派生した種族だな」

「えっ、ゴブリンって元人間なの? 地球だと妖精という説もあったけど」


 驚いた勢いのままに聞くと、グリンプは渋い顔をして盃の中身を飲み干し、次の一杯を注ぎながらぽつぽつと話す。


 魔化による変化は様々で、一般的な人類とはかけ離れた姿になってしまうことも珍しくなかった。特異な身体的特徴が現れた人やそれを受け継いだ子孫は“魔族”と呼ばれ、神敵として迫害され、命が脅かされた。


 当然のように争いが生まれ、それはだんだんと大きくなり、いくつもの国が荒れ果てて滅びた頃にゴブリンの祖と言える存在が生まれたのだそうだ。


「ゴブリンとこんな酒を造っているリョウマなら分かると思うけんど、ゴブリンは欲望と快楽に素直だろう? その一方で、悪臭や不潔さみたいな嫌な事はあんまり気にせず、すぐに忘れてしまう」

「それは確かに」


 俺が同意すると、グリンプはゴブリンを“荒れ果てた時代の中で、生存と種の存続に特化した進化を遂げた種族”と評した。


「普通の暮らしが送れなくなるほど国が荒れた中で、迫害されている人間の扱いがいいわけがねぇ。いつ襲われて住処を追われるのか分からないことが日常の中では、嫌なことに気づかないくらい鈍感になるのが精神衛生上は良かったんだろう。知性と理性を捨てる代わりに、心を病むリスクを低減させたんだべ。

 ただ、それだけだと頭を使って襲ってくる連中には簡単に殺されてしまう。だから肉体は人間よりも生命力が強く……怪我や病気で死ににくくて、多少傷んだものを食べても腹を壊さず、繁殖が早い体に少しずつ変わっていったんだ」

「一見すると退化だと思うかもしれませんが、これも立派な環境への適応でした。結果として彼らは今も種を存続させていますし、一時期はゴブリンがこの世界で最も数が多く、繫栄していた時代もあったほどに優れた種族なんですよ」


 一体どれだけ昔の話なのか、まったく知らなかった。でも、地球の文明がもし崩壊したら……と考えると、少し納得できる気がする。インフラが整備された日本で便利な電気製品に囲まれ、安全な食事や衛生的な生活を確保できている日本の現代人が、サバイバル同然の環境に落とされたらどうなるのか?


 大規模な災害が発生した時の避難生活には強いストレスがかかり、避難所でも問題が起こるというのだから、それすらなくなった場合の精神的負担は計り知れない。誰もが耐えられるほど生易しいはずはなく、その中で心身共に健康でいられる人間がどれだけいることか?


 ちょっと話が変わるけど、俺の会社でも真面目で細かいことによく気が付く……所謂、周囲の空気に敏感なタイプの新入社員ほど、すぐに心を病んでいった。心を健康に保って楽しく生きるためには、鈍感な方が有利なのかもしれない。


 それに人間とチンパンジーの遺伝子の違いは1%程度だという話を聞いたこともある気がするし、この世界のゴブリンと人間の祖先が同じであっても不思議ではないな。


「とりあえず、人の変化に関しての話はこんくらいでいいか。

 本題に戻ると、リョウマが再現しようとしている解呪の遺失魔法は、魔力をほとんど持っていない人間が使っていた、魔素を用いた魔法。早い話が、今の人間が使う魔力とは密度が違う(・・・・・)んだべ」

「魔法の使い方は合っていますが、貴方達の魔力が魔素を取り込む邪魔になってしまっています。小石が転がり落ちている坂に、重い岩がいくつも転がり落ちて小石を弾き飛ばしてしまう感じですね」

「……道理で魔法は発動しているのに、いまいち効果が出ないわけだ」


 いくら月光を集めて魔素を取り込んでも、それを俺達の魔力で散らしていたらほぼ無意味。それどころか俺達の魔力も100%の効率で使えていなかっただろうから、消費した魔力と効果も釣り合いそうだ。


「ここで理解したからこそ言えることだけど、それが原因ならコルミとの交流方法を優先した方が良かったか」

「効率で言えばそっちの方が早いな。あの子は妖精だから魔力の感知能力は人間とは比較にならん。自然から魔力を吸収できるということは、魔素を操れるということ。アドバイスを受ける相手としては最適だべ」

「私達がこうして魔法の仕組みを説明したのも、あの子に聞けばすぐに分かってしまうだろうから、というのもありますね。視察はあと2日、その後すぐにまたあの子のところに行くのでしょう?」


 行く。そして間違いなくコルミに土産話をする。その中で視察の話から遺失魔法の話になる。つまり、ここで聞かなくても数日後には分かる問題だったわけだ。


「呪いの解呪はこっちで責任持つし、のんびりやればいいだよ」

「呪術の勉強は貴方の身にもなっているようで――あら?」


 ここで帰る時間がやってきた。俺の体が淡い光に包まれていく。


「楽しく話しているとあっという間だなぁ」

「本当にそう。でもまたすぐに来るよ」

「そうしてくれると皆も喜びます。

 そうそう、美味しいお酒とお食事のお礼にもう1つ。貴方の部下になったエレオノーラという子ですが、街に戻ったら思い切って仕事を与えてあげることをおすすめします。視察中は仕方のない部分もありますが、仕事が少なくて暇を持て余していますよ」

「分かった。街に戻ったら本格的に仕事をしてもらう予定だったし、遠慮なく書類仕事は任せることにする」

「そうしてあげてください」

「気をつけてな」


 2柱の言葉が合図になり、視界が一瞬光に覆われた。完全に教会の礼拝堂と同じ仕様で、行き来に全く違和感がない。次の瞬間には宿舎の部屋が見える。


 ……今回はただのおすそ分けで、思わぬ収穫を得た。面白い話も聞けたし、明日からも頑張っていこう。

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