儲けの種
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
「それで執事の爺さんがいないのか」
昼食後……定例となった食後のお茶会で、山の調査チームと情報共有を行った。
「そうなんですよ。それでジェフさんに相談なんですが、スラムの人達の中に縄を綯える人はいませんか? いたらその人と、子供達とかを個人的に雇って、作って貰えると助かります。
今回のように購入してもいいのですが、今後大量に必要になる可能性とか、他に縄を必要としている人々の影響とか、諸々を考えると自前で生産できるようにした方が便利かと思って」
「農村から流れてきた奴を当たれば、それなりに人手は集まるんじゃねぇか? ただガキ共にはあまり期待すんな。教えりゃできると思うが、使い物になるまでには多少時間がかかるぞ」
ジェフさんが言うには、縄は農村に住む人々が農業の合間や冬の間に作っているものが多いらしい。街では全くやらない……というわけでもないけれど、縄の材料となる藁などは農村よりも手に入りにくく、街では仕事の専業化も進んでいるため、どうしても機会が少なくなるのだそうだ。
「リョウマならゴブリンにやらせた方が早いんじゃねぇか?」
「ゴブリン達に作らせることはできます。材料もコツブヤリクサの脱穀後に残る茎の部分が使えますね。でもゴブリン達にはスライムの世話もありますし、手の空いているゴブリンには僕の研究に関する手伝いを優先させたいんですよね……主に情報漏洩を防ぐために」
「確かに情報を盗み出して他人に売るようなゴブリンがいるとは思えませんし、いたところで売り先が見つからないでしょうから、機密保持の面では優秀と言える部分もありますね。
縄のような“既にありふれている物”なら秘匿する意味もありませんし、必要とされる量によっては大仕事になります。セバス様の反応からしても……私も人間の労働力を用意した方がいいと考えます」
エレオノーラさんもこう言っているし、縄については誰かを雇うことにしよう。ただ、ジェフさんの言うことも正しい。
それならば……と、俺はアイテムボックスからある物を取り出した。
「こっちはどうでしょうか?」
「なんだ? この細い棒と尖った塊は」
「これも僕が呪術の道具に使おうと考えているもので、線香といいます」
「ああ、カレッパシの木で作ろうって言ってたやつだね。もう作ってたんだ」
ユーダムさんの言う通り、土木作業の合間に回収しておいた枝を使って、昨夜のうちに試作したものだ。
「作り方は細かくすりつぶした木の粉に、同じくきめ細かくした香料の粉末を加え、水と一緒に煉り合わせたものを成形して、乾燥させます。これは乾燥のために少し魔法を使いましたが、魔法を使わなくても製造は可能なはずです」
「縄より作りやすそうだな。ゴミ拾いもできないくらいのチビでもできるんじゃねぇか? 泥遊びの延長って言うと悪いが、作業内容は近いだろ」
「全部手作業でやるとそんな感じがしなくもないですね」
試作中は水分量の調整で色々試していたから、実際そんな感じだった。これは職人技と素人の真似事の差だろうから、後々改善できるはず。また、専用の型や道具を作れば生産効率と品質の向上・安定が可能だと思う。
「作業中に粉塵を吸入しないように注意も必要なので、その辺の管理ができる人も雇いたいですね」
「木の粉砕にも力がある奴は必要だろうし、大人を何人か雇って、ついでにガキ共の世話も任せりゃいいさ。難しい作業でなければ、適当に声をかければ集まるだろ。で、こいつはどうやって使うんだ?」
「火をつけるだけです。やってみましょうか。僕もまだ作っただけで試してはいないので」
他の皆さんも興味があるようなので、空いていた小皿の上に、お灸のようなコーン型に成形した線香を載せて、魔法で火を灯す。小さな火を手で扇いで消すと、一瞬暴れた煙が白く、か細くなって天井へと昇っていく。そして部屋の中には独特な香りが漂い始めた。
……煙の出方は悪くない。ひとまず成功か。
「この香り、どこかで嗅いだような……」
「嗅ぎ慣れないですけど、不思議と落ち着く感じがしますね~」
「森の奥の方に入った時の匂いに近い感じに……香辛料?」
「分かった! この前リョウマがくれたお酒の匂いにゃ!」
獣人4人が口々に感想を言っているが、やはり嗅覚が鋭いのだろう。俺だと初見でそこまで言い当てられる自信はない。
「この線香には香料として、放熱樹の樹皮を入れているんですよ」
「へぇ……ということは、樹海の匂いもこんな感じなのかな?」
「現地には雨とか他の草木の匂いもありますから、それらの中にこの香りが混ざっている感じでしょうか? それこそミーヤさんが言ったみたいに、樹海で作られているお酒の香りの方が近いかと」
あれには放熱樹を使って作った樽でお酒を製造、または保管しているので、放熱樹の香りが移っている。この香りは放熱樹が樹海の虫や病原体から身を守るため、内部に蓄えている複数の化学物質の内の1つで、人によってアレルギーはあるかもしれないけれど、基本的に虫以外には無害なものだ。
俺は樹海に入る前に常闇草の虫よけを作って使っていたが、樹海の拠点に長く滞在している人は放熱樹から抽出・生成した虫よけを使っているそうだし、樹海の魔獣……例えば頻繁に見かけるラプターも放熱樹に傷をつけ、染み出た樹液を利用する。放熱樹に真新しい傷がついていれば、ラプターの繁殖地が近い証拠だとも言われていて、冒険者の判断材料にもされていた。
「ちなみに樹皮の外側に含まれているのは主に防虫効果ですね。この効果があっても寄ってくる虫には、皮下から幹に含まれる殺虫・殺菌効果を持つ成分で対抗します。また、それらの成分は樹齢が古い木の方が多く、濃縮されているそうです。
今回使ったのは僕の故郷の村に生えていた木の枝を1本採取してきたので、およそ40~50年物。樹皮を加えたこの線香にも、匂いだけでなく殺虫効果があるはずですよ」
俺が説明していると、ふと気づいた。冒険者の5人は珍しい香りを楽しみながら、面白そうに話を聞いてくれているけれど、貴族3人の顔が少し強張っている。
「タケバヤシ様、それは一般的に、とても貴重な品です」
「50年物の放熱樹なんて樹海の奥に入らないと採取できないし、そこから持ち帰ってくる労力と危険を考えたら、ねぇ……値段をつけようにも、いくらが適切なのか分からないよ」
「慣れ親しんだ場所、そこで採れる材料、それらを選び抜いて使うのも呪術的には良いでしょう。しかし、これは自力で採取して持ち帰ることができるリョウマ君だからこその道具ですね」
ああ……これで蚊取り線香を作ったら売れるかと少し考えていたんだけど、高級品になるかな? 元手はゼロだし、元々の放熱樹が超巨大な分、枝1本でも普通の木の数十本分になるから、俺としては手に入りやすい素材なのに。
「それはタケバヤシ様だけです。個人的に利用する分には構いませんが、市場に流す場合は慎重に検討する必要があるかと」
「分かりました、その場合はまた相談させてください。香料を別の物に変えるという手もありますし、とりあえず今は実験ということで」
そうだ、値段と言えば、
「ローゼンベルグ様、僕が術をかけた縄なのですが、仮に売ると決めた場合はどの程度の値を付けたらいいのでしょうか? 細かく相談をする前に、大体の相場などが分かれば助かるのですが」
「値段ですか……術者の腕や効果にもより上下しますが……リョウマ君が作った縄なら、とりあえず仕入れ値の10倍は取っていいでしょう」
……聞き間違えたかな?
「1つの呪物を作るために高価な道具や素材、長い時間を必要とする術者もいますからね。呪術師の生活を保護するためにも、依頼を受けて作られる呪物は高価になるものなのです。ただの縄の10倍程度なら、呪物としては安価ですよ」
「依頼者側も報酬をケチったなんて思われると沽券にかかわるから、気前よく払うんだよ。呪術師に依頼するような人には貴族とかお金持ちが多いから」
そうなのかと理解はするが、10倍……俺の場合は一言呪文を唱えるだけでかけられるのに、たったそれだけで縄の価値が10倍になると考えると、恐ろしい。ひょっとしたら錬金術よりも錬金術なのではないだろうか?
「そういうことでしたら、承知しました。仕入れ値の10倍を目安に……他にも慣習などあるかと思うので、細かい調整はエレオノーラさんにお任せします」
「かしこまりました」
下手に口を挟まず、丸投げさせてもらうことにして話を変える。
「西側の調査の進み具合はどうですか?」
「こっちはあと一息ってところだね。傾斜がきつくて足場が悪いから多少時間はかかっているけど、今日の午後で終わらせられるよ」
「調べてみた結果ですが、やっぱり瘴気の影響なのか、東側よりも生き物の気配が少ないですね。危険な動物もいないので安全といえば安全ですけど」
「あとは気持ち悪い木がたくさん生えてたくらいにゃ」
動物が少なすぎることで山の生態系がどうなるかという疑問はあるが、今の段階で破壊するようなことはないのだろう。
なお、ミーヤさんが口にしていた気持ち悪いというのは、ユーダムさん曰く“プギポギ”という種類の木。全体に目玉のような細かい模様がびっしりと浮かんでいる、集合体恐怖症の人には絶対に辛いであろう見た目をした木なのだそうだ。
「まぁ見た目が気持ち悪いだけで、別に毒があるわけじゃないし……あっ、薪にするのはダメだね。よく燃えることは燃えるんだけど、煤が沢山出るからそこだけは注意。煮炊き、特に家の中で使ったら大変なことになるよ」
「それだと間伐材の利用法に困りますね……まぁ、それはまた別で考えましょう。では皆さんには引き続き、残りの調査をお願いします」
こうして情報交換は終了。冒険者チームとユーダムさんは山の調査、俺とエレオノーラさんとゴブリンたちは山道敷設の続き、ローゼンベルグ様は遺失魔法の改善案の検討と、それぞれ午後の仕事に向かった。
それから数時間が経ち、俺は山の麓まで到達。これで道の左右、片側の土留めが終わった。少し休んで、帰りにもう片側の作業も進めよう……と考えていたところで、セバスさんが上から歩いてくることに気づいた。
「セバスさん! おかえりなさい!」
「ただいま戻りました。こちらはまた作業が進みましたな」
「そうですね。あともう半分の土留めをしたら、中間の木々を全て伐採して、間伐材の搬出……これはゴブリン達がもう作業を進めていますし、道の舗装が終われば僕も空間魔法で効率的に運べますから、あと1日もあれば最低限の道ができる見込みです。
セバスさんの方はどうでしたか?」
「新しい物や長く売れ残っていた物、品質もまちまちですが、1つ50mの束を300。長さにして15㎞ほど確保できました」
15キロ分って、だいぶ買ったな……と思っていたら、セバスさんはアイテムボックスから1通の手紙を取り出す。受け取ってみると、ラインハルトさんから俺にあてたものだ。
なんでもセバスさんはロープを買うために、彼に与えられた権限を使って公爵家の資金を使った。また、公爵家の屋敷があるガウナゴに立ち寄ることもあったので、後々の問題にならないよう配慮して、わざわざ一度屋敷に戻って経緯を報告してくださったのだそうだ。
「事後報告になってしまいましたが、旦那様もリョウマ様の縄には大変興味を持たれております」
そう言われて手紙を開いてみたところ……まず目に入ったのは、だいぶ堅苦しい文面。時候の挨拶から日頃の助力へのお礼の言葉が、詩的な表現も交えて書かれているので、貴族感が満載。なんだかいつもと様子が違うと思いつつ読み進めると……
「セバスさん、ざっくりまとめると“作った縄を売ってくれ”と書いてあるように見えるのですが。具体的にはここでの確認を済ませた後、ギムルの傍で作っている新しい街づくりの現場に、試験的に導入したいと」
「見間違いではございません。私もそのように聞いております」
話が早く進むとは言っていたが、早く進み過ぎじゃないだろうか?
「タケバヤシ様、今年は国王陛下が“増魔期”の到来を宣言されました。公爵閣下がタケバヤシ様の作る縄を求める理由もそこにあるかと……効果は限定的でも、結界の魔法道具と比較すれば縄の方が圧倒的に安価ですし、それだけ多くの場所を守ることができます」
「まさにエレオノーラ様の仰る通り。まだ高ランクの冒険者の出動を求めるような魔獣の目撃例などはありませんが、小さな獣型やゴブリンなどの繁殖が早く数が多い魔獣の報告が増えています。
市井の者にはゴブリン数匹でも脅威になり得ますから、姿を現せば工事どころではありません。近くにいる“かもしれない”という情報だけでも働く者は不安になり、作業効率は落ちてしまう。これらの問題をリョウマ様の縄で軽減できないかと、旦那様は期待しておられます」
なるほど……セバスさんがやけに食いついていたのも、豪快な買い方をしてきたのも、そういう事情とラインハルトさんの苦悩を知っていたからか。……増魔期の話は最近よく聞くけど、俺が思っていたよりも状況が悪いのだろうか?
「わかりました。断るつもりもなかったですし、期待されているなら全力で応えられるように頑張ります。丁度工事は一段落していますし……後の作業は明日に回して、その分、これから縄に呪いをかけましょう」
冒険者チームの山の調査は今日中に終わるという話だったし、明日は朝からローゼンベルグ様と一緒に、山の周囲に縄を張ってもらおう。工事はその間に俺とゴブリン達だけで進めれば問題ない。
こうして俺は急遽宿泊施設に戻り、人除けと獣除けをかけた縄の量産に入るのだった。




