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遺失魔法の概要

本日、2話同時投稿。

この話は2話目です。

 昼食後


 今日もしっかり昼を食べた後は、しばし食後のティータイム。

 ここで午前中は別行動だったローゼンベルグ様に、遺失魔法の資料を読んだ感想を聞いてみた。


「資料の内容は概ね理解できたと思います。当然といえば当然ですが、現代の物とはだいぶ毛色が異なりますね」

「ですよね……理屈は割と単純に感じましたが」

「難しい魔法なのですか?」


 俺とローゼンベルグ様が資料の内容に同意すると、エレオノーラさんが尋ねてくる。他の人も興味があるようだし、手伝ってもらうこともあるだろうから説明しておこう。


「難しいというより、これまで経験したことのない魔力の使い方をするんです。現代の一般的な魔法は自分自身の“体内にある魔力”を使いますが、古代の魔法では体外の“自然に満ちる魔力”を使うみたいでして……魔法薬の調合にも似た感じと言えば分かりやすいでしょうか?

 例えば傷を治す即効性のポーションだと、薬草類に含まれる薬効成分と魔力を組み合わせて、調整することで通常の薬では不可能な“一瞬で傷を治す”という効果を出しているので近いと思うのですが……どうでしょう?」

「資料の内容から推察するに、空間に作用する呪術を用いているようですから、術と空間が調合における道具にあたりますね」


 ちなみに材料にあたるのは“光”。あらかじめ用意を整えた儀式場に自然の光を取り込み、そこに呪術を施すことで、自然の中にある光属性の魔力を利用して解呪を行うというのが、遺産の中で見つけた解呪の遺失魔法の概要だ。


「なんか、そう聞くとやけに簡単そうだな」

「実際に“自然の魔力を使う”という一点を除けばそう難しくはなさそうなんですよ。さほど難解な説明も、イメージしにくい部分もほとんどありません。

 あと資料の中には過去の儀式の状況を描いた絵の写しもありましたが、儀式は満月の夜に、お茶会やお祭りのような“人の集まる機会”を作って、わりと気軽に儀式が行われていたようです。たまに教会にお祈りに行くくらい、日常の一部だったみたいですね」

「へぇ、じゃあ高いお金を払う必要とかなかったの?」

「貴族は術者に謝礼としてある程度まとまった額を払っていたみたいですが、一般市民は無料か、払ったとしても気持ち程度でよかったみたいです」

「満月の夜に、というのは何か意味があるんですか? 光なら朝でも太陽が出ていると思いますけど」

「太陽の光でも儀式はできるみたいですが、光が強すぎると儀式の過程で人やものに害を与えてしまう可能性があるそうです。多少の日焼けなら問題なくとも、過剰であれば痛みや病気につながるようなものです。

 その点、月の光は夜の暗闇、つまり闇属性の魔力を用いて光を和らげることで、より安全に儀式を行うことができると資料には書かれていました」


 ミゼリアさんやシリアさんだけでなく、他の皆さんも興味を持ってくれたようで、次々と出てくる質問に答えていく。説明は俺の復習にもなるし、今後の実験で皆さんにも手伝いを依頼すると思うので、今のうちに疑問点があれば聞いてもらえると本当に助かる。


 なお今回の仕事を依頼するにあたって、冒険者チームの皆さんは契約時に秘密保持契約を結んでいる。俺個人としては、そんな契約と関係なく信頼しているけれど、今回は公爵家の技師として動いているので念のためだ。


「ローゼンベルグ様、実験はいつから、どのように行いますか?」

「資料にある“雲のない晴れた満月の日が望ましい”という点は儀式の効果を最大化するため、より多く月光を取り込むためのようですからね……効果を出すだけなら月が出ていて、光を取り込めれば今夜からでも試せるでしょう。

 場所は光の当たりやすい、屋外で開けた場所。すぐに思いつくのは西の瘴地ですが、あそこはまだ地中に瘴気が残っていますので、結果に何か影響が出るかもしれません。実験場としては適切ではないですね」

「……それなら、ゴブリン達が開拓中の木材置き場ではいかがでしょうか?」


 あそこなら瘴気はどこにもないし、切り開いているので月が出ていれば光もよく当たるはず。そう説明すると、ローゼンベルグ様は笑顔で頷いた。


「では実験は木材置き場で行うことで決定ということで」

「タケバヤシ様、それなら木材置き場の整備を一気に進めてしまうのはいかがでしょうか? 用途が増えたのであれば、作業の優先度も変化してしかるべきかと」


 エレオノーラさんが仰る通り、木材置き場としてだけなら急がず分担でよかっただろう。しかし、今夜から実験場として使うのであれば、なるべく切り開いておいた方がいいし、地面も整えておいた方が使いやすい。


「分かりました。では実験は今夜。午後はその準備もかねて、木材置き場を一気に開拓するということで。何か問題はありませんか?」


 確認を取ると、シリアさんが控えめに手を上げた。


「問題ではないのですが、木材置き場を開拓するなら私達は他の仕事、たとえば未調査の山の西側に行った方が効率が良いのではないでしょうか? 午前中にやった木の運搬や麻袋の設置作業なら、あのゴブリン達に私達が混ざっても大した影響はないと思うので」

「それにはアタシも賛成だね。やれといわれりゃやるけど、アタシらだけであの数と同等の働きはできないだろうし、言葉が通じないから連携も取れない。指揮が面倒になるんじゃないかい?」


 これも仰る通り。単純作業ならゴブリン達の数の暴力で十分。指揮系統については冒険者チームをゴブリン達とは別に指示すればいいだけだけど、やっても作業への影響はさほど大きくないだろう。


 それならシリアさんの提案通り、瘴気の対処のために調査をしていない西側を確認してもらった方が助かるな。


「リョウマ君、昨日の時点で瘴地周辺に漂っていた瘴気の大部分は浄化できていました。新たに地中から湧いて出てきた分くらいなら、事前に防護の術をかけておけば影響はないでしょう」

「そうですか! では冒険者の皆さんには、午後は西側の調査をお願いします」


 こうして午後の予定が修正された。あとは……


「どうやらゴブリン達も食休み中のようなので、もう少ししたら作業に向かいましょうか」


 寝転んだり茶をすすったり、各々体を休めているゴブリン達を急かさないように、もう少し姿を見せずに待つことにした。



 ■ ■ ■ 



 午後


 西側の探索に送り出した冒険者チームに代わり、ローゼンベルグ様を加えて木材置き場の開拓を再開。まずは伐採する予定の範囲の木々を、スライム魔法で一気に倒してしまおう。


「ほう……これは早い。そして随分と綺麗に倒れていくものですな」


 範囲を決めて倒した木々が外に出ないよう方向を揃えて、一気に倒しているため、大作のドミノが倒れていくような爽快感を覚えつつ、午前中の作業に参加していなかったローゼンベルグ様にスライム魔法の説明。


 そうこうしているうちに、予定していた範囲の伐採が完了。太陽の日差しを遮るものがなくなった台地を改めて見てみると……個人的にはかなりの広さ。東京ドームよりも少し大きいくらい……かな?


 よく言われる“東京ドーム1個分”という単位がいまいちピンと来ないのだけれど……広さに関してはまた後日、改めて測量するとしよう。


「さて、じゃあ皆も頼んだよ!」

『ゴッ!』


 ここで待機してもらっていたゴブリン達を投入。スライム魔法で伐採を全部済ませたことで、伐採チームを運搬の仕事に割り振れるようになった。これでさらに運搬効率は上がる。


 午前中に伐採した木の根っこも、周囲の土を取り払うことで抜けるようにしてあるので、根は根でまとめて一か所に集めてもらう。除去が終わった穴はスライム魔法で埋め戻し、整地を行い平らにするが……それにはまだしばらく時間がかかる。この間に井戸を掘ろう。


 井戸を設置する場所はこの広場の丁度中心。事前にユーダムさんから教わった“カレッパシの木の群生地帯”を確認した際、感覚を共有したウォータースライムに地下水脈を探してもらい、より井戸の設置に適していそうな場所を選定してある。


「作業場はこのくらいでいいかな?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 ユーダムさんが強化魔法を使い、倒木をどけて井戸掘りを行う場所を確保してくれた。午前中と同じように、ヒュージロックスライムとソイルスライムを呼び出す。


 井戸掘り、それも重機がない場所で人力による作業と言えば、竹の弾性を利用した“上総掘り”などの方法がまず思い浮かぶが……ここでも俺はスライム達を最大限に活用することにした。


 まずは井戸を設置する場所にヒュージロックスライムを案内し、体の下から円柱状にした触手を伸ばしてもらう。


「位置の確認、よし」


 場所があっていることを確認したら、ソイルスライムに柱の下の地面をとって柔らかくしてもらい、円柱の触手をさらに地下へ押し進めるように指示。この時、底にある土砂はヒュージロックスライムの体に一度取り込んでもらい、体内を通して外に排出させる。


「……公爵家の執事として様々な公共事業の現場を見てきましたが、井戸掘りの概念が覆されますな……」


 このやり方は掘った穴にパイプを設置するのではなく、設置したパイプの下部にある地面を取り除き、構造物を地下に沈めることで作業を進めている。井戸掘りというよりも、巨大な地下構造物を建設するために使われる“ケーソン工法”の方が近いかもしれない。


 魔法もあるとはいえ、いまだ作業の中心は人力の世界で、重機械の使用を前提とした作業に近いことをしているのだから、セバスさんの感想は当然である。


「この調子ならあと5分もかかりそうにありませんね」

「昨日の調査では、ここは大体5mほどで水を豊富に含んだ地層があるみたいでしたから、おそらく。30mくらいならヒュージロックスライムの体も伸ばせますし、必要なら必要なだけ掘り進める覚悟でしたが、思ったよりも水脈が近くて良かったです」


 カレッパシの木がある場所は水が出やすいという話も、そういう場所を好んで生えるからなのだろう。出てきた土を観察しても、全体的に水分量が多く粘土質なのが分かる。そしてさらに、ヒュージロックスライムが吐き出す土砂に水気が多くなってきた。


 感覚共有をして、深さも十分そうなので掘削は一旦ここまで。柱の中心を空洞にしてもらいパイプ状に。側面には一定間隔でスリットを入れてもらい、地下水を採取できるようにしてもらった上でスライム達を回収。


 ヒュージロックスライムが俺の胸あたりまでのパイプ……石なので土管を残してその場を離れた。ここで事前に作っておいた手漕ぎポンプを設置すればOK!


「いつの間にお作りになっていたのですか?」

「昨日の夜にちょっと。大丈夫です、睡眠時間を削ったりはしていませんから」


 異世界転生系ラノベを嗜んでいた人間としては必修事項。構造も当然頭に入っている。錬金術も活用して、本当にちょちょいのちょいで仕上げたものだ。調整が必要かどうかは実際に試してみないと分からないけど、時間はかけていないから大丈夫。


 ちなみに手漕ぎポンプ自体はこの世界にも昔からあるので、驚かれることはない。おそらく過去の転移者が持ち込んだのだろう。


「さて、それじゃ試運転を始めます」


 ポンプに水魔法で呼び水を入れ、ハンドルを漕ぐ。数回キコキコという音が鳴り、手にかかる重さが増えていく。さらに漕ぎ続けるとゴボゴボという音に変わって、間もなく吐水口から泥水が噴出した。


「……よし、ちゃんと動いてますね」


 多少ハンドルが固い気がしなくもないけど、前世でこんなポンプに触れたのは本当に小さな子供の頃だ。水は出ているし、こんなものだろう。


 泥水は井戸を掘ったばかりだから、多少は仕方がない。しばらく水を出していれば段々と綺麗になってくるだろうし、ダメなら吐水口にフィルタースライムを入れて濾過してもらえば土砂は取り除ける。しばらく水を出しても邪魔にならないように、容器も設置しよう。


 溜まった泥水の処理は、ひとまずマッドスライムを入れておけば飲んでくれる。あとは井戸の周りも少し整えようか。ポンプ付きのパイプがぽつんと立っているので、作業中に誰かがうっかりぶつかってもおかしくない。もっと目立たせて事故の防止をしよう。


 ヒュージロックスライムに頼んで井戸の周囲、直径1.5mの範囲をドーナツ状の石版で覆ってもらい、さらにそれらをアーチ状の出入口を四方に備えた簡素な東屋で囲む。最後に水を受け止めるため、神社の手水場のような入れ物を設置して……完成!


「こんなものでどうでしょうか?」

「文句のつけようがございません」

「井戸はいいとして、こっちの土砂はどうする? 邪魔なら片付けておくけど」

「ああ、それはそのままでいいと思います。木の運搬作業の邪魔にはならないと思いますし、あとでソイルスライムやマッドスライムの餌にします」


 粘土を好む個体もいるので、そういう子達にあげよう。むしろ、もっと掘り出してスライムを進化させるのもいい。おそらく生まれるのは“クレイ(粘土)スライム”だと思うけれど、予想と結果の確認、そしてデータの蓄積は重要だ。


 しかし、この土地……井戸掘りで出てきた土を見る限り、思ったよりも水はけが悪そう。他の場所も同じ要領でボーリング調査をしてみないと分からないけれど、結果によっては排水のための工事を追加で行うか、畑よりも水田にした方がいいかもしれない。そのあたりも要検討だな。


 こうして台地の開拓は急速に進み、日が傾く頃には儀式場の準備も整っていた。

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― 新着の感想 ―
ファンタジー世界でオールケーシング工法してる······w しかも重機自身が細かい調整してくれるんだもんなぁ、便利だわ
この土地に、神殿を建築したら、月1の通院が、楽になりそう
ウポツでーす。 遺失魔法をガッツリ使うようになったら魔力不足起こしそうやな
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