魔獣討伐の休憩時間
本日2話同時更新。
この話は1話目です。
「ごちそうさまでした」
昼休みの時間。配給された昼食を冒険者が集まる広場の隅で食べ終えた。だが目に入る他の冒険者はまだ食事中、もしくは食事を始めたばかり。
1人で食事をすると知らず知らずのうちに早食いになる。前世からの癖なのだが……これからどうしよう? ジェフさんやウェルアンナさん達はそれぞれ情報交換がてら他の冒険者と食事に行ってしまったし……
手持ち無沙汰になった俺は、しばらく考えてスライムの世話をすることにした。
「すみません」
情報の取りまとめなど、討伐以外の作業を行っている仮設受付で職員に声をかける。
「あら、リョウマ君」
「こんにちはメイリーンさん。今よろしいですか?」
「いいわよ、何かしら?」
「昼休みが終わるまでの間、スライムに餌をやるために少々離れたいので一言ことわりに。それから狩られた魔獣はもう受け取れますか?」
「それなら向こうに集めてあるから好きに持って行っていいわよ。お金も昨日のうちに先払いしてくれたって話が通ってるから、ギルドの職員に何か聞かれてもギルドカードを提示すれば問題ないわ。
単独行動の件も承りました。気をつけてね。昼休みが終わるまでには戻ってくるのよ?」
「班ごとに点呼を取るんでしたね?」
「そう。もし時間に遅れたとしてもそのまま仕事に行かずに一度は仮設受付に顔を出すこと。途中でこっそり帰っちゃう日当泥棒対策でやってる事だから、これ怠っちゃうと職務放棄とみなされて報酬が支払われなくなるから絶対よ」
「分かりました。ありがとうございます」
メイリーンさんに念を押されて受付を後にした俺は、その脚で魔獣の死体をひとまず背負い籠4つ分だけ受け取って広場を離れる。
「このあたりでいいか……『ディメンションホーム』」
しばらく歩いて傾斜のきつい坂を上りきると、人の気配がなく見晴らしのいい場所を見つけた。ここなら人や魔獣が近づけばすぐに分かるだろう。
幅広い坂道に白い穴からスライム達が続々と這い出る様子を見届けた後は、早速受け取った魔獣の死体をスライムに与える。
まずクリーナースライムに汚れを食べさせ、残った身を4つに分けて積み重ねた。その隣に大きな容器も4つ用意して水で満たせば用意は整う。許可を出すとそれぞれビッグ、もしくはヒュージスライム状態になったポイズン、スティッキー、アシッド、スカベンジャーが餌の山を体で押しつぶすように飲み込んでいく。
その豪快な食べっぷりを横目に見つつ、俺はメタルスライムの餌も用意しなければならない。そう思っていると、メタルスライムは用意をしている間に硬い体で地面を掘って、土を食べようとしていた。
土を取り込んで中の鉄分を食べるのか……ぜんぜん掘れてないけど。
その様子は掘っているというよりも、一人だけ餌が貰えなくていじけている様に見えてしまう。
作業の手を速めて用意した鉄粉入りの器を地面に置くと、メタルスライムは掘るのをやめて超鈍足で近寄ってくる。契約の効果で急いでいるのが伝わってくるが、その動きは非常に鈍い。金属の体がよほど重いのか?
鉄粉を吸収するメタルスライムの横に座って食事の様子を眺めていると、ゆるやかに時間が過ぎる。ちなみにヒールスライムは物を食べずに光合成で生きるため、他のスライムの食事中はずっと俺の後ろで日光浴をしていた。
スライム達の食後。俺は少し気になったことがあり、ポイズン、スティッキー、アシッドを各一匹だけ残してディメンションホームに戻した。
「頼む」
3匹のスライムの前に皿を並べてその中に液を吐き出してもらうと、皿はそれぞれ毒液、粘着液、酸で満たされる。
メタルスライムは硬く、スキルにも“硬化”がある。これで物理攻撃に強いのは分かるが、毒などは効くのか? 俺は知らない。というわけで実験をすることにした。
と言ってもスライムに液の入った皿を近づけて反応を見るだけだが……
まずは毒液の皿。
「……平気か」
メタルスライムは微動だにしない。これがスティッキースライムなら後ずさりくらいはするが……まったく動かない。ポイズンスライム並みに平然としている。
次は粘着液の皿。
「……これも平気」
まったくの無反応を貫くメタルスライムだが、次の酸には反応があった。酸の皿を近づけていくと、通常の移動よりも体の広い範囲が溶けたように蠢き、徐々に離れて行く。
「酸が苦手か……理科の実験を思い出すな……」
金属の箔を塩酸に漬けて反応を見る実験とかあったよな……と懐かしくなった。
あまり怖がらせるのもあれなので、これにて実験は終了。皿を遠ざけて処理すると、メタルスライムは元のように静かになった。しかし慌てて離れようとしたせいか、体中が砂で汚れているのに気づく。
拭いてやるか。
手ぬぐいを使って磨いてみると、形がゆっくりと手の動きに沿って変わっていく。普通の金属ではありえない手触りが、なんとも不思議な感覚で面白い。
気づけば泥団子を作る子供のように、俺はメタルスライムを球体に磨き上げていた。
「よし! っと、そろそろ向かった方がいいか……?」
以前貰った時計で確認すると、余裕を持って帰るにはそろそろいい時間になる。
そう思ってディメンションホームを使うが、俺はその時、うっかりとメタルスライムを地面に戻してしまった。
いつもならば歪な金属の塊だが、今のメタルスライムは球体。そしてここは、傾斜のきつい坂の上。
「ディメンションホー、っ!?」
甲高い音が聞こえてそちらを見ると、坂を猛スピードで転がり落ちている玉が一つ。ハッとして足元を見ると、メタルスライムがいない。
「ちょっ」
反射的に追おうとしたが、ここには出しっぱなしのスライム3匹もいる。
放置して万が一冒険者が来たら……
急いで3匹を拾い上げ、数秒の内にだいぶ距離が離れたメタルスライムを追う。
人も打ち所が悪ければ転んだだけで死んでしまう。そして打ち所が悪くなくても死にかねないのが普通のスライムという生物。だからあの柔らかい体があるのだと俺は勝手に想像していた。進化したことで頑丈な体を得ているとはいえ、わずかな不安は残る。
メタルスライムはほどなくして坂の下に生える雑草の茂みで止まった。
だが、スライムとしての動きがない。
「大丈夫か?」
駆け寄って確認すると、メタルスライムの表面が徐々に波立ち始めた。どうやら未経験の事態に驚いたのか、固まっていただけで命に別状はないようだ。
心臓に悪いな……今度メタルがどれだけの衝撃に耐えられるか調べよう。核を除いて金属部分だけで試せば……いや、安全に配慮するにしても増えてからにすべきか。
そう結論付けてメタルスライムを拾い上げる。
「……! …………?」
「……!!」
「ん?」
声? ……耳を澄ませてようやく聞こえる程度、でも空耳じゃないな。人の声、複数人であるのは間違いなさそうだ。方向は……おそらく広場の方角に近い。きっと依頼を受けた冒険者だろう。
しかし声は言い争っているのか? 内容はうまく聞き取れないが、どことなく剣呑な雰囲気だ。
「気になるな……行ってみるか」
仕事中のトラブルをギルドマスターや受付に相談するにしても、言い争っているかもしれない声が聞こえただけでは相談された方も困るだろう。
寄り道をすることに決めた俺は、スティッキースライムを頭に、ポイズンとアシッドスライムを肩に乗せたまま息を殺して歩き始めた。
見つけた!
言い争いの声が聞こえる方へと進み、鉱山をほぼ下りきった頃。麓に生えた木々が光を遮り周囲が薄暗い中、崖から捨て落とされた赤土が積み重なって連なる一角に武装した冒険者達の姿を捉えた。人数は10人以上。ボタ山の陰で見えないが、そこにいる誰かを取り囲んでいるようだ。
「おい、お前らいい加減にしろよ!」
「他人の獲物を横取りするしか能のねぇ盗人が!」
取り囲む男たちは口々に罵声を浴びせていた。怒りで口調が荒くなっているのか、それとも単に柄が悪いのか……どちらにせよ、現状はかなり険悪である。
喧嘩か?
「盗人じゃねぇ!! 貰ったんだ!!」
あれ? 今の声どっかで聞いたことがあるような……
ガキ、他人の獲物を横取りする盗人、聞き覚えのある声。それらの要素がおぼろげな記憶を引き出す。
もしかして……
狩りの時と同じく風向きに注意し、木々と雑草の間を隠れながらの移動で男達の背後へ回る。50メートルほどまで近づけば間違えようがない。
左右をボタ山、前後を男達と崖に挟まれた狭い隙間で身を寄せる3人の女子。その前で壁になるように立ち塞がる3人の男子。全員が怯えながらも互いを庇い、目前に迫る男達に抗う姿勢を見せている。
そんな彼らは俺の想像通り、坑道で俺達の後をつけていた少年少女の冒険者達だった。
……あれ? これ、どっちが原因?
「舐めんなよスラムのクソガキ共!!」
これはどういった経緯でこうなったのか……険悪な雰囲気だが、幸いまだ争いは口論だけに留まっている。盗賊相手のようにいきなり武力制圧と言うわけにはいかないし、少し様子を見よう。
少年少女を10人以上で囲んだ上で罵声を浴びせる光景だけ見れば男達が悪く見えるけど、相手があの6人なのが気になる。
彼らは……少なくとも、俺達の時には無断で残された獲物を拾っていた。そういう行為を目の前の男達にもやっていたとすると、男達が悪いとは言い切れない。あの行為がギリギリ窃盗に当たらないとしても、謝罪を求めるくらいは認められる。
尤もここまで大勢で取り囲んで詰問するやり方はどうかと思う。
俺達も、というか俺以外が目の前に呼び出して話をしたが、あの時はあくまで注意とジェフさん達が彼らのことを考えて叱りつけていた。退路を塞いで罵声を浴びせかけるような真似はしていない。心身の自由と侮辱の有無、この違いは大きい。
実際、俺達のときは会話ができていたが、今の彼らはほぼだんまりだ。率先して罵声を浴びせている連中はすでに手を出しかねない雰囲気を出しているし、まさに一触即発。
この場を収められる人を呼ぶのが一番だろうけど、俺の『ワープ』じゃ一度で広場にはたどり着けないし……まだセバスさんやレイピンさんのように他人を連れて転移する余裕もない。事故を起こしかねない無理をするのは論外。誰かに頼むとしたら位置の説明に余計な時間がかかってしまう。
あの連中、6人組に手を出しそうな素行の疑わしい奴と、それを理解した気の毒な目で傍観している奴しか居ないみたいだし……あまり時間はかけたくない。
俺も傍観しているようなものだけど、ここに居れば力づくで止められる自信はある。
困ったな……
いざと言うときを考えればここに居た方が俺は安心。そうなると人を呼べない。
地位のある人を呼べば任せられる。ただし連れて戻るまで少年少女の安全は保障できない。
……一人でいれば気楽だけど、こういう時はやっぱり不便だよなぁ……
森に住んでいた間は誰に急かされることもなく、久しぶりに感じる人手が足りない不便さに心の中でぼやく。
ん~……取り囲んでいる男達の総数は12人。全体的に20代くらいの若い男ばかりだが、1人だけ30台に届きそうな髭面の男がいる。
強そうなのはその髭面1人で、他はそれほどでもない。髭面にしても俺が隠れている事にも気づく気配がないし、これならこれまで処理してきた盗賊の方がずっと強そうでヤバそうな奴がいた。
危険度は低い。
ただ、それでもあの6人組よりは間違いなく強い。この状況で戦えば人数でも劣る6人組に勝ち目はまずないと見るべきだ。これでは自衛も不可能。
「おら! 何とか言えや!」
……まぁ彼らが盗みを働いていたなら、ゲンコツの10発や20発で収まればいいと思う。俺の幼い頃なんて家でも学校でも体罰は当たり前の時代だった。そして日本も現代では大騒ぎになる体罰でも、ここは異世界。子供の躾には当たり前。
盗みなら犯罪として本来なら冒険者ギルドか治安維持機関に引き渡されて法で裁かれるんだから、それがゲンコツで済むなら十分な温情だ。
犯罪とまでは言えない行為で起きたトラブルでも、昼前にジェフさん達から注意を受けたはずだ。それを聞かずにまた同じ事をしてトラブルを起こしたのなら、自分達で解決して欲しい。だいたい一度顔を合わせただけの俺が出て行っても無意味だろう。
やりすぎは認められないけど。ゲンコツも罪を犯していた前提の話で、何もしていなければ殴られる必要もないし。
やっぱり最後には6人組が悪いのか? それとも悪くないのかという話になるんだよなぁ……会話の中から判断しようにも、レコードの針が飛んだみたいに同じ事を繰り返すばかりで一向に話が見えてこない。
……直接聞いた方が早いか。そうしよう。
俺は錬度の低いメタルスライムだけを静かにその場に下ろして立ち上がる。
「すみませ~ん!」
『!?』
「誰だ!?」
「あそこだ!」
「スライムだ!? しかも喋った!?」
「よく見ろ馬鹿! その下に頭があるだろ!」
「なんでスライムなんか3匹も乗せてんだあのガキ」
「それよりいつから居やがった!?」
「お取り込み中失礼します」
そのまま茂みをかきわけて前へ出て行くと、男達は怪しい奴を見る目を遠慮なく向けてくる。それと同時に少年少女も俺の姿を確認できたようだ。少女の1人が思わず声を漏らす。
「あっ、君……」
その呟きが取り囲む男の耳に入ると、男達は不気味な笑顔に表情を歪めた。
「なんだ、お前もこいつらの仲間か?」
「いえ、ただの通りすがりです」
キッパリと言い切ると、男達は怪訝な顔をした。
「見たところ皆さんも討伐依頼に参加している冒険者ですよね? もうじき集合時間になるので広場に戻るつもりで歩いていたら、たまたま言い争う声を耳にしたので」
「本当かぁ? こいつらお前を知っているみたいだが?」
「お前も盗みをやってんじゃねぇだろうな?」
「ガキのくせに随分と良い鎧をつけているみてぇだしな」
男達は俺を値踏みし始めた。その目はもっぱら装備に目が向いているが。
「その6人とは昼前に同じ坑道で顔を合わせただけですよ。彼ら、盗みをやらかしたんですか?」
「そうさ、こいつらはなぁ」
「やってねぇよ!! そいつらの言いがかりだ!」
「魔獣の死体はそいつの班から譲って貰ったんだ!」
「あんた達の獲物なんて盗んでないわ!」
「お前らは黙ってろ!」
「証拠があんのか!? ねぇだろうが!」
「その話は本当ですよ。うちの班は昼前に合意の上で獲物を彼らに譲りました。私が信用できなければ、同じ班のメンバーに会わせますので聞いていただいても結構です。私以外は皆さん実績のある冒険者ですから、信用に足ると思われます。
いまお話した通りもうじき集合時間になりますから、ちょうどいいのでは?」
事実だけを話して怒鳴りあう双方に提案するが、これを聞いた男達の態度が変わる。
「そ、そりゃお前の班の奴に迷惑だろ……」
「これは俺達の問題だからな」
「時間を稼いで証拠を消す気じゃないだろうな!」
「誰かに泣きついてうやむやにする魂胆かもしれねぇ! 信用できるか!」
「俺達もできるだけ穏便に事を済ませたいのだよ」
「大事にしちゃあ、そいつらもこの先仕事がやりづらくなると思わないか?」
言葉だけならまだ分からなくもないが、雰囲気や態度から仕事中に犯したミスを隠そうとする若手を思い出す。どうやら彼らは他人を話に加えたくないようだ。
遠まわしにしかるべき所へ訴え出ることを辞めるように訴え始めた男達に、内心で平等だった天秤が6人組の方へと傾く。そこでそれまで傍観していた1人が口を開いた。
「ここで話を続けても仕方がねぇ、ってのは俺も同意だ」
「サッチさん!?」
サッチと呼ばれた男が俺に話しかけてくる。やっぱりこの男がリーダーなのか、他の男は黙ってしまう。まぁ一番強そうだしな。
「度胸のあるガキだな。それにどうやって俺らの目を盗んで近づいた? 魔獣に備えて気は配っていたつもりなんだが」
「これでも狩りで生活を支えていたので、隠れるのは得意なんですよ」
「そうかい。……お前ら、これ以上は時間の無駄だろ。そのガキも言ったが集合時間もそろそろだ。だからもう終わりにしろ」
サッチの口から俺と似た言葉が出た。その態度は騒ぎ立てていた柄の悪そうな冒険者のリーダーとは思えないほど毅然としている。怒鳴り声を上げていた男達も逆らうそぶりは見えない。
そして6人組の前で立ち塞がっていた男達は、鼻を鳴らして各々武器を抜いた。




