山道敷設工事
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
「準備はできたな? それじゃ作業開始! ご安全に!」
『ゴッ!』
実験場視察3日目の朝。
昨日の午後に案内してもらった東側の台地に、ディメンションホーム内のゴブリン達を総動員。それぞれに変形したメタルスライムとアイアンスライムの斧やのこぎりを持たせ、台地に生えた木々の伐採を任せた。
昨日のうちに伐採範囲は下見をして、下草刈りと試験的な伐採も済ませてある。彼らの作業に差し支えることはないだろうし、休憩場所も確保した。何か問題があれば従魔術の効果で俺に伝わるから、その都度対応すればいい。
「僕達も行きましょうか」
木々の間に散っていくゴブリン達を見送って、俺達人間組は防火帯を兼ねた道路の敷設を行う。ローゼンベルグ様は遺失魔法の資料を読み込むため山小屋にいるけれど、他の人は全員こちらの作業に参加。
今回、麓から山小屋まで伸ばす道は安全な東側。山の斜面が北西から南東にかけて延び、小屋は山の中腹よりやや上の南寄りに建っている。そのため、Sの字を90度近く左に傾けたような道で、そのまま麓の街道に出られるようにする予定。
防火帯や山林整備、馬車や荷車での運搬作業がしやすいように、距離を伸ばした分だけ傾斜は緩やかに。山の中腹を端から端まで横断する形で伸ばすので、完成すれば東側の斜面全体が見える位置からは、道路で山が上下に分けられたように見えるだろう。
「さて、始めますので打合せ通りにお願いします」
了解! という返事を聞いて、山小屋の少し手前から作業開始。昨日の段階で下準備は済ませてあるので、一気に作業を進めていこう。
「まずは道路の麓側から行きます」
ソイルスライムに指示を出し、スライム魔法で地面を操作。豪快に地面を掘り返し、工事範囲に生えた木々を倒していく。派手な音と衝撃が伝わるが、スライムは地面に同化しているし、俺達人間組とは距離があるので安全は確保済み。
倒した木々は冒険者チームの皆さんに、邪魔になるものだけ一旦脇によけておいてもらい、後で回収して何かに使う。なるべく無駄にはしない。木材、燃料、あとは原木でのキノコ栽培を試してみようと思っている。
地面を掘り起こし、転圧もして、道が崩れないようにするための“土留め”を設置するスペースを確保。その際、地中にある大小様々な石は残しておく。
そこにヒュージロックスライムを送り込むと、掘り返された穴に残った石を食べて体を変形させ、土台と一体化したL字型の擁壁を作ってくれる。壁の大きさは1回につき縦1メートル、横1.5メートル。設置されるまでの時間はほんの20秒程という早業だ。
これを前世の重機と人力でやったら、1つ設置するのにどれだけかかることか……
「最初の1つ、設置できました」
「私が行くにゃー!」
宣言するなり、ミーヤさんが設置した擁壁と地面の隙間に飛び込んだ。後でこの隙間を埋め戻す“裏込め”を行うが……壁には水抜き用の穴がいくつか空いている。ここから土砂が流出しないよう、透水マット代わりの麻袋を設置してもらうのが今日の皆さんの仕事の1つ。
この作業をしてもらっている間にも、俺は次の擁壁設置を進めていく。掘り起こすと言ってもそこまで高さがあるわけではないし、これを繰り返して繋げていけば道の崩落防止、ついでに縁石もできるだろう。
「昨日の試験でも思いましたが、やはり驚くほど早いですね……」
「若干、手抜きをしている感は否めませんけどね」
エレオノーラさんがしきりに感心しながら記録を取っているが、これは魔法やスライムといった“俺の前世に実在しなかったもの”を活用して作業を簡略化させているわけだから、ひとまずは良くても先々で問題が出てくる可能性がある。
……尤も、その時は原因を確かめてから作り直せばいい。この山は実験場なのだから、これもスライムを土木工事に活用する実験だ。
こうして作業を進めていくと、
「あっ、ちょっと待って」
しばらくしたところでユーダムさんが俺を呼び止め、隣で進行方向にあった木を指し示す。
「もう少しでカレッパシの木の群生地帯だよ」
「例の水分を溜め込む木ですね」
「そうそう。地面も水気が多くなるとおもうから、ちょっと注意した方が良いと思う」
今回の工事で水が湧き出すことはないと思うけど、木も倒すから崩れやすくなるだろう。少しスピードを落として慎重に作業を進める。
「……そういえば、昨日はカレッパシの木をちゃんと見てなかったですね」
「工事する場所を見て回らないといけなかったから、そっちが優先だったね。挿し木用の枝も僕が採取したし……なんなら今見てみるかい?」
彼はカレッパシの木に駆け寄ると、腰に帯びていた鉈で手の届く位置にあった枝を切り取って戻ってきた。手渡された枝は中々に太く、重い。
「今は切り取ったばかりだから水分が中に溜まっているけど、しばらく放置するとどんどん水が染み出してくるんだ。こんな風に『エグズディション』」
彼が何気なく呪文を口にすると魔力が枝を包み込み、切り口から滲み出した水が流れ落ちる。その勢いは蛇口とさほど変わらず、事前に知っていれば手を洗うこともできそうだ。
「自然にしみ出すには時間がかかるから魔法で後押ししたけど、水の量は木の中に含まれていた分だけだよ」
「本当にたくさん水が含まれているんですね……それはそうと、今の魔法にも興味を惹かれました」
「あれは植物の中の水分を外に排出させる魔法だよ。あまり一般的じゃないけど、使えると割と便利なやつ。
たとえば僕は旅の途中で水分補給に使っていたし、うちの親父は処分する草木を運ぶ時に水を抜いて、嵩を減らしたり軽くしたり。母や妹は趣味でドライフルーツやドライフラワーを作るのに使っていたよ。魔力を使うから大量生産には向かないけどね」
ほうほう……植物を成長させる“グロウ”くらいしか普段使わないけれど、こういう使い方もあるんだな……面白い。
そんなことを考えていると、ユーダムさんの手の中から、乾いた枝が折れる音が聞こえた。
「おっと」
「大丈夫ですか? 破片で怪我とか」
「平気平気、この木は水が抜けると一気に脆くなるから手に刺さることもほとんどないよ」
そう言いながら、真っ二つに折れた枝の片方を手渡してきたので受け取ってみると、掴んだ瞬間からボロボロと崩れてしまう。いや、それ以前に枝の太さが、魔法をかける前の3分の1以下まで細くなっている。
断面を見てみると枝の内部には空洞が目立っていて、まるでスポンジのようだ。生木の場合はこの空洞に水を溜め、先程のようにパンパンになるのだろう。よく見ると木も若干、風船のような丸みを帯びている気がする。
「……確かに触るとザラつきますが、皮膚に刺さるような感じはしませんね」
「でしょ? 毒もないし、木材としては使いにくいけど安全な木だよ」
確かにこれほど脆いと建材には使えないだろうし、彫刻などの工芸品にも使いにくい。薪として使うにも運ぶ段階で崩れそうだし、おそらく火にくべたら一気に燃える。薪が燃えすぎると火加減の調整が難しく、火持ちが悪くなる。それはそれで使いにくいのだが……
「ユーダムさん、この木が脆くなるのは枝だけでなく、全体も同じですか?」
「実際に全体を乾燥させてみたことはないけど、そのはずだよ。何か気になることでも?」
「これ、僕の呪術の道具に使えるかもしれないと思って」
思い浮かんだのは“線香”。その作り方は国や地域によって違いもあるが、日本の法事などで一般的に使われている線香は“タブ粉”と呼ばれる椨の木の樹皮を粉末にしたものが主原料として使われている。
この崩れやすいカレッパシの木を粉末にして、香料や穀物の粉と混ぜて線香にすることができれば線香の大量生産が、ひいては供養や浄化の術をもっと手軽に使えるようになるかもしれない。
「とりあえずカレッパシの木は後で回収して、全てそちらに回しましょう」
「どのみち他に用途もないしね」
「タケバヤシ様の術にその木が使えるようであれば、呪術の道具の材料として育てる場所を作るのもいいでしょう」
確かに……それならゴブリン達の酒蔵も作ろうか。彼らの作るお酒も供え物として使っているし、特に清酒は相性が良いようで効果が高まる……って、考えていたらどんどんやりたいことが増えていく。
とりあえず今は道作りが最優先ということで、作業を再開。適度に小休止を挟みながら土留めを設置していくと、3時間と少しで中間地点に到着した。
「皆さんお疲れさまでした。これで午前中に予定していた分が終わりましたし、ちょっと休んだら戻りましょう」
ぶっ通しでやれば1日で 道づくりは終わるかもしれないけど、そこまで急ぐ必要もない。早めに昼の準備を始めて、のんびり進めていく。
そういえば ゴブリンたちの方はどうなっただろうか? 向こうの作業の進み方次第では、こちらに人手を割り振れるのだが……
「お飲み物をどうぞ」
セバスさんがアイテムボックスから取り出した水筒を配る姿を横目に、従魔術の感覚共有でゴブリン達の様子を確認する。
向こうは……概ね順調といった感じかな。
ゴブリン達は木の伐採、枝落とし、幹の運搬、枝の運搬の4班に分かれて仕事を進めていた。伐採班と幹の運搬班は体格が大きくて力の強いホブゴブリンで構成されていて、力の弱いゴブリン達は枝落としと枝の運搬班と、向き不向きで分かれている。
そして、そんな4つの班のどれにも属さないゴブリン達が8匹。俺が最初にとっ捕まえて、従魔にしてから一番の古株連中が全体を指揮していた。こちらほどではないけれど、やはり数は力。切り拓かれた 土地には丸太と枝の山がいくつも並んでいる。
向こうの土地は最終的に畑として利用するつもりだけれど、その前に最初の整備で伐採する木々の仮置き場として使う予定。昼食の後も伐採と整頓を続けてもらえば、夕方には十分な広さが確保できそうだ。




