山林整備計画素案
「へぇ、そっちはまた新しいスライムが生まれたのかい?」
昼になり、例によって昼食を取りながらの情報交換。こちらからは呪術の勉強が順調であることに加えて、新しく進化したカーススライムについて伝えた。
「それだけではありません。ローゼンベルグ様から、ミアズマスライムというスライムについても教えていただきました」
飢渇の刑場のことを思い出して、瘴気を吸うスライムもいるのではないか? と考え訊ねてみたところ、瘴気による被害が甚大な地域や瘴気溜まり、つまり瘴気の濃い地域で稀に見つかるスライムがいるとの情報を得た。
「瘴気を周囲に振り撒くという理由から、見つけた場合は駆除が推奨されていますが、それは実在しているからこそ。簡単に見つかるスライムではないと思いますが、探せば可能性はあるはずです。
しかし、見つけたとしてもそのスライムを他所に持ち出すのは難しいかもしれません。何らかの手続きや許可が必要になる可能性はお覚悟ください」
瘴気=明らかな危険物なのだから、そのような対応になるのも無理からぬ話。しかし、飼ってはいけないという規則があるわけでもない。
まず瘴気を巻き散らすような危険な魔獣を飼おうとする人がいない。危険すぎて犯罪にも使いづらい。そんな誰も飼育しない魔獣の飼育を禁止する意味がない。法の抜け穴的な解釈になるようだが……とにかく、明確に飼育が禁じられているわけではないようだ。
それなら俺が技師としての立場を使い、スライムの研究のために公爵家に許可を取ればいいだけのこと。ミアズマスライムを研究したいという俺の意思に嘘偽りはないし、見つけたら実際に観察するだろう。そして、瘴気を食べるスライムなら、瘴気の浄化に役立つ可能性も高い。
また、ミアズマスライムの入手に関しては、他所を探し回って移動せずとも、おそらく進化させることが可能だと思う。この山の瘴地に溜まっている瘴気を使って、スライムを進化させればいいはず。
……尤も、その進化を試すのはまだ当分先のこと。
理由はまず瘴気を好むスライムを探す必要があるから。実験場の地中から採取した瘴気でカーススライムの反応を見てみたが、あの子は瘴気を好まない。仮に好んだとしても、十分に観察するまでは進化させないだろう。
瘴気に対する反応と瘴気の性質、あとはポイズンスライムを進化させた実験の経験から、瘴気と嗜好が合致したスライムでなければ致死率が高くなることが予想される。俺は興味から毒を与えたりもするけれど、スライムを無駄に殺すつもりはないのだ。
瘴気も魔力の一種である以上、ミアズマスライムへの進化はカーススライムに近いと思うので、当面は闇属性を好むスライムを探してダークスライムに進化させ、反応を見ながらミアズマスライム、あるいはまた別のスライムになるかを調べてみようと考えている。
“瘴気を振り撒く”というのが生態的なものなのか、狩猟や防衛のための反応なのかでも話は変わってくるが、ミアズマスライムが瘴気を食べるのであれば瘴気の浄化、または瘴気の保存など、瘴気への対処に利用できる可能性がある。
「ただ、相応の安全対策も必要になるはずですからね。実験場があっても余計な被害は出したくないですし、条件が整うまでに、もっと瘴気対策の腕を磨いておこうと思います」
「それがいい。私達に浄化とか呪術の知識はないけど、あの土地によくないものがあるのは感じた」
虎人族のミゼリアさんがそう言うと、他の獣人3人だけでなく、人族のジェフさんも深く頷いた。今朝の浄化に付き合ってもらった時に、瘴地に満ちていた瘴気を肌で感じたのだろう。
「こちらはそんな感じでしたが、山の方はどうでした?」
「こっちは山に手を入れることを考慮して、使いやすそうな土地を中心に調査を進めたぜ」
ジェフさんが言っているのは、昨日シリアさん達が話していた台地のことだろう。
「昨日と同じく、見かけた生き物は虫や小動物ぐらいだった。大物も危険な奴も見てねぇ。狩猟には向いてないかもしれないが、この山は例の瘴地を除けば安全そうだな」
「リョウマがどのくらい山に手を入れるか分からにゃかったけど、畑を作るにも建物を建てるにも十分な広さはあるにゃ。あと水の確保については、ユーダムに心あたりがあるらしいにゃ」
「心当たり?」
水の確保で心当たりとはどういう意味だろうか? 川の場所を知っているとかかな?
「小川も見つけたけど、そっちはあまり水量が多くないし台地から遠いんだ。飲み水や生活用水は確保できるけどちょっと不便。畑に必要な水量まで考えると、井戸も掘った方がいい、っていう話をしていたんだよ」
「心当たりというのは“水が出そうな場所”ということでしたか」
「そう。この山の木は色々な種類が混ざっているけど、その中に“カレッパシ”っていう木があってね。内部に多くの水を貯える性質を持つ木で、水量の豊富な土地によく根づくから“カレッパシの木の群生地を掘ると水が出る”と昔から言われているのさ」
そんな木があるんだ、とユーダムさんの知識を楽しく聞いていると、既にユーダムさん達はカレッパシの木が群生している土地も見つけたとのこと。彼らも仕事が早くて助かる。
どこまで山に手を入れるかは未定だけど、川と群生地が分かっているなら水の心配はいらないだろう。水路は勿論、井戸もおそらく魔法で掘れる。
「あと山の利用じゃなくて管理の話になるけど、できるだけ早めに下草を刈って、間伐や枝打ちをした方がいいと思う。今のままだと放置されているのが丸わかりで体裁が悪いだけじゃなくて、山火事が起きた時に火が燃え広がりやすいと思うから」
「ああ……確かに、山火事対策は必要ですよね」
失念していた。見栄えだけの話なら、まだ土地を頂いてから日が浅いので手が回っていないと言い訳もできる。一方で山火事は起きた時点で被害が出るのだから、後から何を言っても意味がない。被害を最小限に抑えられるよう、事前に準備をしておく必要があるだろう。
山火事対策というと……すぐにできそうなのは“防火帯”。日本の消防法で6m~30メートルだったかな? うろおぼえだけど、そのぐらいの幅で木を切り倒しておくことで、延焼を食い止めるための地帯。
どのみち道を作る予定だったから、少し幅を広めに取れば防火帯としての機能も期待できるだろう。
「あ、ユーダムさん。そのカレッパシの木が水を貯えるなら、火に強かったりしませんか? あと植林が可能なら、作る道の両脇に植えて防火林にできないかと思ったのですが」
「生木の状態なら強いよ。切り倒して乾燥すると一気に燃えやすくなるけど。たしか挿し木で増やせたはずだし、スライムの肥料を使わせてもらえるなら、植林用の苗は用意できると思う。僕がやってみようか?」
「是非お願いします」
山林の管理に詳しくはないが、木を切るだけでなく植えることも考えなければならないことくらいは知っている。切りっぱなしでは瘴地のような、ただの自然破壊になってしまう。そうはしたくないし、するわけにもいかない。
植物関係はユーダムさんが頼もしいし、色々と意見を聞かせてもらいながら進める として……俺は俺で、山にどのように手を入れるかを具体的にしなければ。決定権を持つ俺がまずざっくりとでも方針を立てないと、計画立案も修正意見も出せないだろう。
「今の段階で作業の優先順位をつけるなら、道と山の整備ですね。
とりあえずこの山小屋の周囲から、下草はヒュージブッシュスライムを放し飼いにすれば大体処理してくれるでしょうし、枝打ちはゴブリン達を総動員しましょう。メタルやアイアンスライムに変形してもらえば、道具にも困らないはずです」
「リョウマ様のゴブリンは100に少し足らないくらいでしたか。それなら大きな戦力になりますな」
亡霊の街でゴブリン部隊を見ていたセバスさんが納得の声を上げるが、ゴブリンの数は先週100を突破して総勢113匹になっている。本格的に開拓をするなら桁が違うだろうけど、山の手入れと考えれば、この数はなかなか多いのではないだろうか?
「簡単な作業であれば人と同じように働けますし、ホブゴブリンは力もあります。道は僕がスライム達と一緒に作った方が効率的だと思いますが、枝打ちは完全に任せられます。道と山の整備が終わったら、瘴地の崩落現場にも手を入れたいです」
あのままだとまたいつ崩れてもおかしくないし、そうなれば今後の瘴気の浄化もやりにくくなる。幸い、午前の授業で覚えた呪術を使えば瘴気を防げる。学んだことをしっかりと復習して身につけるためにも、得た知識を活用したい。
「あと、うちのゴブリン達は暇さえあればお酒を作ろうとするので、酒造り以外の仕事も頑張ってもらわないと」
最近は白酒だけでは飽き足らず、別の素材を使ったお酒造りにも挑戦し始めた。スライム農法の実験で作った麦とか芋とか……あと、この前樹海のお土産として配った果物の余りも醸されていた。
熱心にお酒を作り続けた結果、製造途中の酒を好むドランクスライムが見つかるなど、結果的に俺の研究にも役立っている面もある。しかしこれまでの傾向的に、そのドランクスライムは“もろみ”とか、お酒造りに役立つスライムに進化する可能性が高い。
……新しいスライムが生まれるのは心の底から楽しみだし嬉しいけれど、このまま酒造に向いたスライムが生まれたら、本格的に対策が必要になりそうだ。ずっとディメンションホームの中だと運動不足にもなりそうだし、彼らの健康によくない。
そう考えると、山林の管理を定期的にすればいい運動になるかもしれない。ゴブリンだけでなく、俺もこの機会にもう少し鍛えよう。
「鍛えるって、特訓でもするの?」
鍛えるという言葉に興味を持ったのか、ミゼリアさんが訊ねてきた。
「時間があれば。ほら、この前里帰りをしたじゃないですか。今でも樹海を移動する分には問題ないのですが、奥地の魔獣を倒すとなると、若干攻撃力が心もとない気がしています」
「樹海に行って帰ってこられる時点で、力不足ってことはないと思うけどねぇ? そんなに奥地の魔獣ってのはヤバいのかい?」
「大型で頑丈な奴が多いですね。小さいのは小さいので厄介な奴はいますが、そっちは現状でも攻撃が効くので」
でもタイラントラプターとか、キャノンボールライノスのリーダーは、グレンさんがいなかったら手を焼いただろうな……と思う。スライムとか搦め手を使えば倒せはするだろうけど、自分自身のパワー不足を感じている。
彼のようになりたいとは思わないが、もう少し気や魔力による肉体の強化を磨こうか、という感じかな。あとあの人、レトルト食品を買いに来るとか言いながら走り去ったから、たぶん遠くない内にまた来るだろうし。また勝負しようと言い出さないとも限らない。
「まぁ、手伝えることがあれば言って」
「私達も強化魔法だけなら使えるにゃ」
「そん時は俺も付き合うぜ」
「ありがとうございます!」
時間を見つけて訓練するのも楽しそうだ。詳細を詰めたい気もするが、それは一旦置いておいて、話を戻す。
「さて、では山の整備はゴブリン達に協力してもらうとして……一度自分の目でも現場を確認しておきたいですね」
「それなら僕が案内するよ。探索した範囲は一通り案内してもらったから、オーナーさんの都合のいい時に言ってくれればいつでも行けるから」
「都合の良い時……ローゼンベルグ様」
意見を求めると、ローゼンベルグ様は朗らかな笑顔で口を開く。
「リョウマ君は既に浄化は一通りのことができるようになっています。私も傍でできる限りの助言はしますが、後は実践で数をこなすこと。少しでも自分のやりやすい形を模索していく方が良いでしょう。
私も必要な時に声をかけてもらえれば対応しますので、リョウマ君が決めてください」
どうするかは俺に託された。それなら今日の午後はユーダムさんに山を案内してもらおう。
「ではユーダムさん、午後はよろしくお願いします」
「了解」
「それから、ローゼンベルグ様。後で例の遺失魔法に関する資料をお渡ししますので、ご確認いただけないでしょうか」
「もちろんですとも」
資料自体は前々から用意していたが、合流してからすぐに浄化の授業に集中したので、渡すタイミングを失っていた。この機会に資料を読んでもらって、明日は詳しい相談をさせてもらいたい。
予定にない仕事や予定の変更は前世で嫌というほど経験したけれど……こうして皆で話し合いながら、1つ1つ前に進めるのは楽しいことだ。これからもこの調子で、目標達成に向けて頑張っていこう。




