禁忌の呪術と効率化
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
「順調なのは良いことですが、ここまで実技で躓くことがないとは思いませんでした」
ローゼンベルグ様が感心と驚き、あと指導者として困ったように笑っている。……正直、俺も同意見。
呪術も魔法であることに変わりはないはずなのに、不思議とこれまでの魔法よりも“しっくりくる”感覚。昨夜、エレオノーラさんと呑み込みが良いという話をしていたけれど、そういうレベルではない気がする。
「疑うわけではありませんが、以前どこかで呪術を学んだ経験は?」
「レミリー・クレミス様から少々手ほどきをいただいた時が初めてですね。無知と迂闊な行動の結果、呪いを受けましたから」
尤も、学び始めてから日が浅いのは呪いに限らず、魔法全般だ。エレオノーラさんとも話したけど……前世を含めたら数十年間、日本の漫画やアニメでファンタジー作品に触れ続けてきたので、それなりにイメージができているのは俺の強みかな。
「幼い頃から、祖母の所有する色々な書物を読んでいました。中には呪術が登場する物語のようなものもあったので、そのおかげかもしれません」
「ふむ……ちなみにどのような呪術でしたか?」
どのようなと言われると、すぐに思い浮かぶのは先程も話した“丑の刻参り”。あと有名なのは“蠱毒”とか“犬神”とか、大体は危険そうな呪術かな?
蠱毒は蠱術とも呼ばれ、多数の毒を持つ生物を1つの壺など容器に入れて、殺し合わせて最後に残った1匹を使役して他者を殺す呪術。
犬神は犬を首元まで土に埋め、首が届かない所に餌を置いた状態で飢えさせる。餓死寸前まで待って、犬が食べ物に食らいつこうとしたところで首を切り落とし、死んだ犬の霊を使役する、もしくは相手にとりつかせて殺す呪術……だったはず。
どちらも方法には色々なバリエーションがあるみたいだし、創作も含まれているだろうから間違いもあるだろう。しかし、どちらも危険な術というイメージが強いのは共通していると思う。
そんな、ふんわりとした説明をしたのだが……話が進むにつれて、ローゼンベルグ様の顔はどんどん険しくなった。
「もしかして、知っているとまずい術だったりしますか?」
「いえ、知識だけなら問題はありません。昔はそういう術も珍しくなかったそうですし、専門的に呪術を学ぶのであれば必然的に、ある程度は耳に入るものです。
ただし、それらの術……正確には“生贄の使用および、生物の殺害や苦しめる行為を伴う呪術”は、現代では禁忌とされていますから、絶対に使用しないように」
さらにローゼンベルグ様は、禁忌とされる理由も併せて教えてくれる。
生贄は、いわば"魔石の代用”。万物には魔力が宿り、特に血液には魔力が豊富に含まれているので、殺した生き物の体に宿る魔力で自分自身の魔力を補う、または上乗せして術の効果を高める目的で行われていたのだそうだ。
さらに生前に虐待を加えるのは、魔力の変換のため。魔石は使いたい魔法の属性に合致したものを使うのと同じように、虐待によって生贄の心を負の感情で満たすことで呪術に使いやすく、さらに術の効果を高めるのだと。
「それを聞くと、商人のお話にあったような事故も起きそうですね……」
「実際に事故が多かったそうですよ。だからこそ、今では禁じられているのです。それでも強大な力の誘惑に耐えられずに手を出す者はいますし、自身の能力を高めるために心身を傷つける行為を“苦行”と称し、修練の一環として行う者も一定数いるのが実情です」
生贄は入手経路や儀式の後に比較的証拠が残りやすく、人を相手に行えば呪術師でなくとも犯罪行為なので逮捕もできる。しかし、自分自身に苦痛を与えるのは自分の意思。軽いものから段階を踏んで、修行だと思い込んでいれば、そういうものだと受け入れてしまう者は少なくない。
また、過去に辛い経験をしたことがある人が後々呪術師になった場合は、苦行を行った呪術師と判断がつきづらい。そのため苦行はなるべく控えるべきと言われているが、禁止まではされていないようだ。
「故意に心身を傷つけることはよくありませんが、生きていて一度も辛い経験をしないというのも、まず不可能ですからね……とはいえ、苦痛によって負の感情を増大させようとするのが危険なことに変わりはありません。
もし今後、そういった修行をしている呪術師、または修行としてそのような方法を勧めてくる人がいた場合には、絶対に誘いに乗らないでください」
「わかりました。
ちなみに一般的な呪術師の修行というのは、どのような方法で行うのですか?」
「瞑想と内省が基本ですね。たとえば怒りという負の感情があるとして、それが何に対する怒りなのか? 何故自分はそれを腹立たしく感じているのか? 原因が分かればどのような対処ができるか? という要領で負の感情に対して向き合います」
カウンセリングかな? いや、メンタルケアの方が適切か? 怒りを例に挙げられたからか、会社員時代に受けたアンガーマネージメント講習を思いだした。
「同じものかは分かりませんが、だいぶ前にそのようなことをやらされた記憶がよみがえりました。瞑想も武術の訓練の一環で馴染みがあります」
「そうでしたか。確かに感情の制御や心の治療は呪術師でなくとも必要ですから、一般の方向けに指導をしている呪術師もいます。リョウマ君は自覚がなかっただけで、呪術の訓練は受けていたのかもしれませんね」
ローゼンベルグ様はそれで腑に落ちた様子だが、本当にカウンセリングやメンタルケアを専門にしている呪術師もいたのか……いや、負の感情を扱う修行で心身を傷つける可能性があるのだから、それを癒すための知識も蓄積されていてしかるべき。奥が深いな……
「話が逸れてしまいましたが、ひとまず浄化後に使う術も習得できましたね。用意をしていただいたので、解呪の練習もしておきましょう」
ローゼンベルグ様が手で俺の後ろを示す。振り返ると、離れたところでセバスさんが荒地の上にテーブルと椅子を並べ、さらに魔法で大量の箱を取り出していた。
昨日よりも大量の箱の数々。大きさは大小様々だが、用意された席に座って彼が最初に開いた一番大きな箱の中には、小さな箱がぎっしりと詰められている。
「これらの小箱には呪いをかけられた物品、所謂“呪物”が1つずつ保管されています」
「これ全部ですか? ざっと見ただけで50はありますが」
「呪物は放置していると何が起こるか分かりませんから、この国では発見され次第適切に処理、または回収・保管されることに決まっているのです」
所有者が呪術師や祓魔師に依頼して浄化を行えば手元に残せるが、浄化費用を上回る価値を感じなければ所有権を手放す。その後は警備隊や各種ギルドなどを経由して、領主が用意した保管施設で、呪術師や祓魔師によって浄化や破棄が行われるのだそうだ。
恐ろしいことに呪物かどうかは外見で分かりにくいので、古物市や露店で普通に並べられていることも割とあるのだとか。
「これらはジャミール公爵家の呪物保管施設から、私の名前と新人呪術師の育成のためという名目で引き出してきました。日々、領地全体から送られてくるので、保管施設は基本的に人手不足。浄化はあまり進まず保管するものが溜まるので、職員には喜ばれましたよ」
「それは、大丈夫なのでしょうか……」
「ジャミール公爵家の保管施設は余裕がある方ですね。それに領内で全て処理できることが理想ですが、不可能であれば周辺の領主と相談の上、各領地の保管施設が一杯になる前に引き受け先を探しますから、心配はいりません」
保管施設での浄化は1日だけの勤務や、今回のローゼンベルグ様のようにまとまった数を引き取って、空き時間に浄化をするような働き方も可能。報酬は呪物1個単位で貰えるため、新人の呪術師にとっては便利な内職のような扱いだそうだ。
そんな話を聞いてからカーストランスファーによる浄化を試すと、やはり当たり前のように成功。呪物と魔力は大量にあるので次々浄化をしていくと、学生時代を思い出す。この流れ作業感がわりと楽しいので、この働き方は俺に向いていそう。
しかし……用意された呪物の数が多すぎる。ざっと見ただけで50はあると思ったが、見えていないところにはさらに用意があったのだ。
「浄化しきれなければ保管施設に戻すだけなので、無理をする必要はありませんよ。セバス殿がおられますし、足りないよりはと考えて多く用意しただけなので」
「ノルマがないのはありがたいですが、やればすぐにできる仕事が残っているのはどうにも気持ちが悪くて。呪術の基礎訓練にもなると思うので、昼まではやりたいです」
「やる気があるなら、止める理由はありませんね」
でも、1つ1つ浄化するのでは効率が悪い気がする。しかし、大量の呪物を適当にひとまとめにして置いておくと、稀に呪い同士が反応し合っておかしな現象を引き起こすこともあるらしく、安全の観点からまとめて浄化を行うことは推奨されていない。
……そういえば、スライムに呪術は使えるのだろうか? 闇属性を使えるダークスライムが呪術を使えたら、単純に人手?が増えるかもしれない。
思いついてしまったので、許可を取って試してみる。
ディメンションホームからダークスライムを呼び出し、机の上に呪物の指輪と呪いを移す魔石を並べて、まずは実演。
「いいか? 『カーストランスファー』」
俺の魔力で指輪に絡みついた不気味な魔力を包み込み、溶け出すように。中までしっかりと取り除いたら、魔力を魔石に送り込む。そして指輪から呪いの魔力がなくなっていることを確認したら、終了。一連の動きをダークスライムに観察させ、次の呪物を用意して実践してもらう。
「できるか?」
ダークスライムは机の上で触手を伸ばし、呪いのかかったピアスと魔石をいじっている。微弱な魔力を放出はしているが、魔石に呪いが移る様子はない。
「ダメかな……」
色々な反応や自主的な訓練をするから忘れがちだけど、スライムは本来、本能で生きる自我の薄い魔獣。呪術として使えるほどの感情は持っていないのだろうか?
ダークスライムがそっとピアスと魔石をテーブルに置く姿を見て、そう考えた。しかし、置かれた2つを回収しようと手を伸ばして異変に気づく。
「? ローゼンベルグ様。このピアス、呪いが消えていませんか?」
「本当ですね。呪いが移った気配は感じませんでしたが、一体どこに」
「……おそらく、呪いを食べたのかと。呪いは負の感情で変質した闇属性の魔力によるもので、ダークスライムが好むのは闇属性の魔力ですから」
想定した形とは違ったけれど、呪いが消えているのは事実。
「ちょっと実験してみますね」
軽めの風邪を思い浮かべて、魔法系スライムに食事を与える要領で呪いの魔力を放出してみる。するとダークスライムは嬉しそうに触手を伸ばして、普段の食事と同じように、俺の手元から魔力を吸っていた。
ダークスライムが呪いの魔力を吸うことは確定……そういえば亡霊の街でも、ダークスライムは周囲の魔力を吸っていた。あの時は地中に埋まっていた魔王のかけらを掘っていたし、ただの食事だと思っていた。
しかし、今考えるとあそこは元々瘴気が充満していた場所。魔王の欠片がなくとも、処刑場跡という負の感情のたまり場のような場所だったので、呪いの魔力が含まれていてもおかしくない。
もしかして気づいていなかっただけで、あの時から既に兆候はあった? だとしたら……
「不覚ッ!」
「タケバヤシ様!?」
「大丈夫ですか? 突然何が」
「あっ、失礼しました。スライムを研究する身として、至らなかった部分に気づいてしまいまして」
セバスさんは俺の行動から思考の経緯を察したようで落ち着いているが、エレオノーラさんとローゼンベルグ様は意味がわからなかったのだろう。驚かせてしまったようだ。それは反省するとして、
「ローゼンベルグ様、他の呪物も使わせていただけませんか?」
このダークスライムが呪いの魔力を吸うことは確認できたので、もっと食べさせながら観察したい。喜んで呪いを吸ったことから、新たな進化の可能性がある。
こうして解呪の練習から、スライムの観察に移行した結果――
「――来たっ!」
“カーススライム”
スキル 闇魔法Lv3 呪術Lv3 闇属性耐性Lv8 呪術耐性Lv5 闇属性魔法吸収Lv2 呪術吸収Lv3 ジャンプLv1 消化Lv3 吸収Lv3 分裂Lv1
大量の呪物から呪いを吸い上げたダークスライムは、見事に進化した!
「外見的な変化はなし、大きさも色も輝きも……変わらず闇のような黒。見た目だと進化前と進化後の区別がつかないな……でも能力的にはダークスライムに呪術関連の技能と耐性がついた感じですね。
呪いを食べたのは呪術吸収? 実際に使う機会はありませんでしたが、ダークスライムは元々闇属性の魔法を食べて、威力を軽減することができましたからね……面白い」
進化したスライムの観察に夢中になった俺が本来の目的を思い出し、3人の大人が生暖かい視線を送っていることに気づくのは、もうしばらく先のことだった。




