瘴気浄化の応用編
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
翌朝
朝食の席で昨夜の件について、皆さんに話を持ちかけてみたところ、
「呪術の指導予定に関しては、エレオノーラ嬢の言葉通りです。極めて順調ですので、そちらに時間を割いても差し支えはないでしょう。根を詰めるのも良くないですし、気分転換にもなるでしょうから、むしろ推奨しますよ」
「俺らもどうせ山の調査を続けるんだ、ついでに歩きやすいところを探すくらいなんでもないぜ」
「強いて気になることを挙げるなら、リョウマの方は大丈夫なのかい?」
「そうにゃ! リョウマは色々と忙しいのにゃ」
皆さん、概ね賛成の様子。唯一の懸念として挙げられたのは俺のことだった。
「僕の方も大丈夫ですよ。昨日の時点で瘴気濃度の計測は一通り終わりました。今後も浄化作業前に軽く調べはしますが、昨日ほど念入りに調べる必要はないそうです。一番体力を使う仕事が一段落しているわけですし、土木工事も魔法があれば苦ではありません」
今回の滞在中にやるべきこと、というか目標を整理して考えてみると、
・瘴気浄化の勉強
・解呪の遺失魔法の相談、及び再現
・コルミを外部の人と交流させる方法の模索
この内、後ろの2つが大きな目標であり、それらの実現のために必要なのが呪術の勉強。基礎が疎かでは、応用は難しい。仮にできたとしても何らかの穴があるかもしれないし、穴に気づけないこともありえるから、ローゼンベルグ様に時間を割いていただいた。
色々と忙しいように見えるけれど“呪術の勉強”という意味では全部が一つに繋がっている。一度に複数仕事を抱えるのではなく、順番に片付けていくイメージだ。瘴気浄化については初日で半分程度は終わったというのだから、なおさら余裕があると思う。
ローゼンベルグ様も気分転換は推奨すると仰っているし、住環境や道の整備はしておいて損がない。滞在中の生活がもっと便利になるのはもちろん。それが技師としての体裁を整え、将来の余計な問題を防止すると考えたら、一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなる。
「皆さんにもお手伝いいただきますし、従魔も使って抜ける所で手は抜かせていただきますから」
「無理をしているようなら僕達が止めればいいだろうし、いいんじゃない?」
ユーダムさんが最後に一言添えると、皆さん“それもそうか”といった感じで、話題はこれからの具体的な話に変わっていった。
■ ■ ■
そして、朝食後。
午前中は昨日に引き続き、瘴気浄化の実習(応用編)。しかし、朝食の時点でローゼンベルグ様から“授業の前に、君が亡霊の街で行ったという浄化方法を見せてください”と言われたので、まずは俺が我流でやることになった。
なお、俺が魔法を使っている間は冒険者チームも調査には向かわず後方で待機。俺の魔法は煙を使うので、万が一俺のやり方に問題があった場合、そして万が一煙が調査中の皆さんの方に流れた場合の危険を考慮しての備えだ。
あとは風向きを見て、崩落現場下の台地で万全の準備を整えたら実演開始。今日は瘴気の浄化が目的だから、燻して殺菌消毒のイメージで……と思ったが、瘴気の元は打ち捨てられた墓。いわゆる無縁仏なので、まずは供養のイメージで魔法を使うことにする。
どうせ儀式としてやることは変わらないのだから、先に供養をしてから土地の浄化をすればいい。まずは黙々と火を焚き、食材と魔力をくべながら祈りを捧げる。昨日の学習内容も活かして、瘴気の動きにも注意を払う。
魔力の状態を観察しながら一定の動作を繰り返していると、武術の型稽古をする時のように自然と心が澄んでいく。周囲の雑音や煙の臭いが消え、瘴気の流れをより明瞭に感じる。
……この魔法は何度も使っているけれど、改めて観察して気づいた。この魔法は、煙が瘴気を吸っている。煙が昨日の杖のように瘴気を巻き込んで、風に吹き散らされることで溶けるように消えていくのだ。
自分でやっておきながら不思議だけれど、吹き散らされた後には瘴気の気持ち悪さを感じない。これを成功体験として、さらに浄化の過程を明確にイメージしながら火を焚き続けた。
「そこまでにしましょう」
「わかりました」
ローゼンベルグ様から声がかかり、手を止める。
「集中していましたね」
「ええ……どのくらい時間が経ちましたか?」
「もうすぐ1時間といったところですよ」
集中しすぎて時間を忘れていた。火の前にいたから汗もかいているし、喉も乾いている。そう気づいた時には、すでにセバスさんが水筒とタオルを差し出してくれていて、いたれり尽くせりだ。
「休みながらでいいので聞いてください。まず君が行った浄化ですが、きちんと効果が出ていました」
「本当ですか、それはよかった」
「もし浄化できていないようであれば、その時点で止めましたからね。文句なし。それどころか、術の途中でさらに改良を加えていませんでしたか? 私には、だんだんと効果が上がっているように感じられたのですが」
それはおそらく昨日の授業を参考にしたからだろうと説明すると、ローゼンベルグ様は呆れたように笑った。
「独自の術を開発し、この短時間でさらに発展させたこともそうですが……一番驚きなのは、これをほとんど呪術の知識がない状態から生み出したことです。これで応用の指導もいらなくなりました」
「指導がいらないということは」
「はい。瘴気を回収する浄化方法の要領で瘴気を操り、瘴気の互いに引き合う性質が及ばないほどに拡散させることで、自然に還す。それが呪術による瘴気の浄化方法、応用編です。
事前に術の内容の話を聞いて、もしやと思ったのですが……まさか本当に基礎を飛ばして応用を身に付けていたとは。クレミス様が仰った通り、君には呪術の才能がありますよ」
「ありがとうございます。ただこれ、今思うと結構危ないことをやっていたのですね」
瘴気を上手く拡散できていなかったら、逆に瘴気を広げる結果になっていたのではないだろうか?
「ええ、ですからこれは応用。本来は初心者が手を出す術ではありません。基礎となるやり方で十分に瘴気の扱いを身に付けてから、師匠の監督下で練習を重ねるものです。だから私も君の術を見て、問題があればすぐに止める予定だったのです」
尤も、俺には亡霊の街という実績もあったので、おそらく問題ないだろうとも思っていたらしい。専門家ではなくとも、元宮廷魔導士であるレミリー姉さんの見立ては信用されていたようだ。
「もちろん、クレミス様の保証があるからといって、評価を甘くしたわけではありませんよ。
さて、応用を教える必要が無くなってしまったので、次は……」
「失礼します」
ここで声をかけてきたのはエレオノーラさんだ。
「浄化の魔法に問題がないのであれば、彼らには調査に向かっていただいてもよろしいですか?」
「そうでした、ローゼンベルグ様」
「ええ、安全は確認できましたし、その方が効率的でしょう」
ということで、ここから冒険者チームとユーダムさんには山の調査に向かってもらう。
彼らを見送ったら、改めて呪術の勉強を再開。
「浄化はひとまず問題ないことが分かりましたので、次に進む前に、一旦“呪い”について勉強しましょう。次の段階、浄化後の処置にも必要になってきますからね」
「あの木々の印のことですね」
瘴気を外に漏らさないための呪術。その効果を長期間継続させるために必要なのだろう。
「その通り。君には実践の中で教えた方が良さそうなので、説明はなるべく簡潔に……まず呪いのかけ方ですが“対象と目的を明確かつ正確に、そして限定すること”これが最も重要です。何事もそうだと思うかもしれませんが、呪術の場合は“術の暴走を防ぐ”という意味があります」
続けてローゼンベルグ様は、ある一例を示す。それは呪術師の間では有名かつ、多くの教訓を含んだ故事。
昔、あるところに1人の強欲な貴族がいた。
貴族は強引な手段で金を稼ぎ、私欲で権力を振るうことに躊躇がない冷酷な人間。
彼は大きく儲けていたが、その裏では多くの領民が苦しみ、大層恨みを買っていた。
そしてある日のこと……その貴族の所有する馬車の中で死体が発見される。
死因は呪いによるもので、後の調べで犯人は街の浮浪者だと判明。
犯人はかつて貴族の屋敷に出入りしていた商人の息子で、親の店は潰されたうえに借金を負わされ、生活苦から体を壊した両親も失った。親の仇の馬車とすれ違い、ため込んでいた恨みを衝動的に“呪い”という形で解き放ってしまっていたそうだ。
溜め込んだ恨みだけで人を殺してしまう……この時点で扱いに注意が必要だと感じるが、この話にはまだ続きがある。なんと、その呪いで死んだのは、恨まれていた貴族ではなかったのだそうだ。
「死んだ男は当時領主の家に出入りしていた商人、つまりは犯人の父の後釜でした。その男は多額の賄賂で貴族に気に入られており、たまたまその日調子が悪くなった自前の馬車の代わりに、たまたま機嫌のよかった貴族から馬車を借してもらえたのです」
「犯人は貴族の馬車に乗っていた男だから、悪徳貴族だと誤解した、ということですか?」
「その通り。感情というものは、いわば暴れ馬なのです。
上手く乗りこなせば大きな力となり、不可能を可能にする一押しとなる。他の魔法よりも幅広くて強大な力を利用できる。その半面、暴走を引き起こしやすく、被害も大きくなる傾向にある。事故が起きてからでは遅いのです」
「……噂話と風評被害にも近い気がしますね。無責任な悪意の恐ろしさというか、無軌道というか、うまく言えませんが」
ネットにSNSが発達した社会で生きていた身としては、近い状況を見た覚えがありすぎる……
「おっと、ついつい話が長くなってしまいました。とにかく呪いをかける際には、対象と目的を明確にすることを忘れないでください。
この話では誤解によって違う相手を殺してしまう事故が起こりましたが、場合によっては無差別に呪いをばら撒いてしまい、自分自身で呪いの被害を受けた事例もありますから」
「気をつけます」
「よろしい。では具体的に対象を定めるコツですが“目印を用意する”というのが一般的でしょう。たとえば先程の話だと、犯人が商人を呪い殺したのは貴族の馬車に乗っていたから。馬車についていた“家紋”が恨みを向ける目印になってしまったのです」
「ああ……なら、あの木に付いている印も」
「家紋でも、特定の図形でも、視覚的に認識できるものはイメージしやすいですからね。印に限らず特定の道具や装飾。人に呪いをかけるなら相手の名前であったり、絵姿であったり、体の一部ということもあります」
体の一部で、丑の刻参りが思い浮かんだ。藁人形に呪いたい相手の髪の毛を入れて釘を打つやつ、あれもそういうことなのだろうか? 昔読んだ書物に載っていた話ですが……と聞いてみると、ローゼンベルグ様はおそらくそうだろうと答えた。
「絵画などもそうですが、対人の呪いで人型を模すのは理にかなっています。呪いを防ぐためには何を使われたのか、術の経路が特定できると対処もしやすくなります。
また、呪術は決して恐ろしいだけではありません。病によって眠ることができなくなっている人に、睡眠の呪いをかけることで休息を与えるなど、同じ効果の呪いでも状況次第で良い事にも利用できます。それを覚えておいてください」
ローゼンベルグ様はそう説明を締めくくり、実践練習に入る。まずは先程の話を参考に、俺が使ったことのある呪いを実際に見せて貰いたいとのこと。
俺が使える呪いというと、亡霊の街でレミリー姉さんから学んだ病魔の呪いなので、あの時と同じく拾った小石に呪いをかける。すると、記憶通りの禍々しい気配を放つ石になった。
「予想よりも強力ですが、呪いとしては成功しています。かけ方も基礎練習は必要なさそうですね……この調子なら瘴気の漏出を防ぐ効果も高く、持続時間も延ばすこともできるでしょう」
ということで、本格的に実践練習に突入。
「病魔の呪いで君自身が体験した病を想像したように、目的に沿った負の感情を見つけられると、やりやすくなりますよ」
「対象はこの石で、目的は瘴気を防ぐこと……阻む、押し込める、妨害する……」
少し考えたけれど、近づかない、関わらないという感じでやってみよう。
それなら森に引きこもった頃が丁度そんな感じだったから、イメージしやすい。
人付き合いにうんざりしていた頃の気持ちを思い浮かべ、心を満たして呪いをかけてみる。
「『アイソレーション』」
さっき瘴気を浄化してしまったから分かりづらいけど……呪いをかけた小石の周囲から、微かに瘴気が遠ざかった気がする。
「どうでしょうか?」
「……順調すぎて教えることがありませんね」
どうやらこの魔法も一発成功。俺は本当に呪術師に向いているらしい。




