瘴気浄化の実践訓練
本日、4話同時投稿。
この話は4話目です。
昼食後
セバスさん達が作ってくれたスープとサンドイッチで満腹になり、今は優雅にティータイム中。山小屋はスライム達の頑張りによって綺麗になっている。しかし、掃除前にも少し気になっていたのだけれど……10人が泊まるには手狭に感じた。
部屋数もトイレを除いて大部屋が1つのみ、家具もないためこのままだと夜は雑魚寝になるし、男女で分かれることもできない。これは俺達が大所帯すぎたのかもしれないが、これはちょっと問題ではないか?
「ここは土地の管理と瘴気浄化作業のため、あくまでも一時的に滞在する場所ですからね。寝泊りできれば十分ですし、担当の呪術師が何人弟子や助手を連れて来るかも分かりません。部屋数より大部屋1つの方が管理が楽という利点もあります」
「そうか、どうせ年に数回しか使わないから……掃除もしやすいと」
「そうなりますね。ですがそれは過去の話。今はもう君が管理者ですから、必要であればこれから手を入れていけばいいと思いますよ」
「分かりました。あとで仮の部屋を増築しておきます」
「? あとで?」
「スライムと魔法を使えば、ここと同じくらいの小屋なら30分もかからないので」
ヒュージブッシュスライムで草を刈って、ソイルスライムとのスライム魔法で地盤の確認をしてから整えて、ヒュージロックスライムに頼めば基礎まで一気に終わらせられる。後はその上にサンドスライムとのスライム魔法で3Dプリント式の建物を乗せればいい。
今回だけの滞在用ならそれで十分だと思うが……ローゼンベルグ様は俺の建築関係の実績を知らなかったようで、いまいち理解できていないご様子。そこで給仕中だったセバスさんが彼に説明を始めた。
「まぁ、普通はそう思うわな。それに関しちゃリョウマがおかしい」
「アタシらだって、年末の街の改造を見てなかったら同じ反応だっただろうね」
テーブルの反対側から、ジェフさんとウェルアンナさんの笑い声が聞こえてくる。確かにスライムは便利すぎるので、知らなければ戸惑うのも無理はない。
「さて、アタシらはそろそろ仕事に行こうかね」
「まだおかわりもありますが」
「1杯もらえれば十分にゃ」
「これまで大した仕事もしてねぇしな、このままじゃ報酬泥棒になっちまう」
「安全な東側は隅々まで調べておきますから、任せてください」
「西も入っていいと判断したら言って、手伝うから」
ウェルアンナさんを先頭に、冒険者チームが俺に一声ずつかけて調査へ赴く。
「勤勉な方々ですね」
「ええ、それにいい人達です」
「良縁は大事にしてください。呪術は負の感情を活用する性質上、一歩間違えばその感情に呑まれて道を踏み外す、あるいは心身を病む危険を常に孕んでいます。
そうならないように支えてくれる。そうなりかけた時に気づき、引き止めてくれる。そうなってしまった場合に助けてくれる。他者と良好な関係を構築しておくことは、呪術師にとって、一般の人以上に大切で価値あるものですからね」
これはレミリー姉さんにも言われた。呪術に使う魔力は、負の感情で変質させた魔力。これは瘴気とも性質が近いという話なので、瘴気の浄化が目的でも無理をすればそういう危険があるのだろう。
「教えは心に留めておきます。しかし呪術は関係なく、彼らとの縁は大切にしたいと思っていますから。もちろん、ここにいる皆さんとも」
「……どうやらその点は問題なさそうですね。それではこのお茶を飲み終わったら、我々も調査に向かいましょうか。先ほど教えた魔法道具を実際に使ってみましょう」
「はい!」
ということで、魔法道具を持って集落跡地へ出発。午後の授業として実践練習が始まったのだが……
「皆さん大丈夫ですかー!?」
「なんとか、ゆっくりとなら行けます」
「資料に書かれていた以上に道が悪いですね」
「元々は盗賊の住処だったみたいだし、敵が簡単に攻め込まないようにしていたんだろうね」
「もしくは、ここも崩れて細くなった可能性もありますな」
件の集落に向かう道は、資料に書かれていた以上に細く険しかった。下は坂だが傾斜がきつくて60度はある。所々にほぼ直角で足場も狭い、壁を這うように進まなければ通れない場所もあった。道があまりに細すぎるため、スライム達に乗ることもできない。
「帰りは空間魔法か、いっそ新しい道を開拓しましょうか。問題ありませんよね? セバスさん」
「もちろんですとも。この山は既に実験場として利用、必要に応じた開拓の権限が認められております。ふもとの道まで影響を及ぼすようであれば困りますが、道の1本や2本はリョウマ様の裁量で敷設を決定していただいて構いませんよ」
「タケバヤシ様、その際は詳細をお教えください。私の方で報告書を用意いたしますので、ここの管理状況と合わせて公爵家に提出しておきます」
「それは本当に助かります」
全く書類仕事がなくなるわけじゃないだろうけど、ほぼ俺のやりたい仕事、好きな仕事だけになる。こんな就労環境、前世では考えられなかった。
自然とやる気が漲ってきたところで、若干の不快感を覚える。この感覚は間違いない。
「瘴気を感じました」
「では、足場のいいところで実践してみてください」
ローゼンベルグ様に教わった通りに魔法道具を使ってみる。まず杖の石突を地面に突き立て、天秤の水平を保って魔力をそっと天秤に流す。魔力操作は得意な方なので、ここは難なくクリア。前方の天秤が微かに沈み込み、角度は4度を示した。
「問題なく使えていますね。4度ならここはまだまだ安全圏です。しかし、この先が安全とは限りませんので、今のうちに防備を整えておきましょう。さて、この時の注意点は?」
「闇属性の魔力で、可能な限り衣服に沿って、瘴気を防ぐ膜を作ることです」
瘴気から身を守るだけなら光属性の魔法でも構わないけれど、それだと瘴気を打ち消してしまう。そうなると周辺の瘴気量が変動してしまい、正しい瘴気の量が測れなくなってしまうのだ。
理由を伝えると、ローゼンベルグ様は深く頷き、自ら防護魔法のお手本を見せてくれた。
「『プロテクション』」
彼が発した闇属性の魔力が、彼の体を包み込む。これは以前レミリー姉さんから教わった“アンチカース”とほぼ同じ。アンチカースでもある程度の瘴気を防ぐ効果はあるそうだが、こちらは呪いと瘴気を明確に区別して、対象を瘴気に限定することで保護効果を高めた専門的な魔法だそうだ。
「『プロテクション』」
「どれ……上出来ですね。アンチカースを習得しているからか、初めてとは思えない安定感です。これなら十分に身を守れるでしょう」
お墨付きが出たところで、練習がてら他の3人にも防護魔法をかけて再出発。瘴気量の測定を行いながら進んでいくと、問題の集落跡に着いた。尤も、当時の建物は既に焼き払われた上に長期間雨風に晒されて朽ち果て、痕跡もほとんど残っていない。
「この辺が一番瘴気が濃いみたいですが、それでも28度です」
発生源と聞いていたからもっと濃いかと思っていたけれど、まだ安全圏。防護魔法が効いていることもあるだろうけれど、瘴気の気持ち悪さもほとんどない。これで28度と考えると……亡霊の街って相当ヤバかったんだな……
「適切に管理されていれば、こんなものです。
亡霊の街とはそもそもの規模が違いますが、アンデッドが大量発生していたことを考えると、全体の瘴気濃度は低く見積もっても40度以上。中心地は60も超えていたのでは? 管理ができていない状態の典型例ですね」
「ということは、ここも放置しているとそうなる可能性が」
「その通りです」
あの時の状況の危険度を改めて理解し、この実験場をあんな風にしないことを肝に銘じて調査を続行。急傾斜かつ、土砂崩れを警戒しながらロープも使って山の上り下りの連続。手分けをしても時間と体力が削られていく。
しかし、地道に作業を続けていれば徐々に瘴気が広がっている範囲が明確になり……日が傾き始める頃には調査が終わった。
最終的に分かったことは、この山の瘴地は麓から見た通り、土砂崩れの現場を中心に200メートル程だということ。全体を俯瞰すると、最初に崩落したと思われる部分が狭まっていて“ひょうたん”や“だるま”の形に近い。
また、特に瘴気が溜まっている場所は、集落跡の発生源と土砂が流れ着いてできた台地。山の上下に一か所ずつ存在していることが確認できた。
「事前情報と照らし合わせても、齟齬はありません。
今回は何もありませんでしたが、もし異常があった場合、浄化の失敗や思わぬ事故に発展する可能性があるので、浄化を行う前には状況と異常の有無の確認を忘れないでください」
「承知しました。
ところで、土砂崩れの形状と影響範囲が綺麗に重なっていたのは、あの印の効果でしょうか?」
それはムカデか蛇か、それともミミズ? 生き物ではなくねじれた杖のようにも見える謎の印。この印が土砂崩れの現場を囲むように、ここら一帯の木々にほぼ等間隔で描かれている。
魔力を感じたので呪術師の手によるものだろうし、状況と意味を考えるに間違いないとは思うが……
「あれは瘴気の拡散を防ぐ効果のある呪術ですね。あのように、何らかの印を使う人は多いですよ」
「だとすると、その術は結界魔法に近いものなのでしょうか? それとも付与魔術でしょうか? 資料が半年近く前のものなので、同時期に設置されたとすると、魔法としてはかなり長く効果が残っているように感じます」
俺も結界魔法は使えるが、半年も効果を維持し続けることはできない。定期的に張りなおすことならできるけど、山小屋の状態からしても、ここには長く人が来ていないはず。となると呪術では、魔法道具を作るための付与魔法のようなことができるのか?
「可能です。というより、呪いは基本的に付与魔法に近い性質がありますから。“恨みが募る”という言葉があるでしょう? 強すぎる負の感情は恨みとなり、長く残りやすいのです。あの瘴気を抑える術も、その性質を応用して効果を長期間維持していますね」
「そうなんですか……奥が深いですね」
「詳しくはまた後にしましょう。呪いについても教える予定はありましたし、どのみち浄化が終わればあの術が必要になります。まずは瘴気の浄化の続きを……今日は体力も使いましたし、最後に少しだけ浄化作業を実践して終わりにしましょうか」
それからローゼンベルグ様はセバスさんに声をかけ、アイテムボックスからいくつかの荷物を出してもらう。
「まずはこれです」
出された中で1番大きな籠の中には、魔法の杖が20本以上。雨の日のコンビニの傘立てのように詰め込まれている。作りはどれも木製の棒の頭に、亡霊の町でも見た闇属性の魔石が取り付けられているシンプルなものだ。
ローゼンベルグ様はおもむろにその中の1本を手にすると、俺達から少し離れて地面に杖の先を向け、呪文を唱える。
「『カーストランスファー』」
杖を通して放出された魔力が、緩やかに地面に注ぎ込まれた。次の瞬間、地中から黒い埃が舞うように、瘴気が湧き出す様子が見える。勢いは決して激しくはないが、可視化された瘴気はかなり濃度が高く危険な状態だ。
さらに観察を続けると、ローゼンベルグ様は埃のような瘴気をかき混ぜるように杖を動かし、魔法で絡め取っているようだ。埃は次第に黒い糸と化し、綿あめのように杖の先端に集まる。
集まった瘴気は徐々に魔石の中に押し込まれているようで、少しずつ縮み、完全に見えなくなったところでローゼンベルグ様は魔力の放出をやめた。
「わかりましたか?」
「瘴気を地面から吸い出して、それだけでなく空気中からもかき集めて、杖の魔石に閉じ込めたように見えました」
「その通り、これが呪術による瘴気の浄化の基本。瘴気を浸食された物体から取り除くのです。取り除いた瘴気を移す対象は魔石でなくともいいのですが……できるだけ離れて、触れずに、もう一度この杖を見てください」
ここで、実演に使っていた杖を見るように促すローゼンベルグ様。何が言いたいかはすぐに分かった。
「杖の先が傷んでいる? ついさっきまで新品みたいで綺麗だったのに」
「高濃度の瘴気に触れると、物体は急速に劣化します。この杖は魔法的な効果よりも、瘴気を貯める魔石から距離を取るためのもの。言ってしまえば、ただの棒と変わりません。瘴気を移す先に闇属性の魔石を使っているのは呪術が使いやすいだけでなく、瘴気に対する耐久性が優れているからです」
ここで20本以上も杖が用意されていた理由も理解できた。安全のためには距離を取る必要がある。ただ、この作業を行うとすぐに道具が傷んでしまう。だから安い素材で大量に作っておいて、ダメになったら交換するのだ。
「瘴気に強い素材で作った道具を使う人もいますが、高級品なので。呪術師は他にも道具が必要ですし、とにかくお金がかかるのです。経費削減を心がけていても、安全のためにはどうしても削れない部分が多くて……」
「世知辛いですね……」
ローゼンベルグ様は遠い目をしているが、そこで削らないだけいいと思う。普通に考えれば当然かもしれないけど、実際に安全を犠牲にして経費削減をする職場はあるんだよなぁ……それも結構たくさん。
「難しい話ですが、君には頼りになる経理担当者もいることですし、相談すればそのあたりは心配ないでしょう」
「お任せください」
調査の段階から記録担当になっていたエレオノーラさんが簡潔に返事をしたところで、いざ実践だ。
杖の山から新しいものを一本抜き取り、皆さんから少し離れて地面に向けて構える。
「『カーストランスファー』」
……ローゼンベルグ様の実演を思い出しながら呪文を唱えてみたが、何かが詰まっているような感じがして、瘴気が出てこない。これは失敗か?
「術そのものは成功していますが、力不足ですね。もっと魔力に負の感情を強く込め、地面の下の闇に潜む瘴気を捉えてください」
それなら、まず魔力感知に集中……すると、周囲に不快感を覚える魔力を感じる。事前にかけていた保護の魔法が膜を作っているので、体に触れてはいない。しかし確実に、極薄い膜の外の空気に瘴気が混ざっているのが分かった。
その状態で足元に意識を向けると、瘴気の塊がそこにある。厳密にどのくらいか、どこまで深く浸食されているかは、俺の感知能力では測れそうにない。でも、瘴気の量が空気中とは比べ物にならないことだけは分かる。
同時に、これを外に引っ張り出すのは相当に骨が折れそうだということも……
「一気に全てを引き出す必要はありません。大量に引き出せば、先程の杖のように危険もあります。無理をせず、少しずつ。地表のすぐ下の、さらにごく一部。自分が浄化をする部分を区切り、そこにある瘴気だけに狙いを定めて、引き寄せてください」
指示に従い、対象を明確にしてもう一度呪文を唱える。
すると今度は、先程の詰まりが軽くなったような感覚で、ズルズルと瘴気が這い出してきた。地上に出た瘴気はすぐさま空気中に溶け込み、拡散しようとしているのも分かる。これは普通に魔法を使う時と同じだ。
魔力が拡散しないよう杖の先端、魔石の周囲に留め、どんどん湧いてくる瘴気を巻き込んで、魔石の中に導いて……やがて引き出した瘴気を全て魔石の中に収めることができた。
「ふぅ……」
一仕事終えて、無意識に入っていた体の力が抜ける。伏せていた目を上げると、傾いた太陽が一瞬目に入ってまぶしく感じた。
「今のは」
「最初から成功はしていましたが、二度目は文句のない成功です。ここまでできれば、瘴気浄化の基礎を修めたと言って差し支えありません。さらに応用もあるのですが、作業後の後始末もあるのでまた明日以降にしましょう」
こうして今日の浄化作業はここで終わりとなったが、授業はもう少し続く。
ローゼンベルグ様が軽く手を挙げて合図をすると、離れた場所からユーダムさんが細長い木箱を持って近づいてきた。この箱にも呪いがかけられているようで、魔力を感じる。
「この箱は中に収めた物の呪いや瘴気を外に漏らさず、安全に保管して運搬するためのものです。一度でも使った杖は他の物と一緒にせずに、この中に入れてください。気にする人は服まで全部入れますが、保護の魔法を使って安全基準を守っていれば、そこまでする必要はありません」
「収めた道具はどうなるのですか?」
「今回使った杖はまだまだ使えますので、明日以降の作業に使います。使用不可能になったものは、箱に収めた状態で懇意にしている祓魔師の所に送り、そちらで浄化してもらいます。
呪術師と祓魔師は闇と光、扱う魔法の属性が異なるため、同じ解呪や浄化でも方法や得意分野も異なるのです。たとえば“瘴気を消し去る”ことは呪術師にもできますが、祓魔師の方が向いています。反対に、先程我々が行った“瘴気を取り除く”ことに関しては呪術師の方が向いていますね」
専門分野が同じかつ、属性が相反しているイメージがあるのか“呪術師と祓魔師は仲が悪い”と思われることもあるが、互いに得意分野を活かして相手の苦手分野を補っているので、基本的に関係は良好なのだそうだ。
「私は光属性が使えないので祓魔師の方に依頼していますが、処理ができるなら自分で処理をしても構いません。ただし闇属性の魔石は貴重なので必ず取り外して、できる限り再利用してください」
柄の部分は使い捨て、魔石は回収して再利用。そのために箱と同じ保護の魔法をかけた革の手袋も用意があるとのこと。道具の手入れ、後片付けも仕事の内ということだ。
この調子で明日以降も、学べることを学んでいこう!




