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瘴気浄化の基礎講習

本日、4話同時投稿。

この話は3話目です。

 スライムに乗って山を登ると、30分程度で山頂付近に建てられた山小屋に到着。ここは定期的に土地の管理をする呪術師が寝泊りに使っていた場所で、瘴気が発生している場所からはまだ離れている。その分、瘴気の影響もないので今後の活動拠点として使う予定だ。


 でもその前に、


「まず掃除が必要ですね」


 ローゼンベルグ様が“土地の管理に呪術師が来るのは年に数回”と言っていたように、山小屋は手入れがあまり行き届いていなかった。ここは正式に俺が管理する実験場になったわけだし、今後のためにも徹底的に手を入れさせてもらおう。


 しかし、まずは寝泊まりする場所の確保が最優先なので、クリーナースライム達を出して掃除を頼む。さらにスティッキースライム達で山小屋を包囲し、屋根裏や床下へスパイダースライムを送り込めば、住み着いた害虫やネズミなどは駆除してくれるだろう。


 でもその間、ぼーっと待っているのも時間の無駄だ。


「皆さん、小屋の準備ができるまでに一仕事お願いしていいですか?」

「もちろんさ。アタシらも仕事として来ているんだから遠慮なく言いな」


 ウェルアンナさんが快くそう言ってくれたので、俺も遠慮なく仕事を頼む。


「まずは軽くでいいので、この山小屋付近の見回りをお願いします。詳しい環境の調査もお願いしたいところですが、ひとまずは拠点の付近にアンデッドや野生動物、その他危険がないかを確認してください」

「了解! 任せるのにゃ!」


 気合十分なミーヤさんを筆頭に、冒険者チームは見回り範囲の分担を始めた。その間、俺は確認を取ってから皆さんの武器に光属性の魔力をコーティング。もしアンデッドがいた場合も戦いやすくなるだろう。


「リョウマ様、我々は昼食の用意をしておきます」

「レトルトと、あとサンドイッチとか簡単なものを作っておくよ」

「私も、洗い物や材料を切るだけなら手伝えますので」

「よろしくお願いします」


 セバスさん、ユーダムさん、エレオノーラさんの3人は、空間魔法で運んできた荷物を山小屋の前にまとめて置いてから食事の準備を始めた。


 残ったのは俺とローゼンベルグ様。


「他に急ぎの用がなければ、我々は今後の作業に備えて資料の見直しをしましょう。こういった呪術師が常駐していない土地では、時間経過で報告書の情報と現状が異なっている場合があるのでね」


 状況が想定よりも悪くなっていた事例は、亡霊の街で経験済み。事前にいただいた資料も半年前の記録が最後だし、異変があった場合に気づけるように復習しておこう。


 まずこの山はやや楕円形で北西と南東に長く、瘴気に浸食された土地は西南西の中腹。その一帯はふもとからも見えたように、草木が枯れて一部には土砂が崩落した形跡が見られる。


 また、崩落とは関係なく西南西の斜面は急で、反対の東側は傾斜が緩やかだった。地面もしっかりとしていたので、山の上り下りには東側を使った方が安全だろう。俺達もここまでは東側から、少し迂回するように登ってきた。


 周辺の状況はウェルアンナさん達が確認してくれているから、報告を待つとして……


「瘴気の発生源とその周囲の様子が気になりますね。一応、ここまでの道中にアンデッドはいませんでしたが」


 資料によると大昔、あの場所には小さな集落があったそうだ。ただし、住人は何らかの理由で街や村を追い出された人々で、麓の道を通る商人相手に野盗まがいのことをして生計を立てていたとのこと。


 なんでも通行料さえ払えば手は出さず、むしろ道案内や用心棒として力を貸していたそうで、付近の道があまり整備されていなかった時代には黙認されていたらしい。商人にとっても、少しの金で安全を確保できるなら許容できたのだろう。


 しかし、他に通りやすくて安全な道ができれば、商人はわざわざ金を取られる道を使う必要はなくなる。他者に提示できる僅かな利点を失った彼らは完全な野盗となり、兵を差し向けられ、集落は焼き払われた。


 こうして集落ごと住人が消え、死体を埋めた“墓場”が長年放置された結果、瘴気を発するようになったそうだ。


「適切に管理されていれば、瘴地でもアンデッドが出ることはまずありません。厄介なのは、瘴気が木々を枯らして、土砂崩れを引き起こしていること。地滑りの危険が通常の野山よりも大きく、調査も浄化作業もやりづらい」

「調査の内、目視確認のみなら僕の従魔に空から見てもらうことができます。あとは浄化も、僕独自の魔法なら地形はあまり関係ありません。気になるのは風の強さと風向きです」

「その魔法は機会を見て、実際に試してみましょう。私も興味があります。従魔を使った目視確認も有効ですね。それとは別に、瘴気の濃度や影響を及ぼす範囲を調べるには専用の魔法道具を使います」


 そう言った彼は、セバスさんが置いて行った荷物の中から、黒くて長いフルート用の楽器ケースに似た箱を持って来て開ける。中には頭の部分に天秤がついた、金属製の杖が入っていた。


 取り出した杖を地面に突き立て、水平を取って動かさないように手で支える彼の姿は、まるで光波測量を行う測量士のように見える。


「これがその魔法道具。今はこの辺りに瘴気がないため反応しませんが、瘴気のある場所でこの杖に魔力を通すと、瘴気が濃い方に天秤が傾きます。これを一定の間隔で使いながら瘴気の発生地点に近づいていくと、瘴気がある場所とない場所の境界線を割り出せる」

「最初に反応した場所が境界線になるのですね」

「その通り。厳密に境界線を見つけたければ、使用間隔を調整すればいい。まず発生源が分かっていない場合は瘴気が濃い方角、秤がより大きく傾く方へ向かって進み、瘴気の中で秤が水平になる場所を探す。

 ただし、この時は自分を瘴気から守る術や魔法道具を事前に使っておくことと、無理に深追いしないことが何より大切です。発生源に向かうということは、瘴気の中に自ら突入することと同義ですからね」


 一方向から一度で発生源に到達しようとせず、複数の方向から安全を担保しつつ近づいて、位置を絞り込むことが推奨されているそうだ。


「とはいえ瘴気が薄ければ、一度で発生源を突き止めた方が早いのは事実。だから一度で見つけるか、複数回の調査を行うかどうかは、瘴気の濃度を確認して判断します。よく見ると天秤に目盛りが付いているでしょう?」


 確かに、支点の付近には分度器のような細かい目盛りが刻まれていて、秤が傾くとその角度が分かるようになっていた。


「基準は30度までが安全圏、31度から60度までは要注意、61度から先は危険域。余裕を持って、50度を指したあたりで引き返すことを推奨します。61から先には間違っても踏み込んではならない。また、濃い瘴気の中から出た後には衣服や道具の浄化を行うことも忘れてはなりません」

「手順や基準が数値で明確に決まっているのですね。……守らないで事故を起こす人もいるんだろうなぁ……」


 何気ない俺の呟きに、ローゼンベルグ様は軽く目を伏せた。


「……そこに思い至りますか。私も丁度言おうと思っていましたが、呪術師が起こす事故の大半は、定められた基準や手順を守らなかったことが原因です。

 呪術師の仕事は地道なものが多いので、若手が手を抜いて基準を守らないこともあれば、本来なら注意して改めさせる立場の者が定められた手順を軽視している場合も……カーシェル家から各呪術師に、定期的に事故の発生件数と注意喚起の文が送られますが、そのような者が絶えることはないのが実情です」


 何か過去にあったのだろうか? ローゼンベルグ様が若干煤けたように見えた。


 しかし、気持ちは分かる気がする。俺も学生時代のバイトでは工事現場とか工場とか、今まさに彼が言ったような安全基準ガン無視の現場がいくつもあった。


 あと、個人的には手順についても数値で明確に指示が書かれていたところは珍しく感じる。


 俺の記憶だと手順書の内容がガバガバ過ぎて、結局仕事の手順が分からない職場。手順書の内容が全く守られていなくて、その通りにやると非効率だと怒鳴られる職場。そもそも手順書が存在しない職場……は、ちょっと違うか。


 なんにしても、このような事例はこの世界でもよくあることなのだろう。


 そんなことを考えていた俺を見て、ローゼンベルグ様は一言。


「改めて説明するまでもないようで、助かります」


 それから話は具体的な魔法道具の操作方法に移り、目盛りを見る時のポイントや、推奨されている測定距離などのレクチャーを受けた。内容は特に難しい事はない。この道具を研究開発した方々が、誰にでも分かりやすくて簡単に使えるようにデザインしたのだろう。


「計測結果を正確に出すためには、そっと魔力を込める事を心がけること。あとは実践を重ねて慣れることですね。この道具は君のために用意したので、使ってください」

「えっ、いただけるのですか? 借りるのではなく?」

「呪術師なら持っていて当然の仕事道具です。本家に連絡を取れば簡単に手に入りますし、さほど高いものでもないので。変則的ですが、弟子入りの記念だと思っていただければ」

「ありがとうございます!」


 心から嬉しく思い、ありがたく受け取った直後。斜め後ろからの草むらが揺れる音で、一瞬にして意識がそちらへ向く。この間まで樹海にいたせいか、頭に魔獣が思い浮かんだけれど、


「あっ、ミゼリアさん達でしたか」

「邪魔した?」

「いえいえ」


 そこにいたのは、ミゼリアさんとシリアさんだ。


「お2人とも早かったですね」

「山一つ調査するならともかく、この小屋の周りくらいならそんなに時間はいらない。二手に分かれて調べているしね」

「もうすぐ他の3人も帰ってくるんじゃないですか?」


 シリアさんの言葉は正しく、それから3分と経たないうちに他の3人も戻ってきた。


「ひとまずこのあたりは問題なさそうだよ。アンデッドどころか、大型の獣もいないみたい。小動物や小鳥なら東側に痕跡が沢山あったから、食糧がなくなっても狩りはできそう」

「リョウマ君なら農地を作ってもいいかもしれませんね。人の手が入っていないので、普通なら開墾が大変そうですが、土壌は豊かに見えました。地盤も特に危なそうなところは見かけませんでしたし、南東には広めの平地もありましたよ」

「南は昆虫くらいしか見なかったぜ。草木も生えてはいたが、陰気臭いというか活気がないというか、とにかく静かすぎる。西の方もだ」

「私達は山を越える手前あたりで嫌にゃ感じがしてきたから、ぐるっと北側に回って戻ってきたにゃ。そっちは特に嫌にゃ感じはしにゃかったし、鳥や動物の姿も見かけたのにゃ。南から西の生き物の少なさは、きっと瘴気のせいにゃ」

「どうやら稜線を境にだいぶ雰囲気が違うみたいだね」


 山の状況報告をしてもらうと、やはり西南西にある瘴地の影響なのだろう。稜線で雰囲気が変わるということは……


「ローゼンベルグ様、これは山が壁になっていると考えていいですか?」

「ええ、ここの瘴気の発生源は集落の墓地。特に地中に瘴気が蓄積しているようです。定期的な浄化は行われていたようですが、西と南側は多量の瘴気を含んだ土砂が流れてしまったのでしょう。それが環境の違いに現れていると考えられます。

 また、今のお話からは“この山の水源は無事”ということも推測できます。水源が瘴気に侵された場合はもっと広範囲に影響が出やすく、被害拡大も早くなりますから、南西どころか山全体に被害が出ていることでしょう」


 それからは話の流れで、瘴気の性質と物質の関係について教わった。瘴気は万物を浸食し、瘴気同士で引き合い溜まる(・・・)性質があるが、浸食した物質の流動性にも影響を受けるそうだ。


 例えば土は瘴気を蓄えやすく、拡散しにくい。浄化もしにくいため長期間残り続けてしまう。土地の浄化に時間がかかるのはこれが原因。逆に空気は瘴気を蓄える力は弱く、拡散しやすい。ただし浄化も比較的容易。


 そして水は瘴気の溜めやすさ、拡散しやすさ、浄化しやすさも土と空気の中間くらい。ただし水は土に染み込み、土に瘴気を移すので、水源や水脈に瘴気が入るととても厄介。先程も言っていたように被害が拡大しやすく、地域一帯に影響が出てしまうのだそうだ。


「これを一言で“土と水が互いに影響し合う”と表現する人もいます。他にも土が乾いて砂埃が立つような状態であれば、土砂崩れと同じく瘴気を含んだ砂が風に運ばれることで、瘴気が広がる。これは土と風が影響し合った場合と言えます」


 このような性質があるので、瘴気の影響範囲について考える時には土・水・空気の3要素に注目するといい。また、それらを採取して専用の試薬を使い、瘴気の含有量をより詳しく調べる事もあるとのこと。脳裏に地質調査や水質調査といった言葉が浮かぶ。


 ローゼンベルグ様の説明を冒険者チームも口々に“そうなのか、知らなかった”と言いながら面白そうに聞いていて、報告なのか雑談なのか分からないけれど、和やかに話が続く。


 そのうちに昼食の準備が調っていたようで、俺達は会話を続けながら、呼びに来たユーダムさんに誘われて食卓へ向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 俗に言う四大属性のうち三つが影響し合うなら火で全部焼き払えるのか
[一言] ??「今まで問題なかったからヨシ!」 みたいな感じで事故が起こったりもしたんだろうなぁ
[気になる点] …そうなると今度は瘴気と火の関係性が気になる…
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