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呪術師業界の苦悩

本日、4話同時投稿。

この話は2話目です。

「出発しまーす!」


 山のふもとから実験場予定地までは、スライムに乗って移動。


 まず先を行くのは、冒険者5人を背中? に乗せたヒュージブッシュスライム。大樹海で活躍した時のように、ここでも鬱蒼と茂る草木を切り開き、山の斜面に人が2人並んで歩ける程度の道を作っている。


 その後ろに続くのは、俺と4人の貴族組を乗せたエンペラースカベンジャースライム。こちらは前を行くヒュージブッシュスライムが作った道を整え、冒険者の皆さんが払ってくれた枝葉を片付けながら進んでいる。


 どちらも進む速度はゆっくりだが、5人を縦1列に並べた状態で山の斜面を、しかも道なき道を進むことを考えればペースが速い。


「……にゃんか、変にゃ感じがするにゃ……」

「山の斜面を滑り落ちるなら分かるんだけど、滑り上がるってのは初めてだね……」

「馬とかと違って、独特な感覚です……」

「まぁ、じきに慣れるだろ。揺れも少ねぇし」

「逆に少なすぎるのも違和感の元なんだけど」


 以前に乗った経験があるセバスさん以外、スライムの乗り心地に多かれ少なかれ戸惑っている様子が見て取れるけれど、獣人の4人は特に落ち着きがない。


 大丈夫ですか? と尋ねてみれば、獣人の長所である感覚の鋭さ故に、初めての感覚は特に気になるらしい。昔、ペットを飼っていた会社や取引先の人がよく“動物は新しい環境に慣れるまで時間がかかる”と話していた記憶があるのでそんな感じだろうか?


 しかしジェフさんが口にした通り、乗っていればじきに慣れる。どうしてもダメそうな場合は降りて走るから問題ないとのことなので、そのまま進む。変に気を遣うと、逆に気を遣わせてしまうかもしれない。


「いやはや……スライムに乗るのは初めてですが、これは私も1匹欲しくなりますね」


 おや? 後ろに座るローゼンベルグ様は、お世辞ではなく本当にスライム達に興味を持ってくれたみたいだ。軽く振り向いてみると、しきりに足の下にあるスライムの体を触っている。


 合流した時に挨拶はしたが、すぐここまで移動したので会話はあまりできていない。前回お会いした時は呪術師と相談者、俺はお客様のような立場だったけれど、これからは先生と生徒の関係。親交を深めるいい機会だ。


「そう言っていただけると嬉しいです。スライムもこの体格だとそれなりに物も運べますし、悪路に強いのでこのような場所での移動にはもってこいですよ」

「それは素晴らしい。呪術師は単に呪いを解くだけでなく“瘴地”の管理も行います。しかし、定期的な浄化で瘴気を抑えても周辺一帯から人が逃げてしまうことが多く、問題の土地までの道が荒れ果ててしまうことも珍しくない」


 彼曰く、それでも管理をしなければ瘴気による被害が広がる。だから、たとえ悪路でも行かないわけにはいかないのだそうだ。


「呪術には特別な道具や準備が必要なものも多く、それらの道具も持ち込まなければなりません。空間魔法使いの手を借りられれば助かりますが、彼らは彼らで引く手あまた。基本は馬車と徒歩での移動になります。

 1つの場所の見回りと処置は年に数回程度ですが……私は以前、前任者の引退が重なり3人分の担当を受け持ったことがありまして、補充の人員が来るまでの約1年間は思い出したくもない。ですがその経験があるからこそ、このスライム達のありがたみがよく分かります」

「……思ったよりも体力が必要な仕事なのですね」


 前にお会いした時にもちょっと話を聞いて思ったけど、呪術師業界ってそこはかとなくブラック臭がするんだよなぁ……呪術に興味はあるし、解呪や瘴気に対応する勉強はしたいけど、呪術師にはなりたいかと言われると……


 そんなことを考えていたことに気づいたのだろう。ローゼンベルグ様は苦笑しつつも、詳しい事情を話してくれる。


「確かに楽な仕事ではないですね。呪術師は基本的に人手不足。瘴地を管理する仕事をしなければ、あるいは担当する場所が街中にある屋敷等、体力をさほど必要としない仕事もありますが、そのような仕事だけを選ぶのは難しいのが実情です。

 ただ、個人の能力や得意分野に沿わない仕事を与えることはまずありません。たとえば解呪は得意でも、瘴気の除去はからっきしという人がいた場合、そういう人に瘴気が漂う土地の管理をさせても意味がなく、ただ危険が増すだけ。

 解呪専門という道も、仕事もたくさんありますから、無理に土地の管理をする必要はありません」


 尤も、そっちはそっちで作業場にこもりきりになったり、医師が患者とコミュニケーションを取るように依頼者とのコミュニケーションが必要になったりと、解呪専門の呪術師にも辛い部分はあるようだ。


 一長一短、要は自分の能力と特性を見極めて、何を基準に進路を決めるかという問題なのだろう。


「僕が将来的に呪術師として仕事をするなら、この実験場のような土地の管理を中心にした方が良さそうですね。体力には自信がありますし、このスライム達もいます。空間魔法も使えるので移動はさほど苦になりません。

 反対に、呪いで苦しんでいる依頼人に対する細かいケアは……」

「それは現役の呪術師でも難しい。自分の出来ること、得意なことをすればいいのです。先ほども話した通り、呪術師は人手不足ですから、労力のかかる土地の管理を積極的に行う熱意があるとなれば力になろうという者も多いはず。

 ましてや君は既に独力で瘴気を払う魔法を編み出したと聞いています。それだけの才があるのであれば、どこに行っても歓迎されるでしょう」

「本職の方に評価していただけると嬉しいです。さらに頑張りますので、これからご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 ここで彼はふと思い出したように話を変えた。


「具体的な指導を始める前に、もう呪いのかけ方と解き方は身に付けていると聞きましたが、間違いはありませんか?」

「身に付けたと言っていい熟練度かどうかは分かりませんが、レミリー・クレミス様から教えていただきました。その際に呪いのかけ方と、解呪は光魔法のディスペル。あとは呪いから身を守る闇属性のアンチカースに成功しています。個人的な向き不向きでは、闇の方がはるかに向いているとも言われました」

「であれば……一度実力の確認はしますが、術に関してはあまり教えることは多くなさそうだ」


 呪術の始まりは、暴走した負の感情が体内の魔力に反応して生まれた呪い。だからこそ、本来の呪術に決まった形や種類というものは存在しないのだそうだ。


 しかし、それでは術を後世に伝える時に支障が出てくる。決まった形のない呪いとその対処法を効率的に弟子に伝えていくため、ある程度体系化したものが現代の呪術なのだとか。


「たとえば呪いの症状を変えるには異なるイメージを使いますが、かけ方は共通。解呪や瘴気への対処法も“カーストランスファー”という魔法が基本となっているものが多いのです。様々な道具を使って儀式を行うのは、自分の中に強固なイメージを構築することで効果を最大化するため。

 独自の術を生み出してしまうくらいなら素養は十分。学ぶ順番が滅茶苦茶でも、下手に型に填めて君の長所を潰すのは惜しい。私は不足している基礎知識を補うことに焦点を当て、実践と雑談を通して指導をする形を考えていますが、いかがか?」

「是非お願いします。ローゼンベルグ様が仰ったことは、僕も常々感じていたので。本当に基本的なことや、変なことも聞くと思いますが、何卒宜しくお願いします」

「承りました。ちなみに私の専門は瘴地の管理と解呪。とりわけ瘴気の出所や呪いをかけた相手といった“原因を探ること”を得意としています。

 一方で、私は指導者の経験はさほど豊富ではない。全くないというわけでもありませんが、専門の教育機関の教師や、後進育成に力を入れている呪術師ほどの指導力があるとは言えません。疑問があれば、些細なことでも聞いてもらえると私も助かります」


 ローゼンベルグ様は教育が専門ではないと言うが、俺としては前世の職場やバイト先が仕事は見て覚えろ! みたいな感じが当たり前。丁寧な新人教育なんて受けられる方が稀だったので、質問をすることを認め、きちんと答えてくださるだけでも十分ありがたく感じる。


 ところで……


「分かりました。そして早速なのですが、1つ疑問が生まれました。

 僕の学習の順序が滅茶苦茶な自覚はありますが、普通に呪術師を目指す人はどのような順序で学んでいくのでしょうか? 参考までに教えていただきたいです」

「呪術を学ぶには、大きく分けて2つの道があります。1つは呪術師への弟子入り。もう一つは何度か話題に出た、専門の教育機関で学ぶこと。

 まず弟子入りはそのまま、現役の呪術師と師弟関係になり、実務の中で助手として働きながら学ぶやり方。昔はこちらが主流派でしたが、生活様式に呪術の訓練が組み込まれていることも多く、その家系の者でなければ弟子入りもその後の習熟難度も高いのが実情です」

「主流派だった(・・・)ということは、今は教育機関の方が主流派なんですね」

「その通り。弟子入りによる学習は、秘密主義かつ閉鎖的にもなりがちでして……学べる者が限られるだけならまだしも、技術の伝承に支障をきたし、そのまま途絶えてしまうことが問題視されていたのです。あとは単純に周囲から怪しく見られて迫害される者も……

 そういった問題を解決するために、呪術師の大家である“カーシェル公爵家”が専門の教育機関を作り、今も運営管理をしています」


 詳しく聞くと、カーシェル公爵家は王家のお抱え呪術師一族で、特別な権限も与えられている呪術師の名家。彼らは次代の呪術師を育成するために、志望者の受け入れや才のある人材の勧誘を積極的に行っている。


 また、最新の技術や道具の研究開発、廃れかけている呪術師一族の保護と再興への支援、職場の斡旋に、果ては結婚相談まで手広く呪術師をサポートしているのだそうだ。


 ちなみにローゼンベルグ様のご実家はカーシェル公爵家の分家だそうで、その関係から身内贔屓もあるかもしれないとのことだけど……それを抜きにしても、呪術師って思ったよりもブラックじゃないかもしれない、と思えてくる。


 だけど同時に、本当にそんな虫のいい話があるのか? と疑う気持ちも湧いてきた。


「失礼ですが、制度はあっても実際に利用するのは難しい……みたいな感じですか?」

「試験を受けて呪術師としての能力があると認められること。名簿に登録する必要があること。定期的に一定以上の仕事を行うこと。所在を明らかにしておくこと。他にも細かい条件はありますが、呪術師として真っ当に活動する気があれば難しい内容ではありません。

 待遇の良さに疑いを持つのも分かりますが、それだけ本気で呪術師を増やしたいのだと考えていただきたい。なにせ呪いは誰もが無意識に使ってしまう可能性があるもの。数で言えば呪術師よりも圧倒的に多く、戦や災害で世が荒れ、国がすさめば一気に被害が増えてしまいます。

 呪術師はそんな呪いに対抗しなくてはならない。小さなことでもコツコツと状況を改善していかなければ、いずれ破綻してしまう。そんな未来を作らないために、現役呪術師の保護と次代の育成は急務だと我々は考えています」


 ローゼンベルグ様の言葉は静かだが、人手不足の現状をどうにか改善しようという熱意を感じる。俺はまだ呪術師という人々のことをよく知らないが、これが業界全体の共通認識として根づいているのだろうか?


 そうだとしたら……一丸となって改善に向かうことができる、未来があると感じられるならば、多少忙しくても悪くないかもしれない……けどやっぱり前世の職場が頭に浮かんでくるんだよなぁ!


 体は静かに山を登るが、脳内では興味と記憶のせめぎ合いがしばらく続くのだった……

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― 新着の感想 ―
[一言] これが呪術師の先輩…呪術パイセンか
[一言] そっか、ミーヤさんはそうやって時間をかけて件のゴミ裏屋敷に慣れたんだなw
[一言] スライムの餌場にするなら、リョウマ的には、完全に解決はしなくてもいいんだよな‥?
感想一覧
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