挨拶回り(前編)
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
「着きました、ここが今日からエレオノーラさんに住んでいただく家兼事務所です」
この通りは俺が区画整理に直接関わった場所で、地球で言うところのジョージアン様式をイメージした建物がいくつも並んでいる。俺のセンスの問題で華やかさにはかけるかもしれないけれど、住居としては問題ない。
「私も華美なものは好まないので、落ち着いた雰囲気で良いと思います。ところでこちらの建物……両隣も含めて3軒は、他の建物より若干大きいのですね」
「ここに元々あった建物が大きくて、3分割すると都合がよかったという区画整理の都合もありましたし、ちょうどここを用意するときに――」
事務所の前で説明しようとしたところで、右隣の家の玄関が開く音が聞こえた。ふとそちらを見ると、見慣れた顔がぞろぞろと出てくる。以前から時々世話をしている不良、もとい今では真面目に活動している冒険者の若者達だ。
俺が声をかけようと思ったのと同時に、向こうもこちらに気づいたようで、若干疲れて緩んでいた表情が一気に引き締まる。
『お疲れ様です! 兄貴!』
「あ、う~ん、お疲れ様です……」
この子達、最初に叩きのめしたのがよっぽど効いたのか、相変わらず俺に対してこの状態なんだよな……あ、そうだエレオノーラさん。
「エレオノーラさん。彼らは僕の、冒険者としての後輩みたいなものです」
同じく、エレオノーラさんのことも彼らに、簡潔に紹介する。
「というわけなので、僕がいない時に何か用があれば彼女に。でもあまり迷惑はかけないように」
『ウッス! よろしくお願いします!』
「は、はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
いつもキリっとしている印象のエレオノーラさんが戸惑っている。真面目に地道な活動をするようになったとはいえ、彼らは元不良冒険者。見た目はガラが悪い青年達に、一斉に頭を下げられたらそうなるのも無理はない。
「皆様はこちらにお住まいなのですか?」
「あっ、それも――」
説明しないといけない、と思ったところで再びドアが開く。
「どうした若人達よ!! 何か中に忘れたのか!? それとも何か質問でもあったか!?」
ドアの音を掻き消すように男性の声が轟いて、通りを挟んで向かいの庭木に止まっていた小鳥が逃げていく。そんな声の主は、がっしりとした体格で、顔には立派な髭を蓄えた高齢の男性。
「ぬっ!? なんだ! リョウマ少年か! なにかあったのか!?」
「こんにちは、サンチェス様。今日は先日お伝えした、秘書になってくださる方が到着したので家の案内に来ました」
「おお! もう到着したのか!」
「エレオノーラさん、こちらの方が先日お話しした元法務官のガルシア・サンチェス様です」
「お初にお目にかかります、エレオノーラ・ランソールと申します。どうぞお見知りおきください」
「うむ! 私はガルシア・サンチェスだ! 法務官は辞したが、法律や契約で何かあればいつでも頼るといい! 特定の質問のみならず、法律について学びたいという気持ちがあるなら時間を取っておくからな!!」
「ご本人も仰いましたが、ガルシア様は希望者には個別で法律に関する講義を行ってくださる方でして。冒険者の彼らにも最低限、身近なものから何をするとどんな法律違反に該当するのか、違反した結果どうなるのかを叩き込んでもらっています」
「法の前に貴賎なし!! 法の恩恵と罰は万民に等しく与えられるもの! ならば知識もそうあるべきだと私は考えているからな! 老後で暇を持て余しているが故! いつでも気軽に声をかけて欲しい!
さて! 新たな環境でやるべきことも多いだろう! 私はこれで失礼しよう!」
「あっ、それじゃ俺らも」
『失礼します!』
ガルシア様は家の中に入っていき、若手冒険者の皆も帰っていく。するとそれまでの騒がしさが一転、住宅街に静寂が訪れたように感じる。
「初対面だと驚いたでしょう」
「……嵐のような方でしたね」
「彼は声が大きいだけで、別に怒っているわけではありませんから安心してくださいね。普通どころか、ものすごくいい人ですし」
“法の前に貴賎なし”とは彼の信条。現役時代はその信条に従って、貴族という強い権力や財力を持つ相手にも忖度を一切せず、それを引退まで貫き通した人だと聞いている。
その実績があるからこそ公爵家から太鼓判を押されているわけだけれど……実行するのはどれだけ難しいことか。職業倫理的に当たり前! とは思わない。地球の弁護士や裁判官だって、言ってしまえば1つの職業でしかなく、仕事を行っているのは同じ人間なのだから。
「さて、改めて――」
二度あることは三度ある。ここでまたまた扉の開く音が聞こえ、見ればガルシア様とは反対側のお隣から、杖を突いた品の良いご老人が出てきた。こちらの家との境目にゆっくりと歩きながら、手招きをしている。
「シュトイアー様。こんにちは、今日は」
「聞こえていましたよ。まったくあの男は……悪い男ではないが、あの大声だけはどうにかならないものなのか……おっと失礼。
エレオノーラ・ランソール嬢。私はミュラー・シュトイアー。貴女と同じく、徴税官の経歴を活かして彼の手伝いをするために、ジャミール公爵家から紹介を受けました。今後の付き合いも多くなるでしょう、よろしくお願いします」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
「では、挨拶のみで失礼。老骨に最近の日差しは堪えるものでね」
シュトイアー様はそのまま片足を引きずって、屋敷の中に戻っていった。
「今の方は」
「元徴税官のシュトイアー様です。ちょっとせっかちな方なので、お世辞にも愛想よくは見えませんが、悪い人じゃないですよ」
シュトイアー様は一見不愛想だが、実は他人との話が好きな方。ただ“長話は相手の時間を奪う”、“迷惑だ”とも考えているそうで、会話は極力無駄を省く傾向にあるだけだ……と、彼の世話をするために同行してきたお孫さんが教えてくれた。
「確かに、先程の様子からして足の具合が良くないのでしょう。それを押して、わざわざ外まで出てきてくださったのですから、歓迎してくださっているのでしょうね」
「そうですよ。だから税金や経理に関する質問があれば、いつでも彼のところへ行って聞いてくださいね」
ちなみに彼も現役時代の働きぶりは真面目そのもの。賄賂や接待が一切通用せず、不正を見抜く調査能力は超一流。おかげで取り立てを受ける人々からは非常に恐れられていたそうな。
なお、彼の足が悪いのは年齢もあるが、過去に不正を暴いた相手の逆恨みで襲撃を受け、怪我の後遺症が残っている。物語だと徴税官は悪者として書かれがちなイメージだけど、真面目な徴税官でも恨まれやすく命懸けだ。
「とりあえずお隣さんへの挨拶はできたということで……だいぶ前の話の続きですが、この建物3つが他より大きいのは先程の2人を迎えるため、そして僕もそろそろ街に家を持ってもいいのではないか? という話もあったので、まとめて用意してしまいました」
「この家はタケバヤシ様のお住まいでしたか」
「あっ、別に同居するわけではありませんからご安心ください」
税金対策も兼ねて用意してみたはいいけれど、空間魔法があれば毎朝の通勤時間なんて気にするほどでもなくなるので、結局使わないままになっていた。そこをエレオノーラさんに使ってもらうだけだ。
「住み込みでも十分な待遇ですので、断るつもりはありませんが……承知いたしました」
「無駄ではなくても勿体ないとは思っていたので、エレオノーラさんが使ってくださるのならありがたいです。ちゃんと定期的に掃除と整備はしていましたので、中は綺麗ですよ。ほとんど空っぽの状態とも言えますけどね」
玄関の鍵を開けて、家の中を案内する……というほどでもなかった。
間取り的には各部屋ゆったりめの5LDK。1階を事務所と想定して、玄関から奥と左右に仕事用の3部屋+トイレと2階に続く階段。2階は生活スペースとして、寝室とリビング+ダイニングキッチン、そしてお風呂場等の水回りが整備されている。
ただ、家具は居住スペースのある2階に、しかも最低限しか置いていないので見るべきものも特にはない。エレオノーラさんも別に住まいにはこだわりがない様子で、軽く部屋を見ただけで案内終了。
「どうですか?」
「期待以上です。比較するのも失礼ですが、元夫の屋敷ではろくに手入れすらされていない物置のような離れで生活していたので」
なるほど、思ったより彼女の基準は低かったようだ。
「しかし1階の仕事部屋、少なくとも来客用の待機室と応接室だけは体裁を整える必要がありますね」
「では、挨拶回りが終わったら、最初の仕事としてそのあたりの手配をお任せします。経費を使ってエレオノーラさんの好きなように整えてください」
「かしこまりました」
さて……家の案内が終わってしまったので、ここからはどうしようか? 案内すべきところはたくさんあるから、ある程度条件を絞って、市場とか身近なところからがいいかな? 本人の希望も聞いてみよう。
「それでしたら、私の業務に関わる場所を優先的にお願いいたします。お恥ずかしい話なのですが、私は料理が得意ではありません。簡単に煮る・焼くくらいはできますが、いつも食事は屋台かどこかで購入、もしくはパンや干し肉などの保存食で済ませているのです。
服や雑貨など、生活に必要な物は一通り荷物に入っていますので」
「仕事の方が優先度は高いと……分かりました。それならこの家を中心に、ぐるっと一回りしましょう」
そうして俺と付き合いのある方々にエレオノーラさんを紹介していこう。この辺には俺の経営するお店もいくつかあるし、その中には飲食店もある。そこの店長さんと顔合わせをしながら、お昼も買えば一石二鳥。
エレオノーラさんに確認をとると彼女も快く賛同してくれたので、俺達は荷物を置いて再び街に出ることにした。




