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エレオノーラの到着

本日、3話同時投稿。

この話は1話目です。

 ギムルの街に戻ってから3日後の朝、唐突にエレオノーラさんの到着を告げる手紙が届いた。


 着任を急ぐとは聞いていたけれど、それにしても早い。連絡には“なるべく早く会って話がしたい”という一文もあり、緊急とまではいかないが、それなりに急いだ方がいい用件ができたことがうかがえた。


 一体何事かと気になり、身支度を整えて街に赴く。彼女は到着したその足で洗濯屋に一報を入れると書かれていたので、入れ違いにならなければ合流できるだろう。


「お話し中に失礼します」


 洗濯屋に到着すると、受付をしていたリーリンさんから来客中であることが聞けて一安心。そのまま応接室に向かうと、今日はメイド服ではなくパンツスーツでいかにも秘書らしく見える恰好のエレオノーラさんがいた。


 店長のカルムさんとユーダムさん、それにエレオノーラさんを送ってきたのだろう執事のセバスさんと何か話をしていたのだろう。彼らは俺が部屋の扉を開けると一斉に目を向けた。


 同時に俺も彼らの顔を見ることができたが……彼らの表情と室内の雰囲気から察するに、さほど悪い話ではなさそうだ。


「リョウマ様、突然お呼びたてしてしまい申し訳ございません」


 最初にセバスさんが頭を下げたが、何か想定外の事態が起きたのでは仕方がない。対応が早いだけ助かる。そう伝えるとセバスさんも、他の3人も僅かに微笑んだ。


 行き詰まった会議の途中に新しいお茶が届いて、一瞬緊張が緩んだような雰囲気になっているが、俺は状況が分かっていない。話に加わるためにも説明を求める。


「それでは私から説明をさせていただきます」


 口を開いたのはエレオノーラさん。今回は急ぎの報告ということもあってか、いつもの固い声色がより固く、そして厳しく聞こえる。


「単刀直入に申しますと、とある領主がタケバヤシ様の経営されている“ゴミ処理場”を模倣した施設の建造・運用を始めている疑惑があるとの情報が入りました」


 ……なるほど。


 現在、俺はジャミール公爵家から技士と認められている。だからゴミ処理場は個人の事業であるのと同時に、公爵家の庇護下にある技術研究の場でもある。先程伝えられた情報が真実であった場合、公爵家の庇護下にある技術者から技術を盗用した疑いが出てくるわけだ。


「情報の真偽、施設の完成度や運用状況は目下調査中です。些細な可能性でも、情報が入った時点で“私がこちらにいた方が状況に対応しやすい”と公爵閣下が判断されましたので」


 確かに彼女がいてくれた方が助かるし、それで彼女の到着が早まったわけか。納得した。


「技術盗用だという確証が出ていないのであれば……今はあまり大きくは動けませんね。処理場で活用しているスライムの管理体制と運用状況は確認しておいた方がいいかもしれませんが」

「我々も、様子を見つつ続報を待とうと話していました」


 確証のないうちから騒ぎ立てても仕方ないし、下手をすれば状況を悪化させる。今は情報共有と、いざという時の対応を万全に準備しておくことが目的なのだろう。公爵家がエレオノーラさんを派遣した理由もそうだし、いつかは他所の貴族から、何かしらの接触があることは想定範囲内だ。


「しかし、思ったよりも早かったですね。その情報が本当ならの話ですが」

「早いというよりも、軽率と言った方が適切かと。常識的に考えれば、公爵家の庇護する技術者の技術を盗み取ろうとはしません。そう疑われるような行動も慎むものです」

「まぁ、そうでしょうね……ただ、その普通ではない行為(・・・・・・・・)を、その貴族はやりかねない。そう公爵家が判断するような相手なのですか?」


 どちらかというとそっちの方が気になって尋ねてみると、カルムさん以外の貴族組が渋い顔になる。


「実は現在、一部の貴族を発端とした問題が増えているのです。元をたどれば、これも昨年末の件に繋がるのですが……例の件で、ジャミール公爵家への敵対行動に関与した貴族が処罰されたという話はご存じですね?」

「はい、聞いた覚えがあります。正直なところあまり興味もなかったので、細かくは聞いていませんでしたが、確か昨年末の件に関与した貴族達は逮捕。捜査の過程で余罪が判明したり、その余罪に関与した別の貴族が見つかったり、芋づる式に逮捕者が出たとか」

「その処罰によって当主が交代した家が少なからずあるのですが、中には後継者も揃って罪を犯していた家もあり……本来、家を継ぐはずでなかった者が当主となってしまい、相応しくない振る舞いが目立つようでして」


 どうやら色々と理由をつけて増税を行い、私腹を肥やす。街の金持ちから賄賂を受け取って便宜を図る。権力を使って自分に不都合な相手を排除する等々、突然権力を得て好き放題を始めた連中がいるようだ。


 貴族と言えど人間。そういうこともあるだろう……と納得する一方で、そんなにひどいのだろうか? という疑問が僅かに残っていた。そこで今度はユーダムさんが、苦笑いをしながら教えてくれた。


「後継者とそれ以外の子供は、同じ貴族でも受ける教育が異なるのが原因の1つだろうね」

「教育の違い?」

「貴族は血筋を重んじるから“血を絶やさないこと”も重要視する。だから貴族は子供を複数人作ることが多いのだけれど、子供を増やせば増やすだけ、家督の継承に関する問題が起こりやすくなってしまう。

 この問題を事前に防ぐために、あえて後継者とそれ以外の子供で教育内容に差をつける家は珍しくないんだ。だから領地経営に必要な知識と技術の継承は後継者のみか、次男までにしている家が多いんだよ。

 もちろん貴族として最低限の振る舞いができないとまずいから、最低限の教養は身につけさせるけどね」


 ああ……まるで未経験の分野、ほとんど何の知識もない状態でトップに立ってしまったわけか。それは確かに、かなり厳しい状況に思える。


「領地の歴史や今の状況、近隣との関係の変化、あとはマナーも普段の社交と領主同士での交渉の場では微妙に違ったり、慣習や色々な取り決めがあったりするからね。いきなり当主としての仕事をしろと言われてもまず無理だよ」

「急な当主の交代があった場合は、長年当主を支えていた家令が代理や補佐を務める。あるいは関係のある他所の貴族を頼ったりするものですが、今回の場合は罪を犯して処罰されたことによる交代です。おそらくは当主を傍で支えていた者も一緒に処罰され、他の貴族には敬遠されたのでしょう」


 人間は追い詰められると冷静さを失いがちだ。冷静に考えれば“なんでよりによってそれを選ぶの!?”って選択肢を選ぶことも十分にありうるか……


「孤立無援の状態になって、変な方向に行ってしまった感じなのでしょうか?」

「その可能性もありますが、結局は新しい当主の問題かと。後継者ではない貴族の子女は……あまり大声では言えませんが、色々な意味で“緩い”者も少なくありませんから」


 眉根を寄せたエレオノーラさんの呟きに、ユーダムさんは若干居心地が悪そうに身じろぎをした。


「ははっ、否定できないなぁ。実際そういう奴は多いからね」

「貴方の事を言ったわけではありません。1つの事実として、そういう者が多いというだけです。幼い頃から生活の心配もなく、適当な年齢で適当に結婚すればそれでいいと考え、頭の中は家の金と権力で遊び呆けて威張り散らす事ばかり……私の元夫がまさにそのような人間でしたので」

「あぁ……」


 そういえばこの人バツ1、しかも聞いた限りじゃロクでもない男が相手だったらしい。別に今回の件の貴族を擁護するつもりはないけど、疑惑の段階なのになんとなく当たりが強いのはそれが一因なのかもしれない。


「まぁ、とにかくまだ未確定の情報ですからね。準備はしつつ、続報を待ちましょう。いずれ連絡が来るんですよね?」

「はい。近日中、早ければ3日とかからず事実確認を終えて連絡が届くでしょう」


 セバスさんが断言したので詳しく聞くと、噂が届いた時点で公爵家前当主であるラインバッハ様が直々に、直接件の貴族の領地に向かったとのこと。しかも従魔のドラゴンを3匹呼び出し、護衛として精強な兵士を限界まで乗せて。


 ……これ、相手の貴族は肝を冷やすどころじゃないな。


「大丈夫なんですか? その、色々と」

「問題ありません。現役中に他所の領地を訪ねる時は、いつも今回と同じ規模の護衛を連れていました。当家の護衛は少数精鋭を基本としておりますが、他家を訪ねるのであれば体面というものもありますので。

 それにこのような問題は、最初にしっかりと対応するという姿勢を見せておくことが重要になります。そのような意味で言えば、今回の件は都合がよかったのかもしれません。さほど労力をかけることなく、他の領主にも釘を刺すことができそうです」


 下手なことをしたらドラゴンが飛んでくる相手に、好き好んで喧嘩を売ろうなんて酔狂な奴はそうそういないだろうからね……俺としてもしっかり守ってくださっていることが分かるし、他所の貴族からの手出しは本当に気にしなくてもよさそうだ。


「では、この件についてはお任せするとして、エレオノーラさんとセバスさんはこの後どうされますか?」

「私は報告に戻らせていただきます」

「私は、すぐにでも仕事を始めたいと考えていますが……」


 彼女はこの街に来たばかりだし、やるべきことは多い。しかし予定より早く来て、いきなり引継ぎというわけにもいかないだろう。カルムさんには準備をしてもらっているけれど、急すぎる。


「差し支えなければ、今日はこの前話した物件に案内しましょうか? あと、時間があれば街の案内がてら、関係各所の方と顔合わせもできれば後々の仕事もやりやすいと思いますし」

「ご配慮ありがとうございます。是非お願いいたします」


 聞けば彼女は連絡のため、真っ先に洗濯屋を訪れたそうで、まだ宿は取っていない。荷物はセバスさんの空間魔法に全て預けているので、荷物さえ引き取ればこのまま用意してある物件に向かって問題ないとのことだった。


「それじゃ僕達は街を回りますね」

「では、私は報告に戻ります」


 店を出て、公爵家に戻るセバスさんからエレオノーラさんの荷物を受け取る……と言っても、彼女の荷物は大きな革の旅行カバンがたった2つだけだった。どうやら本当に必要最小限の荷物だけで、こっちに来たみたいだ。


 2つの鞄の片方はまだ真新しいが、もう片方は随分と使い古されている。手入れはされているようで汚くはないが、細かな傷は沢山あり、所々に補修の跡もある。随分と長く、大切に使い続けている品であることが窺えた。


 そんなカバンを今度は俺の空間魔法に収納して、身軽な状態で街を歩く。空間魔法で移動すれば一瞬で着くこともできるが、今回は街の案内も兼ねているので普通に、徒歩と公共の交通手段での移動だ。


 街の大通りを走る乗合馬車に乗り、ギムルの街の東北部へ向かう。そして道中に見掛けた店や場所の説明をすること20分弱。目的地からほど近い路地の前に到着した。


「このあたりは、お店があった地域とは少し雰囲気が違いますね。道も建物も、全体的に真新しく感じます」


 さすがと言うべきか、彼女はすぐに違いに気づいたようだ。


「おっしゃる通り、ここは去年までスラム街の一部でした。昨年末に区画整理を行ったことで、今は新しい住宅街になっていますけどね」

「ここが……報告書には目を通しましたが、今は痕跡もありませんね」


 そう言った彼女の目に力が入ったのが分かった。真剣に、そして注意深く、街の隅々まで目を凝らそうとしているようだ。俺が見ていることにも気づいていないようだし……もしかして元スラム街だから警戒しているのか? それとも立地がお気に召さなかったのだろうか?


 問題があれば早めに対応した方がいいので、意を決して尋ねてみると、その答えは思っていたものとは違った。


「失礼しました。気に入らないというわけではなく、敬服していたのです」

「敬服?」

「はい。タケバヤシ様は、私の実家とその領地についてどの程度ご存じですか?」


 彼女の実家というと男爵家で、領地は狭いが金鉱山があることくらいしか知らない。あとは鉱山の開発・運営に他所の貴族が介入していて、搾取されていたとも聞いた。


 素直にそう答えると、彼女は一つ頷いて、陰のある表情で教えてくれた。


「仰る通り、ランソール男爵家は金鉱山の運営という唯一の利権を他家に握られていました。そのため収益自体は多いものの、その大半は4つの家とその領地へと流出してランソール男爵領に残るのはごくわずか。領地の運営のための資金は常に逼迫した状態でした。

 他家による鉱山経営への介入、ひいては領地の運営への介入を防げなかったことは我が家の失策ですが、その結果は民にも波及します。領内では4つの家と繋がりのある者達による搾取が行われ、そうでない領民との経済的な格差が広がり、私が幼い頃には既に領民の半分以上が貧困に喘いでいました」


 恥に耐え、後半は一気に絞り出すように伝えられた内容の実情がどれほどのものなのか、彼女の実家とその領地を知らない俺にはわからない。しかし、スラム街並に荒れていたであろうことは伝わる。


 そしてその状態が良いものだとは、彼女も彼女の家族も考えていなかった。だからなんとか改善する方法を探していたが、いまだに改善はできていないのだそうだ。


「私は実家で後継者という立場にはありませんでした。しかし両親は分け隔てなく教育を与えてくれる貴族としては珍しい人でしたので、その難しさも多少は理解しているつもりです。

 そのような経緯もあり、スラム街から一般住宅地になるまでの“改善”が見られたこの街並みには驚きと敬服を禁じ得なかったのです。紛らわしい態度を見せてしまい、申し訳ありませんでした」

「謝っていただくほどの事ではありませんよ。スラム街とその住民の方々に対する忌避感があるとかなら、ちょっと任せるお仕事の範囲も考えなくてはいけなかったですけどね。

 僕は仕事でスラム街の人達と関わることも多いので。この元スラム街も、今の形になるまでには彼らにも沢山協力してもらいましたし」

「ご安心ください。“貧困に喘ぐ領民を救うことは貴族に生まれた者の責務。救うべき者から目をそらし、如何にして救えるというのか”……そう、私は両親から教えられて育ちました。

 今の私はタケバヤシ様の秘書であり、領主ではありませんが、彼らを忌避する気持ちはありません」


 その言葉には清廉潔白な印象を受け、本心だと分かる。おそらく彼女の性根と彼女を育てたご家族は、貴族として真面目で高潔な人柄なのだろう。


 若干、貴族的な視点が基礎になっている感じはあるけれど、生まれ育ちからすれば当然というか、仕方のないことだ。意欲はあるみたいだから、そのあたりを俺とユーダムさんでフォローしていければ大丈夫かな?


 あとは……彼女は家族の話をする時に若干言い淀んだり、歯切れが悪くなったりすることに気づいた。今の話の中では特に悪い印象はないけれど、確執か何かがあるのかもしれない。


 短い時間でも、話していると少しずつ彼女のことが分かってくる。個人的なことに踏み込み過ぎないようには気を付けたいが、今後のためにも積極的に話をしていこう。


 内心でそう結論付けたところで、俺達は目的の物件にたどり着いた。

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― 新着の感想 ―
今のところ、末端の飛び火以外貴族とかかわる事情はリョウマが処理する事はない、公爵家の手腕はいいね。しかし公爵家になると子供はただ娘一人なのは多分魔力量による神の子疑惑で次の子を産むことに躊躇いが出てく…
だから領地経営に必要な知識と技術の継承は後継者のみか、次男までにしている家が多いんだよ。 一般的には、後継者=嫡男なのかな エリアしかいない公爵家は、婿探ししなければならない?
[一言] エレオノーラとの間に、1人も子を作らなかったは、なぜだろうか? 女子を政略結婚させて、血筋共々乗っ取るか、次男を養子にさせて、後継ぎにさせる方法もあっただろうに‥ そもそも、ルフレッド男爵家…
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