実感
本日、4話同時投稿。
この話は4話目です。
試食会という名の宴会は大成功。楽しい時間は過ぎ去るのも早いもので、あっという間にお開きとなり、皆さんが帰る時間がやってきた。
「今日は美味しいものを沢山ありがとう」
ガナの森の入り口前でお礼を口にするラインハルトさんは、いや、他の皆さんもだいぶお腹が重そうだ。
「ははっ、今日の夕飯は食べられそうにないな。バッツに謝らなければ。
まぁ、リョウマ君に貰った食材を見せたら部下も含めて目の色を変えて、こちらには見向きもしなくなると思うけどね」
「公爵家の料理人の皆さんが作った料理は美味しかったですからね。彼らが樹海の食材をどのように調理するのかは僕も気になります」
「またいつでも来て食べていけばいいさ。こちらからも樹海の食材の手配をお願いできると助かるしね。勿論、報酬は十分に払おう」
「その時はできるだけ高品質なものを用意できるように努力します」
コルミのことがあるから頻繁に行き来することになるだろうし、拠点もあるので大した手間ではない。普通の冒険者と比較すれば、だいぶ楽なはずだ。
エレオノーラさんが来てくれれば連絡ももっとスムーズになるだろうし、俺の負担が減って他のことに集中できるということもある。
「リョウマ君はこれからギムルに向かうの?」
「はい。ここに一泊しようかとも考えましたが、ギムルにも待ってくれている人がいるので。空間魔法を使えば大した距離でもありませんし、リムールバード達もいますから」
シュルス大樹海の探索中は迂闊に外に出せないため、コルミの本体の中を除けばずっとディメンションホームの中だった。安全のためとはいえ、ずっと部屋の中で待機させることになってしまったから、大空の下をのびのびと飛ばせてあげたい。
それにお土産を渡したい人もまだまだ沢山いる。保存には気を使っているが、早く届けるに越した事はない。
「まだ日は高いけど、道中は気を付けてね」
奥様がそう言うと、ラインハルトさんが目くばせをして、セバスさんが一礼。護衛の4人が形式的に四方を囲んで、数秒。公爵家の一団は各々手を振ったり頭を下げたりした後に姿を消す。
空間魔法で帰っていった後には、若干の寂しさを感じる静けさが残った。
「……さて、俺も帰りますか!」
ディメンションホームからリムールバードを出すと、彼らは勢いよく空へ舞い上がる。ギムルの方向へと飛び去っていく姿を見送って、俺も空間魔法で後を追った。
▪️▪️▪️
そして夕方。
従魔と協力しての長距離転移にも慣れたもので、ギムルには完全に陽が落ちる前に到着。昨年末の件で、お互いに顔を見ればわかる程度には親しくなった警備隊の人に挨拶をして、門を通り抜ける。
向かうべき場所は色々とあるが、まず向かうのは洗濯屋。道中では人工的な街並みが続き、人の声が絶え間なく聞こえてくる。当たり前だが空気の匂いも違う。
そんな森と街の違いを感じつつ歩くと洗濯屋が見えてくる。営業中だがピーク時は過ぎているようで、外にお客様の列は見えなかった。忙しすぎない、顔を出すにはちょうどいい時間帯だろう。
「いらっしゃ——」
店に入ると、店内の掃き掃除をしていたジェーンさんが元気な声と共に振り向いた、かと思ったら声が尻すぼみに消えていく。彼女は目を見開き、 箒を持った手が止まっていた。
「——はっ! 皆! 店長、じゃないオーナーが帰ってきたよ!」
持っていた箒を放り出さんばかりの勢いで張り上げられたその声は、お客様のいない店内に響き、奥から大勢の足音が聞こえてくる。
『オーナー!!』
あれよあれよという間に奥から出てきた従業員の皆さんに囲まれ、ここでも口々に無事を喜ばれ、迎えの言葉をかけられた。
「皆さん、オーナーは今帰ったばかりですよ」
ここでカルムさんが俺を気遣ってくれて、従業員の皆さんは一旦解散。ひとまず俺は応接室に通され、店長のカルムさんとユーダムさんの3人で、最低限の情報交換をすることになる。
「そうは言っても今回の留守中、特に変わったことはなかったんだけどね」
「しいて言えば、何度か迷惑なお客が来店した程度です。最近他所の町からギムルに移ってきた冒険者だそうですが、従業員への態度に目に余るものがあったので、すでに出入り禁止にしています」
「迷惑なお客と言うと、開店当初にもしばらく続いたことがありましたが……」
以前のような組織的なものかと一瞬考えてしまったがその心配はないようだ。
「僕もその話はちょっと聞いたけど、今回は大丈夫だと思うよ。あの人は単独犯、というか単純に素行が悪くて、うちのお店の女性陣に近づこうとしただけ。計画性も組織的な動きも、気配すらなかったから。これはフェイさんも確認済み」
「出入り禁止とする前に何度か応対したのですが、お酒の臭いがすることもありましたので」
「ただの酔っ払いでしたか」
「仮にまた来たとしても、うちの警備部なら問題なく対処できます」
迷惑だけど、酔っ払いが暴れる程度ならまだ平穏だな。ただ、被害に遭った従業員のケアには気を付けておいてほしい。
「心得ております」
「こちらからの報告をしておくべきことは……まず里帰りという目標は無事に達成できました。ただ、その過程というか成り行きもあって、今後は定期的に樹海と街を行き来する生活をすることになります」
2人にも、コルミのことは簡単にだが伝えておいた。帰ってきてすぐに次回の話をするのもどうかと思ったが、行くことは決まっているのだから、後に伸ばしても仕方がない。早い方が対応もしやすいだろう。
カルムさんも俺の行動には慣れているようで、一言“承知しました”と言って頷くだけだ。
「そんな顔をなさらなくとも、今回こうして無事に帰ってきていただけましたし、反対も止めもしませんよ」
「……僕はどんな顔をしているのか気になりますが、ありがとうございます。
つきましては今後、樹海に行く前に考えていたよりも街を離れていることが増えますので、洗濯屋のことは引き続きカルムさんにお任せします」
次に話すのは、正式に派遣されることが決まったエレオノーラさんの話。
俺の不在時の情報の取りまとめや秘書としての業務を担当してくださる方だということの説明に加えて、洗濯屋と直接関係のない仕事は全て彼女に引き継いでもらおうと考えていることを話す。
「これまでカルムさんには僕の補佐として秘書の業務を兼任していただいて、洗濯屋以外の事業に関しても多大なご助力をいただきました。その仕事ぶりに不満は全くありません。僕に足りない部分を十分以上に補ってくださり、本当に感謝しています」
「こちらこそ……オーナーの補佐を続けることに苦はありません。引き続き勉強させていただきたいという思いもあります。しかし、公爵家からの派遣となると断ることもできません。
少々残念ではありますが、引継ぎの準備は整えてあります。いつ来ていただいても問題ありませんよ」
俺が樹海に行っている間に、カルムさんには公爵家から連絡が入っていたそうで、準備は万端らしい。エレオノーラさんも有能そうだが、彼も彼で有能だ。
しかし“勉強させていただきたい”って、俺が彼に教えたことって何かあっただろうか? そう言ってくれるのは嬉しいけど、店に関しては頼りきった記憶しかないが……わからん。とりあえず、今は横においておこう。
「では、カルムさんには引継ぎをお願いします。あとこのお店のことはお任せすることになりますが、顔を出さなくなるというわけではないので、何かあればこれまで通り相談しましょう」
そのために“営業部”を作って籍を残しているわけだし、関係を断ち切るわけではない。若干しんみりした空気にはなったが、悲しむ必要はないだろう。
「それからユーダムさんにもお願いですが、彼女が来た後、しばらく彼女を助けてあげて欲しいのです。僕はあまり気にしませんが、彼女は貴族家の生まれですし、ユーダムさんと立場も近いと思うので」
「もちろん引き受けるよ。どこの家の生まれかな? 貴族と一言で言っても、家によって方針とか価値観は様々だから、教えてもらえるとこちらも対応しやすいんだけど」
「そういえば名前しか伝えていませんでしたね。エレオノーラ・ランソール、ランソール男爵家だそうです」
「……あー、あの人か……」
おや? ユーダムさんは彼女のことを知っているようだ。しかし微妙に困った顔をしているのが気になる。何か懸念があるなら聞いておきたい。
「僕が王都の学園に通っていた頃、2つ上の先輩だったんだよ。直接の面識はないけれど、有名な人だったから名前とか噂は聞いたことがある。容姿端麗で頭脳明晰、学業だけじゃなくて魔法の腕にも秀でた才女だって。
ただ、ご実家の状況が芳しくなかったそうでね……そのせいか他人を寄せ付けない性格でも有名だったし、遠目で見ただけでも周囲を拒絶しているような感じが凄かった記憶がある。率直に言うと気難しい人かなって」
「そうなんですか? 確かに壁は感じましたけど、寄せ付けないというほどではないと思いますが」
「学生時代の話だからね。卒業からだいぶ時間も経っているし、何か変わるか改めるかしていたとしてもおかしくないと思うから……まぁ、その辺はまずは会って話してからか」
ユーダムさんは人との距離の取り方が上手いから大丈夫だろう。
「ところで 彼女は魔法が得意なのですか? 本人や公爵家の方々からは聞いていないのですが」
「魔法科の学年首席だったから間違いないと思うけど……詳しくは本人に聞いた方がいいと思う。僕も噂でしか彼女を知らないし、家のことが絡むと複雑だし、どうしても推測が多くなるからね。
でも公爵家から送られてくる人材なら、事前に諸々の問題がないことは確認しているはず。あまり心配する必要はないよ」
確かに。案外、秘書の仕事に必要ないから言わなかっただけかもしれない。余計な憶測はやめておこう。
「とにかく彼女の補助は僕が引き受けるよ」
「では、私は仕事の引き継ぎに専念しましょう」
「お二人とも、よろしくお願いします。彼女が来てからの拠点は僕に任せてください」
ここで、控えめに応接室の扉がノックされる。返事をすると、入ってきたのは料理人のシェルマさんだった。
「お話し中に失礼します。夕飯の支度をしているのですが、オーナーさんはここで食べていかれるのかと思って」
そういえば、そんな時間だった。気持ちはありがたいけれど、まだ公爵家の皆さんと食べた焼肉が腹に残っている。今日のところは遠慮させていただこう。
「すみません、今日は昼が遅かったので。また今度食べさせてください」
「わかりました。その時は今日の分まで腕を振るいますね」
「よろしくお願いします」
そういえば、樹海の食材をまだ渡していなかったな。今のうちに渡しておこう。
「そうだシェルマさん、お土産で樹海の食材を沢山持ってきたんですよ」
「あらまぁ、本当ですか?」
「ええ、産地直送の樹海の幸が大量に。今日の献立は決まっていると思いますが、もしよければデザートに果物でも」
応接室の机に果物を盛った籠を出していく。イモータルスネークの肉も在庫はまだまだあるし、一緒に出しておこう……と思ったら、解体した肉がアイテムボックスの中にない。
「しまった、解体した分はさっき全部渡したんだった」
「あらあら、こんなに珍しい果物を沢山頂けるだけでも十分ですよ」
「いえ、解体していないだけなので解体すればいいのですが……何処で解体しよう?」
「厨房じゃダメなのかい?」
「獲物が大きすぎて」
百聞は一見にしかず。言葉で説明するよりも見せた方が早いだろうと思い、収納しているグレイブスライムを呼んで1匹出してもらうと、
「き、キャーーーーー!?」
スライムの体から蛇の頭が出たところで、シェルマさんが悲鳴を上げる。
しまった、一般女性に丸太のような巨大蛇は刺激が強すぎた。そう気づいた時には異変を察知した警備部の皆さんが駆けつけ、少し遅れて他の従業員も何事かと集合。蛇の死体を見せつつ説明すれば騒動は収まったけれど……ちょっと、いやだいぶ怖がられた。
「それなら場所を貸してもらえないか、ジークさんに相談してみたらどうだい?」
「確かにお肉屋さんなら設備が整っていますね。二軒隣だから距離も近いですし」
ついでに彼とご家族にもお土産を渡せば一石二鳥ということで、一旦お隣さんのお店に移動。肉屋のひとつ前にある花屋では、店主のポリーヌさんとお友達が集まっていた。この時間に人が集まっているのは珍しい気がする。
「本当にそうだねぇ、まったく男ってやつは——」
「お邪魔します」
「——ん? なんだリョウマ君じゃないか!」
「あらま、こんばんは」
「危ないところに行ったって聞いたけど帰ってきたのね。元気そうでなによりだわ」
声をかけると、俺に気づいた奥様方が一斉にこちらに話しかけてくださる。彼女達も俺が樹海に行っていることを、奥様ネットワークで伝え聞いていたのだろう。口々に無事を喜んでくれるが、その勢いは樹海で襲い来るラプターの群れにも劣らない。
勢いに押され、負けそうになりながらも簡潔に事情を説明する。
「——というわけでして、お土産を持ってきました」
「行って帰るだけでも大変だろうに、わざわざ悪いねぇ」
「いえいえ、皆さんにはいつもお世話になっていますから」
そんなごく当たり前のやり取りをしながら、果物を盛った籠を取り出す。
「あらあら、これは……」
「綺麗な色だけど、見たことないものばかりね」
籠の中には3種類。5本で一房の実が繋がって人の手のようなバナナ、中心に牙のような割れ目があるマンゴー、毛むくじゃらでバスケットボール大のライチに似た果物が入っているが……奥様方はその派手な見た目に、興味はありつつも手が出ない様子。
「見た目は少し変わっていますが、全部美味しいんですよ。持って帰る前に1つ味見してみますか? お皿もありますし」
「それならそっちのテーブルを使いな。下の棚にナイフも入っているから使っていいよ」
ポリーヌさんから許可も得たので、まずはバナナの指の股を切り離して皮を剥く。中の実は試食しやすいように、輪切りにしておく。
「切り分ければ剥くのも簡単そうね」
「すごく甘い香りがするわ……んっ!」
「これ、美味しいね! 柔らかいし子供たちも好きそうだ」
バナナは好評。続いてライチに似た果物は、表面に刃物で切れ込みを入れ、素手で皮を実から引き剥がす。毛むくじゃらの皮の中からは、真っ白でつるりとみずみずしい果実が露出する。このままだと大きすぎて食べにくいので、一口サイズに切り分けてご提供。
「これも美味しいわ。果汁がじゅわっと出てきて」
「さっきの実はねっとりとしていたけど、こっちは爽やかね」
「これは暑い時に食べたくなる味だねぇ」
最後にマンゴーに似た果物を真っ二つに。この段階で芳醇な香りが店内に広がり、身に網目の切り込みを入れてからひっくり返せば実が皮から離れる。誰かがゴクリと喉を鳴らした気がした直後、
「なんかいい匂いがする!」
「母ちゃんの店だ!」
広がる香りを嗅ぎつけて、ポリーヌさんの娘のレニと息子のリックが飛んできた。
「あっ! リョウマじゃん!」
「おー、なんか久しぶり」
「一人で危ないところに行ったって聞いていたけど、帰ってきたのね」
無鉄砲ないたずら小僧みたいな言われ方だけど、危ない場所なのは事実だから否定できない。
「ま、元気ならいいけど。それよりこの匂いは何?」
「リョウマ君が持ってきてくれたお土産だよ。地元で採れる果物なんだってさ」
「果物? 俺も食べたい!」
「どうぞどうぞ」
丁度用意していた賽の目切りのマンゴーを食べてもらう。
「甘っ! うめー!」
「凄い! こんなの食べたことない!」
一口食べた途端に2人が目を輝かせる。複雑な言葉は必要ない。シンプルな一言とその顔が最高の食レポ。俺も見ていて嬉しいし、持ってきたかいがあるというものだ。
「うまっ、うまい!」
「ちょっとリック! もっと味わいなさい、っていうか私の分までとらないでよ!」
「あんたたち! 意地汚い真似するんじゃないよ!」
「まぁまぁポリーヌさん、2人も、そんなに急がなくてもまだ沢山あるから」
「本当か!?」
「ったくうちの子供らときたら、でも本当にいいのかい?」
「お土産用に沢山取ってきましたから。それに、あまり日持ちがしないので。 1日や2日で傷むほどではありませんが、残しておいても腐ってしまいます。だからどうか遠慮なく」
「そうかい? ありがとうね。
でも貰いっぱなしじゃ悪いから、今度またうちの旦那の店から何か差し入れるよ。あと解体場も使っていいよ。アタシが旦那に話すから待ってな」
「ありがとうございます!」
ポリーヌさんはテーブルの隅にあった布巾で手を拭い、店の奥に入っていく。そして店舗に残った奥様2人に果物を分けていると、ポリーヌさんと共にジークさんがやってきた。
「やぁ、リョウマ君。美味しいお土産をくれたんだってね。うちの店の設備なら使っていいからおいで。あと僕も肉屋として、珍しい魔獣の肉は気になるから、作業を見ていていいかい?」
「もちろんです。その肉もお土産の一部ですから」
こうして無事に解体場を借りられた俺は、イモータルスネークを解体。その後は早く会いたい人達の所に、季節外れのサンタクロースのように大量の肉と香辛料と果物を抱え、暗くなるまで樹海土産を配って回る。
他人がいると気を使うけれど、温かい人達と交流できる喜びは1人では味わえない。
樹海には樹海の、街には街の良さがあることを実感した。




