危機一髪
本日、4話同時投稿。
この話は2話目です。
それは、コルミ村に滞在した最後の夜のこと……
「リョウマ! 学校! 人がたくさん!」
「学校? 確かに人は沢山いたね」
「いいなー、学校になりたい」
「それは初めて聞いたけど……もし将来的に、ここに人が集まるようなことがあれば、学校みたいなことをしてもいいかもしれないな」
「本当!?」
「まぁ、実現するためにはやらなきゃいけない準備がたくさんあるけれど、コルミの能力は物を教えるにも使えると思うし、悪くないと思うよ。ある程度生活環境が整ったらゴブリンたちに協力してもらって、試してみるといい」
「うん!」
それからしばらく、コルミは俺の学生時代の記憶を覗いていたが……徐々にその雰囲気が暗くなり、尋ねてきた。
「リョウマ……」
「どうした?」
「どうしていじめが起こるの?」
「あー……それは俺にもよく分からないし、環境や状況、いじめる側の理由など様々な原因が複雑に絡み合い起こるものだから、これが原因だとか明確な事は言えなくて……
コルミが見たのは俺の学生時代だと思うけど、ぶっちゃけいじめって子供だけの問題じゃなくて、会社で働く大人になっても珍しくないし、動物の群れの中でも起こるんだ。だから残念だけど“いじめは起こるもの”と考えて行動するか、煩わしければ人から離れるしかないと思う……というか、俺はそれで転生を機に一度人とのかかわりを断っているし……」
「じゃあ、起きたいじめを解決するにはどうするの?」
「また難しい問題だなぁ。ケースバイケースで適切に対応としか……」
「ネット? では厳罰化だって言っているみたいだけど、違うの?」
「厳罰化という言葉が何を指しているかにもよると思うなぁ……あ、ネットの記憶を読むなとは言わないけど、情報を鵜呑みにはしないようにな、そこは重要だから」
しかし、どう答えたものか……世の中の親御さんは、こういうことを聞かれたらどう答えているのだろうか? マジで分からん。
う〜ん……俺もそれなりに嫌がらせを受けた経験はあるし、別にいじめっ子を擁護するつもりはない。いじめの早期発見と対処、そして犯人への罰を与える、そのための仕組みを作るという意味の厳罰化なら、むしろ大賛成。でも単純に罪と罰を重くするだけの厳罰化なら、あまり意味がないのではないか? と思う。
その上で俺の個人的経験から感じたことを言わせてもらえば、いじめなんてやる奴は基本、自分がやっていることが悪い事だと認識していない、あるいは隠れてやればバレないとか、自分が罰を受けるとは考えていない奴が多かった印象。真っ当な善悪の判断とリスク計算ができて、いじめをやっている奴はあまり見たことがない。
悪い事でリスクが高いと分かっていても止められない依存症タイプとか、自分がいじめられないために他人へのいじめに加担しているいじめられっ子、みたいなパターンも見たことがあるから、全くいないとは言わないけど……罰を重くするだけでいじめ問題が解決するとは思えない。
抑止力を考えるなら罰の重さより、確実に与える方が広い範囲にリスクを自覚させられるのではないか?
「子供だって馬鹿じゃないからなぁ……先生や親がいじめに気付かなかったり 、見ても見ぬふりをしたり、軽い注意で済ませたりしていると、子供もそれをなんとなく察するよ。で、“この程度なら大したことないから大丈夫”ってなる。少なくとも俺が見てきたのはそんな奴ばっかりだった。
誤った学習をし続ければ、歯止めも効きにくくなると思う 。特に義務教育も終わってない子供なら、なおさら先に覚えたことが後を引くだろうし」
もちろん学校の先生も目を配ってはいると思うけど、教職も激務だという話はよく聞くし、親が教育を学校と先生に任せきりになっているという話もあるから、教職員だけを責めるのもどうかとは思う。それ以上に、意味を感じない。
手が足りないなら教職員だけでは対処しきれないという前提の下、対策を講じる方が建設的ではないだろうか?
その道のプロではない俺でも、専門の役職や人員……たとえば校内の巡回と生徒の監視や保護を担う警備員を雇うとか、廊下や校舎裏などの人目のない場所には監視カメラの設置をするとか、その程度の対策はすぐに思いつく。
ちなみに前者の学校警備員はアメリカで既に導入されていると聞いたことがあるし、なんなら学校専任の警察官がいる所もあるらしい。後者はトイレや更衣室でもなければ、学校はプライベートな空間ではないと思うけど、それでも肖像権とかプライバシーとか映像の管理とかが問題になるのだろう。
「あとは、暴力や脅迫は別としても、何をいじめと感じるかはその人の主観による部分もあるのがなぁ……会社で遅刻を注意したら、それはいじめだって騒いだ奴もいたし……そいつはちょっと極端な例だけど、いじめと正当な注意かどうかを見極める必要はあると思う」
相手のためを思っての言葉で重い罰を受けるリスクを負うくらいなら、最初から注意なんてしない、友達作るのもやーめた! という思考になる可能性もあると思う。それにいじめっ子グループが口裏を合わせて、いじめられっ子を陥れるなんてこともよくある話だからな……事実確認と見極めは重要。
「ほかに考えられるのは、加害者側への罰だけじゃなくて被害者側へのフォローも大事だね。学校内での問題発見はもちろん、一度不登校の状態になるとねぇ……」
海外だと……なんか、なんでもかんでも“欧米は”とか言いまくる意識高い系みたいになっている気がして嫌だけど、事実として日本と海外では教育のシステムに差違がある。
先程の警備員の話のようにアメリカを例にすると、アメリカにはホームスクーリング(自宅学習)という保護者が教師の代わりとなって教育を与える学習スタイルが、選択肢の1つとしてあったはず。
「それだと、友達できない? 勉強も学校よりダメ?」
「確かにそういうデメリットやリスクはあると思うけど、個人的にはそういう選択肢があってもいいと思うよ。
“学校は勉強だけのための場所ではない、人間関係を学ぶ場所でもある”みたいな否定的意見もよく聞くけどさ、いじめを受けている時点でその場所での人間関係は破綻していると思う。勉強だって、常に身の危険や不安を感じる環境じゃ集中しにくいよ」
一旦いじめ加害者と被害者の関係ができてしまったら、それを覆すのは大人でも難しいからなぁ……無理してそこで耐えても、改善はほぼ見込めない。状況はどんどん悪化して、劣等感が植え付けられるばかり。これらは実体験。
何より、体はもちろん心を壊せば回復に時間がかかる。本当に、下手をすれば一生、後を引く。自殺という最悪の可能性もあるのだから、無理に学校にこだわる必要はない……というか、こだわり過ぎると被害者側のリターンよりリスクの方が大きくなってしまうように感じる。
もちろん現状の打破や改善に向けて努力すること、努力しようという意思は大切だし素晴らしいと思うけど、無理はしないでほしい。本当に心と体がボロボロになるから。
「重要なのは学校に通ったかどうかよりも、学校に通うことで手に入るものと同等の“学力”、“対人経験”、“コミュニケーション能力”。あとはそれらに対する“自信”を十分に養えるかどうか、本人と親がそういう環境を整えられるかどうかじゃないかな?
俺の子供の頃ならまだしも、死ぬ前にはネットが発達していたからもっとやり方はありそうだし……悪いコミュニティに入らない・繋がりを作らないことには注意が必要だろうけど、ネット上だけでも一切他者との関りがないよりはマシだと思うし……
義務教育は子供の学校に通う義務ではなく、子供に教育を与える親の義務。学校はその義務を負う親の負担を軽減するための施設の1つくらいの位置付けで考えているのかな? 俺は」
そういえばアメリカのホームスクーリングも、保護者の教育放棄や教育レベルの低下を防ぐために、様々な規則や学習状況をしかるべきところに報告する義務が親にはあり、怠れば親が逮捕されて罰を受けるとも聞いた。
他にも日本でPTAといえば“役員の押し付け合い”が起こることも珍しくないみたいだけど 、アメリカの親はむしろ率先して役員を引き受けてイベント事やチャリティーなどの運営に携わる傾向があるらしい。
いじめや不登校というよりも、教育に対する向き合い方からして違うんだな……と、だいぶ昔に感じたことを思い出した。
「……少し話がそれたけど、悪い事をしたら罰は必要。厳粛に与える必要はあるけれど、それよりも早期発見と対処の徹底、そして被害者のフォロー。それらを可能にする仕組みの方が優先度は高い、っていうのが俺の結論になるんじゃないかと思う。
でも他の人に話を聞いたらまた違う意見も出てくる。厳罰化のたった一言、俺1人の意見でもこんなに色々な要素が絡んでくるんだから。専門家じゃない俺には、ハッキリとは答えられないよ」
「そっかー……」
「人と交流できるようになったら、もっと色々知って、色々考えていこうな」
■ ■ ■
「という感じでして」
「確かに、画一的な答えのない、返答の難しい質問だね」
「無邪気な子供らしい質問じゃが、それだけに困るというのも分かる」
「他者の心を読みとる能力を使えるためか本人の理解力は高く、発言の意図を曲解されることがないので普通の子供よりは楽な方だと思いますが、僕は子供を育てたこともないので」
ここで、3人が一瞬だけ身じろぎをした。
「ついつい忘れてしまうけど、リョウマ君はまだそんな年じゃないものね」
「悩むのも当然じゃな。しかし、そういうことなら儂らが力になれるじゃろう。子育ての経験はそれなりにあるのでな」
「いつか交流が可能になったら、僕達にもコルミ君を紹介してほしい。そしてその時に遠慮なく相談してくれたらいいよ。この件については、ひとまずこんなところで大丈夫かな?」
「ありがとうございます。こちらとしても、いつどのように実現できるかわからないので、そう言っていただけただけでも安心できます」
考えてみれば、あの真っ直ぐなエリアを育てた公爵家の皆さんだ。協力してくださるなら、心強いことこの上ない。そうして気が緩んだことで、ふと喉の渇きに気づく。そういえばずっと説明で喋りっぱなしだった。
セバスさんの入れてくれていたお茶で喉を潤すと、ここで奥様が口を開いた。
「それにしても、リョウマ君はやっぱり難しい話もできるのね」
「え? いえ、できないからこそ先程のような話になったのですが」
「私は話を聞いていて、そうは思わなかったわ。これからはもっとリョウマ君が神の子として、異国の知識を持つ人の見方を聞いてみたいと思うくらい」
俺、議論とか苦手なんだけどな……前世で議論なんて、ほとんど経験がない。真っ当な議論ができる相手が周りにほとんどいなかった、ということもあるかもしれないけれど。正直どこに地雷があるか分からないので警戒してしまう。
「具体的に、どのようなことについてでしょうか」
「そうね、私達の領地の運営とか、政治についてはどうかしら?」
「やめてくださいしんでしまいます。炎上します」
「死っ、炎上!?」
「どういうことじゃ? 見た限り何処にも火の気はないが」
「神の子は政治について語ると燃え上がるのかい?」
「もしや、神々によって何かしらの制限をかけられている、ということでしょうか?」
いかん、反射的に口から出た言葉が変な方向に誤解を生んだ。口調まで微妙におかしくなっている気がするが、とにかく説明して誤解を解かなければ。
「つまり、炎上というのは非難が集まり攻撃されるという意味の比喩表現なんだね」
「紛らわしい言い方をしてすみませんでした」
「異国の文化と交流するなら、多少のすれ違いはあるものよ。私の方こそごめんなさい」
「いえいえ……ちなみに僕の国では宗教、政治、あとは野球という球技の話題はするなとよく言われていたのですが、こちらでは大丈夫なのですか?」
「貴族なら嗜みの1つだね。僕達のような領地を持つ家は特に」
「領地を治める領主が政治について語れないようでは、話にならんからな。我が家ではエリアとも、政治を含めて色々な意見交換をしていたよ。他の家も程度の差はあれど、概ね同じだと思うよ」
シンプルで分かりやすく、そして説得力のある理由。最初から疑っていないが、奥様は身近な話題を振っただけなのだ。ただそれがちょっと噛み合わなかっただけだ。異文化交流、たまにはこういうこともあるだろう。
カップに残ったお茶を飲み干すと、セバスさんが新しいお茶と一緒に話題を提供してくれる。
「旦那様、例の件を」
「ああ、そうだった。実は僕達もリョウマ君に、技士として頼みたいことがあったんだ」
「伺います」
「樹海に行く前にも少し話した、新しい村作りへの協力、スライム農法による食糧生産、レトルト食品の増産体制を早めに整えておきたいんだ」
「もちろん、できる限りお力になりたいと思います。しかし、何か急ぐ理由が?」
「まだ経過報告だけど、作物の出来があまり良くないんだ。ほら、最近は暑いだろう? “例年よりも気温が高く、作物の成長にも影響が見られる”という報告が領内の村々から上がっていてね。すぐに飢饉とまではいかないようだけれど、対策が必要なんだ」
更にラインハルトさんは、
・気候的なことが原因なので、問題はジャミール公爵領だけに留まらない。
・近隣の領地、最悪の場合は国全体が食糧危機に陥ってしまう。
・また、周囲と食糧事情に格差があれば、略奪行為が増加しやすくなる。
・領民が略奪の対象になることを防ぐためにも、必要な時には周辺領地への支援を行う。
等々、将来の可能性と対策の必要性を説明してくれた。
「なんだか大事になりそうですね」
「天候の問題はどうしようもないよ。いざという時の手があるだけ幸運さ」
「お役に立てたのであれば、僕もうれしいです」
っと、食糧と言えばグレンさんがレトルト食品を買いたいと言っていた。
思い出したので、忘れないうちに伝えておく。
「グレンさんはかなりの大食漢かつ豪快にお金を使う方だったので、おそらく購入希望の量も大量になります」
「分かった。生産施設も本格的に建設するつもりだったから、そちらの優先度を少し上げよう」
「即決ですね」
「彼の名前は国中に轟いている。Sランクというだけでも社会的な信用は高いし、彼が愛用する品ということになれば大きな利益に繋がるからね。
生産施設の建造や村の開拓に関する具体的な日程は、確定してからエレオノーラ嬢に預ける。リョウマ君の補佐として着任したら確認してほしい」
「予定を早めるとは言っても、開拓なんて1週間や2週間で終わる話ではないから、あまり根を詰めすぎないようにお願いね」
「分かりました」
最後に、そこだけはしっかり釘を刺されてしまった。
「さて、そろそろヒューズ達もリョウマ君と話したいだろう」
「そうですね。樹海で採れた“お土産”も用意しているので、楽しんでいただきましょう」
こうして今回の密談は終了。ここから先は……帰還祝いの宴会だ!




