業務連絡
慌ただしく別れた後で連絡先を教えていなかったことに気づいたけれど……グレンさんなら“カンに頼って走り回っていたら見つけた”とか言って急に現れても不思議ではない気がする。
そう考えて、気にしないことにした俺は、最寄りの街の教会にやってきた。いつものようにいくらかの寄付をして、礼拝堂で祈りを捧げる。
「おつかれ〜」
「お疲れ様……って、あれ?」
いつものように神界に呼ばれたら、今日は5柱。声をかけてきたクフォとガインにルルティア、そしてフェルノベリア様とメルトリーゼ様がいて、他の皆の姿は見えない。
「他の皆はそれぞれ別の仕事に向かったわ。ほら、例の魔王の欠片が他にないかを確認する必要もあるし、世界の管理も色々とあるからね」
「今日は帰ってきたリョウマ君の報酬の話。あとは前回から日が空いたから、一度呪いの処置もしておこうと思うんだけど、まずは座って休みなよ。樹海から帰ってきたばかりでしょ」
世界の管理。規模が大きすぎてよくわからないが、通常業務だけでも忙しいのだろう。目の前にいつものちゃぶ台とお茶が現れ、のんびりとした光景が広がっているので、いまいちそうは思えないけど。
「ありがとう。見ての通り無事に帰れたよ。依頼の件の報告も必要かと思ったんだけど」
「それについては大丈夫じゃよ。一段落するまでは皆で見ておったから、経緯は把握しておる。結論から言うと依頼は達成。何も問題はない。そうじゃろう? メルトリーゼ」
「死者の魂が解放されたことは確認した。あの魔獣……コルミがあの力をもう使わないのであれば、殺しまでする必要はない」
「そうか!」
おそらく大丈夫だろうとは思っていたが、改めて問題ないことが確認できて安心する。
「心配いらない。あの子も私達、神が見守るべき命の1つ。私は死と眠りの女神……一言で言えば“死神”だけど、私の役割は“生者に死を与えること”ではない。死にゆく者を見守り、死後の安らかな眠りを守り、やがて生まれ変わるまでの準備を整えること……殺す必要がないのであれば、それに越したことはない。
尤も、魂を縛り付ける力をまた使うようなら話は別。その時は改めて“討伐”を依頼する」
「承知した。そうならないようにもう一度念を押しておくよ」
俺がそう言うと、メルトリーゼ様は無表情だがどこか満足そうに頷いた。
「魂を縛る力以外は、好きに使って問題ない」
「……というと、死霊術も? アンデッドに関する魔法とか、魂に干渉しそうだけど」
「原則禁止ではあるけれど、一切干渉してはならないというわけでもない」
いまいち要領を得ない返答だったので、思わず他の皆に目を向ける。すると、フェルノベリア様が口を開いた。
「時間に限りがあるので掻い摘んで話すが、魂は複数の部位に分けられる。いくつに分けるか、どのように分けるかは魂という概念の捉え方にもよるが、ここではひとまず“外側と内側”の二層構造で考えるといい。
そして、我々が禁忌としているのは“内側への干渉”。死霊術と呼ばれるものは、外側にのみ干渉するものを指しているので許容範囲内だとメルトリーゼは言いたかったのだ」
説明は分かりやすく、理解できたと思う。ただ、その外側と内側の境目は明確にわかるものなのだろうか? コルミは無意識に魂を縛る力を使っていたようだけど……
「あの魔獣は稀有な例だ。魂の内側への干渉など、そうそうできるものではない。だからこそ勘違いをした死霊術師がその領域を“真髄”やら“奥義”と呼んで手を出そうとするのだが……とにかく、意図的にやらねばまず不可能。気にする必要はない」
「死霊術として代表的なのは死体をアンデッドに変えることだけど、生き物が死んだ時点で魂の大半、最重要かつ不可侵の内側はこちらに戻ってきているわ。人間には人道的な問題とか嫌悪感があるかもしれないけど、私達からすれば許容範囲なの」
「そもそも魂というものは繊細で傷つきやすいものだからね。傷付いてはいけない内側を守るために外側があるのさ。外側はある程度なら傷ついても回復するし、筋肉と同じように魂を強固にするんだよ」
フェルノベリア様の説明を、ルルティアとクフォが補足してくれる。確かに筋肉みたいな話だけど、それ以上にスライムのようにも思えた。
「そんな感じの理解で十分じゃろう。念のために言っておくが、死霊術の研究と称して生者に非道な行いをすれば、それはまた別の問題じゃからの」
そう言ったガインの様子に違和感を覚える。軽く注意を促しただけに聞こえたが、なんとなく念の押し方が気になった。魂に関連することだからかもしれないが、使っていいと言う割に、使って欲しくないと思っているような……何かを憂いているような気がする。
そんな風に疑って見ると、ガインだけでなく他の皆も若干様子がおかしい。表情というか雰囲気が硬い気がする。
「本当に死霊術は問題ないのか?」
「……リョウマ君って、変なところでカンがいいよね……死霊術自体に問題はないのは本当だよ。ただ、昔、死霊術を使って好き放題した転生者がいたことを思い出してしまっただけさ」
「貴方が悪いわけではないし、遠慮する必要はない」
「2人とも、そこまで言ったら気になるでしょう?」
「そうは言っても、呪いの処置のことも考えると時間が足りんじゃろ」
「悪い一例として知っておいても良いと思うが、今は報酬の話が先だ。その話は日を改めてするとして、リョウマはこれを受け取れ」
微妙な空気を振り払うように、おもむろにフェルノベリア様が差し出した右手には、一冊の本が掴まれていた。パッと見ただけでも高級感のある革張りの装丁に金色の文字。手入れが行き届いていて綺麗に見えるが、同時に長い歴史を感じさせる。タイトルは“創世神話”。
以前、テクンから盃を貰ったことがあるけど、もしかしてこれも神器?
「察しの通り。これは私が作った神器であり、下界における教会の礼拝堂と同じ機能を持たせてある」
「ということは、この本を持って祈りを捧げれば、どこからでもここに来られると?」
「そうだ。例の呪いの治療をしていくにあたって、じきに人前に出にくくなるだろう。これがあれば、人の多い街中の教会に行かずとも神界を訪れて治療を受けることができる」
「それはすごく助かります!」
これは本当にありがたい神器だ。まだ先のことだけど、治療のための外出に悩む必要が完全になくなった。
「リョウマは瘴気の除去を始めとして、今後も我々に協力をするつもりなのだろう? であれば連絡を取りやすく、無駄な時間を省けるようにした方がこちらとしても都合がいい」
「それなら本じゃなくて、連絡用の道具を渡せばいい。たしか地球にそういうものがあった。あの、長方形の薄い板みたいな」
メルトリーゼ様が自分の記憶を引き出すように呟きながら手を動かすと、その幼い手の中だと少し大きく見える“ポケットベル”が現れた。
「うわ懐かしい」
思わず声が出た俺を、メルトリーゼ様が不思議そうな眼で見ている。
「? これは古いの?」
「人間基準だと、だいぶ。俺が死んだ時点でも、これが発展したスマホというものが主流だったし、今の子供はポケベルの存在自体知ってるかどうか」
「メルトリーゼは基本的に向こうに興味ないし、寝たり起きたりしてるから情報が昔のままになってるんじゃない?」
「一度寝ると、なかなか起きてこないものね」
「今時はコレじゃよ」
そう言ったガインの手元には、俺も見たことのないスマホ。たぶん俺の死後に発売された最新機種なんだろう。というかガインは何で普通にスマホを持っているんだ? しかもメルトリーゼ様に説明しながら操作している指の動きが、女子高生のように速い。
「ただ形を再現しただけじゃなくて、使いこなしている……」
「たびたび向こうに渡っているようだからな。大方そちらで使い方を覚えたのだろう。
話を戻すが、連絡用の道具を本の形状にしているのは偽装だ。創世神話は創世教の経典。庶民が所持していても、敬虔な信者と思われるだけで、怪しまれることはないだろう。
用途が分からずとも“珍しい”というだけで欲する者が人間、特に権力者や金持ちには少なくない。地球のポケベルやらスマホやらの形にすれば人目についた時に問題になりやすい。同じ理由であまり高価にも見えないようにした」
「ご配慮いただきありがとうございます」
普段から目立つのは好まないが、この本が神器ならなおさら目立つのは困る。目立たない本の形にしていただけて本当に助かった。
「注意点だが、この本はいつでも無条件で我々と連絡が取れるわけではない。教会が持つ“我々と人を繋げる“機能を使用するためには、一度につき魔力を50万消費する。この本自体に魔力を蓄える機能をつけてあるので、余剰分はこまめに貯めておくことだ。我々との連絡以外にも、必要な時に魔力を引き出して使える。汚れや破損の心配もない」
つまり、持ち運べる教会であり魔石、というか外付けの魔力タンクじゃないか!
「何から何まで、ありがとうございます」
「報酬は仕事に相応しいものを与えなければならない。今回の件は私の不手際が原因ということもあるのでな。少々色をつけた。あとは、そうだな。報酬の件ではないが、遺産を回収しただろう」
「はい、本当に回収しただけですが」
「遺産の中で祖母の遺したもの、特に書物はどんなものがあるか、表題くらいは把握しておくことを勧める。今後の助けとなるような知識もあるだろう。賢者メーリアは、私も一目を置いていた人間だった」
「わかりました」
魔法と学問の神であるフェルノベリア様のお墨付きとあらば、その価値は計り知れない。予定の優先順位を上げておこう。
「話は終わった?」
ここでガイン達からスマホの説明を受けていたメルトリーゼ様が戻ってきた。
「ああ、すごく良い報酬を貰ったよ」
「それならよかった。報酬の受け渡しが済んだなら、呪いの処置を始める」
「樹海から帰って間もないのに忙しなくて悪いけど、滞在時間に余裕があるうちにやっておきたいからね」
「大丈夫。今回の報酬でこの本をもらえたから、今後またゆっくり話しに来るさ」
神々からすれば、俺が呪われたのは自分達の過去の不始末が原因かもしれない。でも俺としては事故のようなものだと思っているし、処置をしてもらえるだけありがたい。
気遣ってくれたクフォにそう伝えて、処置を受ける。と言っても用意された台に寝そべったら、あとは任せるだけ。だんだんと意識が薄れて、体がふわふわと浮かぶような感覚。全身麻酔とかもこんな感じなのだろうか……
▪️ ▪️ ▪️
「ふぐっ!?」
「あ、起きたね」
「何か違和感はあるかしら?」
うたた寝をしていて突然落ちるような感覚で意識が戻り、クフォとルルティアの顔が目に入る。一拍遅れて状況を思い出した。
「ん……特に何も。ちょっと頭が重いけど、寝過ぎた時みたいな感じだ」
「問題なさそうね。処置も今回予定していた分は完璧よ。頭の重さはじきに治まるわ」
「長旅だったし、生活環境は整えても多少は疲労があったんだろうね。ぐっすり寝てたから、もうそろそろ帰る時間だよ」
「そうなのか。処置、ありがとう。それじゃ今度は貰った本を使って、1週間後にまた来るよ」
「厳密に決めずとも、儂らは基本的にいつでも時間が取れる。リョウマ君を待っている人々の方を優先して、暇な時に顔をだしてくれればよいぞ」
ガインがそう言ってくれたところで、メルトリーゼ様が半歩前へ出た。
「最後に1つ教えておく。貴方は魔法、特に呪術を学ぶといい」
「え?」
「貴方はコルミの望みを叶えるために、樹海の中に拠点を作ろうとしていた。確かにそれも1つの手段ではあるけれど、それだけが全てではない。外の街でも、コルミが人間と交流する機会を設けるだけなら魔法で可能にできる」
「本当に!?」
脈絡なく伝えられたことで一瞬理解が遅れたが、それは重要度の高い情報だった。そして反射的に口から出た言葉に答えたのは、魔法の神であるフェルノベリア様。
「確かに、リョウマは既に必要な情報を持っている。そこから目的に合った魔法を構築すれば、人と交流を持たせることは可能だ。能力は弱体化すると思うが、そのあたりもリョウマ次第だろう」
魔法の神のお墨付きが出たところで、周囲が輝き始めた。
「いいところで時間が」
「丁度いい。この件はよく考えてみることだ」
「コルミの望みが一部でも叶えられれば、また死者の魂に手を出す可能性が減る」
「フェルノベリアもメルトリーゼも、まったくもう」
「一応、リョウマ君を応援しているのよ? こんな言い方だけど」
「焦らず気長に頑張るんじゃぞ」
俺に課題を出す先生のようなフェルノベリア様と、事務的なメルトリーゼ様。そして2柱をフォローするクフォ達の声を聞きながら、俺の体が光に呑まれる。
……これは、学ぶべきことがまた一つ増えたな。




