コルミとの別れ
本日、4話同時投稿。
この話は4話目です。
「ぐぅっ!?」
即席人力パイルバンカーとでも呼べばいいのか……グレンさんの一撃はメタルスライムの釘を深々と頭に食い込ませるだけに留まらず、リーダーライノスの体を大きく揺らし、拘束する蔦を一気に引き千切っていく。
断末魔の叫びは轟音に掻き消され、かすかに耳に届いた気がする程度。最後にビクリと痙攣すると、全ての力と支えを失ったリーダーライノスの体は、沼の中にその半分近くを沈めた。
落下の直前、地面の上に転移で着地できたが……釘を支えていた俺の腕から、響くような痛みを感じる。ハンマーの直撃を受けた訳ではないけれど、気で防御しても衝撃で骨にヒビが入ったようだ。恐るべし、グレンさんのパワー。
「折れたか? ギリギリで手を離したと思ったが」
「頭蓋骨に先端が食い込むまでは支えていましたから。まぁ、この程度なら回復魔法で治せますし、実質損傷なしですね」
「自分で治療もできるのか。最近アンデッドを見まくってたせいか、ゾンビみてぇに見えてきたな」
「言わんとすることは分かりますが」
「褒めてんだよ、一応」
なんだか釈然としない気分になったけれど、結果としては狙い通り。打ち込まれたメタルスライム達も、硬化と物理耐性に気を用いた保護が十分に効いたようで、無事が確認できた。他の魔獣の気配もないので、作戦は成功と言っていいだろう。
しかし……このリーダーライノス、俺1人だったらどう対処できたか? 眼球、あるいは口内をブラッディースライム入りの槍で攻撃すれば倒せるだろうけど、逆にそれ以外の攻撃が通用するとは考えにくい。
グレンさんが“耐久力に関してはSランクの魔獣にも近いと感じた”という話だし、今回は魔獣が強化されていたこともあるだろうけど、いざという時のためにもう少し鍛えて、自分自身の攻撃力を高めた方が良さそうだ。
「おっ?」
「あ、お前達」
気付けば、母親ライノスは怪我の再生が終わっていたようだ。子供ライノスを伴って、こちらに近づいてきている。敵意は感じないが、リーダーが討ち取られたことを確認しに来たのかと思えば、母親が前足を上げ、治った後ろ足で立ち、バンザイをした。さらに子供ライノスも母親に続いて同じポーズを取る。
「なにやってんだ? こいつら」
「これは確か、キャノンボールライノスの服従のポーズだったはずです」
事前に情報を集めた時、体を大きく見せる威嚇じゃないのかと思ったのを覚えているから、間違えてないと思うけど……本来キャノンボールライノス同士のぶつかり合いで負けた奴がやる行動の筈……
「もしかして、この大きいのを倒したからか? コルミから話を聞いていたのか?」
つい問いかけていたが言葉が通じるわけもなく、子供ライノスの足がプルプルし始めただけ。子供といってもそれなりの体重があるので、2本足で体を支えるのは辛いんだろう。
「疑問は置いておいて、契約しちまえよ」
「ですね。そうしないと意思疎通ができませんし」
親の方はアンデッドだし、今後も考えて子供ライノスに従魔契約の魔法を使う。すると今回もあっさりと契約に成功した。
「君は俺の従魔になるってことでいいんだな」
「キュッ」
「なら、とりあえず村の屋敷に戻ろうと思うんだけど。コルミにも結果を伝えたい」
心を鬼にして、ついてきてくれないかと問いかけると、子供ライノスは再び肯定の声を上げた。母親ライノスも素直について来るようだ。複雑で言語化できない感情が伝わってくるので、これから何が起こるかはもう理解しているのかもしれない。
「おい、リョウマ。帰る前にこいつ回収しねぇと食い荒らされるぞ。あとどう分ける?」
「そうですね……このキャノンボールライノスはグレンさんどうぞ。打ち込んだスライムだけ回収させてください」
「トドメを差したのは俺だが、叩き込む隙を作ったのはお前だろ」
「おそらくですが、こいつは分けようにも分けられません。そもそも普通の刃物が通ると思えないので」
「あぁ……そういうことかよ。確かにその辺ゴチャゴチャやるのもめんどいな」
「気が使える僕でも切りづらくて上手く解体できるか分かりませんし、ゴブリンだと絶対に無理ですね。それこそグレンさんが取引相手に言われたみたいに、そのまま持って行った方がマシなくらいまで素材をボロボロにしかねません」
俺一人だったらもっと苦戦していただろうし、俺は今回の件で目的を完全に達成。おまけに従魔も増えた。それでリターンは十分だろう。
「ならとりあえず預かっとく。蔦は切れてるみてぇだし、泥だけどうにかしてくれ」
魔法で泥沼から水を抜き、ビッグメタルスライムの回収ついでにリーダーライノスの死体を地面から掘り出しておいた。
グレンさんが死体を回収する間、子供ライノスは静かに回収作業を眺めている。群れのリーダーであり、仲間や親の仇でもある相手をどう思っているのかは分からない。しかし、子供でも野生の生き物として、弱肉強食という事を理解しているようだ。
「おーい、終わったぞ!」
「了解、それじゃ一旦戻りましょうか」
リーダーライノスをアイテムバッグに詰め込み終わったようなので、親子ライノスを連れてコルミがいる屋敷へ戻る。
……屋敷がコルミなので、コルミがいる屋敷と言うのはちょっと変だろうか……
そんな、くだらないことを考えながら戻ると、門の中でコルミが待ち構えていた。
「おかえりー」
「ただいま、コルミ。リーダーライノスは無事に討伐してきた。子供も保護したよ」
「うん……そうだね」
顔はないけど、雰囲気だけで悲しげなのが分かる。
「コルミ。親子の別れは避けられないが、その前にもう少し時間をとってもいいと思う」
これが親子とコルミのために良いのかは分からないけど、なるべく悔いのないように。
それを察したのか、パッと俺を見て何度も頷くコルミ。
「それじゃ、2匹はしばらく屋敷の中で待っていてくれ」
コルミに親子を預けた俺は、もう一度外出する。
「どこ行くんだ?」
「さっきのため池の近くに、おそらくドーピングビーの巣がありますから、それを潰してきます。ここを拠点にする以上、放置しているとリスクが高いだけですし、僕がいると親子の別れの邪魔になるかもしれませんから」
「確かになぁ……んじゃ俺も適当にどこかで何か狩ってくるわ」
ため池とは反対方向に去っていくグレンさんを見送って、俺も歩き出す。
ドーピングビーの巣を見つけたのは、それから1時間ほど経った頃だった。
「結構あっさりと見つかったな」
広い樹海の中で小さな蜂を見つけるなんて、もっと時間がかかると思っていたけれど……リーダーライノスが作ったと思われる獣道を辿ったら、割と簡単に見つかった。歪な円を描く移動ルートの中心、背の高い放熱樹の枝の中に、ドラム缶程度の大きさの巣がへばりついている。
あんなところじゃ登るのも大変だし、万が一にも刺されては困る。グラトニーフライと同じで、雷属性の結界があれば刺される前に殺せるけど……ここはスライムに頼ろう。
ディメンションホームから、スパイダースライムとビッグスティッキースライムを呼び出す。
スパイダーには周囲の木々と枝を使って、蜂の巣がある樹の周りに巣を張ってもらう。一匹でも多く、ドーピングビーが逃げ出さないように、何重にも念入りに、蜘蛛の巣の壁を作っておく。
準備ができたら、今度は本丸を攻める。ビッグスティッキースライムに樹を登るように指示をして、蜂の巣を直接包み込ませた。
当然、襲撃を受けたドーピングビーは反撃する。一斉に巣の中から飛び出して、襲撃者であるビッグスティッキーに毒を打ち込もうとするが……残念ながら、彼らの針はスライムの核に届かない。
ビッグスティッキーは巣の外と中からドーピングビーに襲われているが、ドーピングビーを吸収せず、毒針を核まで届かせなければ害はない。それどころか、体表に針が刺されると同時に粘着液で捕獲し、包み込んでしまう。
粘着液に囚われたドーピングビーはそのまま窒息死。巣の中に居たドーピングビーも同様に、空気穴を塞いだ状態で30分程放置したところ全滅。逃走を試みた個体もいたようだが、そちらはスパイダーの巣に絡め捕られていた。
どこかに運よく逃げ出せた個体もいるかもしれないが、元々樹海の生き物だ。完全な駆逐は難しいだろう。
「巣を見つけたら対処することに問題はないことが確認できたし、今回はこれで十分」
巣とドーピングビーの死体を回収して屋敷に戻ると……今度は門にコルミだけでなく、親子の姿もあった。足を畳んで地面に寝ている母親ライノスに、子供ライノスが体を擦りつけるように、同じ体勢 で寝ているが……どちらも眼は俺を見ている。どうやら3人?で俺を待っていたようだ。
「……もういいのか?」
「キュッ」
「グォン」
「うん“大丈夫”だって。それから“ありがとう、この子をよろしく”だって」
それからもう一度、親子は互いの体に首を強く擦り付け、母親ライノスが静かに姿を消した。まるで最初からそこには何もなかったかのような消え方だ。
「成仏したのか?」
「うん、もういない。人間とは違うから」
随分とあっさりしているように感じたが、遺された子供ライノスも立ち上がり、俺の足元まで歩いてくる。
「キュオン」
「これからよろしく、だって」
「ああ、よろしくな」
小さく鳴いた子供ライノスが先程母親にしたように、屈んだ俺の首に自分の首をこすり付けてくる。まだ幼くても、この子は親がいなくなった事を認めて、歩き始めたようだ。
俺は従魔術師として、新しい群れのリーダーとしてこの子を見守っていこう。
■ ■ ■
翌日
「もう行くの?」
「用事は済んだし……急いではいないけど、際限なく滞在を延ばせるわけではないからな」
俺達は割と普通に生活できていたけれど、ここは危険地帯。あまり帰りが遅れると、待ってくれている皆さんに俺が死んだと思われてしまう。いや、死んだと思ってくれるならまだマシかもしれない。もし捜索隊でも出されたら二次被害の可能性だってある。
「そんな顔、いや雰囲気?出すなよ。大丈夫、また戻ってくるから。空間魔法で今度はもっと早く来られるって言っただろ?」
「うん……」
ここまでの道中、俺は道標と緊急避難用の目印として、ストーンスライムを等間隔で配置してきている。長期間そのままでも彼らが食事に困らないように、餌となる石を土魔法で作った壺に入れた状態で。
一度では外からコルミの所に転移することはできないが、その“スライムの目印”を辿って転移を繰り返せば、外とこの村を1日で往復することも不可能ではないと考えている。それはしっかり伝えたし、記憶も読ませたので嘘ではないと分かっているはず。それでもコルミは寂しいのだろう。
ゴブリン達も、今回は残らずディメンションホームの中だ。コルミがいるので寝床はあるが、俺がいないと水や食糧が足りなくなる。本体が家であるコルミや、アンデッド達なら問題ないのだが、ゴブリン達が住むにはまだ準備が足らない。
なるべく早く戻るつもりではあるけれど、何か留守の間の寂しさを紛らわせるようなことがあればいいが……
そう考えたところで、ふとコルミの姿が目についた。
最初は田淵君、その後は元村長の姿を借りていたが、今はマネキン状態だ。
「そうだ、姿を替えてみたらどうだ?」
「姿?」
「俺の故郷にあるんだよ、事前に用意されたパーツを組み合わせて、自分やなりたい姿を自由に作れる“アバター”というものが。ゲームとかだと、自分の分身を作って没入感を高めたりするんだけど……これに凝る人はものすごく凝るんだ」
実際、ゲームを始める前の段階で数時間使った! なんて話もよく聞いた。
「コルミのデフォルト状態はその体かもしれないけど、ずっとその姿でいなきゃいけないわけじゃないだろ? 次に俺が来るまでの暇潰しになるかもしれないし、他人の姿を借りるんじゃなくて、自分の姿を作ってみたらどうかと思って」
「……やってみる」
コルミは俺の記憶から細かい情報を読み取り、黒いマネキンから幼児へと姿を変えた。概念は理解できても、いきなりオリジナルは難しかったのか、俺をベースにしたのだろう。黒髪黒目で、服装も子供サイズのジャージ装備。
今の俺に幼児期があれば、こんな感じだったのかもしれないと思うほどの再現度で、
「なんか、俺の弟って感じだな」
「弟? ……弟!」
「おっと!」
コルミが激しく飛び回り、自分の体を確認するように体をいろんな方向に捩らせている。
俺の弟ってそこまで喜べることなのかは疑問だが、とりあえず喜んでくれているみたいだ。
「コルミ、改めて約束するよ。俺はまたここに、なるべく早く戻ってくる。だからそれまで留守番を頼む」
「……分かった! 次、作ったアバター見せる!」
「よし! 約束だ」
右手の小指を差し出すと、意味は通じた。そっと幼い小指を出したコルミと指切りをして、笑顔で別れを告げた。門の外、少し離れた場所で待ってくれていたグレンさんと合流する。
「もういいのか?」
「お待たせしました。納得してくれましたよ」
「ガキがぐずることなんてよくあることだろ。あの程度ならまだ物分かりが良い方じゃねぇか?」
「そうですね。本当になるべく早く戻ってあげないと」
振り返ると、コルミが門の中でこちらを見ていたので手を振る。
「行ってきまーす!」
「あの姿だと本当にただのガキだな。……俺も金が無くなったらまた狩りに来るぞ! そんときゃ部屋貸してくれ!」
小さな体で懸命に手を振るコルミ。
その顔には笑顔が浮かんでいて、安心して帰路に就く。
樹海の中で待つコルミ。樹海の外で待ってくれている、この世界で縁を結んだ方々。
双方との約束を守るために、俺は樹海を出るための旅を急いだ。




