お見送り
本日、4話同時投稿。
この話は1話目です。
コルミとの契約後、解放に関する詳細を話してから一度エントランスに戻ると、開け放たれた門の外でグレンさんが待っていた。コルミは子供らしく、俺の背中に隠れて頭だけ出している。
「お待たせしました」
「そんなには待ってねぇよ。つーか、うまくやったんだろうとは思うが……そいつか? ここにいた魔獣ってのは」
「はい。妖精のコルミです。一度抑え込んでからは会話ができたので、アンデッドを解放することを条件に、命は取らないことにしました。もう従魔になっています」
「ほー、まぁ、お前がそれでいいなら俺は構わねぇ。それよりさっきまでこの門や柵が開かなかったのも、こいつの力なんだよな?」
「門? そうだと思いますが……コルミ?」
「この人、ずっと叩いていた。直すの大変……」
「すぐ直るせいでぶち破るのに苦戦したが、まさかこんなちっこい奴の仕業だとは思わなかったぜ。で、話がついたってことは、ここでの用事は終わりか?」
「それが、もう少しかかりそうです」
コルミが話していた“解放を待ってもらいたい魂”に関することなのだが、この屋敷には現在1匹だけキャノンボールライノスの子供が出入りしているらしく、その魂はその子の母親。
2匹は外で敵に襲われて屋敷まで逃げ込んだものの、親はその後に怪我が悪化して亡くなってしまった。そして、それを見ていたコルミは母親の魂をアンデッド化して、今も子供と一緒に生活させているのだそうだ。
元が野生の魔獣なので、基本的に屋敷の外で暮らしているらしいが、母親の方は死霊術で呼べば来る。もちろん解放もできるけれど、できれば子供ライノスをもう少し、親と一緒に居させてやりたいということだった。
「ガキに泣かれちまったわけか」
「コルミが言うには、母親の方は野生で生きてきたからか、自分が死んだことには納得しているみたいなんです。ただ“遺される子供が心配だ。新しい群れに入ってほしい。できれば、その群れは子供が大きくなるまで守る力があるのか見極めたい”と考えているらしくて」
「……なんだそりゃ? 魔獣のアンデッドって、そんなに人みてぇなこと考えてんのか?」
「キャノンボールライノス、樹海の魔獣の中では頭がいい方だよ」
「幻覚とか闇魔法で意思疎通をして、母ライノスの意思を解釈して言語化した結果が今の内容みたいです」
「ああ、さっきのが丸々魔獣の言葉ってわけじゃないわけか。魔獣だって親は子を護る奴はいるし、情もあるだろうな。てか魔獣とそこまで話せるのはスゲェな」
「コルミが能力を全力で活用すれば“言葉の壁”なんて存在しないでしょうね」
その能力はおそらく、前世のどんな翻訳機よりも優れているだろう。なにせ思ったことが筒抜けになるに等しいのだから、誤解や認識の齟齬も起こりづらい。一歩踏み込めば相手の記憶を抜くことも可能なことが、信用面でネックになるだろうから活用は難しそうだけれど、それはまた別の話だ。
「コルミが聞いた話によると、親子がいた群れはリーダーが突然暴走して崩壊したそうです。そのリーダーが定期的にこのあたりを巡回しているそうなので、そいつが来た時に仕留めれば十分に力を示せるだろうとのことです」
「ってことは、もうしばらくこの辺にいるわけだな」
「はい、これまでの傾向からして数日中に、この村の中にあるため池に来るそうです。おかしくなってからは毎回暴れまくって騒音を立てているので、来たらすぐに分かるそうですが……グレンさんも残りますか?」
「おう。まだアイテムバッグにも少し余裕はあるし、他に急ぎの用事があるわけでもねぇ。どうせならお前と一緒に戻った方が色々と楽だしな」
「そりゃ、あんな野営と比べればそうでしょうね」
すっかり餌付けをしてしまったかもしれない……まぁ、すぐ用意できるし、宿代と考えれば十分以上に働いてくれるので別に構わないけど。
「あ、料理で思い出しましたけど、グレンさんが狩った獲物って解体はしているんですか? 僕が見た限り、全部魔法道具に放り込んでいたように見えましたけど」
「放り込んでそのままだな。解体した方がいいのは知ってるが、俺がやるとナイフはすぐ刃が潰れるし、肉も皮もボロボロになるんで“下手にやるくらいならそのまま持ってきてくれ!”って言われてんだよ」
そのために、グレンさんの収納用魔法道具には氷魔法で素材の劣化を防ぐ効果も付与されているらしい。ただのアイテムボックスではなく、クーラーボックスだったわけだ。
「だったら、うちのゴブリンに解体させますか? 解体が生きがいみたいな奴がいるので、獲物を渡せば喜んでやってくれますし、不要な部位を取り除けば収納スペースにも余裕ができるでしょう。
こちらも解体で出た不要な部位を貰えればスライム達の餌にできますし、それを再利用することでゴブリン達への報酬も用意できますから」
「マジか。ならとりあえずラプターは全部頼む。こいつは鱗、爪、牙だけにしてくれ。他の奴は一旦中身を整理してから頼むわ。どこに置けばいい?」
「とりあえずディメンションホームに——」
そう言いかけたところで、左手の袖が引かれる。
「コルミ?」
「倉庫、ある。解体用の設備も」
「ああ、そうか。ここは樹海の開拓拠点だったんだもんな」
「軍事拠点で避難所でもあったから……たぶん、リョウマが必要な施設は一通りある」
ということで、グレンさんの獲物解体には屋敷の施設を使うことになった。
なお、それに伴いグレンさんが屋敷に入る前に、コルミには同意なく能力を使用しないようにと指示をして約束もしているが、闇魔法による幻覚も精神攻撃も“やろうと思えば可能”な状態にあることをあらかじめ伝えておいたが、
「ああ、まぁ、大丈夫じゃね? さっきまでと違って、今は別にヤベェ感じはしねぇし」
と、気にせず屋敷に入っていった。
また、コルミの再生能力とアンデッドによる維持管理が行われていた屋敷の中は、古さは感じるものの手入れは行き届いていて、そのままでも十分に利用可能な状態。当然のように寝泊りができる状態だったため、今日からはこの屋敷を拠点として活用することになった。
■ ■ ■
「コルミ、準備はいいか?」
「うん……」
グレンさんを倉庫に残して、俺達はグレイブスライムと中庭の一角にいる。かつてはここも最初の拠点のように、魔獣を使った物資の空輸に使われていたらしいが、今となってはただの庭。それもあまり広くはないが、魂を解放するだけなら十分だろう。
「まずは何からすればいい?」
「アンデッドを出してくれれば、解放できる。でも、引き止めるのをやめるだけ」
「それならお焚き上げの準備もしておくか……俺の魔法の詳細は分かるか? 記憶を読んでいいから」
「……理解した。解放した人にも、意味を伝える?」
「んー……いや、普通にご冥福をお祈りしてくれればいいよ」
死者を見送る準備を整えて、グレイブスライム達に取り込んでいたアンデッドを少しずつ放出してもらう。先に出てきたのはゾンビやスケルトンなどの、外見からして人に見えないアンデッド達だ。出てきた彼らは午前中までと様子が違い、少し戸惑うような素振りは見せたものの、抗うことなく煙を浴びて消えていく。
「これでいいのか?」
「うん、消えた人はもういない」
コルミは少々寂しそうではあるが、思ったよりもあっさりと見送っている。解放の交渉をした時の様子から、もっと悲しんでやっぱり嫌だと言い出さないか? という懸念もあったのだけれど……
「そうだ、彼らとの思い出とか、聞いてもいいか?」
「思い出……」
「ああ、嫌なら無理に言わなくていいぞ」
「嫌ではない。ただ、あまり話すことがないだけ」
聞けば、コルミは寂しさから死者の魂をこの世に縛り付けてはいたが、あまり交流を持っていたわけではないようだ。
なんでも魂を捕まえたはいいが、アンデッドにすると生前の記憶、特に死亡した時の記憶が残っていて錯乱したり、そもそも樹海に呑まれて困窮した生活の影響で荒んでいる人が多かったりと、言葉が通じても魔獣に好意的な人はいなかったそうだ。
そのため、コルミは俺が最初に踏み込んだ時のような“相手の望みや幸せだったと感じた記憶”を幻覚として見せていた。しかしこちらの方法では、精神状態が安定した代わりに住人が幻覚にとらわれてしまい、コルミに見向きもしなくなったのだという。
しかし、それでコルミに不満はなかった。もちろん交流できればそれはそれで嬉しいそうだが、住人を集めて“観察”できればそれだけでも満足とのこと。
俺はずっとコルミの寂しいという言葉を聞いてから、“住人との交流”を求めていると思っていたが“誰かに住んでほしい”という意味合いの方が強いようだ。
「言われてみればコルミは家なのだからその方が普通、か?」
普通かどうかはともかくとして、感覚が少し違っていたのだろう。そう考えると、最初はだいぶ渋っていたのに、俺やゴブリンが住むと言ったらすんなりと解放に了承したのも納得できる。
「そういうことなら、ゴブリン達はどんどん増えていくからな」
「楽しみ」
「今も解体しているだろうし、酒造りとかもやっていくだろうけど大丈夫か?」
「部屋は沢山空いてるよー。害虫や魔獣は入ってきたらすぐわかるし、敷地内なら幻覚で追い返せるから大丈夫ー」
「少なくともこの屋敷に収まる数なら、問題なさそうだな」
アンデッド達が煙と共に天に昇り、次のアンデッド達がグレイブスライムから出てくる。その入れ替わりを眺めながら、合間にたわいもない話をしていると、徐々に人間とほぼ遜色のない姿の個体が出てきた。
「ぬっ!? 外、いや拠点の中庭か?」
「我々は外にいたはずでは」
「くそっ! 俺の部下がいない!?」
「おお! 神よ!」
スライムの中でも意識があったのか、突然放り出されて驚いた様子。だが、こちらに目を止めるのに時間はかからなかった。
「おいテメェ! 俺の部下を何処に——」
「コルミ?」
「暴れるから……ついでに説明もする」
門前での戦いが続いていると考えていたのだろう。全員こちらに敵意を向けてきていたが、俺が迎撃する前にコルミが幻覚で動きを止めた。おそらく、これまでのアンデッドと同じで既に魂は解放されているだろうけれど……あちらに動く様子はないし、見守ろう。
「嘘だ……幻なんて信じねぇぞ! 俺は王ですらひれ伏す大盗賊だぞ!?」
一通りの説明を終えたらしく、十数名のアンデッドが各々騒めいているが、特にうるさい奴がいる。おそらくは流刑扱いで樹海に放り込まれた元盗賊か何かだろう。それで自分が成功……盗賊の時点で成功と言えるのかは疑問だけど、それが幻だったという現実を受け入れられないようだ。
これは強制的にお祓いコースかと準備をした、その時。
「黙るがいい、見苦しい」
「何だと!?」
ここで、叫ぶ元盗賊の肩を掴んだのは甲冑を着た男。彼は確か……門の前でデストリア男爵と名乗りを上げて警告していた人だ。
「離せ! 誰の腕を掴んでやがる!」
「貴様の顔も名前も知らん。だが、自分が死んだことは理解しているのだろう?」
「うっ、そ、それこそ幻だ! その魔獣が俺を騙そうとしたんだろ!」
「見苦しい……今なら分かる、私はあの時に死んでいたのだと。そして、この導かれるような感覚は……貴殿か」
おっと、男爵の目がこっちに向いた。
「名を聞いてもいいだろうか?」
「リョウマ・タケバヤシと申します」
「聞いたことのない名だが……いや、詮索はすまい。私はアルス・デストリア。私を解放してくれたことに感謝を。囚われていた間も悪くはなかったが、部下を待たせてしまっただろうからな。私は大人しく去ることにする。
可能であれば、私の家族に私の死と“私は最後まで戦った”と伝えてほしい」
「幸いなことに、公爵家に伝手があります。私個人にデストリア男爵家との関係はありませんが、縁を頼って必ず伝えましょう」
「ありがたい。礼にもならんが、この男は私が連れていくので安心してくれ」
「なっ!? 勝手なことを言うんじゃねぇ! 離せ! くそっ!」
「この程度も振り払えずに、大盗賊などとよく言えたものだ」
「おい助けろよ! 俺はまだ! やめろ!!」
デストリア男爵は自称・大盗賊の男を拘束したまま、俺が焚いていた煙の中へと消えていく。それにより、周囲が一気に静かになったところで、今度は聖職者の女性がそっと近づいてくる。
「お声かけをお許しください。私からも聖者様に感謝を」
「聖者様?」
「貴方様からは、偉大なる神々の気配を強く感じますから」
神々の気配、そういやガイン達が“気づく人間も稀にいる”とか言っていたな。
「確かに、つい先日はメルトリーゼ様から加護をいただきましたが……」
「ああっ! 最期に出会えたのが聖者様、それもメルトリーゼ様の加護を受けた方に看取っていただけるなんて。神に仕える者として光栄の極み。そして神々は我々を見捨てていなかった!」
「あっ、ちょっ! ……行ってしまった」
彼女は1人で自己完結したのか、恍惚とした表情で天に昇ったようだ……どうせ話すなら加護が魔法に及ぼす影響とか、意見を聞きたかったのだけれど仕方ない。今度直接神々に聞こう。
「おい」
何やら聞き覚えのある声だと思って視線を向けると、見覚えのある老人がコルミに声をかけている。 戦闘中のコルミは、この人の姿を借りていたのか。誰かは知らないが、険しい顔をコルミに向けている。
「……一人にして悪かったな」
「!」
「皆、行くぞ。村長命令だ」
コルミに背を向けた老人がそう言って姿を消すと、後を追うように残った人も消えていく。そして最後の1人が消えると、不思議と焚いていた火の勢いが急に衰える。それから鎮火して、後に残る細い煙も見えなくなるまで、コルミは黙って空を見上げ続けていた。




