屋敷の中のジャングル
本日、5話同時投稿。
この話は1話目です。
正午
「んで、最終的にああなったわけか」
昼食を食べに戻ってきたグレンさんが視線を向けた先には、草むらの中を駆け抜けてアンデッドの群れを引き連れていくミミックスライムの姿がある。
「残念ながら、現状では僕が乗っても邪魔にしかならないので。あのミミックスライムは元々この樹海で生きていた個体ですし、変身しているテイクオーストリッチの脚力を活かすためにも、単独で駆け回ってもらった方が効率的かつ安全だという結論に至りました。
それにアンデッドの食いつきも、僕よりミミックスライムの方がいいんです。人型のアンデッドは狩猟をするような動きをしますし、ラプターをはじめとしたビーストゾンビはテイクオーストリッチの能力を使わせるとほぼ完全に釣れました」
「ほー……まぁ、俺はおかげで昼もしっかり食えるから助かる」
「罠もアンデッド集めも、スライムに任せて自動化できましたからね」
時間に余裕ができたので、昼食の用意にも少し手をかけた。昨日の唐揚げでもっと味付けが濃くてもいいのではないか? と思ったので、今日はニンニクをたっぷりと加えた濃い味の竜田揚げを、新しく焼いた柔らかいパンと新鮮な葉野菜で挟んだ“竜田揚げサンド”。付け合わせはフライドポテトだ。
2日続けて揚げ物は嫌かもしれないと思ったので、卵サンドとポテトサラダサンドも用意したのだけれど、グレンさんは全く気にしなかった。相変わらず気持ちのいい食べっぷりで、お皿から料理が消えていく。
それを見ながら俺も食事を済ませ、ちょうど食べ終わる頃、
「あっ」
「どうした?」
「ミミックスライムが、生きているラプターに追われています。アンデッドを引き寄せている最中に、一緒に引っ掛けてしまったみたいで。今こっちに逃げてきています」
「うっし、なら腹ごなしにひと暴れすっか」
一瞬で話がまとまり、迎撃準備を整える。
「見えたぞ」
「こちらも確認しました。アンデッドと生きている方を分けますね『ホーリーフレイムカーペット』」
ミミックスライムが俺たちの横を駆け抜けると同時に、魔法を放つ。光属性の魔力を混ぜた炎が薄く広く、赤と黄金の絨毯のように広がった。
テイクオーストリッチの誘引フェロモンによって興奮状態の敵群は、撤退も回避もせずに炎の中を駆け抜ける。範囲が最優先で火勢はそれほど強くないので、彼らに大したダメージはない。
しかし、彼らに混ざるゾンビ化したラプター達は別だ。光属性の魔力によって駆けるために絶対必要な足に致命的なダメージを受け、転倒。そのまま炎にまかれて消滅している。結果として炎を抜けてくるのは、生きているラプターのみ。
そうなれば、あとは普通に倒すだけ。
「オラァ!!」
興奮状態でまっすぐ襲ってくる相手は、普通なら勢いに押されて危険だが、グレンさんにとってはこれ以上なく戦いやすい相手のようだ。アダマンタイトのハンマーを振り回すと、我先にと殺到するラプター達がまとめて吹き飛んでいく。
俺は幸運にも塊の一部にならずに済んだ個体を、魔法と刀で倒す。そうして作業を分担すると、1分とかからず襲ってきたラプターは仕留められた。
「うっし、終わったな。つーか、あの火はあのままで大丈夫か?」
「大丈夫だと思います。この辺は湿気も多いですし、今急激に燃え広がったのは僕が魔法で広げたからで、自然にはそこまで延焼しませんよ。したとしても、毎日の急な大雨でじきに消火されるでしょう」
当初の予定では、ここにくるのは俺1人。当然ながらアンデッドの討伐も俺1人でやるつもりだったので、広範囲の魔法の準備と一緒にその辺も一応考慮はしている。周囲に被害が出たとしても、軽微なもので済むはずだ。
「それにしても、思ったより早く近隣のアンデッドが片付いたみたいですね」
「ん? 言われてみりゃ確かに、ここに来た時は村の周りもアンデッドだらけだったな。それが減ったことに気づいて、生きてるラプターの群れが近づいてきたのか」
「僕はミミックスライムに“村の外壁の内側だけを走るように”と指示していたので、おそらくそうだと思います。周囲のアンデッド討伐に最低1日は必要だと考えていましたが、この分なら中央の屋敷の対処を始めてもいいかもしれません」
「さっさと片付くなら、それに越したことはねぇな」
ということで、午後からは中央の屋敷一帯を攻めることに決定。そして実際に向かってみると、やはり道中で遭遇するアンデッドの数は少なかった。
「流石にゼロってわけにはいかねぇみたいだが」
「それでもビーストゾンビは見当たりませんし、いるのは村人のアンデッドでしょう。おそらく狩猟などにもいかない非戦闘員の」
俺が指差した先にあるのは、屋敷の周囲にたくさんある崩れた建物の内の一軒。そこには鍛治職人が住んでいたのか、もしくは作業場だったのだろう。半ば瓦礫の山と化した建物の中で、黙々と槌を振い続けるスケルトンがいる。
また別の建物を見れば、壊れた機織り機らしきものを使って、布を織るような動作を続けているゾンビもいた。彼らは生きていた時の生活を、死んでも続けているのだろう。
「元々戦うのが仕事じゃねぇ奴らだから襲っても来ない。囮になってもついてこなかったわけか」
「村に残ったアンデッドもスライム達に任せましょう。罠から連れてきたグレイブスライム達なら、アンデッドは問題になりません。エンペラースカベンジャーも一緒に置いておけば、他の魔獣が来ても死にはしないでしょう」
「アンデッドが村の外に逃げるなら、それはそれで邪魔にならなくていいしな」
堂々と屋敷に近づいていくと、予想の通り問題はなかった。元村人アンデッドは俺達、もしくはスライムを敵として認識しているようで、近づいただけで中央の屋敷に向かって逃げてしまう。抵抗らしい抵抗はない。
どちらかといえば、道の悪さの方が問題に感じる。元村人のアンデッドによって多少手入れをされた形跡もあるにはあるが、焼け石に水。ちゃんと整備されているとは言いがたく、草の中に土嚢を積んだ壁や金属製の柵があって邪魔だ。
というか、アンデッドも引っかかって逃げ遅れている個体がいるのだけれど、これは本末転倒なんじゃないだろうか? とりあえずグレイブスライムに取り込んでもらって、進むけど……
「なぁ、あいつらの動きを見てたら、俺達が村を襲う人さらいみたいじゃねぇかと思ったんだが」
「僕もちょっと思っていました。というか、彼らにとっては実際そんな感じだと思いますよ。死んだことに気づいていないと仮定すれば村に知らない奴が来て、逃げたら追ってきて、捕まって牢屋みたいなところに放り込まれるわけですからね……」
改めて言葉にすると微妙に罪悪感を覚えるが、魔獣討伐でも狩猟でもやることは大差ない。それにこれは供養のためでもある。そんな話をしながら、俺達は屋敷の門の前までたどりついた。ここも当然ながら侵入者や魔獣を阻むために、金属製の柵と重厚な観音開きの門で囲まれている。
「ということで、どこでもいいので思いっきり殴ってください」
「任せろ!」
打てば響くとはこのことか。グレンさんは既にハンマーを大きく振り上げていて、耳障りな金属音があたり一帯に響き渡る。
「チッ、こういう奴かよ」
金属音に混ざって、グレンさんのぼやく声が耳に届く。無理もない……昨日、あの巨大な放熱樹の幹にクレーターを作るほどの一撃を受けたにも関わらず、門は僅かに歪む程度。しかも次の瞬間には、映像を逆再生するように傷一つない状態に戻ってしまった。
『ウァオォォオオ!!!!』
「ようやく反応がありましたね」
「ぶち抜いてやるつもりで殴ったんだがな」
屋敷の中から無数の亡者の声が上がり、全ての窓からは激しく叩く音が鳴る。まるで屋敷全体が叫び、震えているような騒音。それが数秒続いたかと思えば、屋敷の中から武装したアンデッドが大量に湧き出てきた。
その大半はゾンビやスケルトンのような明らかに死体の姿をしているもので、装備も粗末な槍か弓のみ。しかし中には上位種のグール、あるいはそれ以上の存在か、外見では人間と見分けの付かないアンデッドもいる。
「貴様らか! 村人を襲い、不躾に門を叩く悪党共は!」
「なんだとコラ!?」
「そんな気はしていたけど、しかし随分としっかり喋るな……」
甲冑を着た貴族風のアンデッドが声を張り上げている。亡霊の街でうわ言のように特定の言葉を呟くアンデッドを見たことはあるが、ここまでハッキリと言葉を発するアンデッドは初めてだ。それも含めて、まるで生きているように見える。いや、本当に魂がこの世に留められているならむしろ当然だろう。
しかし、それでも彼らはアンデッドだ。
「私はデストリア男爵、アルス・デストリア! 王命を授かり樹海開拓団を率いている! そしてここは開拓における最重要拠点である! この拠点への攻撃は、国王陛下への反逆にもなることを承知の上での狼藉かっ!」
「俺の村によくも攻め込んで来やがったな! 後悔させてやるぜ!」
「何故このような事をするのですか!? 貴方の蛮行を神は悲しんでいます!」
人間と見分けがつかない者ははっきりと喋るが、その内容に統一感はないし、所々で微妙に言動がおかしくなる。アンデッドが例の魔獣に言わされているというより、自分の世界に陶酔しているような感じだ。
「色々言われてるが、どうするよ?」
「作戦に変更なしです。向こうから外に出てくるまで、適当に攻撃して挑発しましょう。『ホーリーフレイムカーペット』」
返答代わりに火を放つと、デストリア男爵が盾をかざして受け止めた。周囲のアンデッドは余波だけでも苦しんでいるが、姿が人に近いほど効果が薄いようだ。
苦悶の声を合図に屋敷の窓から矢や魔法が放たれたので、エンペラースカベンジャーの陰に隠れてやり過ごす。
「おい! 俺を忘れるなよ!」
グレンさんが柵に沿って走りながら、柵を叩いて敵を煽り始めた。向こうは粗末な槍で、柵の隙間からグレンさんを突き殺そうとしている。しかし動きに追いつけず、反撃を食らっていた。
「『フラッシュボム』」
「オラオラオラオラァ!! 隠れてチマチマ攻撃せずに出てこいや! ビビってんのか!?」
スライムに隠れてチマチマ攻撃しているのは俺もなんだけど……まぁいいや。必要な時までは無茶をせず、安全最優先で初志貫徹。
それからしばらく屋敷を攻め続けると、計画通りに門が開いた。
「ようやく出てきやがったか!」
門の内側からアンデッドが押し寄せてくるが、外に出してしまえばこちらのもの。グレンさんは相変わらずハンマーを振り回して敵を薙ぎ払い、エンペラースカベンジャーはその巨体で軍勢を押しつぶす。こうして一時的に動けなくなったアンデッドを、グレイブスライム達が捕獲していく。
……そうして10分ほどが経った頃だろうか?
「おいリョウマ、誘われてるみたいだぜ?」
アンデッドを吹き飛ばしながら近づいてきたグレンさんの言葉通り、屋敷の門は開け放たれたまま、追加のアンデッドが出てこない。中に入るチャンスではあるが、露骨すぎて怪しく感じる。
「どのみち中には入る予定だったので、行ってきます。順調にいけば日が暮れる前に出てこられるはず。遅くとも明日の昼までに出てこなければ、失敗したと思ってください」
「屋敷の方は大本をどうにかしねぇとダメみたいだしな。こっちは任せとけ」
外はグレンさんとスライム達に任せて開け放たれた門をくぐり、屋敷の玄関も通り抜け、エントランスに踏み込む。すると、開いていた扉がひとりでに、勢いよく閉じて閂がかかる。ホラー映画のお約束のようだと一瞬扉に目を向け、振り返る。
「っ……こういう幻覚か」
これには素直に驚かされた。
俺が踏み込んだのは屋敷の中。無骨でシンプルな、古くても頑丈そうな建物。吹き抜けのエントランスには1階から上の階まで繋がる大きな階段と、左右に伸びる通路が見えていたはず。
しかし、一度振り返って見た今は、そんな物は欠片もない。目に映るのは、狭くて濁った空。アスファルトで舗装された綺麗な道路に、所狭しと立ち並ぶビル群。そんな街中にはスーツを着て疲れた顔をした人々が行き交い、日本語で書かれた標識や看板がいたるところに設置されている。
懐かしく嬉しいようで、二度と見たくなかった気もする、俺がかつて生きていた“日本の街並み”が広がっていた。




