下準備
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
翌日
朝はゆっくりと朝食をとり、そのまま火を焚いてアンデッド供養の魔法を試していると、出かけていたグレンさんが戻ってきた。アンデッドを避けて疾走する彼の後方には、人型、動物型を問わずに無数のアンデッドが追ってきている。
「お帰りなさい。様子はどうでしたか?」
「壁沿いに村を一周してきたが、お前の言ってた通り中央にある城みてぇな屋敷がアンデッドの巣だな。あそこに近いほどアンデッドが多い。昨日はこの辺でも多いと思ったが、あれをみたら全然少ないと思うぜ」
「そんなにいましたか」
「ああ、数えきれないほどな。走りながら見た感じ、人型のアンデッド共は外で狩りもしているみたいだ」
グレンさんが見たのはゾンビやスケルトン等が罠を作ったり、狩りをして獲物を持ち帰っている姿。狩られた獲物は村の中心部にある屋敷前の広場に集められ、解体されてから分配され、食べられているとのこと。最後に解体された獲物の残骸が屋敷の門の中に運ばれて、すぐさまアンデッドになって出ていくらしい。
件の魔獣の能力的に予想はしていたけれど、やはり“亡霊の街”のような状況になっていそうだ。
「亡霊の街、聞いたことはあるが行ったことはねぇ。ただ屋敷の周りは本当にアンデッドの街みたいだったぜ。人型のアンデッドもなんか、他で見るより人間臭いっつーか」
「それは僕の方でも確認しました。魔法でアンデッドを引き寄せて浄化しようとしていたのですが、ゾンビやスケルトンはこちらの意図を察して離れていくような動きもありましたから」
アンデッドの中には生前の記憶が一部残っている個体もたまにいる、とレミリーさんから聞いた。それに件の魔獣はただアンデッドを作るのではなく、死者の魂を束縛して地縛霊化するそうだから、生前の記憶を強く残している個体が多いのだろう。流石に人間そのものとまではいかないようだけど……
「やっぱり原因の魔獣をどうにかしないといけませんね」
「それなんだが、ありゃだいぶヤバイな。俺にはどうにもできねぇ」
おや……正直なところ、グレンさんには遠慮していただきたかったので好都合なのだが、積極的に向かっていくかと思ったので意外に思う。すると彼は俺の思いを察して、呆れたように口を開く。
「お前な、俺が強い奴を見かけたら誰でも彼でも殴りに行くと思ってねぇか?」
「違うんですか?」
「相手が自分より強い奴ならやめるなんてダセェことはしねぇが、それでも殴れる相手に限る。一言で強いと言っても、その内容には色々あるだろ。罠を張るだとか逃げるだとか、徹底的に殴り合いを避ける奴とは相性が悪いんだよ。そもそも殴れねぇからな……あそこに居るのも、たぶんそういう奴だろ」
確かに、件の魔獣の能力はアンデッド製造と闇魔法、それも精神に作用して幻覚を見せることに特化している。その力はたとえ精神攻撃に対抗する魔法道具を身につけていても、無効化されてしまうほどに強力なもの。
装備の差による影響はほとんどなく、数に頼れば幻覚によって同士討ちの危険性すらある。だからこそ神々は“精強な軍隊よりも精神攻撃に耐性のある俺1人の方が成功率が高い”と言っていた。
グレンさんはそこまで考えていないだろうけれど、魔獣の危険性をなんとなく察知したのだろう。
「俺だって生まれた時から強かったわけじゃねぇ。昔は人間相手に負けたことだって何度もあるし、ヤベェ奴なら避ける時だってある。
まぁ、お前が行くなら止める権利もそのつもりもねぇけどよ、ヤバくなっても助けられねぇぞ」
「大丈夫ですよ。こちらも死ぬ気はありませんし、自殺行為に付き合えとは言いませんから」
「自殺行為なのは否定しねぇのか……なら、どうするんだ?」
「とりあえず、アンデッドを可能な限り排除しましょう。屋敷の周囲はもちろん、内部にもいると思うので、できるだけ外に引っ張り出します。魔獣を倒す前の邪魔はできるだけない方がいいです。
あそこに住みついている魔獣は屋敷の外には出てこない、生態的に出てこれないので、外で暴れるか外壁を傷つければ、自己防衛のためにアンデッドを放出する可能性が高いです」
「なら、出てきた奴らを片っ端から潰せばいいな」
「いくらかはその必要もあると思います。ただそれだけだと効率が悪いと思うので、グレイブスライムに頑張ってもらいます」
作戦を簡単に説明すると、グレイブスライムを底に待機させた超巨大落とし穴を用意して、逃げ場をなくしてアンデッドを大量に確保する。俺達はそこまでアンデッドを引き込むための囮であり、逃走防止。
「落とし穴はこちらで用意しますし……グレンさんは適当に走ってアンデッドを集める。逃げようとするアンデッドがいたら、そのハンマーで殴り飛ばして落とし穴にぶち込む。敷地の中には入らない。この3点だけお願いします」
「分かりやすいな。あと罠で思い出したが、こことは丁度反対側に昨日の花が咲いてたんだが。ほら、貴重で高い染料になるって話の、なんつったっけ?」
「ホテル・ラフレシアですか」
「それだ! あれが外壁の一部を埋めつくすくらい咲いてたんだよ。俺は走って突っ切ったから特に何もなかったが、あれと一緒にいる蠅が、それまで俺を追ってきてたアンデッドを襲ったんだ。あれも使えないか?」
グラトニーフライがアンデッドを襲う……実際に見ていないけど、ゾンビなんて腐肉の塊だし動きも鈍いから、彼らにとってはいい餌だろう。餌が豊富だから、ホテル・ラフレシアが大量繁殖しているのかもしれない。
件の魔獣はアンデッドをただ倒しても、復活させる事ができてしまうと聞いているが……そもそもの数が多すぎる。グレイブスライムも一気に保管はできないだろうし、罠に嵌める前に一度削れるだけ削るか。
「それでは両方やりましょう。僕はグレイブスライムと罠の準備を始めますから、グレンさんはアンデッドを集めてグラトニーフライの縄張りまで連れて行ってみてください」
「よっしゃ! なら一応昨日の結界頼む。顔に当たるとウザいからな」
要求を受け入れて雷属性の結界を張ると、グレンさんは躊躇なく走り出した。
「上手くいってもいかなくても昼までには戻る! 飯の用意しといてくれ!」
……ちゃっかり昼飯の催促もしていった。燃費が悪いらしいし、その分働いているからそのくらいはいいけど。元々1人でもやるつもりだったのだから、手を貸してもらえるなら素直にありがたい。
「さて、こっちはこっちで頑張りますか」
まずは罠を仕掛ける場所選びをしないといけない。仕掛けるものが落とし穴、アンデッドは引き寄せればいいので、そこまで念入りに場所を選ぶ必要はないけれど、もう少し発生源に近い方がいいだろう。
「『カッタートルネード』」
合体して巨大化したグレイブスライム達を連れ、安全地帯を出て村の中央へ向かう。人型のアンデッドとの戦闘はもう慣れたものだけど、ビーストゾンビ、特に小型の魔獣がアンデッド化したものは下草に隠れて見えづらい。
だから風魔法で雑草ごと一気に切り刻んで吹き飛ばしているが……この魔法、攻撃魔法なのに初めて攻撃に使った気がする。これまでは草刈りにしか使っていなかった、というか今も半分以上は草刈り機だけど……便利だし、別にこだわらなくていいだろう。
「っと、あれか」
小さな竜巻が切り開いた藪の先、遠目に古くて巨大な屋敷が見えた。手前には村人の家だったであろう建物や、防衛用の柵の残骸も見える。しかし、屋敷はそれらより頭一つ二つ抜けていた。さらに手前の家には崩れた部分が多いことも、屋敷を観察するのに役立っている。
屋敷……というか、建物は樹海の拠点とするために改築された名残だろう。四方に監視用の櫓を兼ねたと思われる円形の塔が立っており、その間を重厚そうな壁で繋がれていた。窓も少なく小さいので、海外の古い要塞や刑務所のようだ。
ただ、そんな無骨な建物の周囲には、これまた海外の豪邸に見られるような金属製の高い柵が綺麗に並んでいる。土台はレンガを積んで固められた物に固定されているようだし、柵自体にも装飾がある。
そして何よりも、あの柵の内側。屋敷の敷地内だけが周囲の建物や柵と違い、手入れが行き届いているので違和感が強い。よく見れば雑草も綺麗に抜かれているようだし、しばらく見ていると、屋敷から出てきたゾンビが掃除を始めたではないか。
「使用人のアンデッドが、今も屋敷を管理し続けてるわけか……」
やっぱり、ここのアンデッドはかなり生前の記憶を残していると確信して、一旦来た道を戻る。罠を張るのは、屋敷と祖父母の家の中間あたりに決めた。
場所が決まれば、あとは作業を始めるだけ。今日はお馴染みのソイルスライム、スパイダースライム、エンペラースカベンジャースライム、ヒュージロックスライム。そしてウィードスライムの集合体である“ヒュージブッシュスライム”にも参加をお願いする。
役割分担と作業手順は以下の通り。
ヒュージブッシュ:落とし穴を掘る前の草刈り&完成後のカモフラージュ。
ソイル+俺:スライム魔法で穴を掘りつつ、雑草や樹の根、石などを除去。
ヒュージロック:出てきた石を食べて片付けつつ、切り離した体で穴を補強する。
エンペラースカベンジャー:他のスライム達の補助+作業中の護衛。
スパイダースライム:完成後のカモフラージュの補助。
作業が始まると、巨大なスライム達はそれぞれ重機のように働いた。
たとえば体を限界まで広げて地面を覆うヒュージブッシュは、それだけでおよそ20メートル四方を開拓してしまう。エンペラー級の巨体を平面にしているのだから、それくらいになってもおかしくはないが……さらにそのまま動くことも可能。
お世辞にも素早いとは言えないが、大型の農耕機械が草を刈り取っていくように、一気に広範囲の草がなぎ倒されては消えていくのは見ていて気持ちがいい。
ソイルスライムとのスライム魔法もそれだけでショベルカーやダンプカー顔負けの速さで穴を掘っていくし、ヒュージロックを使えばコンクリートいらずで壁も柱も作れてしまう。組み合わせれば1時間とかからずに1辺が15メートル、高さが4メートルほどある正方形の穴が完成だ。
「……自分で作っといてなんだけど、これもう地下室だろ」
大型スライムのパワーが凄すぎる。ラインハルトさんが新しい道とか村作りの話をしていたけれど、仮にこのスライム達を使うとしたら工期の短縮ができるだろう。公共事業だそうだし、短縮しすぎても困るだろうから、声をかけられなければやらないけど。
「さて、じゃあ最後はカモフラージュ。グレイブスライム達は中に、ヒュージロックには中心で地表に顔を出す程度の柱になってもらって」
スパイダースライム達が穴の端と中央の柱を使って張った巣を支えにして、ウィードスライムが穴を覆い、エンペラースカベンジャーの肥料と俺の木魔法で補助してやれば、その体からは樹海の雑草が生い茂る。さらにソイルスライムが軽く土をかけてやれば、作った俺でも視覚では見分けがつかなくなった。
「いい出来だけど、気をつけないと自分でも危ないな……念のために安全地帯を別に作るか」
アンデッドの村から落とし穴に向かって、見える放熱樹の間に糸を何重にも張ってもらい、穴掘りで出た木の根を使って足場を作る。蜘蛛の糸は鋼鉄の5倍もの強度があると言われているが、スパイダースライムの糸もかなりの強度がある。
木の根の足場もさらに厳重に固め、ついでに屋根もつけて、ウィードスライムが出したつる草で補強してカモフラージュすれば、即席ツリーハウスの完成!
「湿気のせいか糸が少し収縮しているけど、強度は問題ないな」
罠はある程度の大きさと重さのアンデッドなら自重で落ちるだろうし、小型でもヒュージブッシュスライムが落としてくれる。あとはアンデッドを連れてくれば……そうだ! もしかしたらあの子も役に立つかもしれない。
「おいで、ミミックスライム!」
自然とテンションが上がり、思いつくままにミミックスライムをディメンションホームから呼び出した。白い穴からゆっくりと出てくる体は、契約時よりもだいぶ大きくなっている。昨日の夜に餌の確認も兼ねて、色々と食べさせたのが良かったのだろう。
「襲われたとはいえ、半分に切り落とした直後だったからな……元に戻ってよかった」
ちなみに食性は雑食で肉も野菜も食べられるが、好むものは肉類。ここまでの旅で散々狩ったラプターの肉を中心に与えているけれど、ワニの肉や小動物の肉でも、肉の種類には特にこだわりがない。ただし、腐った肉は食べない。ビーストゾンビのようなアンデッド系の魔獣も対象外だ。
これはおそらくミミックスライムの変身能力にも関わるのだろう。調べてみたところ、ミミックスライムの変身は“食べた相手の姿を模す”能力のようで、肉に限らず相手の体の一部を食べることで、本物と瓜二つの姿に変身する。
外見だけでなく骨や内臓まで再現しているので、変身というよりも相手の遺伝子情報を使ったクローンのように自分の体を変化させているイメージだ。俺にはその方面の専門的な知識がないので、あくまでもイメージでしかないけれど……こうなると知識がないことが悔やまれる。
「まぁ、ないものねだりをしても仕方がないよな。それより、テイクオーストリッチに変身してもらいたいんだけど」
問題なく意思の疎通ができたようで、ミミックスライムの姿がダチョウのような魔獣の姿に変わっていく。条件が摂取した量か、それとも変身時間かはまだ分からないが、一度姿を記憶した対象には、新たに食べなくても姿を変えられるらしい。
「俺を背中に乗せてくれるかい?」
テイクオーストリッチに変身したミミックスライムが、乗りやすいように膝を折ってくれたので、そのまま乗ってみる。その背中は温かく、手触りは完全に羽毛。事前に知らなければスライムだとは思わないだろう。
「ゆっくり歩いてみて、このまま走れると思う?」
一歩、二歩、三歩と軽快に歩き始めた。ツリーハウスの中なので少し狭いが、俺を乗せて移動することはできそう。問題があるとすれば、俺が乗り慣れていないことか。馬のように鐙や鞍があるわけでもないので、歩く程度なら大丈夫か?
「試してみるしかないか」
空間魔法で地上に降り、背中に乗って走ってもらう。まずは軽く、祖父母の家まで行って戻ってくる。それだけのつもりだったのだけれど……
「うぉおおおおお!?」
これは、速すぎる!
子供の体とはいえ人を一人乗せた状態でミミックスライムは、出発の合図を送った途端に急加速した。ミミックスライム、いやこの場合は変身元のテイクオーストリッチの脚力が、想定よりはるかに強いのだ。
つい先程来た道を、来た時の何十倍の速度で戻っているのだろうか? 横目で見える景色が前から後ろへと吹き飛んでいく様子は、リムールバードと視界を共有した時も思った、まるで新幹線の窓から見る景色。違うのは、俺自身の体がその速度で動いているということ。
羽が柔らかいので振動は思ったほどではないが、体に重力がかかるのでジェットコースターの方が正確か……安全装置はないけど。これ、落ちたら死ぬんじゃなかろうか? もはや背中に跨るというより、しがみついている状態だ。
一抹の不安を覚えながら、鬱蒼とした密林の中を疾走する。罠から祖父母の家に到着するまでの道のりは、徒歩でおよそ10分。ミミックスライムに乗っていると妙に長く感じた気もするが、おそらく数分だろう。
俺は、ミミックスライムが移動手段としては優秀であることを確信する。
しかし同時に、乗ってアンデッドを集めることは絶対にしないと決めた。
これは色々と危険すぎる。




