遺産回収
本日、3話同時投稿。
この話は1話目です。
目の前には、かつて栄えていたことを表している重厚な門。そして、門に繋がって伸びる防壁の残骸があった。大半が蔓に覆われ、または放熱樹の根に浸食されたことで崩れているが、廃墟になっても当時の威光がどことなく感じられる気がする。
……が、今はのんびりと観光をしている場合ではない。村に近づくにつれて飢渇の迷宮のような、陰鬱で独特な澱みのある空気をはっきりと感じた。この門の内側から漏れ出ているのだろう。
「門の中には入らないで! 外壁に沿って右に回り込んでください! まずは拠点にできる場所を確保します!」
「分かった!」
方向転換をしたグレンさんが道を切り開き、一気に駆け抜ける。
「この辺のはずです! 適当な亀裂から中に入りましょう!」
「適当な……見当たらねぇからぶち抜くぞ!」
宣言した時、彼は既に瓦礫を取り込んだ植物の防壁を殴り始めていた。一発ごとに轟音が響いてアンデッドを引き寄せているが、飛び散る石材や植物の残骸を見るかぎり、かなりの速度で壁の中を掘り進んでいるようだ。
「『フラッシュボム』……味方であれば頼もしいんだよな……」
「こいつで仕上げだ!」
光魔法を炸裂させて時間を稼いでいると、一際大きな音と共に大穴が開く。どうやら最後に飛び蹴りをしたようで、そのまま壁の向こう側に飛んで行った彼を追って村に突入。ここにもアンデッドが散見されるが……それ以上に目を引いたのは、一軒の家だった。
長い間生きた人間が立ち入らなかった村は、当然樹海の植物に浸食されている。にもかかわらず、その家がある一帯は他と比べて浸食が明らかに少なかった。生えているのは雑草程度で、家の荒れ方も比較的少ないので、そこだけが浮いて見える。
「『ホーリースペース』『ディメンションホーム』」
目的地に到着したので、レミリーさん直伝のホーリースペースで安全地帯を確保。さらにライトスライムとグレイブスライムを総動員する。スライムは足が遅すぎるので移動しながらの戦闘では邪魔になってしまうけれど、移動する必要のない状況であれば存分に力を発揮できる。そうなればもう、戦闘ではなく作業だ。
アンデッドをグレイブスライムの死霊誘引でおびき寄せて呑み込ませ、暴れる奴は俺とライトスライムが光魔法で撃ち倒す。アンデッド以外の魔獣が来れば、スライム達を守りつつ俺かグレンさんが仕留める。
問題は特になかったが、強いて言うなら今回のアンデッドは随分と暴れる奴が多かった印象。亡霊の街のアンデッドよりも、しぶとく死霊誘引に抵抗していた。これも例の魔獣の影響なのだろうか? 少し気になるが、まぁいいだろう。
それよりも、やらなければいけないことが沢山ある。
「中の確認を済ませて、今日はここで休みましょう」
スライム達を合体させて敵の侵入を防ぐ門番を担ってもらい、祖父母の家、そして実家に踏み込む。室内は当然のように荒れ放題で、内装も簡素。とてもじゃないが賢者や武神と呼ばれた立派な方々が住んでいた家には見えない。
外観はそれなりに大きいが、四角い箱に5本の煙突が付いているだけの簡素な建物。壁の材質は岩で、屋根や窓には放熱樹と思われる木材。まるで大きな岩をくり抜いて作られた様に見えるので、おそらく祖父母の土魔法で作られているのだろう。
……一見ボロボロに見えたが、壁は古い見た目に反して頑丈で、ビクともしない。住人が居なくなって長いのだろうけれど、安心感がある。天井と床は腐敗してもうダメそうだが、これは仕方がないだろう。
そう思った直後。背後でギシッ! と床板が一際大きく軋む。
「あっぶねぇ、踏み抜くとこだった……しかし酷いな。古くなっているのは当然としても、なんつーか、ただ古いだけとか魔獣が入ってきたとかじゃなくて、人に荒らされたみてぇな跡があるぞ」
「実際にそうだと思いますよ。ここに住んでいた人達も、最後の方は最前線拠点にいた人達と同じでしたから」
「ああ、あの連中か」
「ここの住人は強かったので、彼らがいた時は手出しを受けませんでしたが……人が居なくなれば関係なかったんでしょうね」
壁に備え付けられた戸棚を見ると、天井付近の高さにある上に、鍵が壊されている。周囲の傷跡から推察するに、切れ味の悪い斧のようなもので何度も叩いたのだろう。魔獣に荒らされたのであればつくはずのない位置に、つくはずのない傷がついている。
「あいつらみたいな連中なら、隙がありゃ躊躇なく盗むだろうしな。つかお前、ここに来たことがあったのか?」
「そういえば話していませんでしたね。まだ人が居た頃の話ですが、僕はこの村に住んでいたんですよ。ここは実家です」
そう答えると、彼はそうだったのかと納得したようだ。俺としては事情の説明もなく、こんなところまでついてきたことの方が驚きだけど……彼にとってはどうでもいいのだろう。こちらとしても深く追及されないのは助かる。
「壊れてない物、使える物は根こそぎ持っていった感じですね」
「マジで空っぽだな。アンデッドも隠れられねぇだろうが——あ」
とうとう、グレンさんの体重に耐えられないほど腐食した床があったようだ。彼に怪我はないけれど、左足が膝まで床に埋まっている。
「チッ、こりゃダメだ。俺は外に出とく。この床だし、部屋の中じゃどのみち暴れにくいからな。魔獣の片付けにスライム借りるぞ」
「了解。適当なところに投げてまとめて置いてくれれば、処理するように指示しておきます」
グレンさんと別れてさらに室内を進み、アンデッドの確認と侵入防止の処理を行う。そして最後の部屋であり、この家で最も重要な場所に到着。
壊れた薬棚や机に、3つの大きさが違う竈が並んでいる調剤室だ。ここで賢者と呼ばれた祖母が薬を作っていたんだろう。外から見えた5つの煙突の内、3つはここの竈に繋がる煙突だ。残りの2つは台所と、祖父が使っていた鍛冶場に繋がっている。
「ここだな」
3つの内、一番大きな竈は大人が楽に入れそうだ。この中に放置されている、積もった薪の灰や燃え残りを掻き出す。少し深く掘り下げられているせいで時間がかかるが、やがて露出した竈の底には、丸い線とその横に付いた2つの溝が掘られていた。ここが祖父母の遺産の隠し場所、その入口だ。
竈の中に入り、溝に両手をさしこみ、指先を引っ掛けて真上に引き上げる。するとゴリゴリと音を立てながら、底から石の円柱が抜けていく。そして太もも辺りまで持ち上がった所で円柱は完全に抜け、床にはポッカリと空いた地下通路があった。
円柱を一度外に置いて、暗い通路にライトボールを放ってみる。大体、底まで3mくらいか? 周りは全部壁と同じ様な石みたいだ。所々凹んでいるから手がかり足がかりは十分そう。念のために一度風魔法で換気をしてから、通路に入る。
……光魔法で明かりを灯すと通路は短く、すぐそこは広くて大きな部屋になっていた。しかも長く放置されていたはずなのに、風化もしていなければ蜘蛛の巣や埃も溜まっていない。ガイン達から罠はないと聞いているが、何かの魔法はかかっていそうだ。
この家の周囲だけ植物に浸食されていなかったのも、この隠された地下室のせいで、深くまで根が張れなかったのではないだろうか?
「部屋は倉庫っぽいな」
部屋には中身がぎっしり詰まった本棚や、大量の武器が入った樽。あとは中身の分からない箱や袋が置いてある。また、それらの手前、つまりその大量の物と俺の間には石の机があり、その上には薄い本の様な物があからさまに、目に付く様に置かれていた。
手にとってみると、本ではなくて紙を何枚か束ねただけの冊子。執筆者は武神と呼ばれた祖父・ティガル。思いついたことを書き殴ったようで、お世辞にも綺麗な字ではないし読みにくい……が、内容がこの場所を見つけた人間への遺言状であることはすぐに分かった。
「少し腰を落ち着けて読んでみるか……」
……最初は祖父母がこの村に来るまでの経緯を簡単に……より正確に表現するなら“ざっくりと”書いてある。
まず、祖父母が武神・賢者と呼ばれ、人々からの評価と尊敬を受けていたことは言うまでもない。当時の貴族や商人からの勧誘が絶えなかったことも、その中に不当な手段を取る者がいたことも、想像するに難くない。
例示というより愚痴が続いているので読み飛ばすが……どうやら以前の俺と同じように、人間社会で生きることに辟易して、他人が容易に入ってこれない場所に、仮に見つかっても連れ戻せない場所に隠れ住むことにした。
行き先はどこでも良かったが、色々と検討しながら渡り歩き、最終的にたどり着いたのがこの村。最前線拠点と同じように困窮していた村では身分や名声に意味がなく、村の防衛や収入源の確保に力を提供したりすれば、村内での自由は確保できたという。
「人目を避けて、メーリアが心置きなく薬の研究ができる場所。ここ以上に適した場所はなかった……か」
前半の内容はここまでで、後半は祖父母の遺産について。
「妻が先に亡くなり、自分ももうじき寿命が尽きそうだ。この部屋にある物はもう使い道がない。しかし、思い出の品や妻の研究成果が、この村の強欲村長の手に渡るのは我慢がならない。しかし処分もできない。だからこの部屋に隠す……こんなところだな」
その後は“この部屋を最初に見つけた者に、この部屋にある全ての物を譲る”という旨や、遺品の目録。できれば村人じゃない、見ず知らずの奴に見つけて欲しい。妻の研究成果は活かせる人間か場所に持って行って欲しいという希望。いくつかの品物に対する注意点が書かれていた。
「……ティガルさん、遺産はありがたく頂きます。メーリアさん、薬の研究は俺が引き継がせて頂きます。2人とも、どうか安らかにお眠り下さい」
読み終えた遺言状と遺品に向けて黙祷を捧げ、遺産を全てディメンションホームの中に回収する。中身を確認するのは後でゆっくりとやろう。




