グレンとの野営
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
コルミ村を目指してグレンさんと樹海を進んでいくと、幅が広くて濁った川にたどり着いた。
「ここを渡るのか?」
「いえ、ここからはしばらく川沿いに、上流へ向かいます」
「こっちか」
進む方向を教えると、ずんずんと進んでいく彼を追う。
「しかし遠いな。俺もここまで奥に来たのは初めてだ」
「グレンさんは、この樹海によく来るんですか?」
「よく来るってほどじゃねぇが、ここは強い魔獣を探す手間が少なくて、稼ぎやすいからな」
「Cランク以上、BやAも山程生息している場所なんて、そうそうないですからね……改めて考えるととんでもない地獄だな、ここ」
「ハッ、その地獄を当たり前のように歩いてる奴が何言ってんだよ」
「実際に来て客観的に見てみれば、まともな人間が来る場所じゃないとは思いますって」
端的に言って、人の住むような場所じゃない。これまで出身地だとか、行こうとしているという話をして散々驚かれた理由が、本当の意味で分かった。皆がなんとも言えないような顔するのも当然だろう。
そんな話をしている間にも頭上から丸太のような枝が、足元からは杭のような根が襲ってきたので、空間魔法で躱して刀で眼前の大木を切り上げる。刀身から放たれた気の刃は幹の上を走り、そのまま上部についていた瘤を両断。同時に隣の樹から打撃音が響くと、蠢いていた枝と根はピタリと動きを止めた。
「あ〜、やっちまった」
降りてきたグレンさんの呟きが聞こえる。それほど深刻そうではないけれど、何かあったのだろうか?
「大丈夫ですか?」
「怪我とかじゃねぇよ。ちょっと力入れすぎちまった」
そう言いながら掲げられたのは、グレンさんの使っていた巨大ハンマー。先ほどの音も大砲のようだったし、相当な力が加わったのだろう。金属製の柄が中程から折れ曲がっている。
「ものの見事に折れていますね」
「これでも王都の武器屋で一番頑丈なやつを買ってるんだが、まだ脆いんだよなぁ」
聞けば、肉体の強化は無意識かつ効率的にできてしまうが故に、意図して気を武器に纏わせるなどの運用は得意ではないらしい。そのため、強化された肉体のパワーに武器が耐えきれない事がよくあるのだそうだ。
慣れた手つきで武器をポーチに放り込んでいるのを見るに、本当に珍しいことではないのだろう。彼にとっては。
「予備はありますか?」
「これが予備だった。心配すんな、武器がなけりゃ拳で戦えばいいんだ」
どうやらもう既に最低1回は壊していたようだ。パンがなければケーキを食べればいい、みたいなことを言っているが……ここまでの道中で、彼の奇行とも言える無茶苦茶具合はよく分かった。この人なら大丈夫だ。
「しかし、今回は同時だったか」
「別に競っているわけじゃないでしょうに。それより素材はどうしますか? トレント、いやこの大きさはエルダートレントかな……」
「どっちにしてもデカすぎる。しかも2匹。これまで狩った魔獣もあるし、流石に入りきらねぇな」
「僕の空間魔法でも全部は無理ですね」
この双子トレント?の元になったのは、ただでさえ巨大な放熱樹。それが2本となると、回収も手間だ。機会があれば回収するということで、今日のところは置いて……いや、待てよ?
「今日はこの辺で休みましょう」
「? ああ、こいつらの縄張りを知ってて避ける魔獣もいるだろうしな」
「大きい分だけ根もしっかり地面に食い込んでいるみたいですし、倒れてくることもなさそうです。川も近いので、水の確保も問題ありません」
「分かった。俺はお前の行きたいところも道もしらねぇし、任せるぜ」
そう言うと、グレンさんは腰のポーチから丈夫そうな布を取り出してマントのように羽織り、そのまま放熱樹トレントの隆起した根の上に寝転んだ。
「……まさかそのまま寝るつもりですか?」
「おう」
あまりにも雑な野営。普通の人間が同じことをやれば、すぐに虫やヒルに襲われること間違いなし。この野営方法もそうだが、彼は常に野生的な対応でその場を乗り切っていく。例えば先ほど雨が降った時は何もせず濡れ鼠になり、降り止んだところで体を震わせて水気を飛ばす。思わず犬かとツッコミを入れそうになった。
濡れたことによる体温低下は大丈夫なのかと言ったら“気合いと飯”との答えが返ってくるし、常識では計り知れない。少なくとも俺には考えられない野営方法だが、これで生きているのだから彼には問題ないのだろう。
……とは思ったが、やっぱり気になるのでヒュージロックスライムを呼び出して、簡単な小屋を作ってもらう。同行者を野晒し&雨ざらしにしていては、のんびりできるものもできない。
「スライムで部屋なんて作れるんだな……風除けくらいなら土魔法で作る奴を何度か見たことあるけどよ」
物珍しそうに、できあがった小屋の周りをぐるぐると回りながら観察しているグレンさん。さっきもイモータルスネークで似たような行動をしていたな……気に入ってくれたなら、もう少し手を加えようか。
とはいえ、内装はスライム任せだし、あまり手の込んだ事もできない。できる範囲で居住性を高めるなら……あれを試そう。
空間魔法でフィルタースライムを呼び出し、空気穴に投入。小屋になっているヒュージロックスライムにサイズを調整してもらえば、簡単な網戸と空気清浄機の代わりになる。これで小さな虫の侵入は防げるし、魔獣が来たらロックスライムが穴を閉じて守ってくれるだろう。
さらに、追加で空気穴の前に——
「なんだその氷、食うのか?」
——と思ったら、グレンさんが入口からこちらを見ていた。
確かに、かき氷に見えなくもないけど……
「これもスライムですよ」
用意したのは桶に入った角氷、もとい昨年末の寒波(冷気)で進化した“アイススライム”と、誘拐犯から救出したお礼として子供たちに貰った“スノースライム”だ。
「この2種類はどちらも暑さを苦手としていて、冷気を好むという共通点がありますが、性質が少し違います」
まずアイススライムは体を維持するための保冷能力が高く、比較的熱に強い。好む属性は氷と水。氷の体は周囲を冷やすこともできるが、それは接触した物体や空気などを介した間接的なもので、冷却範囲は狭い。言ってしまえば、融けにくい氷の塊。
一方でスノースライムは保冷能力が弱く、熱にも弱い。しかし、スノースライムは氷ではなく雪の体を持ち、氷と水に加えて風属性も好む。そのため少しだが周囲の空気を操ることができるし、なにより冷却できる範囲が広い。
「つまり、どういうことだ?」
「実際にやってみた方が分かりやすいですね。とりあえず中に入ってきてください」
グレンさんが完全に中に入ったら、ヒュージロックに指示をして入口を閉じてもらう。そうすると当然中は暗くなるので、ライトで光源を用意して準備完了。スノースライムに食事をしてくれと頼むと、その体から淡雪が舞った。
「おっ?」
「分かりましたか」
「おう。涼しい……いや、風は冷たくねぇが、外みたいな蒸し暑さがねぇ」
「スノースライムにこの室内を除湿してもらっていますからね」
樹海の環境で体力を奪う要因の1つが、高温多湿な気候。そして湿気とは大気中に含まれている水分であり、凝結すれば雨、凍れば雪にもなる。スノースライムが周囲の空気から水分を集めて、雪を作って食べれば、結果として室内の湿気が減るというわけだ。
「あくまでも水分を集めることがスノースライムの目的ですし、無理をさせると冷気の出しすぎで弱りますので、冷却範囲は狭い方が効果的です。また、スノースライムを守るために保冷能力の高いアイススライムと、冷気を逃がさないために結界魔法も使います」
2種のスライムが入った桶を、冷気は逃がさず空気の出入りは妨げない結界で包む。すると狭い結界の上部には雲が生まれて、粉雪が降り始めた。入れ物が桶ではなくてガラスの球体なら、土産物屋で売っているようなスノードームに見えただろう。
「これいいな! 樹海の外みたいで過ごしやすいぜ!」
「湿気が多いとそれだけで不快感が増しますからね。あと、今は出入り口が塞がっていますが、外に出たい時は壁に手を当てればスライムが通してくれますので、ご安心ください」
住環境はこれでいいとして、寝床ができたら次は食事。事前に作っておいたレトルト食品で済ませればいいので、特に手がかかることはない。ただ小屋の中は狭い、というかグレンさんがデカすぎるので、調理は外だ。
風魔法で軽く草を刈って、土魔法で地面を整えれば樹海も、見た目だけはキャンプ場に早変わり。焚火をして鍋を火にかけたら、クリーナースライムの全身洗浄を受けながら、レトルト食品が温まるのを待つだけだ。
「んぐっ、すげぇな! こんなところで、こんな飯にありつけるとは、思わなかった!」
「せめて飲み込んでから喋ってください、あとおかわりも十分ありますから……」
レトルト食品を分けてみたところ、一袋目を開けたところで目の色が変わり、一口食べたらその後はガツガツと食べ始めた。この環境では、たとえ家庭料理レベルの食事でも贅沢になる。それはSランク冒険者でも同じだったようだ。
「とりあえず、お口に合ったようでよかった。ポーチの中から高級ステーキとか出してきたらどうしようかと」
「んなわけねぇだろ。冷えるし腐るっつの。1日くらいなら街で買った物を持っていくこともあるが、しばらく籠る時は干し肉とパンだけだ。
それよりこれ、保存食なんだろ? どこで買えるんだ?」
「これはとある貴族のツテで手に入れたもので、一般販売はされていません」
「ほー……ん? そんなもん見せてよかったのか?」
「躍起になって隠すほどのものではない。隠すために料理に力を割いたり不味い保存食を食べたりして、その後の集中力や行動に悪影響を及ぼすよりはいい。そう言われているから大丈夫ですよ」
公爵家の方々が俺を心配してくれているのもあるが、利害の面で見ても“レトルト食品”と、それも含めて色々とやっている“俺の命”では、後者の方が重要ということらしい。
それに先日少し聞いたら、昨年の異常気象や増魔期の件もあって、レトルトに関しては導入を急ぐとのこと。少しずつ近隣の食糧支援などで試験運用を始めて、シーバーさんとレミリーさんにも供給する事が決まっている。
「ほーか、面倒事にならねぇなら、安心して食えるな」
頬張りながら言われても、全く心配した様子は感じられない。しかもグレンさんはおもむろに、ポーチから凝ったガラスの酒瓶を取り出して封を開ける。あまりに自然すぎて反応が一瞬遅れ、気づいたときにはもうラッパ飲みをしている。
……もうこの人の行動には慣れてきたので突っ込まない。多分死にはしないだろうし、もし酔い潰れていたら捨てていこう。
「ぷはっ! やっぱ美味い飯には美味い酒だな!」
かなり凝ったガラスの瓶に、琥珀色のお酒。雰囲気からして高級で強そうな酒を美味しそうに飲んでいるが、ここで彼にしては珍しく、考えるように動きが止まり、ポーチに手を伸ばす。
「……何か探してるんですか?」
「これは美味いが、それはそれとしてもっと肉が欲しくなってな……干し肉がまだあったはずなんだが」
体質的に多くの食事が必要だということも考慮して、レトルトのシチューは既に10人前用意してあるのだけれど、まだ足りないのか……肉といえば、イモータルスネークの肉が食用可能だったはず。まだしばらく樹海の活動は続くし、悪くなる前に食べてしまおう。
そうと決まれば、グレイブスライムに保管していたイモータルスネークを出してもらう。一度切り落とした体と、頭から再生した全身があるが、今日のところは切り落とした方を使おう。蛇の体も大きいので、解体だけでも十分に重労働だ。
なお、解体と調理の間には匂いにつられた魔獣が襲ってきたが、そちらはグレンさんが追い返してくれた。かなり自由気ままだけど、味方につければ頼りになる人だということは認めざるを得ない。
……それはそうと、美味しそうだ。拍子木切りにした肉が、熱された鉄板に触れた瞬間から脂が溶け出す。味を試す為に調味料もつけず焼いただけなのに、タレを塗った焼き鳥のように香ばしい。
「まだか?」
匂いにつられて、戻ってきたグレンさんが鉄板を覗き込んでいる。
「どれだけ焼くのが最適かも分かりませんし、火が通ればいいでしょう」
表面に焼き色がついた肉を一齧り。すると肉は簡単に噛み切れる程柔らかく、溢れる程の肉汁を出して口の中で溶けていった。
焼いた時点でかなり油が出ていたのに、肉汁のうま味はたっぷり。それでいて脂っこくなくてさっぱりした味わいで食べやすい!
「美味しいです」
「顔みりゃ分かる! 俺も食うぞ!」
「どんどん焼きましょう」
肉を追加。肉そのものが美味く臭みもないので、調味料は少しの塩と胡椒だけでいい。これだけでいくらでも食べられそうだ。
「こいつは酒が進むな! あー……これまで潰してきたのが勿体ねぇ」
「そういえばミンチにしていたんでしたっけ」
「刃物だとすぐぶっ壊れるからな。仕留める頃には肉と泥の団子になっちまうから、倒せても食ったことはなかったんだよ」
そんな話をしながらも食事の手は止まらず、酒瓶が空になるとポーチからまた同じものが出てくる。
「そういや酒もそろそろなくなるな……リョウマ、酒も持ってないか?」
「自家製でよければありますよ」
「マジか。お前なんでも持ってるな。量はどのぐらいある?」
「すぐに飲めるだけでも、腐るほど」
従魔のゴブリンが酒好きすぎて、ディメンションホームの中で作り続けていることを簡単に説明しながら、火入れをして一升瓶に詰めておいた白酒を渡してみる。するとグレンさんは、迷うことなく、またラッパ飲みでひと瓶飲み干した。
「強さも味も悪くねぇな。飲みやすいのと……なんか体に染み渡るっつーか、スッとするんだが、よくわからんがいいな。これいくらだ?」
言葉以上に、表情が気に入ったと言っている。体に染みるというのは、白酒に含まれる栄養素のせいだろう。白酒は作り方が日本酒に近く、作りたては甘酒のような味わいがあり、アミノ酸などの栄養素も豊富。江戸の夏には冷やし甘酒売りがいたという話があるくらいだし、樹海でも暑気払いには適していると思う。
しかし、売るとなると適正な値段がわからない。そもそも自家消費用なので、売り物として作ってないのだと答えると、グレンさんはポーチからさっきの酒瓶を5本取り出した。
「んじゃこっちの残った酒と交換してくれ。俺も値段はよく見てねぇが、街の高い酒屋で“高くていいから美味いやつくれ”って言って買った奴だから、味も値段もそれなりのはずだ。保存食代も含めてどうだ?」
「そういうことなら、今すぐに用意できる分が同じ瓶で50本。明日までに倍は用意しましょう」
「おし! 交渉成立だな!」
アイテムボックスから残りの白酒を全部出して渡す。お互いにお互いの商品価値を分かっていないが、それが逆にあれこれ考えなくていい。お互いが取引に満足できていればいい。シンプルかつスムーズで楽だ。
「あ、今後購入するならファットマ領でちゃんとした物を買った方がいいですよ。本物の職人さんが作ったものとでは、やっぱり美味しさが違いますから」
「ファットマ領か。前にどこかで聞いた気がするが、行ったことはねぇな。今度行ってみるか」
それからグレンさんは酒と肉を喰らいながら、Sランク冒険者としての色々な話をしてくれた。内容的には正直、参考にはならないというか、この人だから許されたような気がすることも多々あったけれど、それでも興味深くはあった。
樹海の中でたった2人。基本的に自分勝手な相手故に、こちらもあまり気を使う気にならない。たまに魔獣が襲ってくればその都度追い返す。騒がしくて気楽な焼肉パーティーは夜遅くまで続いた。




