Sランクのグレン
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
「うははは! これならだいぶ楽に進めるな!」
道を知らないはずなのに、Sランク冒険者のグレンは大声で笑いながらずんずんと前を歩いていく。
なし崩しに同行することになったので、もう遠慮なく露払いとして使ってやることにしたのだけれど……その手が一振りされるごとに、雑草や絡んだ蔓が引き千切られて道ができる光景は、ブルドーザーが通った後のようだ。
ソイルスライムとのスライム魔法で、下草の根を露出させて抜けやすくしているとはいえ、その膂力には脱帽する。
「それにしても、僕について来て良かったんですか? もうついて来るなとは言いませんが、グレンさんにも依頼か用事があったのでは?」
「俺は適当に魔獣を狩れればどこでもいい。お前と会う前も適当に歩いているだけだったし、奥に向かうならむしろ好都合だ。途中でいくらでも魔獣が出てくるだろうから、中には高く売れる奴もいるだろ。
そもそも俺は、ギルドの依頼とか滅多に受けねぇんだ。俺は俺が行きたい時に、行きたいところに行って、戦いたい奴と戦う。どこどこに行って、何を狩って来いとか命令されるのがウゼェし、色々注文つけられると面倒だからな。
金は魔獣の死体を持って帰って、買い取りとか後のことは全部ギルドにぶん投げれば十分に稼げる。あとはSランクになると、名前だけで金が借りられるから困ることもないぞ。金返せって催促されることもめったにないしな」
「その口ぶりから察するに、日常的に借金を?」
「おう、今回はいつもより、ちっとばかりツケが溜まっていたらしい。金借りていた奴が珍しく頭下げてきやがった。しばらく気分がのらなくて、街でブラブラしていたからなぁ……飯に酒に女に、どんぐらい使ったっけなぁ?」
借金を返すために稼ぎに来ているのに、借金の額を把握していない。しかも、借金の理由は遊ぶ金。……清々しいほどのクズと言っていいだろうか? 強さも人格もぶっ飛びすぎじゃない? この人。
最近は俺もだいぶわがままに、好きなように行動していると思っていたけど、この人と比べたら断然大人しかったと思ってしまう。
「あー、やっぱりわからねぇ。でも最終的に払うんだからいいだろ。きっちり借りた分は返しているから、向こうもずっと貸すんだろうし」
「そうかもしれませんが、借りた分は把握してないと、騙されません?」
「そういう奴は、騙されたと分かった時点でぶん殴りに行けば問題ないぞ。そのうち騙そうとする奴もいなくなるしな!」
とんでもなく力技な解決法。Sランクじゃなければ暴行で捕まりそうだ。……いやSランクでも捕まる案件か。捕まえられるかは別として。
「まぁ、好き好んで貴方に喧嘩を売るとしたら、よっぽどの命知らずでしょうからね」
「そう思うか? 結構いるぞ、俺に喧嘩売ってくるやつ」
「えっ、本当に?」
「まず、俺を倒せば自分が有名になれると考えている連中だな。大抵が雑魚だし一回ぶん殴れば二度と来ないが、そいつらはまだ面と向かって喧嘩売ってくるだけまだマシな方だ。
俺が一番気に食わないのは、あーだこーだと理屈をこねて“俺をうまく使ってやろう。甘い汁を吸ってやろう”って考えている連中さ。そういう奴らはどこにでもいる。Sランクになってから近づいてくる奴の中にも珍しくねぇ——っと、前からなんか来たっぽいぞ」
軽い調子で彼が注意を呼びかけ、ゆっくり10数えてようやくこちらも魔獣の群れを感知する。一体どれほど遠くまで感知できるのか、と思った時には、さらに追加情報が出てきた。
「おっ? こりゃデカいのもいるかもな。リョウマ! 先に来るチビ共はさっさと倒すぞ!」
「了解!」
俺が答えた直後、ラプターの群れが前から、右から、左から。さらに迂回して背後の草の中から次々と飛び出してくる。立ち位置から必然的に、俺が後方から、グレンさんが前方からの敵を受け持つことになるが……
「オラァ! 邪魔だァ!」
グレンさんは巨大なハンマーを力任せに軽々と振り、ラプターの群れをまとめて薙ぎ払っていく。
「ギャァッ!」
「口がクセェ!」
ハンマーを逃れた1匹がグレンさんの腕に噛み付いた。しかし、彼は痛みを感じた様子もなく、まるで鬱陶しい虫を払うように噛まれた腕を振り回す。ただそれだけで噛みついたラプターは宙を舞い、放熱樹の幹に激突して動かなくなった。
……彼の戦い方を見て、彼の強さの理由が少し分かった気がする。
まず、彼は腕試しの時点で考えていた通り“気を用いた肉体強化”を使っている。何か奥の手を用意している可能性は十分に考えられるが、メインはそれだろう。そして、その練度が恐ろしく高い。
俺もそうだが、これまで見たことのある気の使い手は戦闘時に多かれ少なかれ、体から気力が漏れ出していた。特に強力な攻撃を使う前などには、気が湯気のように立ち上って見えるくらいにわかりやすく見える。
一方で、グレンさんにはそれがない。動きとパワーからして、強化をしているのは間違いないが、漏れ出る気が一切ない。言い換えれば、気を運用する上での“ロスが一切ない”ということなのではないだろうか? 全ての気力を無駄なく自身の強化に当てられれば、強化の度合いもより効率的になる。
防御力についても同じこと。常人なら致命傷になる爪や牙に対して、彼は防御も回避もしない。ラプター程度ならその必要もないのだろうし、自分の体より防具の方が脆ければ、そんなものをわざわざ身につける意味もない。
「リョウマ! デカいのが来たからチビ共は任せるぞ! 戦いながらこっち見ている余裕があるなら大丈夫だろ!」
こちらの返答を待たずに、グレンさんは前方に飛び出した。比喩ではなく、本当に。一歩で数メートルのジャンプをしたかと思えば、その先にあった放熱樹の幹を足場にして、ジグザグに跳ねながら空中をかっ飛んでいく。
その先には今回の群れのリーダー。襲ってきているラプター達も、樹海の入り口あたりと比較すれば強く、大きい個体が増えているが……あの個体はこちらからの視界を阻む草木の中に隠れきれず、頭がわずかに出ている。明らかに別格の巨体。しかし、
「ゴァアアッ……」
数十秒と経たないうちに、遠くから断末魔の叫びが聞こえてくる。どうやら向こうは、あっという間に終わったようだ。リーダーがやられたことで、僅かに残っていたラプター達も引き上げていく。
「よっ……くっ……このっ」
その後、仕留めたラプターの死体を回収してグレンさんと合流すると、彼の隣には頭部が潰れたラプターの上位種“タイラントラプター”の死体があった。巨大な体躯を分厚い鱗で包む姿は、昔の映画で見たティラノサウルスにも近い。
「こういう魔獣がいるとは聞いていましたが、本当に大きいですね」
「でも倒すのは楽だぞ。小さい奴よりパワーはあるが、デカい分だけ動きは鈍いし、さっきの蛇みたいにしぶといわけでもない。金を稼ぎたい時には狙い目だな」
彼は服の下に着けていた小さなウエストポーチに獲物の死体を引き摺り込んでいく。空間魔法が付与された収納用の魔法道具であろうそれは、彼の体格と比較して余計に小さく見える。そうでなくとも服の下に隠れる程度のポーチに、ティラノサウルスが入っていくのは不思議な光景だ。
「で、俺がどうして強いか分かったか?」
脈絡のない質問だが、観察していたことを言っているのだろう。感じたことを素直に答えると、彼は満足そうに笑った。
「さっきの話の続きだがな。冒険者に限らずよくいるのが、強くなる方法や強さの秘密を教えてくれって奴らだ。何で俺がお前らに教えてやらなきゃならねーんだと思うが、ちょっとぐらいいいだろ? とか、教えて当然みたいな顔してる奴はウザいんだよ」
「それは確かに面倒くさい」
「そもそも俺は、気を“使う”って感覚がわからねぇ。生まれつきの体質でこうなってるだけだからな」
「……ということは、無意識に?」
「おう。かなり珍しい体質らしいし、俺もよくは知らねぇが“気”ってのは、要は体力とか生命力みたいなもんだろ? 人間なら誰でも持ってるもので、それを自由に扱うのが“気功”って技なんだとよ」
つまり、彼の強化は必要に応じて使うのではなく“常時発動中”。こうして話している間にも、彼の肉体は強化され続けているのだろう。更に話を聞くと、この体質のおかげで彼は、戦闘だけでなく探索で障害となる多くのものから身を守っているとのことだった。
例えば、樹海に生息する毒虫やヒルなど。俺は肌を出さない装備と特製の虫よけで身を守っているが、彼の場合は虫の針が皮膚に刺さらない。刺さったとしても多少の傷や毒では影響が出ないし、影響が出たとしてもすぐ治ってしまうのだそうだ。
「肉体の強化で、内臓機能や自己治癒能力まで強化されているのか……」
ここまでだと、彼の体質はメリットばかりに聞こえるが、そう上手い話ばかりではないようだ。
先ほど彼が言ったように、気というエネルギーはその人が持つ体力や生命力。それを消費すれば疲れもするし、無理をすれば命に関わる。魔力も枯渇すれば体調不良を引き起こすが、気の場合はより重篤な症状が出てしまう。
俺も含めて、普通の人ならそこまで無理をする前にぶっ倒れるのだが……グレンさんの場合は体質が原因なので、彼の意思では止めることができない。倒れたとしても止まらない。
さらに幼少期は体にも負担がかかり、強化が逆に虚弱体質に繋がるという悪循環。珍しい体質故に対処法も確立されておらず、貴族でも裕福でもなかった彼の親ができたのは、失った気を少しでも補うために“少しでも多く食事をさせる”という方法のみだったそうだ。
さらに、その処置のために幼少期の彼と彼の両親は、当時住んでいた村でひんしゅくを買っていたという。
「親父とお袋は“みんな協力的だった”とか言ってたが、俺はガキ過ぎて連中の迷惑そうな顔しか覚えてねぇ。村の畑の実りが悪かった時なんか“いつ死ぬかも分からないガキに分けてやる食い物なんかあるか! とっとと死んでその分を俺達に分けてほしいくらいだ!”とか言われてたしな。
まぁ、それが切っ掛けで村の近くにいた魔獣を殺して食うようになって、飯は十分食えるようになったんだが、そうなるとまた面倒な奴が出てくる。“お前が狩った魔獣の肉をよこせ! これまで養ってやった恩を忘れたのか!”とかな」
そこまで言って、彼は補足を加えた。
「言っとくが、タダで村の食い物を貰っていたわけじゃないんだぜ? ちゃんとお袋は金を払ったし、村の鍛冶屋だった親父はほとんどタダで道具の修理を請け負ってた。親父が作った道具を街で売ったら、村の5倍で売れたとお袋と話していたこともある。
あいつらのことは別に恨んじゃいねぇ。親父とお袋が納得して金を払ったなら、俺もそこに文句はねぇし、あったとしても言えねぇ。けど、そんだけ俺の親から搾り取ったんだったら恩もクソもねぇ。そりゃもうただの取引だ。
困ってる他人はほっといて、自分が困ったら助けろとか虫が良すぎると思わねぇか?」
「確かに、いますよね……そういう人。あとは苦しいところは他人に押し付けて美味しいとこだけ持っていこう、自分だけ得しようって人も」
「だよな? 群がられると鬱陶しいしムカつくし、悪気がなくても喧嘩を売られてるようなもんさ」
結構重めの話もあったが、本人は特に気にした様子はない。彼の中では既に終わったことで、あくまでも一例として話しているだけなのだろう。
「まぁ、人間なんてどこの誰でも大して変わらないもんだからな。世の中には自分勝手な奴ばっかりなんだから、俺も我慢してやる必要ない。やりたいことをやりたい時に、やりたいようにやってりゃ楽だし、楽しいだろ?」
う~ん……どうしよう、正直その気持ちは分かってしまう。俺も人間社会が面倒になって森に引きこもっていたわけだし……彼ほどすっぱり割り切れてはいないが、否定できない。別に否定するつもりもないけれど。
「楽しそうなのは同意します」
「おっ? 思ったより気が合うな。もっと頭の固い奴かと思ったんだが」
「貴方と比べたら、大体の人は頭が固くなると思います」
「だははっ! 言うじゃねぇか! 確かに俺より堅苦しくない奴は見たことねぇな!」
割と失礼なこと言ったつもりだけど……この人はたまに話が急転換したり、内容が飛躍したりするけれど、裏表は感じない。笑っているなら本当に気分を害してはいないのだろう。
危険な樹海の奥地に、騒がしい声がこだまし続ける。
成り行きで同行することになったけど、賑やかに進むのも悪くはないかもしれない。




