中間地点
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
4日後
最初の拠点を出てから、あっという間に4日が過ぎて樹海の“最前線”に到着。ここまで道中は実にスムーズで、可能な限り魔獣との接触を回避しながら、ひたすら樹海の奥へと進むのみ。やることは初日と特に変わらず、360度全てがジャングルなので景色にも変化がない。
強いて言えば、森の奥に行くにつれて立ち並ぶ放熱樹の1本1本が徐々に太くなって、木々の間隔が開いていること。しかし、一日を振り返れば感じる程度なので、誤差と言っていいだろう。
一方で顕著な変化も2つある。まず1つは“魔獣の変化”、具体的には出てくる魔獣の種類と数が増えて、より強い魔獣も出てくるようになった。序盤から出てきたラプターの群れも、最初より体が大きい個体が増えたし、昨日の時点では少なくとも50匹はいるのが当たり前になっている。
正面から相手をして突き進もう! なんて考えていなくて本当に良かった。
そしてもう1つの顕著な変化は“拠点の様子”。ここまでの樹海の危険度を考慮すれば当然だが、普通に野宿をするのは危険極まりない。そのため樹海内の拠点から拠点までは、短ければ徒歩で数時間、長くとも1日あれば到着できる距離にあるようだ。
拠点同士の距離が近いため、この4日間の内に6つの拠点を通り抜けたけれど……その中で俺が泊まろうと思えたのは最初の拠点のみ。泊まれるかと言われれば泊まれないことはない“拒否したいが可能ではある”と思うのも3つ目の拠点まで。
以降の拠点はどこも物資不足と設備の荒廃が目立っていて、なによりもそこにいる人々に余裕がない。端的に言って“治安が悪すぎる”ので、俺みたいな子供の外見で泊まったりすれば、夜には襲撃を受けることが簡単に予想できた。つまりは無法地帯。
今いる最前線の拠点は酷く荒れすぎていて、村とも呼べない状態だ。住居は良くて掘っ立て小屋で、粗悪な作りのテントもある。防衛手段は誰かが張っている結界魔法と見張りなど、住民の人力に頼るものが中心。一応、木製の柵やバリケードもあるけれど、あまり効果は期待できない。
……なお、衛兵のアシュトンさんの話によると、樹海で活動する冒険者でも、最前線付近を根城にして活動する人はほとんどいないらしい。何かしらの理由で奥に向かうことはあっても、普段は最初の拠点付近で活動するのが普通。
わざわざ環境が絶望的に悪く、命の危険も大きい最前線を根城にするのは、よっぽど強い人か筋金入りの世捨て人。あるいは何らかの理由があって“他の場所では暮らせない人”なのだそうだ。
……で、どうして今そんなことを考えているかというと……
「Cランクぅ? ハッ! そんなのここでは関係ないんだぜ」
「ここはガキの来る所じゃねぇんだよ!」
「お前、食い物持ってるんだろ? さっさと出せよ」
「ここは俺らの縄張りだ。誰に断って入り込んでんだァ?」
「ひ、1人でこの先に進むなんて無謀だよ。悪いことは言わないからおじさんと一緒に——」
絶賛、絡まれている最中なんだよな……
最初は3人、汚くて明らかに堅気ではない男達が進路を阻むように現れて、難癖をつけられた。その声を聞きつけたオッサンが仲裁するように割って入り、一方的な説教を始めた。そうこうしているうちに、さらにぞろぞろと人が集まり、今の状況に至る。
こういう手合いはまともに相手をしても無駄。疲れるだけなので、気が済むまでスルーした方が疲れない。前世は妬まれるより見下される事の方が多かったが……やることは同じなのだから些細な違いだ。
「へっ、珍しいこともあったもんだな」
「どうやってこんなとこまで来たのか知らんが、アイツは終わったな」
「よりにもよって、あの3人組とオッサンかよ」
「なぁ、あのガキがどうなるか賭けないか? “3人組に殺される”にラプターの干し肉1枚」
「なら俺は“オッサンに飼われる”に2枚だ。ガキでもここに来たなら、何かしらの能力はあるだろ。ただ殺すのはもったいないぜ」
「んじゃ俺は大穴狙いだ。“あのガキが逃げる”に4枚」
「ブハッ! お前そりゃねぇだろ!」
場所が場所なので、全員まとめて30人にも満たない。彼らの大半は何も言わず、遠巻きにこちらを見ているだけかと思ったら、ゲラゲラ笑いながら賭け事を始めたようだ。妬みや不満、敵意と悪意が籠った視線と罵声に満ちていることが、肌で感じられる。
これが俺にかけられた呪いの効果かと、一瞬考えたけど多分違う。呪いなんて関係なく、シンプルに彼らがろくでもない人間なだけだろう。
これならやっぱり迂回して先に進んだ方が面倒はなかったかも? でもなぁ……こんな場所でも、樹海の中では自分の位置を把握するための貴重な“目印”だ。比較的安全な日本の山でも“少しくらい大丈夫だろう”と、軽い気持ちでルートを外れて遭難する登山客の話は枚挙にいとまがない。
遭難対策と帰宅のために、道中では定期的にストーンスライムを置いてきているから、最悪の場合は空間魔法で戻ることもできる。でも、あえて遭難のリスクを増やす必要はないと思って、正規ルートで来てはみたけど……
「おい!」
「こらガキ! 聞いてんのか!?」
「舐めた態度とってるとぶっ殺すぞ!?」
「き、キミねぇ、大人の話はちゃんと聞かないとダメじゃないか。これは教育が必要だねぇ」
体力を温存していたら、とうとう彼らはしびれをきらしたようだ。威圧的な3人組も、ねっとりとした笑顔を浮かべているオッサンも、同時に武器へ手を伸ばして一歩近づいてくる。その足が地面のぬかるみを踏み、ぐちゃりと音を立てた——その時。
「邪魔だテメェら! こんな所で固まってんじゃねぇ! あとギャーギャー喚くなっつーの!」
突然、横から周囲の音を掻き消すほどの大声が響く。4人を警戒しつつも視線を向けると、そこにいたのは異様な男だった。
絵の具で染めたような真っ赤な頭髪に、身長が2mを超える大男。それだけでも目立つが、異様に感じるのはその服装が原因だろう。彼は防御力など欠片もないであろう、ごく普通の布の服に身を包んでいるように見える。
一応、拠点の中ではあるが、ここでは安全など保証されていない。外よりはマシという程度のものなので、俺に絡んでいる連中も、周りで見ているだけの奴らも、ここでは全員何かしらの装備を身につけている。にもかかわらず、彼だけが布の服。唯一、巨大な金属製のハンマーを担いでいるが、冒険者らしいところはそれだけだ。
一体、彼は何者なんだろうか?
「グ、グレン」
「チッ、面倒な奴が来やがった」
「Sランクだからってでかい顔しやがって。何の用だ」
「え? Sランクのグレン?」
この人まさか、この前シーバーさんが話していた“腕っぷしのみ”でSランクになった冒険者か? こんなところで平然としているし、強いのは事実だろう。でも着ているものは汚れ放題でボロボロ、髪や髭は伸ばしっぱなしで手入れもされていない。歩き方もその辺のオッサンっぽいし……失礼だけど冒険者というよりただの浮浪者に見えてしまう。同姓同名の他人?
「何の用だ、じゃねぇよ。道空けろや。邪魔で仕方がねぇ」
「今は取り込み中だ、俺らの縄張りでガキに勝手されちゃ、アンタもたまらんだろ」
「ああん? んなの知らねぇよ。ここで何しようと、命がどうなろうとそいつの勝手だろ。俺の邪魔じゃなきゃどうでもいいし、興味ねぇんだよ。
つーか、1人でここを うろついてんのは俺も同じだが、文句あんのか? あるなら戦るか? その方がまだるっこしくなくていい」
「くっ、わかったよ」
グレンと呼ばれた男がそう言うと、周囲で見物していた連中は逃げる様に立ち去り、俺に絡んできていた連中も黙って道を空ける。俺も今のうちに、一言礼を言って出ていこう。
「ありがとうございます」
「あん? 狩りに行くのに邪魔だっただけだ、助けたつもりなんかねぇよ。大体、必要なかったろ、お前」
彼は本当に興味がなさそうに言い放つと、面倒臭いと呟きながら体を伸ばす素振りを見せる。そして、次の瞬間には猛烈な速度で駆け出した。
「うわっ!?」
「ぺっ! ちくしょう!」
「あの野郎またやりやがった! これで何度目だよ!?」
まるで水たまりにトラックが突っ込んだかのように、駆け出した勢いで泥が跳ね上げられた。おかげで俺や周りの連中が盛大に浴びることになったが、周りの反応から察するに、いつものことなのだろう。気になることはあるけれど、この場はさっさと抜け出すことが最優先。
それから泥の雨に乗じて闇魔法も使うと、無事に最前線の拠点を抜け出すことには成功した。今後はまともな拠点がないという話だし、あったとしても近づかず、冒険者との接触も極力避けることにする。
ここはもう既に、人の生活圏の外。こんなところに住み着いているのは危険生物。ただ人の姿をしているかいないかの違いだけで、中身は大差がないモノ。そういうものだと考えておこう。
■ ■ ■
そんなこんなで再び樹海を歩き、数時間。俺は同じことを黙々と続けるのは好きだけれど、人によっては苦痛を感じるほど、変わり映えのない景色の中を淡々と歩き続ける。
やがて日が落ちてきたので、本格的に暗くなる前に野営の準備を行う。と言っても、寝床どころか畑や養鶏場まで、事前にディメンションホーム内に用意してあるので、ここで行うのは念のための安全対策だ。
「ここらがいいかな……まずは『カッタートルネード』」
今夜の寝床の出入り口に選んだのは、獣道から少し外れた所にある木の根元。この大木前の草木をある程度、風の刃と竜巻で一気に刈り取り吹き飛ばす。シーバーさんの魔法よりも威力は低いが、草刈り機としては十分だ。
「お次は『ディメンションホーム』。出番だよ“ヒュージロックスライム”」
空間魔法で呼び出したのは、エンペラーのストーンスライム版。能力的にはエンペラーと同じで元のスライムの上位互換だけど、ストーンスライムの場合はストーンの次にビッグストーン、ロック、ヒュージロックと段階が増え、更に名前も変化していた。
おそらくだけど名前を見る限り、石、大きな石、岩、大岩、という感じで変化しているのだと思う。というか、それ以外の理由は現時点で思い浮かばない。実際、ヒュージロックはどこか観光地の山で名物になってもおかしくないくらいの体格? をしている。だからこそ……
「着工から20秒、即席の家の完成!」
ヒュージロックスライムを配置、変形して体内に空間を作ってもらう。たったこれだけで上下前後左右を頑丈な岩に囲まれたワンルームの部屋ができるのだ!
周辺の警戒もしてくれるし、危ない時に出入口を完全に塞げば密室も作れるので、外の魔獣が侵入する心配もない。脱出する必要があれば、どこにでも出入り口が作れる。野営と夜の見張りには最適なスライムではないだろうか?
「ディメンションホームも便利な魔法だけど、出入りの時だけは危ないからなぁ……」
あれはもちろん重宝するけど、実際に出入りしないと外の様子が分かりづらいのが唯一の難点。そこに注意しておかないと、外に出たらいきなり魔獣の群れの中、ということになる可能性もある。
「でも、出入り口をスライムで囲ってしまえばその心配もナッシング! ……って、誰に話しているんだか」
我に返って、自分が何をしているのかと考えてしまう。
「一人旅は苦じゃないけど、独り言が増えるな……森にいた頃は気にもならなかったのに」
樹海の寒暖差の中を歩き続けて4日間、自分が感じているより消耗しているのかもしれない。なんだかあっという間にも感じるけれど、目的地までの距離を考えれば、中間地点を超えたあたり。
……無理はせず、今日はいつもより早めに眠って、ゆっくり体を休めるとしよう。




