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本日、4話同時投稿。
この話は3話目です。
「それから今後についてなんだけど……神の子という秘密もあるし、リョウマ君にはもう1人、公爵家から部下になれる人材を派遣しようと思うんだ」
「ユーダムさんとは別に、ですか?」
それ自体は問題ないけれど、技師としての補佐なら既に彼がいる。それに秘密を守るためなら、そもそも秘密を知る人は少ない方が良いのではないだろうか? と思ったけど、神の子であることを打ち明ける必要はないようだ。
「立場的には彼と同じで技師の補佐になるけれど、役割は主にリョウマ君の“秘書”だね。我々を含めた関係各所とのやり取りや、外部との折衝で間に入ってもらおうと思っている。ユーダム君も悪くはないんだけど、情報伝達や交渉に専念できる人間がいた方がいいと思うんだ。
というのも、リョウマ君は昨年末の件でそれなりに名前が売れたから、今後技師としての実績を積み重ねていくうちに、他所の貴族が接触を図ろうとする可能性がある」
「それは、既に公爵家の技師だとしても?」
「勧誘はしないだろうけど、困っているので力を貸して欲しいという“依頼”かな。それも普通は後ろ盾になっている貴族を通すものだけど、横紙破りをする人はいくらでもいるからね……そういう貴族はまず面倒な相手だと思って間違いはない。
街中でお店を開いたり、工房を持っていたりする技師は拠点がわかりやすいから、接触を受ける可能性がより高くなる。そんな連中がリョウマ君を出せと言ってきた時、いちいち対応したくないだろう?」
確かに、それは御免被りたい。
「1人の貴族としても、僕個人としてもそれは歓迎できることではない。それにカルム君と言ったかな? 彼は商人として優秀だけど、ごく普通の一般市民だ。貴族には貴族が相手をする方が話は円滑に進みやすいし、下手なことをさせないための抑止力になる」
目には目を、あるいは餅は餅屋かな? どちらにしても納得はできるし、折角の申し出だから受けいれたいと思う。しかし、それなら気になるのはその人と上手くやっていけるかだけど、
「もしかしてその人って、さっきのメイドさんですか?」
「おや、よく分かったね」
「最初は呪いの確認のために知らない人を連れて来たんだと思いました。でも今の話を聞くと、適当な人を連れてきていたずらに接触する人を増やしたりはしないかなぁ……と」
「そうだね、呪いの効果を確認したかった理由もあるけど、問題なければあとで時間をとって紹介するつもりだったんだ。彼女の名前はエレオノーラ・ランソールというんだけど、この名前で分かるかな?」
名前というと……たしか昨年末の騒動で、敵の資金源になっていた金山を所有する貴族がランソール男爵だったはず。確認すると間違いなく、彼女はその家の長女だそうだ。
「大丈夫ですか? 下手な人を紹介されるとは思っていませんが」
「当然の疑問よね。それについては私から説明するわ」
ということで、奥様から話を聞く。その内容をまとめると、以下の通り。
まず、彼女の実家のランソール男爵家は、他所の貴族の支配下にあり、金山の収益を搾取される関係が続いていた。そして現当主である彼女の父親と彼女の兄弟は、そんな環境でもできる限り健全な運営を行おうとしていた、善良な貴族と言って差し支えのない人物だったらしい。だからこそ、彼らを支配していた4つの家の人間は、彼らが気に入らなかった。
そして彼女は親兄弟の反骨心を叩き折るためだけに圧力をかけられ、4つの家の1つであるルフレッド男爵家に嫁ぐことになる。尤もそれは表向きの話で、実際は実家に対する人質として冷遇されていたのだそうだ。
なんでも初日から屋敷の離れに追いやられ、夫の男爵令息は愛人と放蕩三昧。貴族の場合、嫁いだ女性は屋敷の中を取り仕切ることが多いらしいが、そういうことにも一切触れさせることなく、雑用を押し付けられていたとのこと。
昨年末の件がきっかけでルフレッド男爵家は脱税やその他諸々の罪が発覚し、家はお取り潰し。一家は連座で処刑になるという大事に発展するが……彼女は幸か不幸かその扱いのおかげで“書類上は結婚していてもその事実がない。脱税などの犯罪行為にも加担できる状況になかった”と判断されて命拾いしたらしい。
「それで彼女は実家に戻ったんだけど、実家の方でも一悶着あって、最終的にジャミール公爵家で身柄を引き受けることになったのよ。ランソール男爵家も丸ごと私達の下につくことになった関係で」
「……波乱万丈ですね」
この返答が正しいのかはわからないが、それしか言葉が出てこなかった。
「そんな経緯でうちに来た子だから同情的な部分はあるけど、能力と人格の評価に私情を持ち込んだつもりはないわ」
「そういった諸々の事情があるからこそ、我々を裏切れないという打算もある。彼女にとっては、結局のところ“支配される対象が変わるだけ”かもしれない。でも、リョウマ君のところならあるいは、という願いも少しね」
「張り詰めた雰囲気は感じましたし、少し環境を変えた方がいいかもしれませんね」
ひとまず休んで心と体を回復させた方がよさそうだけど、だいぶ真面目で堅そうな気もするから、何もしないというのは逆に辛いタイプなのか……本人は有能だそうだし、最初はユーダムさんにサポートと様子見をお願いすればいいかな。
「他所の貴族との間に入ってくださる人は本当にありがたいですし、そういうことならお願いします。正式に働き始めるのは、大樹海から戻ってからでもいいですか?」
「もちろん。こちらでも事前に何かあった場合に対応できるように、連絡方法などを打ち合わせておくから、ギムルに戻ったら連絡して欲しい」
「承知しました」
明確に了承を伝えるとラインハルトさんは一息ついて、これまで手付かずだったお茶を一口。話に夢中ですっかり忘れていたのでもう冷めているけど、喉も渇いていたのかもしれない。二口三口と続けて飲んで、そのまま器は空になる。
「もう一杯いかがですか?」
「いただこう」
新しいお茶を淹れていると、ラインハルトさんはその香りを嗅いで、ほっと一息つけた様子。きっと俺を守るために、色々と手を打ってくれていたのだろう。感謝は当然として、何か俺にできることはないだろうか?
聞いてみると、彼は少し考えて口を開いた。
「リョウマ君の意図とは少し違うかもしれないけど、父からグレイブスライムと瘴気を祓う魔法の話を聞いた。実験場として瘴気に侵された土地が欲しいと言っていたというのは本当かい?」
「実験場と餌の確保ができればいいので、一時的な貸与とか使用許可だけでも十分ありがたいです。その後の権利とか管理は考えていないので」
「だったら、その実験だけでも十分僕らの助けにはなるよ。瘴気とアンデッドの対策はお金がかかる。だからといって、やらないわけにはいかない問題だからね。信用できる相手なのが前提だけど、許可を与えるだけでやってもらえるなら、どこの貴族だって喜んで許可を出すんじゃないかな?」
亡霊の街でも教えてもらったが、瘴気の問題は完全な解決はできなくとも、アンデッドの間引きと現状維持を行うだけでも結構な需要があるようだ。
「私も話に聞いただけだけど、リョウマ君もその気になれば、瘴気の除去だけで食べていけると思うわよ」
「そうみたいですね。僕も今の所はスライムと魔法の実験、あとは自分がどこまでできるかを試したいという興味が強いだけですが、大樹海から帰ってきた後は瘴気の対処に力を入れるつもりです」
これも神々から聞いた話だが、瘴気はこの世界のありとあらゆるものに対して有害であり、土地や動植物を傷つけもするが、世界に害を与えるものを排除する働きもある。人体で言えば白血球のようなものだそうで、世界を維持するためには必要不可欠だが、増えすぎるとそれはそれで困るのだという。
そして現在の瘴気は増加傾向にあり、浄化してくれるならその方が助かるのだそうだ。
「それって」
「つまり神々から使命を授かった、ということじゃないのかい?」
途中で言葉を失う奥様に変わり、ラインハルトさんが緊張の面持ちで聞いてきたけど、そういう話ではない。ここは明確に否定しておく。
「神々は僕に“こうしたらいいよ”と教えたり勧めたりしてくれることはあっても、自分達のためにあれをしろこれをしろと命じたことはありません。神々は人に何かをしろと命じることは控えているようです。
僕は……お2人や他の皆さんにも沢山助けてもらいましたが、同じように神々にも助けてもらって感謝しています。だから自分が興味のあることをやって、結果的に少しでもその恩を返せたらなおいい。
それに大樹海に行って帰ってきたら当面の目標もなくなりますし、ちょうどいいから新しい目標にしようかと思っている、という程度の話ですね。早い話が自己満足。それ以上でも以下でもありません」
思い返せば“大樹海に行く”という目標も、最初は皆さんと別れて自立をすると決めたはいいものの、明確な目標らしいものがなかったからだっけ? そんな時にたまたま故郷のことを思い出したから、一度行くことを中長期的な目標にしてみよう。そんな風に、なんとなく決めただけだったはず。
今は一度決めた目標だから。この世界に生まれてこの世界で生きる、そのための通過儀礼、あるいはケジメとしての意味が強いかな?
「神々の言葉をさりげなく、なんでもないことのように言われると心臓に悪いのだけれど……とりあえず理解はできたわ、おそらく」
「瘴気を扱うなら専門家の監修を受けられるように、ローゼンベルグ殿にも話を通しておこう。候補地もこちらで選定しておくけど、条件はあるかな? 希望がなければ、浄化さえできれば復興できる廃村がいくつかあるから、そこを使ってほしいんだけど」
最近は従魔を目印にした長距離転移ができるようになったので、移動距離はあまり問題にならない。あまり人がいない方が好ましいけれど、廃村なら人もいないだろう。しかし、わざわざそこを選ぶ理由があるのだろうか?
話を聞いて思い浮かんだ疑問をそのまま尋ねると、ラインハルトさんは今現在、新しい村作りや大規模な街道工事を計画しているのだそうだ。そういえば以前、スライム農法の実験のために村を作ろうという話をしていたな。
「それだけが理由じゃないよ。ここ数年で魔獣が増えていることは何度か話したと思うけど、今年の年始の式典で国王陛下がそのことに言及されてね。我々貴族には“いつ何が起きても己と領民を守れるように、警戒を怠るな”という内容のお言葉があったのさ。
だから、今後は徐々に備えを始める貴族が増えてくるだろう。急に軍備の増強や物資の備蓄を始めると民衆に不安を与えるし、根拠なく自分は大丈夫だと思っている貴族も多いから、今すぐ急にということはないと思うけど……いつ何が起きてもおかしくはないからね。新しい村を作る最大の理由は、この動きによる影響を最小限に抑えるためだよ」
領主が軍備を増強するなら、それを維持するために必要な物資も増える。公爵家も、他所の領主も、生産量が限られる中で一斉に十分な量の物資を確保しようとすれば、最終的にその皺寄せを受けるのは市民の生活だ。物資の不足から買い占め、転売、物価の高騰といった悪循環も起こり得る。これは予想というよりも、ほぼ確定事項だそうだ。
この話を聞いたことで頭に浮かび、同時に納得したことが1つ。
「それで年始の時点で、スライム農法の実験のために村を作ろうという話があったんですね」
「あの時はスライム農法の話を聞いたばかりで具体的な計画はなかったけど、これは!と思ったよ。領内の生産力はできるだけ上げておきたいけど、特に食糧不足と医薬品不足、それに伴う価格高騰は人の命に直結する問題だからね。
あと街道の工事については、物資があっても必要な時に届かないのでは意味がないからだ。魔獣への備えだけでなく流通を活性化することにもなるし、スライム農法で食料が余れば、こちらから他領への支援にも使える」
「ちなみにだけど、まともな貴族なら支援をタダで受けることはまずないわ。受け取る側の沽券に関わるし、借りを作るだけにしておくと先々の変なところで引き合いに出されて困る場合もあるから、お金に限らず何かしらの対価を用意してその場で貸し借りを精算する、あるいは条件をつけるものなの。だから、名目は支援でも実質的には販売よ」
余裕があれば領地が潤うことにもなる。仮にそこまでいかなくとも、食料の支援(販売)による利益が出れば、他の出費をある程度補填できるという考えのようだ。なんにしても、将来に備えて手を打っているということ。
それなら瘴気の浄化に期限があるかが気になったが、特に急ぐ必要はないらしい。村の候補地は候補地として選定して、俺が廃村の浄化に成功すれば、そこにも作るかどうかを検討するそうだ。……村ってそんなにポンポン作れるものなの?
「街ならともかく、小さな村なら割と簡単にできるよ。技術者や初期投資の資金、先々の収益につながる見込みがあることが前提だけど、それさえあれば魔法使いを雇って開拓を助けてもらうこともできるからね」
「それに新しい農村作りは、一部の人にとって大きなチャンスになるの。例えば農家の次男以降の多くは親から受け継げる家や畑がないわ。でも新しい村作りに参加すれば、最初は苦しいかもしれないけど、将来的に家と畑を手に入れられるから」
絶対に成功するとは限らないけど、冒険者になるよりは安全かつ確実な賭けなのだろう。なんにせよ公爵家の力になれるなら、そしてスライムが役に立つなら、技師としても個人としても嬉しい。
そんなことを考えていると、ふと奥様が固まる。
「どうしたんだい? エリーゼ」
「あなた、リョウマ君にそれとなくお礼の話をしようと言っていたじゃない。いつの間にかまた私達ばかり得をする話になってるわよ」
「……確かに、気づくとこうなっているね」
2人はそう言って、困ったように笑っていた。さっきの貴族の話もあったし、つい先日俺も似たようなことがあったので、少し気持ちは分かるかもしれない。でもなぁ……やっぱりそんなに気にしなくていいと思ってしまう。
そもそも公爵家が強固な後ろ盾になってくれている時点で、こちらとしては大助かりだ。前世でも権力があればなにかと便利だっただろうけど、この世界、この国では貴族がより強い影響力を持つのだから、この安心はお金では買えない。
「エレオノーラさんの件を勧めてくれたみたいに、もうすでに色々とお世話になっているのですが」
「リョウマ君の気持ちは十分に伝わっているわ。でも私達がちょっとでも恩を返せたと思ったら、倍になって返ってくるんだもの」
「純粋な厚意で言ってくれるのは嬉しいんだけど、調子が狂うと言えばいいのかな? 腹黒貴族との交渉なら、我々もこうはならないんだよ?」
「それだけ信頼してもらえているなら、それも嬉しいことです」
本心からそう答えると、2人は気が抜けたように笑って、お茶で喉を潤す。
「まぁ、今の関係が悪いとは思わないんだけどね。厚意に甘えすぎて、この関係を壊したくないというだけで」
「それには僕も同意です」
「ふふっ。なら、ひとまずこの件は先送りしましょうか。恩を返すために無理強いをしては本末転倒だもの」
そもそも意見を違えてもいなかったけれど、俺達は奥様の言葉に賛同。今後も良い関係を続けられるようにと願い、また何かあれば相談することを約束した。
「さて、それじゃあ秘密の話はこのくらいでいいかな?」
「ヒューズ達も、リョウマ君が大樹海に行く前に話したいと言っていたから、あまり独占していると怒られてしまうわね。リョウマ君がよければだけど」
「そうですね……大丈夫だと思います。僕もヒューズさん達とは話したいですし、神の子の件については、僕もどう話せば分かりやすく伝えられるか悩む部分もありますし、詳しく話すと1日かけても終わらない可能性があるので」
転生した。この事実だけなら一言で済むけど、それを理解してもらうには地球のこと、日本のこと、前世の自分がどんな人間か……いざ話そう、話してもいいという状況になると、今度は聞いてもらいたいことが多すぎて困る。
「いつかエリアに話す時までには、内容をまとめておきます」
「承知した。その時にはしっかりと時間をとって、聞かせてもらうことにしよう」
2人との秘密の会談は、こうして和やかなままに終わった。ラインハルトさんが魔法道具の蓋を閉じると、防音の魔法が解除される。話が終わったことを少し大きめの声で伝えると、他の部屋で待機していた皆さんがこちらの部屋にやってきた。
それからは彼らと色々な話をした。
ローゼンベルグ殿からは診断書を受け取り、大樹海から帰った後の瘴気浄化について相談。彼はその内容に少し驚いていたようだけど、快く協力を約束してくれた。嬉しい誤算だったのは、彼が想像していた以上に好意的だったこと。どうも呪術師や祓魔師は俺が思っていたよりも数が少なく、しかも需要が高いから慢性的な人手不足で忙しいようだ。
エレオノーラ嬢とも改めて挨拶をしたが、やはり無理をしているようだ。呪いに対する防護の魔法をかけてもらったようで、不快感は気にならなくなったと言っていたけど、それとは別に体調も優れないように見える。しかし、秘書の話をしたらすぐに指示を求めてきた。
“何もしない”ということが耐えられない場合もあるから、簡単な指示もいくつか出しておいたけど、基本はゆっくり休んでほしい。
最後にお馴染みの護衛4人は、いつも通り。俺が呪われたと聞いて心配したと、元気そうで良かったと口々に声をかけてくれた。大樹海のことや今後のことを話し、彼らからは近況など聞いて……楽しい時間が過ぎていく。
「それじゃ、気をつけて」
「帰ってきたら、すぐに連絡を頂戴ね」
日が落ちる前に、彼らは帰っていく。別れの言葉は短く、あっさりとしたものだけれど、彼らの激励と無事を祈る気持ちは伝わっている。来客を見送ったのは俺だけれど、同時に俺も彼らに見送られているような、不思議な感覚だ。
……これで全てが整った。
心置きなく、大樹海に行こう。
そしてまた、ここに帰ってこよう。




