来客
本日、4話同時投稿。
この話は2話目です。
2週間後。
関係各所との打ち合わせや従業員の皆さんとの交流で、時間はあっという間に過ぎた。準備は万全。心置きなく大樹海へと旅立つことができる。でも、その前に……今世の始まりの地、ガナの森の家に戻ってきた。理由は樹海へ向かう途中に通りかかるから。ようやく大きな目標を達成するから初心に返るため。それともう1つ。
「埃は溜まってるけど、そのくらいか。クリーナースライム」
出しておいたクリーナースライム達が中に散らばり、廊下や部屋の隅々までを掃除してくれる。ここは任せて、俺は奥の部屋に向かう。
「たった1年くらいなのに、随分と久しぶりに感じるな……」
そこは、神々の像が置いてあるだけの部屋。以前は瞑想をしたり、訓練をするために使っていた場所。ここにお客様を迎えるためのテーブルと椅子を設置するが……これは事前に用意してきたので、さほど時間はかからずに終了。
予定の時間はまだ先なので、せっかくだから部屋の神像を増やすことにする。
「ここを作った時は、まだガイン達しか会ったことがなかったけど……神様との縁も随分増えたな」
そんなことを考えながら、壁を掘って像を置くスペースを作り、その作業で出た土を像へと加工していく。
テクン、フェルノベリア、キリルエル、ウィリエリス、グリンプ、セーレリプタ、メルトリーゼ……先に作っていたガイン、クフォ、ルルティアと合わせて合計10体。神々は後もう1柱、マノアイロア様もいるけれど、その姿は分からない。
以前見た神像は人型をしているというだけで、特に顔や服装も表現されていない簡素なものだったけど、一体どんな神様なのだろうか? 今度神界に行った時に聞いてみてもいいかもしれない。
作業を終えて、片付けて、それでもまだ時間が余っていたので、お茶やお菓子の準備もしておく。
そうこうしているうちに、お客様が到着したようだ。外に配置していたストーンスライムからの連絡を受けて表に向かうと、公爵夫妻とセバスさん、そしていつもの護衛4人の姿が目に入り安心した。
しかし、今日は彼らに加えて見慣れない男女も同行している。男性は30代前半くらいだろうか? いかにも魔法使いらしいローブを着込んでいるが、髪や肌、そして髭はよく手入れがされていると分かる紳士然とした人物だ。
一方、女性は……身なりは整っている、立ち振る舞いも凛としている美人。だけど、どこか表情に隠しきれない疲労が見えるせいか、なんとなく張り詰めた雰囲気を感じる。あとは、メイド服を着ていてもメイドさんらしくない? どちらかといえば街の警備隊の人に近い印象だ。
「お待ちしておりました」
「リョウマ君、楽にしてほしい。この2人も大丈夫だから」
「ありがとうございます。ひとまず中へどうぞ」
部屋の用意はしてあるし、この辺は比較的安全とはいえ森の中。わざわざ立ち話をする必要もない。中に入ってもらったら、まず護衛の4人には入ってすぐの部屋で適当にくつろいでもらう。そして残りの5人を連れて、先ほど整えた奥の部屋へ案内する。
「まぁっ」
部屋に入るやいなや、奥様の小さな声が聞こえるが、どうやら驚いたのは他の4人も同じだったらしい。ラインハルトさんとセバスさんは比較的落ち着いているが、初対面の女性は静かに立っているように見えて、視線は壁際に並ぶ神像の端から端を行き来している。男性の方も静かではあるけれど、こちらは顔ごと動いているのであまり隠すつもりもなさそう。
「この部屋に、こんなに神様の像があったのね」
「3つ以外は先ほど増やしたところですが……あれ? 以前来た時に見せていませんでしたか?」
「この部屋には入っていないかな。前回来たのは我々がまだ出会って間もない頃だし、他人の家を勝手に歩き回るのは憚られるから」
そうだった。掃除の必要もない部屋だったから、先に休んでもらっていたんだ。
たった1年前のことを懐かしく感じながら、用意しておいた席を勧める。一応、全員が座れるだけの席はあるのだけれど、上座に公爵夫妻が座りその隣に初見の男性。セバスさんと女性は部屋の隅に立って控えているようだ。
「色々と話したいことはあるけれど、まずは診察を済ませよう。ローゼンベルグ殿」
ラインハルトさんの呼びかけを合図に、ローゼンベルグ殿と呼ばれた男性が年齢と経験を感じさせる落ち着いた声色で、自己紹介を始めた。
事前に話は聞いていたけれど、彼は公爵家で雇い入れている呪術師であり、俺の診察をしていただく方。こちらも感謝を伝えると、彼は少し笑顔を見せてから診察を始める。
診察の内容は、まず問診。ここは普通の病院で診察を受けるのと変わらず、脈を取るように手を握られて、魔力を感じていたくらいの違いしかない。あとは、俺の呪いが他者からの好感度に影響を与えるという話は事前に聞いていたのだろう。ここで彼は、部屋の隅に控えていた初対面の女性へと声をかける。
「エレオノーラ嬢、彼に対する率直な印象を聞かせて欲しい」
「私の、彼に対する印象ですか……失礼ですが、若干の不快感を覚えています。しかし、彼のどこが気に入らないかと問われると、理由を明確に述べることができません」
「その不快感をあえて言葉にするなら、どのようなものか? 彼個人の人間性に対する嫌悪、あるいは本能的なものなど、なんでもいい」
「どちらかといえば、本能的な嫌悪ですね。人間的には良い人なのに話していると口が臭い、体臭が強い、そのような感覚が近いかと」
え、俺、臭いの? いや、言語化するとそんな感じだという意味なのはわかるけど、加齢臭が気になる年頃だった身としては、気になってしまう。
「大丈夫よ、リョウマ君は臭くないから」
「ありがとうございます」
奥様だけでなく、エレオノーラ嬢と呼ばれていた女性も頷いてくれたので安心した。
「……なるほど。クレミス様の見立ては正しかったようですね。次の検査に移ります」
次はいくつかの魔法を使った検査。浴びた魔力が体の中を探っているように感じたので、探知魔法のようなものだろうか? 疑問があれば聞いていいと言われていたので聞いてみると、
「これは呪いに使う魔力を別の呪いに反応するように、ただし相手には害を与えないように調整し、その反応を感じることで呪いの重症度や傾向などを探る魔法です。正確な診断には経験が必要ですが、やっていることは探知魔法に近いと言えるでしょう」
とのことだったので、俺の感覚は間違ってはいなかったようだ。
そして魔法による検査が終わると、最後は薬品を使った検査。彼が持っていた鞄の中から、フラスコに入った透明な液体を取り出して、別途用意した試験管に少量注ぐ。この中に俺の血を1滴入れて欲しいと言われたので、言われた通りに用意された針で指を軽く刺して血を入れた。
すると、透明だった液体に赤が広がるかと思えば、あっという間に黒ずみ始めて、液体全体を真っ黒に染め上げる。この反応を見て、彼は表情を曇らせた。
「これは、聞いていた以上に厄介な呪いですな」
「ローゼンベルグ殿でも解呪は不可能ということかな?」
「言い訳になりますが……この薬液は呪いが対象者に浸透している度合いを調べるものでして、深く浸透しているほど色は黒く、解呪は困難になります。これほどの反応ですと解呪難易度は最高の“7”。おそらくは、本家の者でも手を焼くかと」
「そうか……ローゼンベルグ殿の腕前に疑いはない。残念だけれど、仕方のないことなのだろう」
「ご理解、感謝いたします。解呪は不可能と言いましたが、呪いの効果そのものは軽微な様子。いくつかの注意を守ることで、普通の生活を送ることは可能です。また、時間経過によって呪いが薄れ、解呪可能となる場合もあります。あまり悲観なさいませんように」
それから彼は診断書を書くと言って、エレオノーラ嬢と共に部屋を出ていった。護衛の4人が寛いでいる部屋、必要ならほかの部屋も自由に使っていいと伝えてあるので、あとは4人が対応してくれるだろう。
「ふぅ……」
「お疲れ様。やっぱり緊張させてしまったね。急な訪問も併せて、申し訳ない」
「呪いの件もあるけど、樹海に行く前にどうしても一度会っておきたかったの。迷惑だったかもしれないけど」
「そんなことありません。緊張しなかったといえば嘘になりますが、初対面の人に対する呪いの影響は気になっていましたし、今後のためにも試しておいた方がいいのは間違いありません。それに、本職の呪術師の方の診断も」
解呪については、神々がやってくれる。しかし、それを周囲に説明するにはリスクが高すぎる。レミリーさんは元宮廷魔道士という経歴を持っているので、説明に説得力がある。しかし、彼女は呪いに関しては専門外。ちゃんとした呪術師の診断を受けて診断書を書いてもらえれば、さらに万全と言えるだろう。
神々の力で抑えられているとはいえ、人間関係に影響を与える魔王の呪い。予防線は張れるだけ張って、損はない。今回の申し出も渡りに船だし、公爵家の人と会えるのも嬉しい。
「それに、お二人は決して暇なわけではないはずです。この時間を作るために、無理をしたと思います。そこまでしてくださったんですから、謝ってもらうことなんてありませんよ」
「そういってもらえると、ありがたいわ」
奥様が優しい笑顔を見せて、数秒後。ラインハルトさんが懐から小さくて薄い箱を取り出す。名刺入れにも見えるそれの蓋が開くと、箱を基点に広がった魔力が俺達を包んでいく。
お2人がドーム状の魔力の外にいるセバスさんに合図をして、セバスさんは一礼して部屋を出ていく。その様子と状況から察するに、防音効果のある魔法道具なのだろう。つまり、ここからが今日の本題。
「さて、色々と話したいことはあるけれど、まず話すべきはこれだろう。父から聞いたよ、リョウマ君は神の子だったと。私達ももしやとは思っていたし不思議でもないけれど、一応君の口から聞かせて欲しい。本当なんだね?」
「はい、本当です」
証拠としてステータスボードを提示。称号の欄にある“神々の寵児”を確認した2人は、一度顔を見合わせて頷いて、一言。
“教えてくれて、ありがとう”
それからしばらくは、亡霊の街で神の子である事実を打ち明けた時のような会話になった。しかし、2人はラインバッハ様達から話を聞いて心の整理をつけていたのだろう。安堵や感極まって涙することもなく、終始穏やかに感謝の言葉を伝えてくれた。
「本当に、リョウマ君にはお世話になりっぱなしだ」
「僕も皆さんにはお世話になっていますから、そこはお互い様ですよ。こうして神の子だということも受け入れてもらいましたし」
「それはリョウマ君の立場からすれば不安だったかもしれないけど、我々は納得しただけよ」
「ラインバッハ様も、だいぶ前から予想していたと言っていましたね。結構、誤魔化すために嘘もついてしまったのですが。それにまだ話せていないこともありますし」
「正直であることは美徳だ。しかし、正直なだけでは困ることもある。特に貴族社会では騙し合いが日常茶飯事さ。誰も彼もが自分達の利益のため、誰かの足を引っ張るため、隙あらば懐に入ろうとしてくる。ついこの間も」
「あなた」
話しているうちに、ラインハルトさんの表情に陰が落ちたと思ったところで、奥様が掣肘を加えた。そこで彼はハッとして気まずそうに笑ったけれど、その顔は前世で見慣れたもの。これまでは表情に出していなかっただけで、かなりお疲れなのだろう。
「んんっ、失礼。みっともないところを見せた」
「いえ、今の今まで気づきませんでした。本当にお疲れ様です。後、僕は全く気にしませんから、どうぞ気を楽に」
「……そうさせてもらおうかな。
とにかく僕らはそんなやりとりが日常なわけだ。リョウマ君は確かに僕達に隠し事をして、そのために嘘をついたのかもしれない。でも、それによって僕らに害を与える、または騙して利益を得るという目的があってのことじゃないだろう? そんなの可愛いものさ。気分を害すようなことじゃない」
「そうね。付け加えるなら、私はそもそもリョウマ君の嘘が嘘になるか? という点も微妙だと思うわ。家族の事とか最初の方の嘘は神々が、リョウマ君がなるべく私たちの社会に溶け込みやすくなるようにと願って決めた内容なのよね?」
「基本的な設定はそうです」
「設定って、いえ、神の子であるリョウマ君からしたらそういう感覚なのは分かったわ。
今の話を聞いて私が気にしているのは、基本の設定を“神々が用意した”というところなの。神々が定めたことを否定するなんて、私には畏れ多くてできないわ」
「……宗教的な視点だと、そういう見方になるかもしれませんね」
前世で特定の宗教に親しんでいたわけではないけど、神やその言葉を否定するなんてとんでもない! ということくらいは理解できる。設定についても、奥様はそういう感覚で受け止めているわけか。
「リョウマ君は頻繁に神託が受けられるとも聞いているし、きっと僕達より神様に近い立場にいるから感覚が違うんだろう。ちなみに僕もエリーゼの意見には同意するし、同じ受け取り方をする人は少なくないと思うよ。教会関係者は特にね」
「下手をするとリョウマ君の方が神々の言葉を否定していると取られかねないから、今後も対外的には神々が用意してくれた話を基本にすべきよ。その方が余計な問題も少ないと思うから」
「肝に銘じます」
受け入れてくれるとは思っていたけれど、やっぱり少し身構えていたようだ。思った以上にあっさりとした反応と気遣いをしてもらえて、肩の力が抜けてきた。
「でも、嘘をつくのが気が引ける、隠し事をするのは辛いという気持ちもわかる。だから心苦しくなったら、誰かに話したくなったら、その時はいつでも僕達のところに来るといい」
「私達はもう神の子だと知っているから、心置きなく話せるわよね? 相談にものってあげられるし、私達もリョウマ君の力になりたいから。遠慮なく頼ってね」
「……ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
先日神界に行った時、話の流れで少し聞いたけれど、お2人が言ったことは過去の転移者の多くが悩んでいたそうだ。愛する家族や仲間に打ち明けることで招かれた悲劇もあるが、生涯隠し通そうとするあまりに招いてしまった悲劇もある……と。だから、少数でも事情のわかる人がいてくれるのは本当に心強い。




