出立前の準備と交流
本日、5話同時投稿。
この話は5話目です。
翌朝
野営を苦痛とは思わないけれど、やはり自分の家は落ち着く。一晩ゆっくり休んで、今日からは予定通り、大樹海の探索を万全にするための準備を行う。
一応、大樹海の中には素材を採取するために冒険者が作った拠点が点在しているらしいが、だからと言って準備を疎かにしていいことはない。まずは今回の旅で……というよりシーバーさんとの試合で破損した鎧の修理を頼みに、ディガー武具店を訪ねる。
「すみませーん」
店内に人の姿がなかったので、奥に向かって声をかける。すると、のっそりと店主のダルソンさんが出てきた。
「おう、無事に帰って来やがったか」
「はい、おかげさまで」
「試作品の調子はどうだ? なにか問題はないか?」
「性能に問題はありません。今日は鎧の修理の依頼にきました」
「修理? ヘマやったのかよ」
修理と聞いて、そんなことを言い出すダルソンさん。
「道中で知り合った方と腕試しをしまして」
「ああ、腕利きとやりあったのか」
「はい。今回の旅では、僕もまだまだ未熟だと思い知らされましたよ」
「相変わらず子供らしくない奴だな、お前は。まあいい、鎧を見せてみろ」
アイテムボックスから壊れた鎧を取り出すと、ダルソンさんは興味深そうに鎧を見て呟く。
「ほう……随分腕の良い奴だったんだな。相手の得物は槍か何か、その辺の武器だろう。そんでそいつは魔法も使う。おそらく風だな」
「そこまでわかりますか」
「この商売を長くやってりゃ、ある程度は傷で判断できるようになるさ。にしても、見事にやられたな……ハードリザードの皮をここまで綺麗に貫く奴は中々いねぇぞ。腹の方もスッパリ切り裂かれてる。相手は有名な奴か?」
「有名だと思います。シーバー・ガルダックという人で ――」
なんと言っても元騎士団長だから、と言い切る前に、ダルソンさんが鎧に向けていた視線をはね上げた。
「先代の騎士団長じゃねぇか!? 何でそんな大物とやり合ってんだよ!?」
「たまたま旅の目的地が同じでして、成り行きで」
「はー……まぁ、騎士団長が相手なら納得だ。そういや昨日、お前の店に先代の公爵様と騎士団長が来たって話を聞いたが本当なのか?」
「事実ですよ。出先でたまたまお会いして、ドラゴンで送っていただきましたから。昨日のうちに公爵家に向かわれましたが、確かにこの街と僕の店には来ていました」
丁度いいので、今回の旅で起きたことを説明する。
「はぁ〜、そりゃまた妙な巡り会わせというか、しっかり“冒険者”やってるな。呪われちまったもんは仕方ねぇし、俺らも昔は無茶もした覚えがあるからあまり強くは言えないが、気をつけろよ」
「自分でも今回は運がよかったと思います。少し落ち着いたら、この機会に解呪の魔法の腕も磨いておくつもりです」
「おう、できるならその方がいいぞ。あと、なんかあったら声をかけろよ。俺じゃ解呪には協力できねぇが、今のところ何も感じてないからな。相談に乗るくらいはできるだろ」
「ありがとうございます。ダルソンさんには、引き続き装備開発をお願いしている職人さん達との橋渡しをお願いしたいと思っています。街を出ていることも増えますし、呪いの性質的にも助かりますから」
「それなら任せておけ」
「よろしくお願いします。あ、ちなみに近々、先ほど話した騎士団長と宮廷魔道士のお二人がここに来ると思いますので、その時はお2人と相談の上で試作品を提供してください。費用は ――」
「ちょっと待て」
驚愕したダルソンさんが、若干血走った目でこちらを見ている。
「お前、今、ガルダック卿が来るって言ったか? うちに?」
「えっと、さっき話した通り行動を共にしていまして、その間に装備の話を少々。試用の協力と製品化した場合の宣伝にもなると思って紹介したのですが、ダメでし――」
「ダメじゃねぇ! 全然ダメじゃねぇぞ!」
うぉっ、食い気味に否定された。問題ないならいいけれど、この反応。
「もしかしてダルソンさん、シーバーさんのファンだったり?」
「当たり前だろ! 俺らの世代の男は、ほとんどの奴が憧れていた。俺らが若いころはガルダック卿もまだ騎士団長じゃなくて、国中を飛び回っては数々の武勇伝を打ち立てていたからな。
現役時代、Sランクになった時に一度だけ会ったこともあるんだが……式典やらなんやらもあったし、ガラにもなくクソ緊張してろくに喋れなかったことだけは覚えている」
あらら、これは結構ガチなファンのようだ。まぁ、問題ないならよかった。
「それなら昨日のうちに寄っていればよかったかな……」
「いや、いきなり来られても、前の二の舞になる。事前に教えてもらった方が助かる」
「そうですか。では次回、頑張ってください」
「……分かった。こっちとしても、騎士団長が利用した店って箔がつく。満足してもらえるよう、いつも以上に気合を入れて応対してやるぜ」
胸を叩いてごつい笑顔を見せたダルソンさんは、ここで何かを思い出したように口を開く。
「そうだ、防具職人達から1つ要望があったんだ。防刃インナーやクロースアーマーに使っている布なんだが、ただスライムの糸を使うだけじゃなくて、織り方の研究もしてみたいという話が出てる」
「素材ではなく、生地の作り方の研究ですか。個人的に挑戦は歓迎です。資金に関しても出せます。ただ、気持ちだけで計画性がないのであれば、大金は投じられませんよ」
「まだそこまでの段階じゃないが、北方の一部地域にある“ストリス織り”という織物について調べてみたい、可能であれば職人を取り込みたいんだと」
説明によると、その織物は寒さの厳しい北方の冬に耐えるために分厚く、やわらかく、頑丈に作られている。色彩にも富んでいたために、昔はその地域の貴族が戦場で用いる軍旗や戦装束に重用していた織物だそうだ。
しかし、その織り方は独特かつ複雑で製作に手間と時間がかかるなどの問題も多く、後継者不足も重なった結果として、今ではほとんど作られておらず職人も数少ないのだとか。
「喪失する一歩手前の技術というわけですか……それだとその地域の貴族が技術の保護とか、職人の囲い込みをしていないかが気になりますね。下手に引き抜こうとすると何が起こるかわかりませんから、公爵家にも確認を取ります。とりあえず保留で」
「わかった、そう伝えておくよ。仮に指導を受けられるという話になっても、技術が身につくには長い時間が必要になる。あいつらも今すぐに結果に繋がるとは思ってないだろうし、参考にできるならしたいってとこだろう。よその技術が気になるのも、職人の性ってやつだからな」
「確かにそうですね」
俺もスライムや魔法について気になったら知りたくなるし、気持ちは分かる。
「っと、お前の装備の話が途中だったな。こいつはどうする? 修理もできるが、ぶっちゃけ新しいのに買い換えた方が安いぞ。試作品に問題ないなら、そっちも使えるだろうしな。その場合は処分もこっちでやっておくが」
「修理をお願いします。1年ですが、使い続けて愛着もあるので。使わなくても綺麗にはしておきたいですから」
「分かった」
「おいくらになりますか?」
「そうだな……小金貨4枚だ」
「では、これでお願いします」
アイテムボックスからお金の入った袋を出して、支払いを済ませる。
「まいどあり。受け取りは3日後だ」
「わかりました。ありがとうございます」
さて、次はうちの店に行こう。
■ ■ ■
店に向かうと、今日も人が絶え間なくやって来ては帰っていく様子が目に入る。お客様たちに挨拶をしながら、裏口に回って店内へ入る。そこには既にカルムさんが待ち構えていた。
「お待たせしましたか?」
「いえ、時間通りです。呪いのことがありますので、念のために出迎えた方がいいかと思っただけですので」
「そうでしたか、ご心配ありがとうございます」
「では行きましょうか」
カルムさんと共に執務室に向かい、留守中の報告を受けた。しかし大きな問題はなかったようで、小さな問題もほとんどは対応が済んでいる。任せる身としては安心だ。懸念があるとすれば、新しく雇用した従業員の勤務態度くらいだろう。
それにしたって現時点では少しばかり“気の緩み”が見られる人がいる、という程度だ。油断して放置するのはよくないが、深刻な問題ではない。むしろ、自然な話だ。
「この店はまだ開店から1年程度と歴史は浅いですが、昨年末の件ではオーナーの活躍。そして、公爵家が力を入れて援助をしていることが誰の目にも明らかになりました。従業員の待遇もいいですし、店としての信用が跳ね上がった結果、無意識に“ここに雇われれば安泰”という意識が生まれつつあるのでしょう」
「経営を始めた頃には考えられませんでしたね」
商業ギルドで従業員の募集をお願いして、面接で集まった人が一気に帰っていったのは今でも覚えている。あの時は店の信用もないし、店長が子供だから仕方ないことだとは思う。
それが今では受付で求人がないかを聞いてきたり、自分を売り込んでくる人も来たりするというのだから驚きだ。正直、ここまで急激に状況が変化するとは思わなかった。
「まぁ、この件については想定していましたから問題ないでしょう。対応も既に始めているようですし、打合せ通りの対応で、ひとまずは様子見ですね」
「はい。気の緩みがあることをそれとなく指摘して自覚を促せば、意識的に改善しようとする人は、すぐに改善するでしょう。その意思があるなら、適宜指導も行います。古巣のモーガン商会でも経験がありますので、お任せください。
問題は改善の意思がない人が出た場合です。この場合は面談と警告、その後も改善が見られない場合は解雇ということでよろしいですね」
「残念ですが、仕方ないでしょう。不足があるだけならまだしも、それを改善する気もない人を放置するのは得策ではない。その人の仕事の質だけでなく、他の従業員の士気にもかかわりますから」
所謂、職場にぶら下がる人材なら前世で沢山見てきた。社会人とかバイトの学生とか、年齢も性別も関係なく、そういう人はいる。そして、そういう人が増えると労働生産性は落ちてしまうし、そういう空気は周囲に伝播してしまう。
“腐ったミカンは他のミカンも腐らせる”……あまり人に言いたい言葉ではないが、意味することは本当のこと。だから、悪循環に陥る前に歯止めをかける必要がある。
「そうですね。事前に面談と警告があるだけ、温情だと思います」
「別に温情というわけではないのですが……」
この国の雇用契約では雇用側の権利が強いので、日本人がアメリカの話でイメージするような“即日解雇”が簡単にできる。日本は日本で逆に解雇規制が厳しすぎる弊害もあったので、そこまでする気はないけれど……前世の上司には、クビという言葉を部下をコントロールするための脅しに使っていた人もいるので、緩すぎたら緩すぎたで怖い。
ちなみに実際のアメリカでは、日本人が思っているほど即日解雇が頻発しているわけではないらしい。アメリカにも解雇規制は存在するし、裁判を起こされるリスクが高い。だから可能であっても簡単ではなく、退職金の割り増しなどで話をつけることもあるのだとか。
「なんにしても面談と警告、またそのための“基準”を明確にすることですね。基準が曖昧では指導も漠然としたものになりやすいですし、受け取る側も問題点が分かりにくくなります。そうなれば認識の齟齬であったり、話し合いが水掛け論になったりすることも増えると思うので」
基準は従業員本人への説明にも必要だけど、解雇後に理不尽だと騒いで悪評を撒くなど、報復される可能性も十分にある。その場合はどちらかといえば周囲に対して“こういう理由で解雇しました、事前に警告と改善要求もしました”と正当性を訴えられる事が大切だ。
諍いを長々と引き伸ばせば周囲からの印象も悪くなるし、何より対応のために従業員の体力と精神を削る。そのまま悪循環に陥って疲弊して……ブラック経営、ダメ、ゼッタイ。というか俺が嫌。そんなことが日常の職場にするくらいなら従業員に他の職場を手配するか、退職金を多く渡して店をたたむだろう。
「そんな顔をしないでください。オーナーの経営方針は理解した上で、経営を預かると決めたのですから」
「顔に出てましたか」
「目の光が消えていました。とりあえずこの件に関しては、変更なしということで構いませんね」
「よろしくお願いします」
「それでは次に、一部の従業員から要望が出てまして……以前、オーナーが用意した“経営方針に関する資料”の一部を、今後も新人教育の教材として使用したいとのことです」
「資料って、もしかしてアレですか?」
思い当たるのは、俺が権利を委譲するにあたって、カルムさんや将来の支店長候補に向けて用意した書類。内容は店舗運営のガイドラインとハラスメント講習のようなもので、ブラック企業化の防止。効力のほどは正直なところ分からないけれど、多少なりとも効果があることを願いながら真剣に作った。
しかし、ハラスメントへの注意や配慮も行き過ぎるとそれはそれで問題が出てくるし、俺の考えが絶対というわけでもない。この国にはこの国の、支店を開く土地の風土や常識によっても物事の受け取り方は変わるだろうから、頭の片隅に置いておくくらいでいいのだけれど。
……いや、それ以前にアレは講習用に写本を依頼した人が“もうこれ以上読みたくない”と泣いて断りを入れてくるほど、読むに堪えない内容になってしまったはず。カルムさんも事前に目を通した時には泣いていて困惑したし、まさか欲しがる人がいるとは。正気かな?
「確かにあの書類は、読んでいて気分が落ち込みました。しかしあの資料の内容、特に前半は私も他の従業員も思い当たることが多く、共感できました。こういう接し方には気をつけようと思える、いい教材だったと思います。
問題は先に進むにつれて例示される上司の言動が過激化、もはや狂気に満ちているといいますか……“酒瓶で殴られる時の注意点”とか、酒瓶で殴られることが前提になっていることがまずおかしいですし、説明と稀に入っている恨み言が異様に生々しい。だから内容が分かりやすく、言葉が頭に染み込むように理解と納得ができてしまうことが、逆に辛いのです」
確かにあの書類は作った俺自身、例を思い出して書き出してまとめるまでの間に何度か魔法で焼き払いたくなったからな……今思うと、無意識に書類を呪ったのかも? その気はなくとも恨みは籠っていたと思うし、魔力も焼き払いかけた時に少しは出たはず……あれ? これ本当にヤバいやつ?
「カルムさん、あの原本どこにありますか?」
「店の経営に関わるものですから機密文書として扱い、あちらの鍵付きの棚に保管してあります」
そう言って、カルムさんは見覚えのある六法全書並みに厚い書類の束を持ってきてくれた。呪いがかかっているかは、わからない。少なくともレミリーさんとの練習で使った石のような気配は感じなかった。
「おそらくですが、大丈夫ではないでしょうか。私は原本も写本も読んで、どちらも同じように気落ちしましたし、原本を読んでいない皆さんも同意見でしたから」
「そうであればいいのですが……ちなみに皆さんというのは」
「開店初期からの従業員全員です。読んだ後は……皆さん、オーナーの従業員の扱いに納得していましたよ」
目を合わせてもらえないが、間違いなく気の毒に思われているのが分かった。
会話に困ったので、書類とカルムさんにディスペルをかけて強引に話を変える。資料としての使用は承諾し、写本を元にどこまで盛り込むかはカルムさんに任せた。店の経営も問題なかったし、この件もきっといい塩梅でまとめてくれるはずだ。




