神々の依頼
本日、5話同時投稿。
この話は3話目です。
「つまり、こういうことか」
メルトリーゼ様の率直過ぎる言葉の後、改めて詳しい話を聞いてみたところ、どうやら今の樹海には厄介な魔獣がいるそうだ。しかも、俺が樹海の中で目的地にしている“コルミ村の跡地”に。
なんでもその魔獣は生まれて間もないのに、樹海が生み出す魔力によって進化に近い急成長をした結果として、神々が放置できない力を手に入れてしまったのだとか 。仮にその魔獣を放置した場合、将来的に世界のバランスを崩してしまう可能性が高いので、なんとかしなくてはならない。
こういった場合に神々が取る手段は主に2つ。1つは、神々がその土地を守り、管理する為に配置している“神獣”に排除させること。もう1つは神々が直接、神の力を行使して排除すること。
しかし……件の魔獣がいるシュルス大樹海は、フェルノベリア様が神獣を使わない土地の管理方法を模索していた“試験場”だったようで、1つ目の方法が使えない。
また、シュルス大樹海は世界に満ちる魔力を生み出すための要となる“聖地”の一つでもある。フェルノベリア様の実験がこれまで順調に進んでいたこともあって、生み出される魔力量は数ある聖地の中でも上位に入るらしいが……2つ目の方法をとった場合、この聖地が更地になってしまうので、それは惜しい。
ガイン達が言うには、神の力は強大すぎて、どんなに力を絞っても周囲に多大な被害を出してしまう。過去に天罰や神の裁きと呼ばれる力を行使したときには、一発で国が滅びたり、小さな大陸が沈んだこともあるのだとか。
ちょっと話を聞いただけでも軽々しく使える力でないのは分かるし、神々にとってもできるだけやりたくないのだろう。しかし、何度も言うが放置はできない。
「そこで、ちょうど大樹海へ行く予定がある俺に白羽の矢が立ったと」
説明にもあったけど、どうせ樹海には行くのだから依頼は受けてもいい。やることは冒険者の仕事と変わらないし、依頼主としてもおそらくこの世で最も信用のできる相手だろう。
それに、今の幸せな生活があるのは、神々がこの世界に生まれ変わらせてくれたから。たとえそれが神々の都合だったとしても、感謝はしているつもりだ。少しでも力になれるなら、恩を返せるなら返しておきたい。
だから俺は、迷うことなく協力の意思を伝えた。すると神々は喜びはしているが、同時にまた悩むような、複雑そうな顔になってしまう。
「さっきから一体何にそこまで、魔王の欠片の件よりも悩むことか?」
「こっちも色々事情があってね……竜馬君に、というか人間に僕らの仕事を任せてしまうというのはどうなのか?というところで意見が分かれているんだよ」
「当事者の意見も聞かずに決めるわけにもいかないし、次に竜馬君が来たら中立に近い私達が話をしてみよう、ということになっていたのだけれど……私達が頼めば、竜馬君はたぶん断らないと思っていたから、聞いた時点で命令みたいになるんじゃないかと」
神々の事情と個々の考え方があるのは理解するけど、個人的にその辺は全く気にしていないんだがなぁ……
「どちらかといえば、俺で対処できる魔獣なのか? という点が気になる。樹海に行くと決めた時点で危険は承知の上だし、こうして事前に忠告してくれているだけでも十分恵まれてると思うけど、神々が“厄介”って言うくらいの魔獣なんだろ?」
「……私は反対だが、成功の可能性が高いことは認めている。この件に関して対処を依頼するのであれば、竜馬以上の適任はいないだろう」
「そう。貴方は件の魔獣に対して、戦闘になった場合の相性がいい。これは貴方にしか頼める相手がいないという意味ではなく、貴方と魔獣の能力を評価しての判断。もし、仮にこの件を貴方がいる国の騎士団や軍に依頼した場合、千の兵を送ろうと、万の兵を送ろうと、ほぼ100%の確率で壊滅すると予測できる」
千でも万でも無理って、一体どんな魔獣なのか……具体的な能力が知りたい。
「今回、私達が件の魔獣の能力で最も問題視しているのは“魂の束縛”。束縛された魂は輪廻の輪に戻れない。一部はアンデッドにもされている。死霊術に近い」
「あれは術というより本能だが……注意すべき点はまだある。あの魔獣は樹海で生まれる豊富な魔力を汲み取って、自分のものにできることだ。一度に吸収・使用できる量は生産量からすれば微々たるものではあるが、魔法として使う分にはほぼ無尽蔵と言ってもいい」
なるほど、魔力無限のネクロマンサーって感じか。その無尽蔵の魔力と束縛した魂を使えば、アンデッドは無限に生み出せる。倒しても再び作り直せてしまうので意味がない。騎士団や軍とか、数を頼りに攻め込んで戦死者が出れば、そのまま敵の仲間入り……ゾンビ映画かな? 確かに普通の軍隊なら壊滅するかもしれない。でも俺にはグレイブスライムがいる。
「その通り。普通に倒しても魂の束縛は解けず、回収して再利用されてしまう。でも倒さないまま隔離ができれば、復活は防げる。そして魔獣をどうにかできれば、魂の束縛も解ける」
「アンデッドはそれからゆっくり片付ければいい……確かに相性はよさそうだ」
「グレイブスライムだけじゃねぇぞ。シュルス大樹海は、強力な魔獣の巣みたいなもんだ。軍隊みたいに大勢がまとまって動いてたら、すぐに魔獣に見つかって狙われる。集団じゃなくて少数精鋭の方が動きやすいっつーか、進軍なんてほぼ無理なんだよ。討伐どころか、目的地に着くまでに壊滅しちまう。そうなるようにフェルノベリアが仕組んでるからな」
「仕組んだとは人聞きが悪い。人間や外来種の魔獣で聖地が荒らされぬよう、危険かつ生育困難な環境を構築することで、神獣に代わる防衛機能としただけだ」
「やってることは同じじゃねぇか」
僅かなニュアンスの違いが気になるフェルノベリア様と、全く気にしていないテクンが顔を突き合わせているが、それを無視して今度はクフォが声をかけてきた。
「と、まぁそんな感じで、この件に関しては軍隊より竜馬君一人の方が成功確率が高いって結論になるんだよ。あと挙げるとすれば、竜馬君が1人でやるってことかな? 問題への対処を人間に任せたことは何度かあるけど、神託を受けた人間が“神のご意思だ!”とか言って滅茶苦茶やることが少なくないからね」
「個人じゃなくて集団になると、さらにその傾向が強くなるし、私達を大義名分にして私利私欲を満たすことに走る人間も出てくるから困るのよね……協力しない、できない人間を大罪人扱いしたり、他国の侵略を始めたり。
私達はそんなことをして欲しいなんて思ってないのだけれど、私達の頼みが原因でそういうことが起こってしまうのは嫌だから……竜馬君みたいに“用があるからついでに行くよ”ってくらいの気持ちの方が、ある意味安心できるわ」
「そもそも我々は、人間に崇めろと頼んだ覚えはないんじゃがな……無論、馬鹿にされたり粗末に扱われたいわけではないし、今更イメージを崩すのもどうかと思うので、神託ではそれらしい態度を取っているがな」
なんというか、神々にも色々と柵があるんだな……
「とにかく、その依頼は引き受けるよ」
「本当にいいの?」
「?」
相変わらずの無表情でメルトリーゼ様が聞いてくるが、確認だけでなく“断らないのか?”と言われているように感じる。俺の意思は最初から変わっていないし、俺への依頼に強く賛成していたと言う彼女にとっては、その方が都合がいいと思うのだが……
「私たちには都合がいい。でも、貴方にとっては危険が増える。ここまでの情報を聞いてから断っても、樹海に行くことそのものをやめると言う選択肢もある。そうしたとしても、私達は貴方を咎めない」
これは、心配してくれているのかな?
「少なくとも、神様の依頼を断るのが怖いから受けよう、とは思ってないよ。俺が嫌だと言えば認めてくれるだろうとも思ってる。でも、断るつもりはない。神々にはこの世界に転生させてもらった恩もあるし、少しでも力になれれば俺としても嬉しい」
「……協力に感謝する」
「!!」
感謝の言葉が聞こえたとほぼ同時に、彼女の体から闇が溢れた。それは声を上げる間もなく俺の体、首から下を包み込む。嫌な気配は感じないものの、突然のことに身構えてしまう。そこへ飛んできたのはクフォの声。
「大丈夫だよ竜馬君! それ加護を与えてるだけで無害だから!」
「あ、ああ、加護か」
こんな加護の貰い方したことなかった……というか、これまでは気づいたら貰っていたから分からなかった。
「ありがたいけど、なんで突然俺に加護を?」
「人間は依頼に前金や報酬を支払うもの。死と眠りの神である私の加護があれば、若干ではあるけれど闇魔法や呪い、瘴気に対する耐性を得られる。魔王の呪いを抑える一助にもなり、件の魔獣と戦うときにもあって損はない。だからこれは前金代わり。成功報酬は別途用意する」
それは本当にありがたい。仕事がやりやすくなるだけでなく、呪いも抑えられるなんて、これが報酬全部でもいいくらいだ。依頼1回で神様の加護が貰えるなんて、気前が良すぎるのではないだろうか?
「そこまで強力なものではない。気休め程度。油断は禁物」
「人間は我々の加護をありがたがるが、我々にとっては大したものではない。遠慮なく受け取っておけばいいだろう。それから成功報酬は私が用意する。問題が起きているのは私が管理する聖地だからな。希望があれば聞くが、どうする?」
「希望……特に思い浮かばないので、フェルノベリア様にお任せします」
「答えを急ぐ必要はないが、わかった。こちらで見繕っておくとしよう。これで最低限の話はできたか?」
「そうじゃな。しかし、まだそれなりに時間はあるので、もう少し呪いや魔獣について詳しい話をしておこう」
こうして俺は滞在できる時間ギリギリまで神々と話し合い、神界を後にした。……光に包まれながら見えた神々の雰囲気は、来たときよりもだいぶ穏やかになっていた気がする。その理由が、俺が依頼を受けたことで少しでも安心できたというなら、それだけでも受けてよかった。




