治療計画
本日、5話同時投稿。
この話は2話目です。
「起きた」
誰だろう……誰かがいる。女の子? 見たことがあるような、ないような……
「起きたというか、起こしたのじゃろう。しかし、まだはっきりとは目覚めてはいないようじゃな」
ガイン……そうだ、治療を受けたはず。どれだけ時間が経ったのだろう……
「む、気分は悪くないかの?」
「ああ……終わったのか……?」
頭がぼんやりとしているが、体調が悪いわけではない。体を起こしてみると、ガインだけではなくクフォとルルティア、さらに先程まではいなかったテクンとフェルノベリア様、までいた。
「テクン、何でここに?」
「ガインが余裕を持って処置できるように、呼ばれたんだよ」
「滞在時間が延びれば、それだけ丁寧に処置できるからな」
ああ! そうか、ここにいられる時間には制限があったんだ。
「なるほど、ありがとう」
「気にすんなや、ほれ飲め」
そう言ってテクンは酒の入った器を渡してくる。テクンに会うと、毎回、とりあえず酒が出てくるんだよな……
「飲めって、今か?」
「いいからグッといけ」
とりあえず一口飲むと、アルコールとはまた違う、何か体が熱くなる様な感覚がした。
「……何これ?」
「薬酒だ、気付けと精神安定の効果がある。今のお前にゃぴったりの酒だろ?」
「ああ、確かに目は覚めた気がする」
薬酒というからにはお酒なのだろうけど、アルコールは全くと言っていいほど感じない。それに酔っ払うというよりも、ミントのような爽快感で、寝ぼけた頭がスッキリした。
そして、ここでようやく気づく。
「そうだ、今見覚えのない女神様が―― 」
「ここにいる」
「っ!?」
いつの間にか、背後に少女の姿をした金髪碧眼の女神様が立っていた。服装が所謂ゴスロリ系に近くて表情が読みにくいので、失礼かもしれないがビスクドールのようにも見えてしまう。彼女は……マノアイロア様とメルトリーゼ様のどちらだろう?
「初―― 」
「話は聞いている。竹林竜馬、今回の転移者」
「―― はい、その通りです」
「私は死と眠りの女神、メルトリーゼ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「では状況の説明を」
「ちょっと待て。お前ら初対面だろ」
「ろくな挨拶もなしに、いきなり話を進めすぎだって」
「彼の情報は既に聞いている。彼が滞在できる時間は短い。話すべきことがあるのだから、そちらを優先すべき」
いきなり本題に入ろうとしたメルトリーゼ様を、見かねたテクンとクフォが止めた。最初の一言二言は口に出していたが、そのまま3柱は黙り込む。おそらく神々独自の方法で何かを言い合っているのだろう。声は聞こえないけれど、その様子を見ていると、なんとなく彼女の性格が分かった気がする。
前世の部下にも言葉が率直すぎたり、言葉が足りなかったりで、“礼儀のなっていない失礼な奴だ”と思われていた子がいたし、俺もなるべく気をつけてはいるけどそういうところはある。
……前世の強面でそれをやると、年上には生意気、年下には威圧的と受け取られやすいので苦労した。勝手な印象だけど、メルトリーゼ様もそれに近い感じなのではないだろうか?
「私は貴方ほど気にしない。より正確には気にする相手がいない。でも貴方の認識は概ね正しい」
あ、口に出してないけど聞こえてた。
「構わない。気分を害したわけではないから。理解が早いのはいいこと。私のことはメルトリーゼでいい。口調も」
「失礼でなければよかった」
「それより話を進める」
「では、まずは竜馬君にかかった呪いについて、儂から話そう。結論から言うと、呪いはまだ解けていない」
ガインは苦いものを口にしたような顔をしている。しかし、深刻な状況といった感じではない。黙って続きを待つ。
「厄介なことに、魔法石に宿っていた魔王の欠片のさらに一部が、呪いを介して竜馬君の魂に逃げ込んでおってな……寄生虫と考えれば分かりやすかろう。実際、意思は希薄すぎてないも同然。消滅を免れたいという本能で動いた結果、そうなったようじゃ。
呪いと欠片を取り除く事は今すぐにでも可能ではあるが、強行すると君の魂に負担がかかってしまう。そのため、今回は呪いを完全に取り除かずに一部除去。加えて残った呪いを抑える処置を行った。
今後も同じ処置を、負担軽減のために一定期間を空けながら繰り返せば、問題なく呪いも欠片も取り除ける。少し手間をかけてしまうが、しばらく定期的にこちらに通ってもらいたい。期間と頻度は状況次第で延長も短縮も考えられるが……およそ1年間、毎月1回で12回を目安にと考えている」
「病院に通院するのと同じでいいのかな? であれば問題ない、というか手間をかけてしまうのはこちらだと思うから、今後ともよろしくお願いします」
「いまのところ、竜馬君の体に影響が出るようなことはなさそうじゃが……完全に呪いが解けるまでには、いくつか注意してほしいことがある」
病気の治療も、症状や薬によっては生活に制限がかかるものだし、医師の指示に従うものだ。そのくらいはあって当然だろう。
「竜馬君にかけられている呪いは、便宜上“孤立の呪い”と呼ぼうか。効果は“人間関係の悪化”じゃ」
「それは、ちょっと厄介だな」
「うむ。この呪いは“相手が君に持っている悪感情を刺激して、増幅する”というもので、本来であれば気にならないような些細なことを、我慢できないほどに感じさせ、思考を誘導する。その結果として他人との関係が悪化、周囲から孤立するというわけじゃな」
「……ん? 確認だけど、その呪いはもう俺にかけられているんだよな? ギムルの教会までラインバッハ様達と一緒に帰ってくるまでの道中、そんな素振りはまったくなかったけど。精々ドラゴンに威嚇されたくらいで」
「それは竜馬君と彼らの間に、既に一定の信頼があったからじゃな。何度も言うが、呪いの原因は魔王の“欠片”。使える力も相応に、本来のものと比べて著しく減じている。仮に件の魔王が本来の力で呪いをかけたなら“自分以外の存在に無条件で徹底的に嫌われる”くらいの設定は簡単にできたじゃろう。まぁ、そんな力があればわざわざ個人に呪いをかける必要もないが」
「なら、具体的にどんな相手に呪いがかかるのか、条件を確認させてくれないか?」
「儂が処置をして抑えた分も加味すると――」
ガインが挙げた条件は、以下の4点。
・対象は人類限定。
つまり魔獣は対象外であり、従魔も影響は受けない。ラインバッハ様のドラゴンに威嚇されたのは単に見慣れない人間だったからか、あるいは呪いの魔力を感じ取って警戒されたのだろう、とのこと。
・相手が自分に対して、何かしらの悪感情を持っていること。
呪いの効果は“悪感情の増幅”が主なので、元となる悪感情がなければ、そもそも呪いの影響を受けることはない。数字の0に何をかけても0になるのと同じイメージ。
・悪感情を上回る好感を持っていないこと。
俺に対する好感度が高ければ高いほど、信用されていればされているほど、呪いは効きづらくなる。ラインバッハ様達に呪いの効果がなかった理由。
・相手に“直接”、“認識”されていること。
呪いの核というべきものが俺の中にあるため、俺が声をかける、姿を見せる、触れるなどして相手の五感に働きかけた場合にのみ効果が発揮される。伝言や手紙など、間接的な方法であれば影響を及ぼすことはない。
……この話を聞いて、俺は思った。
「この呪い、思ったほど大したことないのでは?」
「そう、かのぅ? 竜馬君には辛いのではないかと思ったんじゃが」
確かに呪いの効果が人間関係の悪化だって言われた時には、ちょっと不安になった。でも無条件にこれまで仲良くなった人との関係が悪くなるわけではないみたいだし、引きこもって人と会わなければ、呪いの意味がなくなるのでは?
それに今は若返ったけど、前世ではオタクで40間近のオッサン、未婚、子供なし。幸いにして無職は回避できたけど、偏見の目で見られやすくなるマイナス要素が積み重なっていた。実際に変な疑いをかけられることも多かったし、本来の俺の社会的信用なんて吹けば飛ぶようなもの。
お店の経営はもう任せられる人に任せて、そのための権限も委譲してある。大樹海に行くためにも都合がよかったし、時々手紙とかで連絡ができれば問題はないだろう。
貯蓄についても不安はなく、1年くらいは余裕で生きていける。前世のように心身を削ってまで働かなくてもいい。仮にお金がなかったとしても、今なら生きていける自信がある。お金の心配がないだけで“心の余裕”が段違いだから、それほど深刻に思えないのかもしれない。
「勉強や実験したいことも増えているから、そっちに時間を使っていれば1年くらいは苦にならないんじゃないかな?」
考えながら、そう結論づけると、神々はそれぞれ納得した様子を見せた。ただ1柱、メルトリーゼ様には、なにか観察されているように感じる。……表情が全くの“無”なので、興味がないだけかもしれない。
「竜馬君には、何もなくても3年間も森に引きこもっていた実績があるからね」
「そう考えると謎の信頼感があるな……悩まないなら、その方がいいけどよ」
「一応、私達より上位の神が、最後の力をふり絞って残した呪いのはずなんだけどね……」
「事を起こす前に発見され、我々の下に持ち込まれたことも含めて、あの魔王は運が悪かったとしか言えんな」
そんな神々の声が聞こえるが、おそらく似たようなことをガインも考えているのだろう。少し和らいだ雰囲気で、話を続けた。
「引きこもるのであれば、今から余裕をもって半年の間に、もう半年間の為の準備をしておくことを勧めるぞ。解呪は君の魂の内側に食い込んでいる欠片を、少しずつ外に引きずり出していくような作業になる。必要なこととはいえ、処置が進むにつれて呪いが表に出やすく、影響も強くなってしまう」
「逆に言えば、今はまだ呪いの影響も弱い、と」
「その通り。本当に人との接触を断つべきなのは、最後の数か月じゃ。どうしても人前に出る必要があるならば、一時的に魔法で緩和することも可能ではある。もし思い悩むようなら、このあたりを重点的に説明しようと思っていたが……不要だったようじゃな」
ここで、呪いに関する話は一旦終わりのようだ。ガインが視線をフェルノベリア様に向けると、2柱の位置が瞬時に入れ替わる。そして目の前に出てきた彼は、静かに口を開いた。
「私からは、お前に渡すべき物……違うな、返すべき物がある」
何かと思えば、俺が発掘した魔宝石が空中から出てきた。
「返すべき物って、ソレですか?」
「その通りだ」
「魔王の欠片を返されても困るんですが……」
「心配無用、宿っていた魔王の力は抜き取って消滅させておいた。今となってはただの魔宝石でしかない。発見し、採掘したお前にはこれを受け取る正当な権利がある。使い方を決めるのも自由。だが、売ると騒ぎになるだろうから、それは勧めない。杖にでもして使うのが無難だろう。迷惑料代わりにとっておくといい」
そういうことなら、持っていて損になるようなものではないだろうし、素直に受け取ってアイテムボックスにしまっておく。
すると、いつの間にか隣にいたテクンが、俺の肩に手を回してきた。
「そういや竜馬、魔法の杖は持ってなかったよな?」
「持ってない。一本ぐらい持っておこうかなと、興味が出ていたところだけど」
レミリーさんと出会って伝統の杖の作り方も聞いたから、時間があれば……という程度のふわっとした興味だけど、あるにはある。
「じゃあちょうどいいじゃねぇか! 今の魔宝石を使えばいい。杖本体の素材は、前にエルダートレントの変種の枝を手に入れてなかったか?」
「言われてみれば、確かにある。アイテムボックスの中で、置きっぱなしになってるはず」
そう答えると、テクンは露骨に不満そうな表情になった。
「もったいねぇなぁ! 素材は加工してこそ意味があるんだぜ? そういやお前、木工も多少はできたよな? この際だから自分で作ってみろよ。品質の良い物を作るには木工の技術に加えて材料の選び方や魔力感知、押さえるべきポイントはあるが……なんならこれから治療に来る時に、少しずつ俺が教えてもいいぜ?」
「え、そんなことしていいのか?」
「基本くらいなら別に構わねぇよ。技術は先達から後進へ伝えられ、積み重ねられていくもの。それを見守って、時に後押しするのが職人と技術の神である俺の仕事。今じゃほとんどやらないが、昔はそれなりにやっていたことだ。遠慮する必要はないぞ」
テクンはまた酒を呷りながら、大したことがないと言うように笑う。実際にそう思っているのだろうけれど、軽い調子で技術の神から直接技術指導を受けられるなんて、相当な幸運。いや、幸運という言葉では表現しきれない。せっかくの申し出だし、ありがたくお願いをしよう。
「だったらお言葉に甘えて、樹海から帰ってきたらお願いしたいな」
「あ……」
「え?」
いきなりテクンの笑い声が止まる。そして何かを思い出したように、他の神々へ目配せを始めた。他の神々も、メルトリーゼ様以外はどこか気まずそうだ。俺は何か変なことを言っただろうか?
「……時間の無駄」
何かを話そうと悩んでいる様子の神々に痺れを切らしたようで、メルトリーゼ様がポツリと呟いて俺の前へ。彼女の口から出てきたのは――
「竹林竜馬。貴方に協力を依頼する」
非常にシンプルかつ、詳細のわからない一言だった。




