呪いの正体
本日、5話同時投稿。
この話は1話目です。
「本当に速かったなぁ……」
時折休憩も入れつつ、街を避けて飛ぶこと約半日。俺達を乗せたドラゴンは、ギムルの街の北側、街から少し離れた場所に降り立った。遠目に見える街の門が帰ってきたことを実感させてくれる反面、改めてドラゴンの機動力の凄さを感じる。
俺が徒歩でテレッサまでたどり着くまでには、一月ほどかかったはず。ランク上げの依頼をしつつの旅だったことを加味したとしても、俺一人ならこんなに早く戻ってこれる距離ではない。
飛行機に乗った経験は何度もあるけど、それに匹敵する大きさと速度で飛べる“生物“が存在していることが驚きだ。移動や輸送に魔獣が利用されていることにも納得だし、快適さと安心感はドラゴンの方が勝るかもしれない。
あとは……そんな圧倒的な存在であるドラゴンは現在、別れを惜しむようにラインバッハ様の胸元に頭をこすり付けている。危険性を忘れてはいけないけれど、こうして見るとなかなか可愛い。
「助かった、ゆっくり休んでおくれ」
ラインバッハ様の言葉から一拍おいて、ドラゴンの姿が幻のようにその場から消えた。そういえば、あれは召喚術なのだろうか? 少なくとも俺は、従魔術で従魔の召喚ができるとは聞いていないし、見たこともない。
以前、奥様も大きな狼型の従魔を召喚していたし……でも召喚術は従魔術のように意思の疎通もできないらしい。飛行中や先ほどの2人?の様子から、意思の疎通ができていないとは思えないし、スライム魔法のような抜け道的な技があるのかもしれない。だとしたら一体どうやっているのか……
「さて、街に向かうとしよう」
「馬車の用意ができております」
そうだった。まだ日も高いし、飛ぼうと思えばもっと先まで飛べたのに、わざわざここで降りたのは呪いの確認、呪われていた場合は解呪をできるだけ早く行うため。もたもたしていたら、それだけ遅くなってしまう。
セバスさんが用意した馬車に皆で乗り込むと、馬車は滑らかに発進した。ギムルの街の門までなら、10分もあれば着くだろう。
「ラインバッハ様、送って頂きありがとうございます。おかげさまでこんなに早く帰ってこれました」
「リョウマ君には何かと世話になりっぱなしじゃから、遠慮はいらんよ。それよりも、行き先はギムルの教会で本当に大丈夫なんじゃな?」
「はい、おそらくそれが一番確実かつ、信頼できると思います」
ギムルに帰ってきてやるべきことは色々あるけど、取り急ぎ必要なのは呪いの確認、呪われている場合は解呪だ。また、それらを依頼する相手として提案されたのは、呪術師、祓魔師、教会の聖職者。普通ならこの3択になるのだけれど、俺には第4の選択肢がある。
「それはそうだろう……まさか“神々から神託を受けよう”などと、普通は考えんぞ」
「神の子だからこそなせる技よね……何度も言うけど、絶対にいいふらさないこと。特に教会の上層部に知られると、絶対面倒なことになるからね」
「面倒なことにはなりたくないので、気を付けます」
やがて、馬車が街の門に到着すると、北門にはその場で最も高い地位にいる警備隊員が応対に出てきていた。こちらから街が見えたのだから当然のように、北門からも ドラゴンの姿が見えていたようだ。
尤も、馬車についた家紋とセバスさん、ラインバッハ様、おまけに俺も顔パス状態。そのため門での確認は一言二言で終了。わざわざ彼が出てきた意味があったのかは疑問だった。ちょっと申し訳ない気分になるけれど、彼もお仕事だからしょうがないということで……
一応教会に行くのだから、今のうちにできるだけ身なりを整えておこう。体をクリーナースライムで綺麗にして、鎧と武器はディメンションホームの中にしまっておく。武装していてはダメというルールはないはずだけど、気分的なものだ。
「リョウマちゃん、そのスライム私にも貸してくれない?」
「もちろんです!」
■ ■ ■
そんなこんなで、教会に到着。門の前には修道女のベルさんが立っていた。彼女は公爵家の馬車に驚き、ラインバッハ様達に恭しく頭を下げるが、今日は“無事に1つの旅を終えられたので、神々への感謝をするために立ち寄った”ということにして、すぐに礼拝堂に通してもらった。実際、嘘ではない。
礼拝堂の中には先客が数人いたので、邪魔をしないよう静かに入室。隅の方の椅子に座って祈れば、お馴染みの光に包まれて神界へと意識が飛ばされる。
「ん?」
光が止むと目の前には慣れ親しんだ真っ白な空間。そしてガイン、クフォ、ルルティアの姿があった。最近は他の神々もいたので、3柱だけというのは少し珍しく感じる。しかし……それ以上に今日の彼らは変だった。
いつもは穏やかな笑顔で俺を迎えてくれるのに、表情は訝しげだったり、困惑した様子だったり。それ以外にも、なんだか固くて重苦しい雰囲気が広がっている。俺が何かやらかしたのかもしれないが、向こうも何も話しかけてこない。というか、話そうとしても言葉が出ないという感じだ。
状況がよくわからないけど、意を決して口を開く。
「どうした? 何かあった?」
「何かあったというか、今まさに起きているというか」
「竜馬君、何か変な事してない? 妙な気配がするんだけど」
「多分、俺が話したい事がそれかも」
「ならば、まずは竜馬君の話から聞こう」
ガインが話を促したので、亡霊の街で起きた出来事を説明し、証拠としてアイテムボックスから魔宝石を内包する岩塊を取り出す。すると話を聞いている間ずっと考えを巡らせていた彼らは、一層表情を険しくした。
「竜馬君、それをこちらに渡すのじゃ」
今まで聞いた事のない、ガインの重い声色と命令口調。驚きつつも素直に差し出すと、岩塊はひとりでに浮いてガインの手元におさまった。かと思えばガインはそのまま俺から距離を取り、クフォとルルティアも加わって魔宝石を取り囲む。
「悪いけど、ちょっと待っててね」
ルルティアはやわらかい声色でそう言ってくれるが、あまり俺の方に構っている余裕はなさそうだ。邪魔にならないよう、何も聞かずにただその場で静かにしている事しかできない。
……神々のこの反応、やっぱりヤバい代物だったんだろうか……と、ちょっと不安になる。
しばらく彼らを眺めていると、魔宝石を覆う岩のコーティングが崩れた。露出した魔宝石を見てさらに表情を険しくし、もはや敵を睨むような顔になっている。
それから手のひらを魔宝石にかざしたかと思えば、生まれた3つの光が魔宝石を包み始め、やがて大きな光の玉に変わる。この時点でようやく彼らの雰囲気が和らいだので、何か大変な作業が一段落したのだろう。
そして、その予想は正しかったようだ。彼らはいくつか言葉を交わし、クフォとルルティアは光の玉と共にその場から消えてしまった。
「待たせてすまん」
1人残ったガインが俺に向き直って、険しい顔から一転困った顔になる。
「色々と聞きたいこともあるだろうし、こちらも説明しなければならないことが色々とあるんじゃが……まず言うべきは、竜馬君、お手柄じゃ。よくあれを我々の下に持ってきてくれた」
「役に立ったならよかった。けど、そう言うってことは、あれはただ呪われた魔宝石ってだけじゃないんだよな?」
神々のあの反応と今のガインの言葉からして、よっぽど厄介な代物だったのだろう。少なくとも俺は話を聞こうとしただけで、礼を言われる事になるとは思っていなかった。自分がそんな危険物を持っていた事に、今更ながら冷や汗が流れる。
「うむ、その通り。あれは一言で言うならば、神じゃ」
……反応することもできず、数秒硬直してしまった。
「ごめん、聞き間違いかな? 神、って言った?」
「言った。念のために言っておくが紙でも髪でもない。我々と同じ、神じゃ」
「聞き間違いじゃなかった……なんで神様が魔宝石になって、しかもあんな場所に埋まってるの?」
思わず口から、疑問の言葉が出てしまった。
「それを説明すると少し長くなるが――」
ガインからの説明をまとめると、まず俺が持ってきた魔宝石には、かつてこの世界を襲った“魔王”が宿っていたことが判明。
神と魔王は本来同じ存在であり、神々のルールを破って他の神の世界を破壊、もしくは奪おうとした神の事を区別して、魔神とか魔王と呼ぶのだそうだ。人間で言えば、罪を犯した者が犯罪者と呼ばれるのと同じらしい。
そして件の魔王だが……元々はこの世界よりはるかに文明の発展した世界を管理していた神だったが、発展し過ぎた世界の技術を人々が戦争に使った結果、世界そのものが取り返しのつかない程に大きな被害を受けてしまった。
神と世界は対となる存在だそうで、管理する世界を失った神は、新しい世界がなければ次第に存在を維持できなくなり消滅してしまうらしい。普通なら消滅を回避するために、自分の力を削って新しい世界を生み出すのだが、それは神の力の大半を捨てることに等しい行為。それしか方法がない場合の最終手段だとのこと。
それでも世界を発展させていけばやがて力は戻るので、大多数の神は必要になれば我慢して世界を生み出す。しかし、稀に件の魔王の様に、それを嫌って他の神の世界を奪うという手に出る神がいるのだそうだ。
「事情は分かったけど、この世界に来るときに魔王は過去の存在で、今はいないと言ってなかったか? こっちの世界に来る時にそんな話を聞いた気がするんだが」
「うむ、魔王そのものはいない。あれはタチの悪い置き土産じゃよ。おそらく我々が打ち倒す前に、自身の力と意思の一部にあえて封印を施すことで我々から隠し、あの場所に落としていたのじゃろう。魔王の“欠片”、もしくは“残滓”と呼ぶ方が正確じゃな。
流石に魔王が復活するほど力をため込めば隠しきれず、復活前に我々が気づくと思うが……仮に竜馬君があの魔宝石を見つけていなければ、今後もあの場所で魔力を溜め込み続け、数万年後には何らかの強力な魔獣が生まれる可能性が高い。そうなれば世界の環境、ひいては世界の魔力にも悪影響を及ぼす結果になるので、本当に助かった」
数万年後というのは気が長すぎてピンとこないが、とにかく放置していい物ではないことは分かった。
「あの魔宝石と一緒に発掘された魔石を持ってる人達もいるんだけど、そっちは大丈夫なのか?」
「それは大丈夫じゃ。先程調べたが、彼らが持っている魔石はただの魔石。魔王の欠片が力を溜め込むために集めた魔力が固まっただけで、何も問題はない。問題があるのは竜馬君の方じゃろう」
「……やっぱり何かあるのか」
「欠片でも魔王の力と意思が宿っている魔宝石じゃからな……懸念の通り、発見した時に竜馬君は呪いを受けておる。他の4人の分までな」
「そのわりに、何も異変は感じないんだけど」
魔宝石を見つけた直後は悪寒、それから若干の思考の乱れはあったけれど、それから今までは何もなかった。呪いも実はちゃんと解けているのではないか? とも思っていたくらいだ。
「呪い、神様のだから祟りかな……どっちにしても、どうすれば解呪できる?」
「心配無用。厄介ではあるが、同じ神の力でなら取り除ける。本来であれば我々が対処し、未然に防がねばならなかったこと。儂が責任を持って処置をしよう。まぁ、まずは一服飲んで落ち着きなさい」
言葉と一緒に、どこからともなくちゃぶ台とお茶が出てきたので、ありがたくいただく。少し心配にはなったけど、ガイン達が協力してくれるなら大丈夫か。
「相変わらず、理解と納得が早いのぅ」
「神の力を人間がどうこうできるとも思えないし、呪われている実感がないからかな? 明確な症状があればまた違ったかもしれないけど」
「そんなものか……それにしても、お主はやたらと運が悪いのぅ……儂の加護と力で運はそこそこ良くしたつもりだったんじゃが」
「この世界に来てから、運は悪くないと思うけど」
「普通の人間は、隠されておる魔王の欠片を見つけたり、呪われたりはせんよ。これ以上の不運は中々ないじゃろうて」
俺の言葉はバッサリと切り捨てられてしまったが、それがおかしくて笑ってしまった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「気を楽にしておいてくれ」
お茶を飲み終えたら、ガインの処置を受ける。ガインが出した診察台の上で横になり、言われた通りに力を抜いた。すると段々と思考に霧がかかったように、意識が遠くなっていく……




