大騒ぎ
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
金切り声の発生源は中央の塔付近。距離もあるし周囲が薄暗くなりつつあるけれど、発生源ではアンデッドが逃げ惑い、空白地帯が生まれていたのですぐに分かった。
そこにはほとんどボロ雑巾のような服を着ている大多数とは違い、古くはあるが立派な装備に身を包んだアンデッドの小集団がいる。おそらく十数体、二十はいない。そんな彼らはほとんど一方的に、他のアンデッドを手に持った金棒や鞭で追い立てていた。
「あれが例の“看守”ですか」
「ああ、かつての職員の成れの果てだ」
彼らは全体からすれば極少数だけれど、生前の立場や性格が今も影響しているらしく、囚人に対して攻撃的かつ、いたぶる様に執拗な攻撃を加えている。囚人側のアンデッドも抵抗の意思は見せているものの、生前の影響か全体的に逃げ腰だ。
圧倒的に数が多いのに、一方的に打ち据えられて押し負けているのは、装備の差や生前の立場もあるのだろうけれど……
「看守達は他のアンデッドより、動きが滑らかですね」
「中身はグールとかスケルトンウォリアーだと思うわ」
グールはゾンビの、スケルトンウォリアーはスケルトンの上位種。グールはゾンビよりも体が人間の死体に近くなり運動能力が向上しているし、スケルトンウォリアーも体の動きが人間に近くて武器を扱うので、危険度もより高くなる。
さらに彼らは他のアンデッドと違い、体に黒いもやがまとわりついているように見えた。まだ距離があるのに忌避感が強いというか、他のアンデッドよりも嫌な感じがする。あれが話に聞いた、視認できるほどに凝集した瘴気なのだろう。
その予想を肯定するように、上位種だと教えてくれたレミリーさんの横顔は暗い。
「そんなに厄介ですか?」
「厄介というか、面倒臭いのよねぇ……瘴気自体が毒みたいなものだから、あまり近づくと危ないし、光魔法も相殺されて効力が落ちるから余計に労力がかかるんだもの。戦闘能力に関しては、普通の上位種とさほど変わらないわ。多少は凶暴性が増すけど、それでも動きは人間以下から人間並みになっただけだから、私達にとっては誤差よ」
「ほぼ確実に“いる”と分かっていたことだ。やるべきことが変わるわけでもない。さっさと倒してしまうに限る」
あの看守達が現れてから他のアンデッドも浮足立ってしまって、とても食事で安らげる雰囲気ではない。彼らがいる限り、これまでのような魔法の効果は期待できないだろう。シーバーさんのおっしゃる通り、さっさと倒してしまった方がよさそうだ。
と、思った直後に新たな疑問が1つ。俺の魔法は、あの看守にも効くのだろうか?
「一度試してみますね」
断りを入れて器に食材を追加。新たな燃料を得て燃え盛り、じりじりと肌に伝わる炎の熱さに負けず祈りを込めて、スモークスライムに煙を届けてもらう。あまり近づきたくなさそうな気配も感じたので、無理はせず、できるだけ近くまで。
拡散していた煙が一方向に収束し、集まっていた囚人達の間をすり抜け、階段を流れ落ちていく。その光景は川の流れのようで、アンデッド達の足元が見えなくなる。そして、煙の先端が看守達の所に届くと、その反応は顕著だが、
「反応はしますが、効果はなさそうですね。怒らせただけみたいです」
先ほど聞こえたものに近い金切り声と共に、彼らの矛先がこちらに向いたことを感じる。先ほどまで執着していた囚人達を無視して、人込みの中を掻き分けてくるが、だからといって渋滞がなくなるわけではない。若干の抵抗も受けているみたいだし、ここに到達するまでにはまだ時間がかかりそう。
「この魔法はどんなアンデッドにも効く、というわけではなさそうじゃな」
「そうですね……効果がないのは“死因の違い”、あるいは“個体の攻撃性”でしょうか。この魔法はあくまでも供養であって、押し付けるというのはイメージに合わない気がしますから、受け入れは自発的に行っていただかないとダメなのかも……」
「殺意や嗜虐心を満たすことに囚われたアンデッドには、効果が薄い可能性がありますな」
少なくとも、囚人のアンデッドと同じようにはいかないようだ。失敗と言えば失敗だけど、データとしてはいいデータが取れた。
では、この結果をふまえて、目的を少し変えたらどうなるのか? 戦う相手に合わせて戦い方を変えるのは当然のこと。飢えと渇きに苦しむアンデッドに合わせて施餓鬼の魔法が作れたのなら、看守達に合わせた魔法も、概念があれば作れるはず。
「供養の時のように、飢えや渇きに訴えかけても効果がないなら、それはやめて……鎮めるとか、身に纏っている瘴気を落とす、毒のようなものなら消毒……これならいけそう」
煙には殺菌や防腐の効果を持つ成分が含まれている。食材を煙でいぶして作られる燻製は、その効果を利用して保存性を高めたものだ。殺菌や殺虫のための燻煙剤も多い。そうでなくとも吸えば煙たいし、目に入ればしみる。
また、煙と同様に可燃物が燃えたことによって出る灰は“肉を焼いた後の灰から石鹸が生まれた”という話があるように、消毒や殺菌、汚れを落とす効果もある。燃やす、熱するという行為も消毒や殺菌の方法の1つだし、火が燃えれば光も生まれるのは言うまでもないことだ。
今度は火と煙の持つ殺虫、殺菌、消毒効果を念頭に置く。イメージは“供養”よりも“お祓い”。願うのは彼らを瘴気から解放すること、ついでにアンデッドの弱体化。囚人達に使って反応の良かった酒粕を追加して、祓いたまえ、清めたまえ、と祈りを捧げる。
すると、また精霊棚越しに金切り声が、今度は悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「……効果が出たな。もはや驚かん」
「いけそう、って呟いていたからやるかなとは思ったけど……今度は瘴気を消す魔法かしら」
「煙で虫を追い払うとか、灰で汚れを落とすイメージでやってみました。具体的にどんな変化が出ていますか?」
「とりあえず瘴気が少しずつ薄くなっているわね。このまま燻し続ければ、近づいても問題なくなりそうよ。煙が目に入って鬱陶しいって感じで、動きも多少は鈍ってはいるみたい。看守だけじゃなくて、周囲のアンデッドにも影響が出ているけど」
煙を媒介にしているから広範囲に影響を及ぼせる半面、アンデッドには無差別に効果が出るのだろう。巻き添えにしたのは申し訳ないが、少し我慢してほしい。
「なんにせよ戦いやすくなった。これなら私だけで十分だ。拠点の手前で迎え打つので、リョウマはそのまま続けてくれ」
「了解です。戦闘の邪魔にならないように、その辺の煙は避けておきますね」
首肯したシーバーさんが前へ出ると、ちょうど看守達がすぐそこまで近づいてきていたようで、すぐに戦闘が始まる。
「キシャアマァアァ!!!」
「フンッ!」
金棒を振り上げて前に出た先頭のグールを、横一線に振りぬかれたハルバードが軽々とはじき返した。
「グルルル!!」
「キヒィ!!」
「コロ、コロス……」
「貴公らの相手は私だ。思う存分にかかってくるがいい」
他の仲間まで巻き込んで、集団の進行が止まったところで、シーバーさんが一声かける。その体から放出される魔力は、これまでのどの戦闘よりも強く感じた。
「カ――」
一歩、集団から前へ出たスケルトンウォリアーの頭部が消し飛ぶ。身に着けていた兜を斧の刃が叩き割り、その中の頭蓋骨まで消し飛ばした。次の瞬間、斧の刃と入れ替わるように振り上げられた石突が胴体を弾き飛ばし、流れるように斧の刃が薙ぎ払われる。
シーバーさんがハルバードを一振りするたびに、アンデッドの体のどこかが吹き飛んで、さらに暴風によって粉微塵に変えられる。いかにアンデッドとはいえ、徹底的に切り刻まれ、すり潰されてしまえば再生は不可能。
一見荒々しく見えるが、実際には違う。暴風の起点となるハルバードの扱いは巧みで繊細。また、暴風は後ろの俺達だけでなく周囲のアンデッドも巻き込まず、敵意を向けてくる看守のアンデッドのみを絡め捕る。
「あらまぁ、随分と張り切っちゃって。途中で力尽きなければいいのだけど」
「聞こえているぞ! 自分の余力を見誤るほど、衰えてはいない!」
そう叫びながらも、シーバーさんの動きはとどまるところを知らず。まったく危なげのない戦況のまま、看守達は最後の1体となる。
「ハンギャク、者、チョウ、チョウば、ツゥ」
「貴公で最後だ。安らかに眠れ」
「――」
最後に残ったアンデッドは武器を構えていたが、おびえたように動くことなく、うわ言のような言葉を呟いていたところを切り倒された。途端に周囲の囚人アンデッド達が、ワッと騒ぎ始める。
それはまるでアクション映画で悪役が倒された時に、観客が歓声を上げて賞賛するような。嫌味な奴が痛い目を見て、ざまぁ見ろ、スカッとしたと笑うような。そんなしぐさがアンデッド達の間に広がっていく。
「お疲れさまでした。お水、飲みますか?」
「大丈夫だ、今日は当初の予定よりも大幅に戦わずに済んでいるから、体力も魔力も十分に残っている。それよりも供養を続けてくれ。……できれば、あの看守も神々の御許に行けるように」
「わかりました」
お祓いから供養へ、イメージを切り替えてさらに火を焚く。それに伴い、看守達から逃げていたアンデッド達が、再び煙を浴びようと戻ってくる。
……看守達が消えたことによる興奮、あるいは解放感のようなものがあるのだろうか? 暴れる様子はないものの、先ほどよりも動きが激しくてさわがしい。アンデッドを見てこう言うと変かもしれないが、活力を感じる。
「……なんだか、踊っているみたいね」
「え?」
「ほら、そこのスケルトンとか、そっちのゾンビとか。空のレイスも積極的に煙に飛び込んでいるのと、そうでないのがいるでしょう? 動きに統一性があるわけじゃないし、ただふらついているだけかもしれないけど」
「座る者や寝転ぶ者もいるから、宴のようにも見えるのぅ」
地面付近を流れる煙を浴びるために、座ったり寝転んだりしている個体は、そのまま飲み食いをしている、あるいは酔いつぶれて寝る人。立ってせわしなく動き回る個体は、集団の中で踊るお調子者。言われてみれば、確かに宴会をしているようにも見える。
供養のための儀式を考えているが、この魔法はそもそも思い付きでやっているものだ。ちゃんとした宗教儀式でもなければ、崇高なものでも格式高いものでもない。厳かな雰囲気の儀式より、居酒屋でワイワイ宴会をしている方がイメージしやすいな。
「それなら、何か音楽があるといいかもしれませんね」
アイテムボックスからギターを取り出し、問題がないことを確認。こちらの宴会でどんな曲が好まれるかは分からなかったので、以前習った曲を軽く弾いて調子を確かめる。
「おや、それはセムロイド一座の曲ですな」
「はい、以前ギムルの街の創立祭で知り合いまして、その時に少し教えていただきました」
あのお祭りの活気の中で弾かれていた曲なら、宴会の場にそぐわないことはないはず。祭囃子を聞くと、思わず心が惹かれるように。音楽で場を盛り上げ、さらに広がる音色で遠くのアンデッドを誘う。
「皆さん、グレイブスライムの防衛線がもう少し薄くなっても大丈夫だと思いますか?」
そう聞くと、問題ないとの返答に加えて“とことんやりなさい”と応援もしてくれたので、お言葉に甘えて全てのグレイブスライムに分裂を指示。全体の一割程度をそのまま道の封鎖に残し、残りは死霊誘引を使いながら、それぞれの道に沿って街中に広がってもらう。
「整然と並ぶと、なかなか綺麗に見えるのう」
淡く輝くグレイブスライムの列が、誘導灯のように中央階段を彩る。イルミネーションと呼ぶにはちょっと寂しいけれど、他の道でも同様の列ができているはずなので、遠くから来るアンデッドの目印にはなるだろう。
こちらに来れば楽しいぞ、美味しい食べ物、飲み物もあると呼びかけるように、魔力を込めてギターを弾いていると、こちらも楽しくなってきた。
前世の概念、スライム農法、ファットマ領のお酒、セムロイド一座の曲……これまでの生活や旅を通して経験したことがうまく嚙み合って、新たな魔法の儀式として1つになる。まだ粗削りで発展途上でも、少しずつ形ができていく。それが面白くて、楽しい。おまけにそれが誰かに喜んでもらえるならば、言うことはない。
そんな満足感を覚えながら、1人、また1人と去っていくアンデッド達を見送る。そのうち空には煌々と輝く月が浮かび、優しい夜が更けていった。




