拠点確保と昼休憩
本日、3話同時投稿。
この話は1話目です。
正午
地形と爆音を利用して集めたアンデッドの対処は、それなりに時間がかかったものの、無事成功。俺達は計画通りに、亡霊の街へと踏み込んだ。
朝からの作戦で門付近のアンデッドを一掃した亡霊の街は、静かで陰鬱な空気が漂う、まさに“ゴーストタウン”。ただし、これはおそらく一時的なもので、夜になれば街の奥からまだまだアンデッドは湧いてくるはず。ここから作戦は第二段階、“拠点の確保”に移行する。
街の構造は塔を中心とした、何重もの円形。長方形の簡素な収容施設が、すり鉢状の土地の一段ごとに並べて建てられているけれど、後付けの建て増しや修復が行われたのだろうか?歪な部分が所々にあるので、虫食いのあるバウムクーヘンのように見えなくもない。
そんな街の各所を繋ぐのは、建物と同じく円を描く細い道と、門から塔まで続く長い中央階段。円を描く収容所は、収容者の逃走を阻む壁の役割もあったようで、段差の高さと合わせると乗り越えることは困難。少なくともゾンビやスケルトンには無理だろう。
そこでまずは中央階段に続く道を、朝からの作戦で増えたグレイブスライムで封鎖。階段から最寄りの建物の内部を確認し、敵がいなければホーリースペースで確保。残っていた場合は排除して建物を確保する。
幸いなことに収容施設は構造がシンプルだったため、封鎖も確認作業も順調に進み、5棟ほど確保できたところで、仕事を任せていたゴブリンから連絡が入った。
「皆さん、もう少しで実験の準備が整うみたいです」
「なら、今日はこの建物で最後にするとしようか。ちょうど昼にもいい時間じゃろう」
「左右3つの6棟目だからキリもいいな。早めに片付けてしまおう」
「いつでもいいわよ」
「ではいきます、『フラッシュグレネード』」
小窓があったのであろう小さな穴に、野球ボールくらいの光の玉を投げ込んで建物の陰に避難。そして魔力感知に集中した、次の瞬間、
「ギャ!」
「ヒィ!!」
建物から短い悲鳴のような音が聞こえたとほぼ同時に、建物から強い光があふれた。建物内部に隠れたアンデッドを一掃するために閃光弾のイメージで作った魔法だが、逃げ足の速かった数匹のレイスが壁を抜けて難を逃れている。
「『ライトボール』」
それを見越して、待ち構えていたレミリーさんが的確に打ち落とす。次にシーバーさんとラインバッハ様が建物に入り、中にアンデッドが残っていないことを確認。最後に再び占拠されないよう、ホーリースペースを使って作業終了。
「お疲れ様でした」
「リョウマちゃんもお疲れ様」
「昼を食べたら、実験はほどほどにな。作戦の本番は日が暮れてからだ、夜に備えて仮眠も取っておいた方がいい」
今日も朝から数え切れないアンデッドを倒したけれど、それは夜の準備にすぎない。本番はアンデッドの活動が活発になる夜間。昨日できたばかりの魔法を亡霊の街の中で使い、一気に成仏させるという若干強引な作戦だ。
常に一定の安全を確保した上で行い、危ない場合は昨日の拠点まで撤退するけれど、夜遅くなることは間違いない。シーバーさんのおっしゃる通り、仮眠の時間も取っておいた方がいいだろう。
そんなことを考えながら、町の入り口から一番近い建物に戻る。そこではセバスさんがテーブルと椅子を用意して、食器を並べているところだった。一応は建物内なので、ちゃんとした食事ができるように準備をしてくれているのだろう。
「おかえりなさいませ。昼食の準備をしておりますので、もう少々お待ちください」
「セバスさん、お疲れ様です。こちらの作業はどうでしたか?」
「ゴブリン達がよく働いていましたよ。慣れているようでしたし、実験に支障はないと思います。何を話しているかまでは分かりませんが、戦っている時より楽しそうで、熱心に畑作りをしていたように思います」
「うちのゴブリンは一部を除いて、そんなのばっかりですからね」
数が増えてもうちのゴブリンは変わらず、飲み食いと娯楽に全力を尽くしている。不満があるわけではないし、あまり反抗的で危険な場合は従魔術師として処分せざるをえなくなるので、それはそれでいいんだけど……謎だ。
まぁ、それは置いておいて、セバスさんがお昼を用意してくれているようなら、それまでに実験を済ませてしまおう。
「すぐ終わりますし、いってきます」
この辺一帯の建物は全て、前後に入り口が1つずつ。合計2箇所の出入り口を繋ぐ廊下が建物の中央を通っていて、左右が囚人の牢屋になっていたようだ。
そして、牢屋には壁や仕切りが一切ない。どうやら太い鉄の棒を並べて差し込むことで間仕切りにしていたらしいが、それも刑務所と処刑場の閉鎖に伴って回収されたらしく、建物内部は牢屋があった跡だけが残された“大部屋”になっている。
そうなると……畑が作れる。スライムの力を使えば、簡単に。
「ギギッ!」
「ゴブブッ!」
俺が畑に近づくと、作業をしていたゴブリン達が状況を報告してくれた。彼らの言葉は分からないが、意思が伝わってくる。それによると、俺が頼んだ作業は全て終わったとのこと。
中央の道から見て左側には、俺が土魔法で作った大きめのプランターが並び、ソイルスライムに芋が植えられている。右側には建物の床を土魔法で砕き、無理やり作った土地に手作業で肥料を混ぜて、こちらにも同じ芋が植えてある。
「OK、一度やってみよう。追加で水撒きの用意をお願い」
「「ゴブッ!」」
まずは左から、木属性の魔法で作物の生長を促進させた。こちらは特に問題なく、順調に成長する。出てきた芽や葉っぱ、育ちきった芋にも異常は見られない。
一方で、右側の畑はほとんど成長しなかった。成長促進の効果は出ているようで、少しは芽や葉が出てくるけれど、食用可能になるまでに枯れてしまう。魔力を多く使って無理やり大きくすることはできたが、茎や根はか細くて葉の色も悪い。さらに、できた芋はとても小さくて、萎びている。とても食用にしようとは思えないものだった。
試しに鑑定してみると……
“瘴気に蝕まれた芋”
長期間瘴気に侵された土地を利用し、木魔法で強引に成長させた芋。
成長過程で土壌の瘴気に蝕まれ、成長が阻害されている。
瘴気が蓄積しているため、食べると体調不良を引き起こし、最悪の場合は死に至る。
食用不可。
「なるほど、これはダメだな」
「ギィ……」
この芋は後で処分するとして、育った方の芋は……こちらは問題なく、食用も可能。この結果から、2つの芋に差が出た原因はやはり“土壌の違い”だと思われる。空気中の瘴気はホーリースペースで祓われているし、水もセバスさんが魔法で出してくれたものなので、いわばクリーンルームでの栽培。その中で異なっている条件は、土壌しかない。
「とりあえずこの芋は後で処分するとして、作業ありがとう。後はこっちでやるから、皆と交代でお昼を食べて」
「ゴゴッ!」
「ゴブッブ!」
欲望に忠実なゴブリン達が走り去る背中を見送り、皆さんのところに戻ろうとしたところで、視線が集まっていたことに気づく。
「成功したようじゃな」
「まだ一度だけですが、環境を整備すればここのような土地でも、スライム農法による食糧生産は可能みたいですね。食後も実験ついでに今夜使う食料も作って観察を続けますが、時間経過で瘴気が土に侵食してくる可能性はあるかもしれません。
尤もそれはプランターに光属性の魔力をコーティングすることで対応できそうですし……おそらく僕以外の、普通の人でも再現可能だと思います。労力をかけるだけの利益が出るかは分かりませんが、後日ラインハルトさんにも報告して、検証をお願いしましょう」
「瘴気が原因で従来の農業ができず、潰れた村は多々ある。これが訓練次第で再現可能な技術になれば、救われる人や村も増えるじゃろう。グレイブスライムや例の魔法と組み合わせれば、アンデッドの討伐の危険も減る。将来が楽しみじゃな」
「あの魔法の難点を挙げるとすれば"食料を焼く必要がある”という点でしたからね。現地で生産できれば、それだけ購入と運搬にかかる手間と出費を削減できますし、効率も上がることは間違いないでしょう」
先代領主のラインバッハ様と補佐をしていたセバスさんは特に思うところがあるようで、本当に嬉しそうにしていた。
「しかし、そうなると……リョウマ君、何か欲しい物はないかのぅ?」
「ラインバッハ様、報酬の話は気が早いのでは」
「グレイブスライムの情報提供だけでも、技師として報酬が出ることは確実じゃよ。うまく使えば有効なアンデッド対策になるスライムじゃからな」
そう言われても、いまのところ特に欲しい物はない……というか、既に色々ともらい過ぎなくらい貰っている。
たとえばお金は昨年末の件で、俺がばら撒いた分の補填金と謝礼が分割で入ってくる約束になっているし、技師の地位に伴って収入の一部免税特権まで貰っている。収入も雪だるま式に増えていて、小市民の俺には恐ろしいほどだ。
何か他に……そうだ!
「新しい実験場はどうでしょうか。グレイブスライムのことを調査するにも、ここのような土地を自由に使えれば便利ですし、帰ってからの餌をどうしようかと思っていたので」
「午前中だけで1000匹を超えたものね。見ていてびっくりしたわ」
スライムの増殖に慣れている俺としては、そこまで増えるだけのアンデッドを食べて、まだ全体のほんの一部ということの方が驚きだけど。とにかく、それだけの数を養うには、それだけの餌が必要になる。
スライムの性質上、好みの餌がなくても死ぬことはない。あるものを食べて、また別の種類に進化する。それはそれで歓迎だけれど、一種類を長期間観察する場合には不都合もあるので、自由にアンデッドを確保できる場所があればありがたい。
「普通の動物の肉でもよければ、心配ないのですが」
「アンデッドでなければいけない場合は、ということじゃな。ジャミール公爵領内にも瘴気に侵された土地は何箇所かあるので、実験場を用意することに問題はない。領主にとっても扱いに困るものなので、持って行ってくれればむしろ助かるじゃろう。
しかし、報酬としては不適切じゃな……リョウマ君はよくても、それを見聞きした他の者に示しがつかん」
「普通の人からしたら、厄介な土地を押し付けられたように見えるものね」
「難しく考えず、金銭で受け取ってしまったらどうだ? あって困るものでもないだろう」
「それが、今は“もっと使え”と言われていまして」
公爵家から大金を受け取る事になり、成り行きだけど事業も大きくなった。そして何より技師という立場についたことで、今は洗濯屋も純粋な民間企業ではなく、半官半民企業と言っていい状態。
俺個人にも研究費として公爵家の支援金、つまりは税金として徴収されたお金が入ってくるので、お金の流れはこれまで以上に明確にしておかなければ、変な疑いをかけられる原因になりかねない。
「というわけで、公爵家に仕えていた徴税官と法務官の方を数人、こちらで雇わせていただいたのです」
前世ではいつの時代も、政府の補助金の不正受給問題が尽きることはなく、ニュースやネットは大バッシングの嵐になっていた。昔はモニター越しにそれを見るだけで縁のない話だったけど、今はそれを自分が受ける可能性のある側。
一般的な経営者は毎年商業ギルドの審査を受ければ十分だと聞いているし、俺もそれで問題はないと言われたけれど、念には念を入れたかった。だから、わざわざ報酬の一部として公爵家から専門家を紹介してもらったのだ。
「それで、その元徴税官の人にお金を使えと言われたと」
「スライム農法で野菜や穀物は生産できますし、最近は農作物からお酒や加工食品も作り始めて、食事は完全に自給自足。生活に必要なものも大体は自作できますから、お店の経営以外にはほとんどお金を使わないんですよね……」
去年の分は事業の経費と免税特権で問題なく対応できるけれど、今年からはもう少し意識的に使えと言われてしまった。個人的には、徴収された税金は公爵家に入って公爵家の利益、もしくは公爵領の運営に使われるので、それならそれでいいと思っていたのだけれど、
「ラインハルトさんに読まれていたようで、公爵家から送り出される前に“必要以上の税金を払おうとしたら絶対に阻止して、お金は自分で使わせるように、くれぐれも頼む"と言われたと、元徴税官のシュトイアーさんが教えてくれました。ついでに教会への寄付もやりすぎはよくないので、制限がつきました」
元徴税官の方だから当然かもしれないけど、彼はとても職務に忠実な方で、俺の浅知恵は完全に潰された。徴税官は定められた通りの金額を徴税することが仕事であり、過大な額を徴収する仕事ではないと。そして今は公爵家ではなく俺と店に雇われている身。であれば店の利益を最大化できるよう、適切な節税を行うことが自分の仕事だ、とのこと。
これは“推しに貢ぐ”という感覚に近いのだろうか? 前世はそこまで生活に余裕がなかったからできなかったけど、潤沢にお金があれば払うことに躊躇も後悔もしないと、本当に思う。しかし、それをどれだけ熱心に説明しても、ただただ彼を呆れさせるばかり。
「最後に“払うべき税金から逃れようとする経営者、公爵家へ賄賂を送りたがる経営者は数多く見てきたが、そういった意図なく純粋に多く払おうとする経営者は初めて見たかもしれない”と言われました」
「それはそうでしょうよ」
「贅沢な自覚はありますが、大金を持った経験が乏しいので、本当にどう使えばいいのか分からなくて。だから結局、儲けたお金でまた新事業を興すという、昨年末と同じことを繰り返す一方です」
「……お金の使い方がわからないと言っているわりに、しっかり資産運用しているのではないか?」
「新しく事業を興す、将来のためにお金を使う、それは投資という正しいお金の使い方の1つじゃよ」
「優秀な経営者の方々からのアドバイスと、部下の協力を得てなんとか形になっている状態です」
支えてくれる人が沢山いて、今がある。
前世では考えられなかった数々の事業を思えば、それが身に染みる。
彼らがいなかったら、あとは貯金くらいしかお金の使い方がわからない。
「お待たせいたしました」
おっと、話している間に昼食の準備が整っていた。
まだまだ作戦は続くのだから、ありがたくいただいて英気を養おう。




