攻略開始
翌朝
亡霊の街の本格的な攻略は、体の芯まで響くような爆音と共に始まった。
俺達の目的である常闇草は、亡霊の街の中央に建つ塔の中で採取可能。だが、採取するまでに邪魔なものが2つある。それが、刑務所の名残としていまだに残る大きな門と、その奥にひしめく桁外れのアンデッドの群れ。
そこで、まずは門を破壊する。そのついでに死蔵していた火薬を処分しようと、ありったけを景気よく使ったけど、
「とっておいても仕方がないとはいえ、流石に火薬の量が多すぎたかもしれませんね」
「砂埃が舞っていてよく見えんが……門は確実に吹き飛んでいるな」
「門どころか、その先にいたアンデッドも一緒に吹き飛んだみたいよ。問題はないけど」
「できるだけ離れておいてよかったのぅ」
門までの一本道より手前にある曲がり角から顔を出して様子を窺う間にも、念のために張っておいた結界に、小さな石がコツコツと当たっては落ちている。元は廃鉱で敵を爆殺、または坑道を崩して生き埋めにするために用意していた量なので、順当といったところだろう。
ゆっくりしていると、せっかく空いた場所がまたアンデッドで埋まってしまう。今のうちに準備を整えてしまわないと。
「入口確保」
『ゴブッ!』
事前にディメンションホームから出して、後方に待機させていたゴブリン達が一斉に駆け出した。
先頭を走るのは、甲冑に身を包み、硬化液板製のタワーシールドとメタルスライムのメイスを持ったホブゴブリン達。その後に槍を持ったホブゴブリン、グレイブスライムを抱えたホブゴブリン、遠距離武器を持ったゴブリン達と続く。
彼らの動きはドタバタとしていて、一糸乱れぬとは言い難いけれど、それでもアンデッドが再び集まる前に、破壊された門の手前に陣取ることに成功。盾持ちのホブゴブリンが横一列に並んだ間から、運ばれていたグレイブスライムがさらに前へ出る。
今日の作戦は全部で三段階あり、第一段階は俺の従魔達が中心。門の前を爆破で一掃したとはいえ、街の奥にはアンデッドがまだまだいる。俺と大人組の5人だけで正面から挑めば、流石に物量で負けてしまうので、こちらも俺の従魔で数を増やすことにした。
尤も、それでもこちらの数は100にも満たない。対する敵の総数は不明だけれど、亡霊の街の広さと瘴気の様子を考えれば、少なくとも1万はいると思われるそうなので、数では圧倒的に不利であることには変わりない。
「『コーティング・ライト』」
そこで、対アンデッドに効果的な光属性の魔力を、俺が魔法でゴブリン達の武器に纏わせる。俺はまだレミリーさんのように“ライトボールの並列詠唱”はできないが、彼らが持っている武器、つまりは従魔契約をしているメタルスライムを目印にすることで、一気に魔力を送ることはできた。
対アンデッドならこれだけでも確実に殲滅力は向上するし、数との相乗効果も期待できる。もう少し慣れれば、同じ従魔であるゴブリン達に強化魔法をかけることもできるかもしれない。
それに、今日はグレイブスライム達にも最初からどんどん敵を食べてもらうので、実際にゴブリン達が行うのは、スライム達を越えてきた“打ち漏らしの掃討”。後方からの支援も受けながら、この仕事だけに専念してもらえば、ゴブリン達だけでも優位に立って戦うことは可能なはず。
それでももし状況が悪くなりそうなら、俺や大人組が出て対処する手はずになっている……まぁ、そんなことが起こるのは最初の数時間だろう。というのも、しばらくすれば討伐と同時に食事をしたグレイブスライムがどんどん増えていく可能性が高いから。グレイブスライムの数が増えれば、それだけアンデッドの処理効率も上がるのは確実だ。
今日の作戦はグレイブスライムを増やして、亡霊の街に侵入しながらこちらの陣地を作っていく“陣取りゲーム”と考えれば分かりやすいかもしれない。
「『ホーリースペース』こちらも休憩所の設営完了よ。 今回の作戦は持久戦になるから気長に、疲れたと思ったら早めに後ろに下がるのよ」
「ありがとうございます、気をつけます」
そんな話をしていると、亡霊の街の奥から現れたアンデッド達が一歩、また一歩と迫ってきた。既に空には日が昇っているため、その動きは牛歩のごとし。だが、列の終わりが見えないほどの大群が一歩一歩迫ってくる姿、足音やうめき声が集まったことで生まれた喧騒は、不気味な圧力を感じさせた。
「ゴゴ……」
「グゥ……」
その圧力を感じているのは、ゴブリン達も同じだったのだろう。彼らが敵の大軍を前にして、抱いた不安が伝わってきた。このまま浮き足立ってしまうようでは、勝てるものも勝てなくなる。
……ここは景気づけに、アンデッドを派手に倒させよう。丁度、アンデッドの群れの先頭は、空を漂うレイスの群れだ。彼らは空を飛んでいるため、地上のアンデッドと違って芋洗いになることなく動き回れるので、機動力は高い。
「遠距離攻撃部隊、構え!」
機動力は確かに高いけど、遮蔽物のない空中に浮かんでいれば無防備にもなる。さらに死霊誘引の効果によって一直線にグレイブスライムを目指し、密集しながら近づいてきてくれるのだから、狙いやすくていい的だ。
俺の号令に合わせて、隊列の後方に控えていたゴブリン達が一斉に、その手に取りつけた“パチンコ”を空に向かって掲げる。それは昔の子供の玩具のようなものではなく、海外にあるもっと大型で狩猟用のものを参考にして、金属製のフレームで腕を固定し、支えにすることで命中精度やゴムを強く引けるようにした強力なもの。もちろん、ゴムの部分はラバースライムだ。
「もう少し引き付けて……撃てっ!」
号令と同時に、ゴブリン達が一斉に弾を空へと放つ。勢いよく飛び出した石は山なりに飛び、グレイブスライムしか眼中にない様子のレイスの群れに降り注ぐと、彼らの体に触れた途端に大穴を開け、あっけなく消し去った。
弾はその辺の岩壁を加工したBB弾程度の小石。当然ながら光属性の魔力を纏わせてあるので、アンデッドに対する攻撃力は十分にある。対アンデッド戦で重要なのは武器の大きさや重さではなく、魔力の有無のようだから、魔力を纏わせることができれば何を使っても倒せてしまいそうだ。
『ゴゴッ!?』
「光属性を纏った武器があれば、アンデッドは簡単に対処できる! 隊列を崩さず、落ち着いて対処すれば目の前の群れも敵じゃないぞ!」
『ゴ、ゴォーッ!!』
「射程に入った者から、どんどん打ち続けろ! 弾はいくらでもあるぞ!」
『ゴォーッ!』
実際にアンデッドを簡単に倒す光景を見せ、効果を証明して言葉をかけると、元々単純なゴブリン達には効果覿面。先ほどまでの気圧された様子は消え、それどころか目に見えて興奮し始めた。
意気揚々と声を上げるゴブリン達を見て一安心していると、隣にいたシーバーさんが満足そうに一言。
「うまく士気を上げたな」
「ありがとうございます。武器の効果の確認もできましたし、前線があっけなく瓦解することはないと思います。街に入るまでは、レイスが道の中を通り抜けて横から襲ってくることはないんですよね?」
「ああ、レイスは人工的に作られた壁は通過できるが、自然にできた地形、岩壁や地面を通り抜けることはできない。実体のないレイスは実体のあるアンデッドよりも周囲の魔力の影響を受けやすく、体を構成している魔力が自然に満ちる魔力に押しつぶされてしまうのだとか。レイスがゾンビやスケルトンよりも、日中に出てこない理由でもあるそうだ。
今回は瘴気の多い場所の間近で、あれほどの爆音を立てたから出てきているが……逆に言えば、それほどのことをしなければ、レイスが日中の屋外に出てくることはない。屋外に誘い出してから再び屋内に戻れないようにしたところ、日光の下に放置して数時間後に自然消滅したという話もあるくらいだからな。奴らはそのくらい、魔力に弱いのだ」
「それほどですか」
だったら、虫眼鏡とかで日光を集めて当てても倒せたりしないだろうか? レミリーさんが昨日使っていたレーザーの魔法も、魔法で生み出した強力な光を収束しているらしいし、前世には燃料を使わず太陽光の熱で料理をする調理器具とか、光を集めて肉を焼いてみた! みたいな動画を見た記憶がある。
……それと同じ要領でやれば、魔法を使わずにアンデッドを倒すことも可能なのではないか? 少なくともゾンビの表面を焦がすくらいはできそうな気がする。
「あら? ちょっとリョウマちゃん、あれ見てちょうだい」
ここでレミリーさんが杖で示した方を見ると、陸上から近づいてきていたアンデッドの移動が滞っている。よく見るとゾンビやスケルトンの中に、不自然に転んでいる個体がいるようで、彼らの転倒が周囲を巻き込み、渋滞や将棋倒しを起こしているらしい。
原因となったアンデッドはあっという間に、後続に踏みつぶされて見えなくなってしまったので、ハッキリとその原因は見えなかったが……
「もしかして、さっき撃った弾を踏んで転んでいますか?」
「そうみたいね。レイスを打ち抜いてもまだ魔力が残っていたのでしょう。作戦に支障はなさそう、むしろ利益になるから別にいいけど、あの弾って1つにどれだけ魔力を込めたの?」
「魔力は、わかりません」
弾の生産工程は3段階、まず俺がその辺の岩壁から土魔法で、ある程度の大きさの石を採取する。次にストーンスライムが石を食べて、体の一部を切り離すことで大きさと形を一定に整える。最後にそれをライトスライムが一度体に取り込んで、光属性の魔力をコーティングするという流れ作業だ。
「だから弾に魔力を纏わせたのは僕ではなくて、ライトスライムなんです。ただ、最初に一度見本を作ったのは僕ですし、ライトスライムも同じように作っていたので、ライトショットで炸裂する弾1発分。数値だと10くらいだと思いますが」
「使われている魔力量が同じなら、術者の技量の差ね。同じ魔法でも不慣れな人と熟練者では、効果に差が出るのは当然。コーティングもそうなんだけど……スライムってそんなに魔法の使い方が上手なのかしら?」
「魔法というか、魔力の扱いが上手いと思います。僕の主観ですが、魔法を使う時に無駄がないので」
「それは興味深いわね。落ち着いたらちょっと観察させてほしいわ。あ、あとあの弾ってそんな作り方していたの? ほら、スライムの体って消えちゃうじゃない」
「それは普通のスライムの場合ですね。確かにスライムの体は死ぬと消滅しますが、上位種になると体液を吐いたり、生成物を出したりすることは珍しくありません。僕はスライムの体は魔力で構成されているから、死ぬと消滅、つまり魔力が霧散するように消えると考えていますが……例えば水魔法なら魔力を使って水という物質を生み出すことが可能ですよね? それと同じように、上位種に進化する過程で体の魔力が変化して、物質的な側面が強くなっているのではないか? と考えています」
「スライムは専門外だけど、魔力と魔法の関係で考えれば、ありえないとも言いきれないわね……ストーンスライムは石の体を切り離して、自然の石を食べることでその分の魔力を補充して回復している、って感じで考えればいいかしら」
「はい。多少ならともかく、食事をさせずに体を切り離し続けるのはスライムも嫌がりますし、無理をさせると弱ってしまうことまでは確認しました」
スライムの体内でどんなことが起きているのか、それはまだ分からない。だから厳密にいえば間違っているかもしれないが、考え方の方向性としては正しいと思う。
「同じ要領でアイアンスライムに鉄鉱石を食べさせて、鉄を採取することにも成功しています」
「リョウマ様、それは製鉄に利用できるのでは?」
セバスさんが驚いたように、そっと聞いてきたけれど、現時点では難点が多い。
「可能か不可能かで言えば、可能です。ただ、実用的ではないと思います」
「それは、何故でしょうか?」
「石の成形の話では省きましたが、この方法だとスライムの餌として与えた原料に対して、得られる物の量が少なくなるので、効率が悪いのです。
具体的にどのくらいの量が消費されるのかは、まだ研究不足で明確に答えられませんが、数回の実験では与えた鉄鉱石に含まれる鉄の量に対して、回収できた鉄の総量は最低でも3割減。多い時には5割が食事として持っていかれました」
その辺にあって価値のない石ならともかく、製鉄をして商業化するとなると、その影響は大きいだろう。
「スライムの負担と継続することを考慮しなければ、もっと回収量は増やせるでしょうし、今後、研究を進めることで消費を抑える与え方が見つかれば、また話は変わるかもしれません。
ですが、鉄と一言で言っても、含まれている成分で硬さや粘り方も変わってきますし、この方法で得られた鉄が加工や製造、どんな使い方に向いているかなど、量の他にも色々と不明な点が多いので要研究。実用には程遠いでしょう」
「納得いたしました」
それに個人的には、スライムの消費分を抑えなくてもいい気がしている。鉄ではなくて酒造の話になるが、蒸留酒の製造工程において、熟成中に水分やアルコールが蒸発したことによって製造量が減ることを“天使の取り分”と呼ぶ、という話を聞いたことがある。
それで言うなら、この方法で製鉄を行った場合に減った分は“スライムの取り分”と言える。商売のために、利益を最大化することを考えたらロスだと思うけれど、個人的にはスライムの取り分だと思って許容するくらいの気持ちでいたい。
既存の製鉄技術もあるし、その気持ちを抑えて利益を追求するほどの熱意も湧かないので、スライムの研究という意味で興味はあるけど、優先順位はかなり低い。というか正直、スライムについては研究したいことが多くなりすぎて、そこまで手がまわらない。
ゴブリンを飼い始めたことで、作業に使える“手”は増えたけど、指示を出すのが俺1人ではできることに限界がある……っと、
「来るぞ! 盾!」
ようやく、アンデッドの群れが間近に迫った。彼らは次々と、グレイブスライムに飲み込まれているが、順番待ちなんて言葉は頭にない。他のアンデッドと押し合い、へし合いしながら、我先にとグレイブスライムに飛び込んでいく。
その過程で、群れから押し出された個体がこちらに来たところを、
「ゴアァッ!!」
「ギギッ!」
最前列のホブゴブリンが、タワーシールドを構えて受け止め、押し返す。その様子はバーゲンセールに群がるおばちゃん……いや、通勤ラッシュ時に乗客を電車に押し込む駅員さんのようだ。槍によって適度に処理もされているので、そんなことを考えられるくらい状況は安定している。
上位種が交ざっている可能性もあるので油断は禁物だけど、これなら気長に待つだけでよさそうだ。
「わしらの出番はあるかのぅ? 想定していたよりも、ゴブリンの武器が強力なんじゃが」
「魔力量の多いリョウマ様が後方支援に専念されますと、アンデッドに限らず、敵からすれば厄介でしょうな」
「そうねぇ……リョウマちゃんは基本的に自分が直接戦うタイプだと思うけど、いい経験になるのは間違いないわね。状況に合わせて柔軟な対応をするためには、こういった戦い方も経験しておいて損はないわ」
「他の冒険者と協力して仕事をすることもあるだろうからな。しかし、ゴブリン達の錬度が少々惜しい。現状でも悪くはないのだから、鍛えれば部隊としてさらに複雑な動きもできるだろう。特にあのような盾はもっと、腕ではなく体で押さねば」
場慣れしている大人組は、切り替えが早くて既に観戦モード。俺達はそんな大人組に見守られながら、絶えず押し寄せるアンデッドの相手を昼まで続ける。




