飴と鞭
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
監視塔に戻ると、ラインバッハ様達が野営の準備を整えてくれていた。
「おお、戻ったか。今回はなんというスライムになった?」
テントを張りながら、いち早く俺達に気づいたラインバッハ様は、もう俺の行動パターンを理解してくれているのだろう。当たり前のように聞かれたので、グレイブスライムについて、魔獣鑑定や実験で分かったことを説明する。
「グレイブスライム……聞いたことがないのぅ。また新種だと思うが、それよりも能力の方が興味深い」
「アンデッドを引き寄せて捕食する能力とは、いい時にいい進化をしましたな」
「ここに来るまで、大量に食べさせましたから、そのせいかと」
「能力については私達も実験の様子を見ていたから、間違いないと思うわ。でも私としては瘴気耐性の方が興味深いわね。アンデッドもそうだけど、瘴気も一緒に食べさせて処理できるのかしら?」
「グレイブスライムが許容できる瘴気の量を見極めることができれば、アンデッドと一緒に瘴気も処理できるかもしれません。でも、そこは色々と条件を変えて調べてみないと」
「もしそれが可能だとしたら、グレイブスライムの価値はかなり高くなるわよ」
アンデッドと瘴気は、生物が死ぬ環境であればいつどこにでも発生する可能性がある。さらに、死者の数が多くて凄惨な死に様であればあるほど、その発生確率は高くなってしまう。
遺体の埋葬などアンデッド化を防ぐ方法、発生した場合の対処法はもちろんあるので、人の生活圏で発生することは滅多になく、発生したとしても即座に対応されることがほとんどだけれど、人間のやることに絶対はない。少し横を向けば見える刑務所跡は、防止と対応が間に合わなかった実例だ。
ここほど酷い場所は少ないけど、アンデッドや瘴気が湧きやすい場所は沢山あるそうなので、グレイブスライムはそういう場所で役に立つ可能性が高い。
「私としては、遺体安置という能力が気になるな。もしアンデッドでなくとも自由に取り込みと排出ができるのならば、軍や騎士団の出動時に1匹配備したい。
魔獣討伐の任務の際は褒美ということで、給金とは別に討伐した魔獣の肉や素材を金に換えることが許されるのだが、荷物に余裕がない状況では処分するしかない。より多く素材を持っていければ、儲けが増える。そうとなれば、必然的に隊の士気も上がるだろう。
あとは……任務中に殉職者が出る場合もあるからな」
「……なるほど」
仲間が亡くなれば、できるだけ連れ帰ってやりたいと思うのが人情だろう。
「従魔術師として考えられるのは、アンデッド系の魔獣と契約することか」
各々グレイブスライムの能力の感想や、俺が思いつかなかったことを教えてくれるが、ラインバッハ様の言葉には驚いた。
「アンデッドとも従魔契約ができるのですか?」
「アンデッドも立派な魔獣じゃからな、可能ではある。あまり好んで使役する従魔術師はおらんがな。特に人型の死体を使役するというのは、忌避されやすい。宿にはまず泊まれず、街に入れなくなる事もあるという。
あくまで魔獣として考えたとしても、便利なのは再生能力くらいじゃ。日中の弱体化や体臭、周囲の目などを考えたら、不利益の方が大きかろう」
「納得です。それは好まれない……というか、契約する人はいるのでしょうか?」
「わしは従魔術師としての適性確認のために、一度だけ試したことがある。そのまま使役しようとは思わなかったが、アンデッドにしか適性がない従魔術師や研究の都合上必要な研究者は、仕方なく使役することもあるらしい」
研究のために仕方なくとは、スライム研究者に次ぐ不遇研究者が居そうだ。そういう人たちが、グレイブスライムを知ったらどうなるだろう? 研究の時以外はグレイブスライムの中に入っていて貰えば……ダメか?
まぁ、それは置いておくとして、
「グレイブスライムの利用の幅は、思ったよりも広そうですね……スライムは養分を蓄えれば分裂しますから、今後のためにもここである程度増やしておいてもいいですか?」
「ああ、今後の話が途中じゃったな。もちろん構わんよ」
「どのみち、ここのアンデッドは減らしておきたいからな。異論はない」
「今からだと暗くなるし、本格的な討伐は明日にしましょう。まずは守りを固めておかないと」
確かに、もう遠くの空が赤くなりつつある。亡霊の街が目と鼻の先にあるので、夜に出てくるアンデッドの数も、昨夜とは大違いになるだろう。
ということで、今日も防衛陣地を構築。監視塔前の広場に昨日と同じスライム石垣&有刺鉄線を設置して、監視塔に続く唯一の階段をエンペラースカベンジャーで封鎖した。その後ろにグレイブスライムを配置すれば、それだけで飛べない敵は防げるだろう。もし取り込みきれない数が一気にきても、エンペラーならグレイブに流すか、階段下に投げ落とせる。
あと、グレイブスライムは空を飛ぶアンデッドも吸収できるのだろうか? ゾンビとスケルトンは確認できているが、レイスやウィスプはまだ見ていない。もし可能なら、対空防御の一部にもなるけれど、レイスは肉体がないし、ウィスプに至っては火の玉だからな……まぁ、その辺も実験だ。
……日が落ちるにつれて、アンデッドの姿が増えてきた。特に顕著なのはレイスとウィスプで、刑務所の建物の屋根をすり抜けて空に浮かんでいる。遠目から見ると蛍みたいで、綺麗に見えなくもない。
「あれも命の輝きというのかな……」
「詩的な表現ですな」
「あっ、セバスさん」
聞かれていたのはいいけれど、詩的とか言われると恥ずかしい。
「あのレイス達も、闇が深くなればこちらに近づいてきます。夕食も温まりましたので、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
セバスさんに続いてホーリースペースに入ると、外と内とで明らかな空気の違いを感じる。呼吸が楽になった気がして、光属性の魔力で瘴気が祓われていることを実感できた。
「お疲れ様です。レミリーさん、凄いですねこの効果」
「外から戻るとより強く感じるでしょ? 今日は昨日より力を入れておいたから、安心して食事にしましょう」
そう言いながら、彼女は率先して鍋の中のレトルト食品を取る。そして、袋を破った時に異変が起こった。
亡霊の街上空、それもこの監視塔に近いところを飛んでいたアンデッドの一部が、こちらに引き寄せられるように飛んできた。思わずグレイブスライムを確認するが、死霊誘引は使っていない。
警戒しているうちに、飛行するアンデッドはこちらの上空へ。ホーリースペースの効果で近づけないようだけど、外にいるスライムを襲うこともなく、周囲をふよふよと漂っている。まるで、こちらの様子を窺っているみたいだ。
「リョウマ、あれはあまり気にしなくていい。ここではよくあることだ」
「そうなんですか?」
「アンデッドの行動には、生前の感情や思考が反映される傾向がある。そして、ここでは死刑の方法として、囚人を“餓死”させていた。だからここのアンデッドには、死してなお、飢えや渇きを感じている者が多いのだろう。料理に限らず食べ物だと分かるものを持っていると、近づいてくる個体が多いんだ」
「納得しましたけど、気まずいですね……」
「普通の感覚じゃろう。いくら罪人の成れの果てとはいえ、飢えている相手を目の前にして、心穏やかに食事ができる人間はそうそうおらんよ。いたらいたで、そやつの神経を疑うが」
「騎士団の訓練でも、新人は大体食欲を失うからな。時間をかければそれだけ辛くなる。ここではさっさと食べてしまうに限るぞ」
納得して、食事に集中。必然的にこの日の夕食は、いつもより会話が少なく、早々に終わった。
しかし……
「食べ物がなくなっても、帰るわけではないんですね」
「まだなにか持っているのではないか、と考えているのかもしれませんね」
食事を終えても集まったアンデッドは飛び去らず、どこかものほしそうに周囲を徘徊している。害はなくとも、気分はよくない。ある程度の安全が確保されていて、心に余裕があるだけに、目に付いてしまう。そういう意味では、昨夜の勝負は気を紛らわすためにも良かったのだろう。
「これって、食料を渡したら去っていったりしませんか?」
生前の悪行で、飢えと渇きに苦しみ続ける亡者と聞いて、思い浮かべたのは仏教における“餓鬼”。あまり詳しくはないけれど、お盆の時期には徳を積むため、食べ物を供して供養する“施餓鬼”を行う地域や家もあったはずだ。
そういう話を聞いたことがあるが、こちらに習慣や行事名はないのだろうか? と、それとなく聞いてみるが……
「死者に冥福を祈る際に、花や酒などを供えることはありますよ。しかし、アンデッドに対して行うことはありませんね……やはり危険ですから、逃げるか討伐が優先されます」
「それに、アンデッドに食料を渡しても飢えは解消されないようだからな。糧食の一部を与える新人も毎年いたが、アンデッドは食べようとするだけだ。
腕が動かず目の前にある食料を拾おうとしては落とすゾンビやら、食料を口に入れても骨の隙間から落ちて元に戻るだけのスケルトン。レイスやウィスプに至っては実体がないので何もできない。飢えが解消されるどころか、必死な姿が余計に哀れになるだけだった」
「そうなんですね……」
シーバーさんは実際にそれを何度も見ているのだろう。もしかしたら、ご自身でも食べ物を与えたことがあるのかもしれない。そのくらい、最後の言葉には実感がこもっていたように思う。
それなら、討伐した方が楽なのだろうか……と思い始めたところで、1匹のレイスが目に留まる。それは他のレイスと同じく、ぼんやりとした人型で、個人の顔の区別はつかない。しかし、他のレイスが周囲をうろうろとしている中で、そのレイスだけがホーリースペースの傍に立って、じっとこちらを見ているようだった。
「あれはなんでしょうか?」
「わからん。あの個体に限らず、アンデッドの行動は考えてもわからんよ」
「上位のアンデッドなら、少し生前の記憶が残っている場合もあるんだけど、それだって理性はほとんどないからねぇ……」
「気になるなら適性の確認がてら、一度契約してみてはどうじゃ? なにか分かるかもしれんぞ」
確かに、言葉を喋らないスライムたちの感情も、従魔契約すれば伝わってくる。それはアンデッドも同じなのだろう。それに、将来スライムにアンデッド系の種類がいた時に、契約できるかどうかが気になる。
思いついた事を試すため、棒立ちのレイスに従魔契約を試してみることにした。ホーリースペースの中から限界まで近づき、従魔契約の魔法を使う。するとーー
ブチッ!!
ーーという音が聞こえた気がした。
「どうした?」
「失敗したみたいです。スライムとならスムーズに魔力の線が繋がるのですが、今回はそれが無理やり引きちぎられたみたいで」
握手のために差し出した手を叩き落されたような、拒絶も感じた。
「それは失敗じゃな。おそらくリョウマ君はレイス、もしくはアンデッド全般との相性が非常に悪いのじゃろう。ただ契約できないだけなら、抵抗を感じたり、うまく線が繋がらなかったと感じる者が多いからのぅ。レイスとの相性が特に悪いのか、アンデッド全般との相性が悪いのかはわからんが」
そう言われたので確認のため、グレイブとエンペラーに頼んで、階段を昇ってきていたゾンビとスケルトンにも従魔契約を試みたが、どちらも結果は同じ。どうやら俺はアンデッド系の魔獣との相性が最悪らしい。どの個体にも、とにかく拒絶されまくった。
ただ、なんとなく感じたこともある。契約を試すと、毎回拒絶されて終わるのは同じだけど、少しずつ拒絶の質が違う気がする。何が違うのかと聞かれたら困るし、答えられないが……なんだか悲しい。
討伐することが、彼らにとっての1番の救いになるのかもしれないけれど、
「すみません、やっぱり食べ物を与えてみていいですか? アンデッドが集まると思いますが、効果がない場合は責任を持って討伐しますから」
「別に止めはしない」
「気の済むようにやればいいわよ」
許可が出たので、土魔法でその辺の地面から大きな器を作り、アイテムボックスから念のために用意していた薪や芋などを取り出す。ここで即座にアンデッド達が反応したのを確認しつつ、器の中に入れた薪に火をつける。
「わざわざ調理をするのですか?」
「いえ、十分に火が大きくなったら、食料を火にくべます」
一般人も行う日本の年中行事的なものなら“送り火”や“迎え火”、専門的なものなら“お焚き上げ”に“護摩行”など、宗教的行事の中には火を焚くものも少なくない。
ヒンドゥー教の寺院で行われる礼拝では、僧侶が供え物の花や食べ物を、神像の前に焚いた火にくべることもある。日本で仏壇にお線香を供えるのは香食といって、“仏様は香りを食す”という考えがあるからだ。
専門的な知識などないし、ちゃんとした道具も線香もないので全てがあり合わせ。そもそもこちらの人にはそういう習慣すらないけれど、上手くいったら儲けもの。
後ろで見守る4人にそんなことを説明しながら、期待と祈りを込めて干し肉を火にくべる。
「……ダメか?」
燃える肉から立ち上る煙を、数匹のレイスが浴びた瞬間、そのレイスは激しく周囲を飛び回り始めた。その様子はとても安らかとはいいがたく、言葉がなくとも怒りのようなものを感じる。
そういう文化がないので、ただ目の前で肉を焼いて無駄にしているだけと思われただろうか? それなら、闇属性の魔力を干した芋と一緒にくべてみる。
闇属性魔法は、精神にも作用する魔法。先日、試験官に恐怖を与えて失神させたように、ここでは意思を込める。少しでも飢えがやわらぐこと、できれば迷わずあの世に行けるようにと願いながら、煙を焚き続ける。
するとーー
「! ……伝わった?」
体で激しい怒りを表していたレイス達の動きが、徐々にゆっくりと穏やかなものになっていき、やがて積極的に煙の中を潜り抜けていくようになる。
「どうやら、成功のようじゃな。燃やして煙にすればよかったのか?」
「ただ燃やすだけじゃダメだと思うわ。これはそういう闇魔法と考えるべきよ」
「というと?」
これって闇魔法なのだろうか? 全部思いつきでやったのに。
「魔法全般に言えることだけど、魔法を使うには“概念”が大事なのよ。たとえば私の得意な影魔法にはシャドーニードルっていう、アースニードルと似た魔法があるんだけど“影が針になって人体を貫く”なんて、自然に起こることではないわよね?」
「確かに、あったら怖いです」
「だったらなぜそんなことができるのか? それは魔法使いがそういう概念を持って、魔力によってそれを実現するからなの」
レミリーさんによれば、理屈を理解した方が魔力を効率的に運用できて、効果が高い魔法になる。ただし、逆に言えば効率を度外視してよく、必要なだけの魔力が用意できるのであれば、概念だけで魔法を発動することはできるらしい。
「今回はリョウマちゃんの知っていた“弔い方”の概念に、火と闇属性の魔力を合わせた結果、アンデッドに食料を供えるための独自の闇魔法ができたわけね。
こういう儀式的な魔法、それもアンデッドに関係する魔法は、死体をアンデッドに変えたり、意思をもったまま自分をアンデッドに変えて生きながらえたりしようとしたり。大抵は馬鹿な人間がやって失敗することだけど、中途半端に成功した例もあるから不思議でもないわよ。
というか、そもそもリョウマちゃんは普段から思いつきで魔法をいじるじゃない。今更でしょ」
それもそうだった。ぐうの音も出ない。
「それより、まだ足りないみたいよ」
「あっ、ありがとうございます」
肉も芋も一つだけだったので、早くも燃え尽きかけている。闇属性の魔力と食料を祈りながら追加して、さらに激しく煙を焚く。しばらくそれを繰り返していると、もはや数え切れない数になっていたレイスの1匹が、俺の目の前でピタリと止まった。
「? もしかして」
最初のやつかと思ったが、それを問うことはできなかった。目の前で止まった1体のレイスは、相変わらず表情がよく分からない。しかし、一瞬だけ安らかな顔をしたように見えて、目の錯覚を疑った次の瞬間には、煙の中に溶けるようにその姿を消してしまった。
(願わくば、彼らの来世が幸福なものになりますように)
こう思うのは俺が一度は死んだ身だからだろうか? その後も、1匹、また1匹と姿を消していくアンデッドを見送りながら、彼らの冥福を祈る……と同時に、消滅できないアンデッドには明日からも容赦なく、実力行使で対応する意思を固めた。




